アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【昨日の友は今日も友】

『9』

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「ニャンニャでち❤ 可愛いでち❤ 欲しいでち❤」
 俺を含め、一同総崩れ……だ、か、ら!
「猫なんかに、かまけてる場合じゃねぇだろ!」
「でも、あのニャンニャ……二度も出逢うなんて、きっと運命でちよ」
「二度?」
 ラルゥが、不可解そうに眉宇をひそめ、チェルに問い返した。
 しかし、チェルが答えるより早く、事態は予想外の展開を見せたのだ。
「ぎゃあぁあぁぁぁぁぁあっ……」
 闇夜を斬り裂く男の悲鳴……俺たちは胆を潰した。さすがにラルゥとオッサン、タッシェルは臨戦態勢に入ったが、チェルはおびえて俺に抱きつき、ナナシは凍りついている。
(こういう場合は、チェルを見習って遠慮せず、俺の胸に飛びこんで来ていいんだぞ)
 誰よりも怖がりのダルティフに至っては、完全に腰を抜かしたようだ。汚水が流れる開渠かいきょに足を突っこんだまま、立ち上がれずにいる。仕方なく俺が手を貸し、引き上げてやる。
 直後、ザザザザッと、何者かの蠢動する気配。男たちの怒号。殴打音がひっきりなしに響き渡り、俺たちは周囲の闇を見回した。
 どこだ!? どこから、聞こえて来るんだ!?
「向こうだ! 急げ!」
 戦闘狂のラルゥが、逸早く異変を察知し、貧民窟の方角へ走り出す。
 俺もバスタードソードの柄に手を掛け、背中にナナシを守るようにしながら、一散にラルゥのあとを追った。
 無論、オッサンとタッシェル、それにチェルも、銘々の武器をかまえ、ついて来る。
 ダルティフも、一人残される恐怖感に急かされ、やむなく汚水でジャブジャブのブーツを鳴らし、必死の形相で駆けて来る。
 だんだんせばまる路地、ラルゥは、クレイモアで邪魔な汚物入れを派手に吹き飛ばし、颯爽とひた走る。
 こ、こら! 後ろの人間のこと、少しは考えろよ! 臭ぇ生ゴミのシルが、顔にかかったじゃねぇか! 最悪だぜ、畜生!
 と――唐突に、ラルゥは立ち止まった。な、なんだ! やるか!
 だが、短絡的なラルゥが、そこで急停止したのには、それ相応のワケがあった
「テルセロ! テルセロ! しっかりしろ!」
 ラルゥに次いで、ナナシの手を引き、貧民窟の広場に出た俺は、そこに驚くべき光景を目撃した。いや、俺だけじゃない。後方から次々到着する仲間も、現場の凄惨さに息を呑み、愕然と目を見開いた。
 とくに、ナナシの受けた衝撃は、みんなの比じゃなかっただろう。
 俺は、ナナシの様子を気遣いながらも、路上にへたりこむ男の元へと駆け寄った。
「なにがあったんだ、ギンフ! こいつが……ピエロのチコなのか!?」
 そう、へたりこんでいる男とは、ギンフのことなのだ。そして、彼が泣きながら取りすがっている大男こそ……今やピエロの化粧でなく、命を削る血化粧で全身を染めた、チコに相違ないのだ。
 その上、広場のあちらこちらには、屈強な自警団の男たちが倒れている。
 チェルが恐る恐る近づき、男たちの容体を確認する。
「自警団の人たちも、みんな失神してるでち! 相手は、かなりの凄腕でちね!」
 ピエロのチコ……いや、テルセロは、見たところ全身七カ所も刺され、瀕死の状態である。苦しげに息を吐きながら、テルセロは、うわ言のように、奇妙な言葉をつぶやいた。
「リタ……やっと、見つけた……お前こそ、本当の……」
「ああっ……テルセロ! 死ぬな! 旦那がた、どうか……助けてください!」
 ラルゥは、ギンフの肩を優しく叩き、首を振った。
 そうだ。この状態では、もう助からない。敵味方関係なく、多くの〝死〟と関わり合い、生きて来た俺たちだからこそ、わかるんだ。ギンフ……力になれなくて、すまねぇ……。
「そんな……テルセロォ!」
 間を置かず、テルセロは息絶え、二度とその体が動くことはなかった。
「ギンフよ。あきらめろ。それより、仇を討ってやるから、犯人が誰か教えろ」
 オッサン、もう少し待ってやれよ。親友を喪ったばかりの、ギンフの身にもなってさ。
 ところが――、
「旦那がた……本当に、仇を討ってくれるんですね……」
 いつになく真剣で、凄味さえ感じられるギンフの言葉に、オッサンも一瞬、戸惑った。
「ああ、必ずだ。約束するぜ、ギンフ。だから……」
 だが、オッサンに代わって誓う俺を見上げた途端、ギンフはまたまた、号泣し始めた。
「ぶっ……ぶわぁあぁぁあ! 見てねぇんでやすよぉお!」
「「「はぁ!?」」」
 俺たちは呆気に取られ、声をひっくり返した。
 ラルゥは、尤もな疑念をギンフに投げかけた。
「そもそも、なんでお前だけ無事だったの?」
 た、確かに……それは不思議、いや……不自然だ。するとギンフは、泣きながら訴えた。
「グスッ……呑みすぎたせいで、ションベンしたくなっちゃって……そんで、少し離れた隙に、こんなことに……全部、俺のせいっす! 呑みに行こうって誘ったから、近道しようって提案したから……テルセロ、なんとなく嫌がってたのに、俺が無理やり……うぅ!」
「ションベンって……お前、どれだけ溜めこんでたんだ!」と、ダルティフ。
 いやいや、今の着眼点は、そこじゃないから。ギンフも若干、頬を紅潮させ、激しい怒気を吐き出す。
「ホンのちょっとでやすよぉ! 二分……いや、三分も離れてなかったはずなのに、なのに……こんなことになっちまうなんて、あんまりじゃねぇっすかい! 非道すぎっす!」
 二分? 三分だって? いや、どっちにしても、あり得ねぇだろ……たった三分で、自警団の連中を十人も倒し、テルセロをめった刺しにし、広場から脱出するなんて……だって、通路は俺たちが来た方向以外、はす向かいに、もう一本しかねぇんだぞ? 複数犯の犯行だったとしても、全員が逃げる間なんてないはずだ。
 俺たちはあらためて周囲の様子を観察した。本当は、広場の隅で青ざめ、震えているナナシを、早くこの場から連れ出してやりたかったんだが、仕方ねぇ……それに犯人が、どこにひそんでいるともわからん。
 下手な単独行動は、避けるべきだろうぜ。
 そうこうする内にも、ラルゥが疑念に満ちた眼差しで、ギンフに念を押す。
「とにかく、本当に見てないんだね? なんにも」
「はい……見てたら、正直に話してますってば!」
 うん、ラルゥにしがみつき、張り倒されても、うるんだ瞳で見上げるあの根性。本物だ。
 嘘はついてねぇな。それにしてもラルゥ、もっといたわってやれよ。こんな状況下だぞ。
「他に、なにか気づいたことはないですか? 事件の起こる前など」
 テルセロの刺し傷を検分しながら、質問するタッシェルに、ギンフは、しばし頭を悩ませたが……寸刻後、電流が走ったみたいに背筋を張り、「ああ!」と、片手で膝を打った。
「……そう言えば、リタ……リタがいたって、テルセロ……酔っ払って変なこと」
「リタ? 女か?」と、今度は俺が問いただす。
「いや、猫なんすけどね。それも、サーカス団の、団長が飼ってた愛猫だとかで……あ!」
 刹那、ギンフの体を、またしても電流が走った。ピンッと姿勢を正して立ち上がり、俺たちの背後を、慄然と見つめている。
 どうした? まさか……犯人が戻って来たのか!?
 一斉に振り返る俺たち。だが、そこに見たものとは、まったく予想外の面々だった。
「「「動くな!! 手を挙げろ!!」」」
 厳しい蛮声が、広場一杯に反響する。
 俺たちは思わず、すくみ上がった。
 紺地の制服に銀バッジ、赤と黄色の肩章に、型の張った警帽、そして肩にかけた銃器。
 保安院の捜査官だ。首都マシェリタで唯一、銃器の携帯が許されている彼らは、続々とせまい路地二本から飛び出して来ては、俺たちを取り囲み、総勢三十人で銃口を向ける。
 ちょっと、待て! なんでそんな敵意に満ちた目で、俺たちに銃を向けるんだ!
 と、そこへ――、
「君たち、そこまでだ」
 聞き覚えのある声と、馴染み深い顔が現れ、俺たちはホッと安堵の吐息をもらした。
「ああ、丁度よかったぜ、バティック。実は、たった今……」
 俺が事情を説明するため、バスタードソードを背中の鞘に戻しながら、バティック捜査官に近づこうとした瞬間、彼の口から耳を疑うような、辛辣しんらつなセリフが投げつけられた。
「現行犯だ。君たち全員、逮捕する」
「「「なんだって!?」」」
 俺たちは愕然とし、悲鳴に近い声をそろえた。先ほどからの騒ぎで、貧民窟の住民も目を覚ましたようだ。けれど厄介ごとを嫌ってか、路地を見下ろす格好の、周辺ボロ屋の住民はみんな、窓辺や戸口に身を隠し、耳だけこちらにかたむけつつ、見て見ぬフリをしている。
 俺は、バティックの言葉が信じられず、それでもなんとか誤解を解こうと試みた。
「バティック、ちょっと待ってくれよ。俺たちが犯人のワケ、ねぇだろ。俺たち、長いつき合いなんだし、その辺のことは、わかってくれるだろ? 物騒な真似は、やめてくれよ」
「貴様! バティック副官に、気安く声をかけるな!」
「薄汚い賞金稼ぎのクセに、身のほどをわきまえろ!」
 途端に、バティックの両隣にいた捜査官が、物凄い剣幕で怒鳴り、俺の進路を阻んだ挙句、銃口で容赦なく、俺の体を押し返した。
 いてぇ――っ! クソ! なんだってんだよ!
「ザック! この手の馬鹿に、話は通じないよ! どうやらバティックとも、たもとを分かつ時が来たようだね! そっちがその気なら、こっちも遠慮なく、大暴れさせてもらうよ!」
 ラルゥは、クレイモアを振りかざし、捜査官へ斬りかかろうとした。
 それを慌てて、タッシェルが止める。
「待ってください、ラルゥ。短慮はいけません。ここはひとつ穏便に、話し合いで解決を」
 とはいえ、敵意に満ちた捜査官の目は、とても俺たちの話など受けつけそうになかった。
 そこでギンフが前に出て、俺たちの身の潔白を、証明しようとしてくれた。
「あの、バティック捜査官……旦那がたは、本当に犯人じゃあ……」
「黙りなさい、ギンフ君。詳細は保安院詰所で聞く。とにかく、全員連行しろ。遺体と負傷者は、担架で運べ。モタモタするな。夜明け前に片づけんと、野次馬で騒がしくなるぞ」
「「「了解!!」」」
 バティックの命に従い、慌ただしく動き出す捜査官三十名。その時、思いあまったチェルが、最終奥義の【言霊】を使おうとするのがわかった。
 俺は、急いでそれを制止した。
「チェル、我慢しろ。この場は下手に、逆らわない方がいい」
「で、でも……旦那さま!」
「心配するな。向こうに着いたら、俺がなんとかする。話をつけてやるから……な?」
 こうして俺たちは、いとも呆気なく逮捕され、保安院へと連行される破目になった。
 ナナシ、すまねぇ……本当は被害者なのに、お前まで巻きこんじまって……畜生!

 【昨日の友は今日も友】終
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