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【昨日の友は今日も友】
『7』
しおりを挟むおお……痛ぇ。まさか、こんなに腫れ上がるとは、思いのほかだったぜ。
俺は、桶に張った冷たい氷水の中へ足を突っこみ、大きなため息をついた。
ここは、マシェリタの中心部から、北へ四キロほど離れた、オーヴェン通り西にある安宿の一室。
安宿とはいえ、金なし伝手なしの俺たちは、無駄づかいなどできないからな。
当然、数人ずつの同部屋だ。
ラルゥとチェル、それにアフェリエラの女三人のグループ。
ダルティフとオッサン、それにタッシェルの三馬鹿男のグループ。
そして、俺とナナシ、お前の部屋だ。
ナナシは、よほど疲れていたのか、部屋に入るなり、すぐさまベッドへ倒れこみ、寝てしまった。
お陰で俺は、自業自得のカッコ悪い足の負傷を、見られずにすんだ。
さてと、だいぶ痛みも引いて来たし、そろそろ寝るか……って、待てよ?
ナナシは女だったな。しかも、安宿の小汚い部屋に、せまいベッドがひとつきり……ま、まずい!
これは、どう考えたって、まずい状況だろ!
ま、仕方ねぇ……俺が床で寝れば、いいだけの話か。それにしても……俺はあらためて、ナナシの寝顔をのぞきこみ、じっくりとその造作を観察した。
可愛いな。初めて見た時から、そう思ってたけど、やっぱ可愛いよ、こいつ。
長いまつ毛、薄いまぶた、白くて瑞々しい肌、つややかな朱唇、華奢な手足。
栗色の前髪が額にかかって、殺されかけ、傷つけられ、声とともに、記憶まで失くした憐れな美少女の表情に、どこか儚げな陰影を落とす。
俺は我知らず、いつの間にかナナシの頬に、手をそえていた。
ピクリと、ナナシのまぶたが、動いたように見えた。なんで俺が、こうも甲斐甲斐しくこいつの面倒を見、気づかってやってたのか、ようやくわかったぜ。
つまり惹かれてたんだ。
そう思った瞬間、俺は足の痛みも忘れ、ベッドに上がると、ナナシの額に口づけしていた。同情からじゃない。
俺の想いが、そうさせた。だが、悪いことに俺の想いは、自分で考えていた以上に、強かったようだ。
俺はナナシの鼻先にも口づけし、ついには唇まで奪おうとした。しかも、俺の両手は、ナナシの細い体をまさぐり、徐々に下へ、下へ……。
ヤバい! 欲望が、暴走し始めた!
そう気づいた時は、もう遅かった。
「ナナシ……ナナシ……お前が、好きだ。お前の、すべてが知りたい……」
俺はナナシの上へ馬乗りになり、上着を脱ぎ捨てた。
そうしてナナシの唇へ到頭、自分の唇をかさねた。
甘い、やわからかい……しびれるような快感に、俺はすっかり忘我した。
ナナシの気持ちなど、まるで無視した挙句、眠り続ける少女を、卑劣にも襲おうとしていたんだ。
ところが、ところがだ……そんな折も折、騒ぎが発生し、俺を思い止まらせた。
「大変だぁ――っ! みんな、起きてくれぇ!」
ラルゥの声だ。
その大音声を聞くや否や、ナナシがパッチリと目を開いた。俺は一瞬で凍りついた。心臓は止まりそうになった。
そして、ナナシも大きな目を見開き、愕然と表情を強張らせている。
そりゃあ、そうだよな。半裸で、鼻息荒くして……すぐ目前に見たものが、そんな俺の姿では、もう一発でバレただろう。
俺がお前に、なにをしようとしていたか……おお! なんてこった、カリダ神! 俺としたことが、なんという過ちを!
ナナシの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。俺は、いよいよ自己嫌悪に陥り、項垂れた。
「ごめん……ナナシ、言いわけはしない。俺、お前を……その」
ナナシから身を離し、ベッドの隅に端座して、頭を下げる俺だ。
こんなことじゃあ、許してもらえないよな。もう、完全に信頼を失ったよな。嫌われて当然だよな。ところが!
そう思いながら、恐る恐る顔を上げた俺に、最初こそ戸惑った様子だったが、ナナシは涙をぬぐい、ニッコリと微笑んでくれたのだ!
俺のそばまでにじり寄り、俺の手を取り、優しい笑顔を、向けてくれたのだ!
こんな最低の俺に……こんな、タッシェルのことを非難なんかできない、最低最悪の俺に!
まるで天使のような笑顔を……ああ、ナナシ!
俺は、またしても激情に駆られ、ナナシをベッドに押し倒しそうになった。
「ナ、ナナシ……ナナシ!」
その時だ。
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