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独立編
第十話「真琴と言っては駄目なこと」前編
しおりを挟む第十話「真琴と言っては駄目なこと」前編
――”たいして興味の無い男”
私の第一印象はそんなものだった。
”鈴原 最嘉”……
鈴原本家の三男で臨海領の次期領主候補のひとり。
彼には腹違いの兄がふたり、妹がひとり……
臨海領主である鈴原本家の跡取りは”その実力を以て為て”定められる。
方法は簡単。
ある時期に”殺し合って”
”生き残った”者の勝ち。
呆れるくらい野蛮だけど、抑も曾祖父の代に傭兵稼業で領主、つまり小国家の王にまで成り上がった臨海の鈴原家らしい取り決めだった。
戦国の成り上がり者。
野蛮で粗野な一族……
「……」
――あ、そうだった
”私も”分家”とはいえその”一族”だった。
あまり好きとは言えない粗野で野蛮な一族。
「……」
それでも”あまり”で済ませてしまう私は……
やはり、この愚かな一族の血を引いているのだろう。
私……”鈴原 真琴”は――
鈴原分家の娘で、もうすぐ決まるだろう本家の次期当主とやらに”命を賭して”仕えるよう育てられた、それ以外に自身の意思も存在も許されない無価値な女。
「……」
――ほんとうに無価値で無意味な人生……
「――こと?」
「……ふ」
「真琴っ!」
「っ!?」
私は聞き慣れた声で我に返っていた。
「あ……ええと?」
ムワッとするような熱気と、ザワザワと耳障りな喧騒の中に居る私。
「呆けるな!この勝負で我らが仕えるお方が絞られるのだぞ!」
私の隣で、そう注意を投げかけるのは――
正面の”闘技場”に真剣な眼差しを向ける真面目そうな男は……
――”宗三 壱”
現、鈴原当主である鈴原 太夫様の妹君の息子、つまりは二つ年上の私の従兄だ。
「……はい」
熱心に試合に見入る壱兄さん……
ほんとに人生に真面目で忠実な面白くない人物。
「真琴、お前もよく見ておけ。もしかしたらこの試合の勝者が我らの終生の主になられる可能性もあるのだからな」
「…………」
――えっと、
誤解があるといけないから言っておくけれど、
私はこの”壱兄さん”が決して嫌いなわけじゃない。
いいえ、寧ろこんな野蛮な闘技会に、滑稽な殺し合いの勝者に……
自身の人生を預ける事に対して微塵も疑問を抱かない、その真っ直ぐさに尊敬の念さえ感じている。
「壱兄さんはどっちが勝つと思います?なんならお昼ご飯でも賭けますか?」
「!」
壱兄さんは私の言葉にチラリと一瞬だけ鋭い視線を向けた後で、直ぐに正面の茶番に視線を戻した。
「…………そう言う言い方は不謹慎だろう。今は聞かなかったことにするが二度と口にするな」
「…………」
この時、私は十二歳。
壱兄さんは十四歳。
お互いの生家で、生まれてからずっと仕込まれてきたのは――
人を殺す武術と、もっと人を殺す戦術……
そして最後は自分を殺す――
未だ見ぬ主人への強制的な忠誠心。
「…………わかりました、すみません」
――本当に……くだらない
「…………」
これから決まるだろう次代の”鈴原当主”が?
それとも”私の人生”が?
「…………」
色々と考えていても仕方が無い。
結局のところ、私は”さしあたって”それしかする事が無いので闘技場の茶番に目を向けた。
ギィィィン!
ガキィィィ!
血を別けた兄弟同士の殺し合い。
――まぁ、親戚とはいえ……
当主様のご子息なんてよく知らないから、勝負の行方なんてどっちでも良いけど……
ガシュッ!
「!」
――多分、今回はあの三男……
――あのひとが死ぬだろう
「くっ」
ギィィィン!
――だって、あのひと……全然”なってない”もの
ザシュゥ!
「ぐはっ!」
腕が悪いわけじゃ無い。
いえ、寧ろ剣の腕なら相手よりも上かもしれない。
――けど……なってない
「……」
”あれ”では人を殺せない。
「……」
――”人殺し”の業がなってないのよ……あっ!?
ズバァァ!
「くぅっ!」
――ほら、いわんこっちゃない。もう終わりだわ
その時、記憶の奥から引き出した名前……
直ぐに出来上がるだろう死体の姓名は確か”鈴原 最嘉”という名だったはず。
「……くっ」
その少年、最嘉は肩口を大きく斬られ後方に数歩下がっていた。
私とそんなに変わらなさそうな年恰好だけど、決定的に覚悟が足りない。
「………………人間を殺める事が出来ないのなら”こんな”場所にしゃしゃり出てくるんじゃないわよ、バカ」
多分、私は苛立っていたのだろう。
ある意味で分家の私と同じ……
鈴原本家に生まれた彼は自分の意思で”殺し合い”からは逃れられないと。
私の胸中は、私自身が口にしたそんな文句も含めてモヤモヤとしていた。
ギィィィィン!
ガキィィン!
――くっ……
「だから……もうこんな茶番は」
パキィィィィィィーーーーン!!
「なっ?」
ワァァァァーー!!
ワァァァァーー!!
私は思わず間の抜けた声を上げていた。
甲高い金属音が私の鼓膜を震えさせ、そしてそれに少し遅れて観衆による結構な歓声があがっていた。
「そんな……」
終始において劣勢だった少年。
全身傷だらけで満身創痍な少年。
その少年が……
――戦況を一気にひっくり返したのだっ!
「ただの……”一太刀”で」
――そうよ、たったの一振りでひっくり返したっ!
具体的には、勢い込んで斬りかかって来た相手の剣撃を剣撃で打ち消した??
――い……え……正確では……ない?
剣を剣で受けたのではない、打ち返したのでも……
「な、なに?”あの剣技”??」
それは私の知る限り、あり得ない技術。
「振り下ろされる相手の刃の軌跡を”先取り”して迎え撃ったというのか??」
隣で熱心に観戦していた壱兄さんも結果からそう推測するしか無いみたいだけど……
自分で言っていて半信半疑……
とても信じられないという表情だ。
「……う」
それは無理も無いだろう。私だって同じ気持ちだ。
――剣筋を先読みして敵の刃の領域を占有する!
そんな神業が可能なら、待ち受けた先で予想通りの軌跡を辿る刃を”どう料理”するのも自由自在。
――”それ”は果たして既に”剣技”といえる代物なのだろうか??
「で、でも!でも……」
――そうだ……
――あれこれ考えても無意味だわ
確実なのは目前の事実のみ。
現実に相手の剣は根元からポッキリと真っ二つで、これではもう戦いにもならないだろうという事。
「くっ!最嘉ぃぃぃ!」
自分よりもずっと年下で格下だと思っていたであろう弟に、衆人観衆の前でこれ以上無い屈辱を与えられた男は怒りのまま躍りかかっていた。
ダダッ!
折れた剣を投げ捨て、素手格闘の組み討ち術に切り替える!
「無理……それが解らない鈴原じゃないでしょう」
――もう勝負は着いているのよ
体格や膂力に勝るからと言って、剣対剣であれだけの実力差を見せつけられた直後に素手で挑むなんて……
――”馬鹿げてる”にもほどがある
ザシュゥゥゥゥ!
ザシュゥゥゥゥ!
「ぎゃっ!ぁぁっ!ぁぁぁぁ!!」
悲鳴をあげて男……
――確か鈴原本家の長男、長嘉だったかしら?
「……」
とにかく、そういう姓名の男は血飛沫と共に地面に這い蹲っていた。
「がっ!がはぁぁっ!き、貴様……」
両手、両足の腱が斬られてる。
あれでは立ち上がることもできないだろう。
「もう良いだろ?長嘉。直ぐに治療すれば両手足は大丈夫のはずだから……」
最嘉という少年は這い蹲る異母兄を見下ろしてそう言った。
「父上っ!」
そして今度は父である現・臨海領主、鈴原 大夫様に掛け合う。
「ふん……善かろう。これもある意味で死といえるだろう」
鈴原 大夫様は自身の息子が息子を傷つけても表情も変えない。
当たり前だ。
これを主催しているのは”鈴原本家”なのだから……
そして――
鈴原の試合は終わった。
数人の救護の者達に運ばれてゆく敗者、鈴原 長嘉。
「きさまぁぁっ!!こ、殺せっ!ころせぇぇぇぇ!!ゴミの分際でっ!妾の愚息ごとき存在でぇぇっ!!最嘉ぃぃぃぃぃっ!ぶ、分不相応に俺に情けをかけるかぁぁっ!!」
目一杯の罵声を響かせて退場する、過去の当主候補、鈴原 長嘉。
そして、その呪詛ともいえる叫び声を背中に浴びながら敗者以上に傷ついた体で去って行く少年……鈴原 最嘉。
「…………」
――”こういう”結果を導くために?
――序盤で相手の斬撃をあれほど受けていたというの?
「…………まさか……ね」
ああ見えても長嘉は正直言って強い。
私や壱兄さんよりも多分、数段は上だろう。
だから死んでいてもおかしくなかった。
――いいえ!現に最嘉は傷だらけ……浅い傷ばかりじゃないはずよ!
「…………」
――どうして?
――あれほどの強さなら!もっと、もっと簡単に勝負は着いたはず!!
――
「真琴、もしかしたら我らの主はあの方になるのやもしれん……んっ?」
「……」
隣で呟く壱兄さんの言葉も今の私の耳には全く入っていなかった。
「っ!」
ダダッ!
そして私の足は自然と駆け出す!
「お、おい!?真琴?」
壱兄さんの声を置き去りに、
――どうして走るの?
――どうして最嘉の後を?
――どうして……
走りながら私の頭の中は……
何度も何度も何度も打ち寄せる疑問の波に……
自身が求める疑問さえ解らないままに……
ダダダッ!ダダダ!
「はぁはぁ……鈴原……はぁ……最嘉……」
――”鈴原の掟”
それ以外に自身の意思も存在も許されない無価値な女、鈴原 真琴は縋るような気持ちでその少年の後を追っていたのだった。
第十話「真琴と言っては駄目なこと」前編 END
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