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【やっぱ昨日の友は今日の敵】
『2』
しおりを挟む「今から丁度、二カ月前。夏至の晩のことだ。サンデッドの森に、謎の飛翔体が落下した」
「謎の飛翔体?」
俺は怪訝な顔をして、バティックを見た。バティックは続ける。
「この六神界では、よくある事象だから、わかるだろう」
「まぁな。たとえば、浮遊高度が上の大陸からの落下物とか、神々による天青界からの賜り物とか……あ、ナナシにはわからんか。場合によっては、人間や動物、謎の石が降って来ることもあるんだ。生物の場合は当然、落ちる前後に死ぬけどな。けど、それが一体?」
「夏至の晩、落下して来た飛翔体は、目撃談によれば、青白い光を放っていたという」
「青白い光……まさか!」
「月の女神シェナトスの涙」
俺は愕然となった。しかし、俺とバティックのやり取りを聞いても、ナナシはわけがわからず、いよいよ困惑した様子である。俺はナナシに向きなおり、丁寧に説明してやった。
「前にも少し話したと思うが、六神界の天空には、三つの月が出るんだ。赤い月リュナシス、青い月シェナトス、白い月ハルバロス……そんで、赤い月が落とすのは憤怒の焔、白い月が落とすのは歓喜の光、青い月が落とすのが悲哀の涙と、そう言い伝えられてんだ」
それでもナナシは、ピンと来ない様子。焦れる俺に代わって、バティックが説明した。
「つまりだね、ナナシ君。リュナシスの焔が力を与えるように、ハルバロスの光が知恵を与えるように、シェナトスの涙は、命を与えるのだよ。この涙を得た者は、死者なら黄泉帰り、生者ならどんな病魔も祓い、不死身となれる。とにかく、素晴らしい賜り物なのだな」
「そう! そういうことだ、ナナシ! 凄いだろ! ……って、へ?」
俺は、バティックの言わんとすることが、今ひとつ理解できず、間の抜けた声を発した。
「確かに、シェナトスの涙が、謎の飛翔体……いや、落下物だったとして、それがなんだってんだよ? そりゃあ、現場にいて、カケラだけでも持ち帰れたら、億万長者だろうが」
「それだよ、ザック! 他のメンバーとちがい、やはり鋭いな、君は!」
はぁ!? 俺の頭の中は正直、疑問符だらけだったが、あの馬鹿連中を差し置き、俺だけここへ呼び出した理由が、それだとすると……うん。わかったフリして、黙っとくか。
ん? 待てよ? じゃあ、なんでナナシまで、呼んだんだ?
するとバティックは、心配そうにナナシの顔をのぞきこみ、こんなことを問いかけた。
「ナナシ君。まだ、思い出せないかね? 君は多分、殺された六人と同じように、シェナトスの涙の落下地点に、居合わせたはずなんだがねぇ……つまり、君さえ記憶を取り戻してくれれば、事件はすべて解決するんだがねぇ。本当に、なにひとつ思い出せないかね?」
「な、なんだってぇ!?」
俺は驚愕し、あらためてナナシの方を振り返った。そして、さらに仰天した。ナナシは青ざめ、瞠目し、小刻みに震えている。
まさか……なにか、思い出しかけているのか!?
「ナナシ……お前、大丈夫か? 震えてるじゃないか……」
「どうやら、記憶の断片が、蘇って来たらしいね」
バティックは、ゆっくりとナナシの隣に歩み寄ると、彼女の華奢な肩を、そっとなでてやった。
俺は、なんだかムッとして、すぐさまバティックの手から、ナナシを奪い返す。
「ナナシ、無理はすんなよ? 可哀そうに……けど、バティック。今の話が本当だとしたら、犯人の狙いはシェナトスの涙のカケラってことなのか? 殺した理由は、口封じ?」
「ザック。もう一度、思い出したまえ。被害者はいずれも、全身をズタズタに斬殺されたあと、体の一部分を持ち去られている。これが意味するところは、ひとつしかないだろう」
俺もここに来て、ようやく事件の核心を悟った。
「そうか! つまり、落下した衝撃で、シェナトスの涙のカケラは七つに飛び散り、偶然その場に居合わせた被害者たちの体内に、突き刺さった! だから体中を斬り裂かれ、カケラの入った部分だけ、犯人に持ち去られたワケか! ナナシが辛うじて生き延びられたのも、シェナトスの涙のカケラが、こいつの体内に埋めこまれているからだったんだな!」
「ご名答」
なんてこった……そうか、だから被害者は複数犯に、七カ所も致命傷を負わされたのか。
えぇと……つまりだな、ナナシ。非常に言いにくいんだが、シェナトスの涙は不死身と言ったが、永遠に、なにやっても、絶対に、死なないってワケじゃないんだ。伝説によるとだが、七つの命を与えるとされてるんだよ。つまり七回殺さなきゃ、相手は蘇っちまう。
逆を言えば、七回殺せば、もう二度と生き返らない。
但し、シェナトスの涙は、所有者が変われば、またその不可思議な力を発揮する。
だから古来より、血で血を洗う、奪い合いの種になって来たんだ。
「その通り」
いつの間にか、俺たちの真横に来ていたバティックが、俺の、ナナシへの講義を聞いて、感心したようにうなずいている。バティックは、さらに決定的な一言をナナシに告げた。
「端的に言うと、ナナシ君。今回の猟奇殺人事件のキーパーソンは、君だ。そして、犯人が次に狙うのも、まちがいなく君だ。なにせ、すでに一度は、襲われているのだからね」
バティックの言葉を聞き、ナナシはますます震え出した。俺は、平然と、顔色ひとつ変えず、淡々と語るバティックに、激しい憤りを感じた。
ナナシは、こんなに苦しんでいるのに……クソッ! 犯人どもも、絶対に許せねぇ! こんな可愛い少女の体を、七カ所も傷つけるなんて……ん?
いや、待てよ? 俺はまた、奇妙な矛盾点に気づいてしまった。
「でも、バティック……ナナシの体の致命傷は、七カ所あったって……」
「まったく、非道い話だよ。こんな可愛い女の子の体を……おっと」
言いかけてバティックは、急に口をつぐんだ。俺は驚き、ハッと目を見開いた。
「……ってことは、こいつが女だって、もう知って……あ! そうか! 知ってて当然だよな! 保安院が、こいつの身元やら、なんやら、色々と調べ上げたんだろうから……」
「おや? ザック……君もすでに、気づいていたのかね。ナナシ君が、少女だと」
「そりゃあ、気づくだろ! こんだけ長いこと、一緒に過ごしてりゃあ!」
俺は、なんだか馬鹿にされたような気がして、ついつい怒鳴ってしまった。
でも、よく考えりゃあ、他のメンバーなんか、誰一人、疑いもしてねぇんだよな。(なんか、あいつら……憐れになって来たぜ)
「そうだね。レナウスが、彼女の身を気づかって……君たちを、信頼していないワケではないのだろうけど、取りあえず、少年ということにしておこうと、決めたのだが……ハハ」
「笑いごっちゃねぇや! レナウスも、あんたも、まんまと騙しやがって! その上、今度のことだって……俺たちを犯人あつかいするし、問答無用で逮捕するし……かと思いきや、いきなり俺とナナシにだけ、大事な情報を開示するって、一体なにを企んでんだよ!」
俺は、至極もっともな怒りを、バティックにぶつけてみた。さて、どんな反応が返って来るかな? それ相応の事情を説明してくれねぇと、本当に今度こそ、ブチ切れるぞ!
「無論、事件の解決だよ。それ以外にない。君たちを緊急逮捕したのは、あの場に長居させるのは危険だと考えたからだ。とくに、ナナシ君の身がね。犯人は多分、我々が駆けつけさえしなければ、あのあと……君たちのことを襲っていただろうね。あくまで推測だが」
バティックは、ため息まじりに、恐るべき(本当に恐るべき!)ことを口にした。
「それじゃあ、あの場にまだ、犯人がひそんでいたと?」と、さらに問いかける俺。
「うむ。自警団の面々や被害者の遺体を、急遽回収するためにも、無駄な時間をかけたくなかったのでね。君たちに、言葉で説明しようとすると、結局そうなってしまうだろう?」
「まぁ、それは……けど! 昼間、ここを訪ねた時は、俺たちを、冷たくあしらいやがったじゃねぇか! クラッカージャックに、乗り換えるって……奴らは、どうすんだよ!」
俺は意外と執念深いんだぞ。
怒らすと厄介なんだぞ。
こと、小憎らしいクラッカージャックの面々が関わって来るとなると、かなり怒りの沸点が下がるんだぞ。たとえ摂氏5℃だって、もう手のつけられねぇ大噴火を起こすんだぞ。
けどバティックが返したセリフは、俺の噴気を、一気に華氏20℃くらいまで下げた。
「ああ、アレね。彼らには適当に、別の情報を与えておいたから、決して君たちの邪魔にはならないだろう。それに、あの時は怪しい同伴者がいただろう? だから、レナウスもそうだと思うが、仕方なく君たちを冷遇したのだよ。だが、安心したまえ。アレは我々の本意ではない。今度とも、よろしく頼むよ、ザック。但し、JADとの関係は断ってくれ」
なぁんだ、そういうコトか。さすがだぜ、バティック。やっぱ、人を見る目があるじゃねぇか。ん? いや……待てよ? けどセリフの後半は、逆に聞き捨てならなかったな。
俺は、JADとアフェリエラとの関係を、チクリと非難するバティックに、納得がいかず……そもそも、アフェリエラは失踪したまんまで、いけね……大事なコト、忘れてた。
「なんでだよ? だってJADが真犯人と、決まったワケじゃねぇし……それに、あの時の同伴者……つまり、アフェリエラが、行方不明になっちまったんだよ! なにか、その辺の情報は、入ってないか? なんせ、あれだけの美人だし、それこそ事件にでも巻きこまれてたら……そうだ! こうしちゃいられねぇ! 早く、捜しに行ってやらねぇと!」
俺は急にあせり出し、呑気にジッとしていられなくなり、椅子から勢いよく立ち上がった。
すると、そんな俺を落ち着かせるように、そっと手で制しつつ、バティックが言った。
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