アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【昨日の友は今日も友】

『8』

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「ザック! ナナシ! 大変だよ、早く起きて……アレ?」
――コンコン、バァンッ!
 相変わらずの乱暴な所作で、ノックより早く俺たちの部屋へ乱入して来たラルゥが、なにか不自然な雰囲気を感じ取り、その場で立ち止まった。
 俺とナナシを凝視し、眉根を寄せる。
 そりゃあな……俺は半裸でナナシの方へ身を乗り出してるし、ナナシはナナシで顔を紅潮させてるし、それでも俺たちは何事もなかったかのように、いつも通りふるまった。
「ど、どうしたんだ、一体?」
 俺は、興奮と上ずりそうな声を抑え、なるべく冷静を装い、ラルゥに訊ねた。
「それが……アフェリエラさんが、いなくなっちゃったでちよ!」
 横から割りこんで来て、そう叫んだのはチェルだった。
「アフェリエラが、いない!?」
 驚愕し、ベッドから飛び降りた俺。
 痛ぇ――っ! しまった、怪我してたんだっけ!
 そこへ、さらにオッサンたち男連中までもが、なだれこんで来た。
「同室のラルゥが、水を呑みに階下へ降りた隙に、消えてしまったそうな」
「私としたことが……抜かったよ!」と、吐き捨てては肩を落とすラルゥだ。
「チェルは寝てて、気づかなかったでち」と、夜は完全爆睡型のチェルがうつむく。
「しかし、何故、彼女が姿を消す必要があるのです?」
 タッシェルの疑念は、至極もっともだ。
 ダルティフが、思案顔でつぶやく。
「もしや誰かに、さらわれたんじゃないのか?」
「誰かに?」
「例えば……真犯人」
「理由は?」
「奴隷商人に、売るため」
「なんで?」
「美人だから……って、そ、そうツッコんで聞くな! 僕に、わかるワケないだろ!」
「おや、私はてっきり、若が自室へ連れこんで、手込めにでもしているものかと……」
「それはいけません。彼女は私のフィアンセですよ。先に手をつけるとは、卑怯です」
「だぁかぁらぁ! くだらねぇ与太話を、ナナシの前でくり広げるな! ゲスども!」
 俺はナナシを気づかいつつ、今言ったセリフの矛盾性を、ヒシヒシと自覚していた。
 その前に、俺がナナシに、なにをしたかってことだよな……ハァ。
「なんだか、凄く嫌な予感がするでち……」
「チェル? また、先触れかい?」
 ラルゥに問われ、チェルが自信なさげにうなずいた。チェルは妖精の血を引くだけあって、ちょっとした予知能力的なものをそなえているのだ。普段は、あまり役に立ってないけどな。
 それにしても、こいつらがそろいもそろって鈍感な奴らで、ホント助かったぜ。
 この部屋の状況を目にしても、なんら違和感を覚えないんだから。
「あぁん、嫌でち。夢には、おっかないピエロも出て来るち、ねむねむが取れないち」
 ああ、そうかい。そいつは、大変なこったな……って、なに!? ピエロだと!?
「チェルよ。それはタマに見る、当てず当たらず鳩ポッポな、予知夢ではないのか?」
 つまり『当てずっぽう』って言いたいのか? だんだん意味が遠のくな。
 とにかく、オッサンにも問われ、チェルは困惑しきりで小首をかしげた。
「もう一度、早急に自警団屯所へ出向いた方が、よさそうですね」
「ギンフのところへか? 気乗りせんな」
「では侯爵。朝までここに残って、みんなの宿賃も、払っておいてください」
「みんな、行くぞ! ギンフに、ピエロの居場所を吐かせるんだ! グズグズするな!」
「さすが若。〝善は急げど愚は愚なり〟ですな。ことを仕損じる前に、急ぎましょう」
 また出た。ワケのわからんことわざ……もう、ツッコむのも嫌になったぜ。
「ザック! ナナシと戯れてないで、早く支度をおしよ!」
「べ、べつに戯れてたワケじゃ……ま、待てよ!」
「最後の一人が、宿賃全額持ちですよ」と、言い捨てて、部屋から駆け出すタッシェルだ。
 こら! 勝手に決めるな! って……ナナシ! お前も、意外と身支度早いな!
 ヤベぇぞ、俺が一番遅れを取ってるじゃねぇか!
 クソ、こうなったら、もう最後の手段だ!
「ダルティフ、大変だ! ベッドの下に財布を落としちまった! ヘソクリの五千ルーベが入ってるのに、畜生! 俺の短い腕じゃ届かねぇ! 半金やるから手を貸してくれ!」
「なに? それは、困窮していることだろう! 仕方ない……どこだ? どの辺りだ?」
「さすが若。〝情けは僕が独り占め〟ですな。実にお優しい心づかい……では、これにて」
 うん、今のは上手いぜ、オッサン。なんにせよ、今の内だな。ダルティフが、ベッドの下にもぐりこみ、ゴソゴソと方々をあさってる間に、みんな退室させてもらうとしようぜ。
――で、十五分後。
「おぉ――い! ザック! 本当にベッドの下か? 見つからんが、他の場所に落としたんじゃないか?」と、安宿二階の部屋から、通りに面した窓を開け、外で待つ俺たちへ手を振ったのは、ダルティフだ。
 どこまで馬鹿なんだ……なんか、憐れみさえ感じ始めたぞ。
「さすが若。ですが、〝あきらめは肝心かなめの玉袋〟とも言いますぞ。清算を済ませて、早く出て来てください。さもないと暗い夜道を一人、泣き泣きひた走る破目になりますぞ」
「それって、どういう意味だ? ザックも、このまま財布を捨てて、かまわんのか?」
「かまわん、かまわん。ここにあるからな。そんなワケで、宿賃の支払い、頼んだぜ」
――ガタガタッ、ガッシャ――ンッ!
 なにやら派手な音がして、宿の主人の怒声までもが響き渡った。実際目にしたワケでもないのに、ダルティフが大袈裟にすっころび、家具を壊すサマが、ありありと見て取れた。
「あ~~あ、あの分じゃあ、宿代倍額、取られそうだよ。可哀そうだね、ダルティフ」
 ラルゥが皮肉たっぷりに、俺の肩を叩いて言う。お前だって、俺のお陰で『只寝只飯』の恩恵に与かれたじゃねぇか。そういう物言いはよせよな。でも、やっぱさすがに憐れか。
 そう思いなおし、俺が宿へ引き返そうとした矢先、猛然とダルティフが飛び出して来た。
「ザック! 勘ちがいに気づいたなら、早く言わんか! お陰で、貴重なヘソクリ五万ルーベの内、八十ルーベを使う破目に、なってしまったではないか! どうしてくれる!」
 これには、全員が脱力してこけた。
 五万ルーベも、持ってやがるのか、お前!?
「「「ダルティフ!! その金、どこでどうやって手に入れた!!」」」
「どこって……これは、いざという時のためにと、父上が……」
「若、いけませんな。それでは修行になりませんぞ。父君は、まったく甘すぎます」
 俺の横で、ナナシが不思議そうな顔をし、ダルティフを見つめている。
 ああ、そういえば、あとで教えてやるって言って、まだ教えてなかったな。
 ダルティフが、侯爵家の嫡男という身分でありながら、なんで冒険者ギルドに属しているのかって。
「実はのう。若は妾腹だが唯一の男児。しかし父君の過度の甘やかしのせいで、どうにもならないボンクラの、軟弱者へと育ってしまわれた。そこで現侯爵閣下は若を鍛えるため、心を鬼にして、知り合いのレナウスに預け、三年間の修行を命じたと、こういうワケだ」
 俺に代わって前に出たオッサンが、いつになく流暢な言葉使いで、端的に説明した。
 ナナシは感心したようにうなずき、オッサンを見つめている。なんか、面白くねぇな。
 けどまぁ、これでダルティフの虎の子も横暴な仲間たちに奪い取られ、修行中の次期侯爵閣下は、泣きの涙でこの試練を、乗り越えなければならなくなったっちゅうワケだ。
 それにしても、心を鬼にしたワリに、五万ルーベも小遣い渡すなんて……親父、大甘。
「なんにせよ、気を取りなおして、自警団屯所へ急ぎましょう」
 タッシェルに促され、俺たちは足早に安宿前の四辻を、北東に向けて歩き始めた。
 遠くで野良犬が吠えている。
 風がヤケに冷たく感じる。
 チェルの先触れじゃないが、確かに……どうも嫌な予感がするな。
 俺の足は、自分でも気づかぬ内に早まり、いつしかみんなの先頭に立っていた。
 やがて俺たちは、カルディン大通りの黄色レンガ街までやって来た。
 もう少し進むと貧民窟があり、そこは最初に俺たちが調べた事件現場だ。
 その時である。
「きゃ――ん!」
 突然、チェルが悲鳴を上げ、俺に抱きついて来た。なんだ、どうした!?
 この辺は街燈も少ないし、暗くて治安が悪いからな。なにを見たんだ!?
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