魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-

独立編

第十話「真琴と言っては駄目なこと」後編

　　第十話「真琴まことと言っては駄目なこと」後編

　ビュウ――ゥ

　「っ！」

　少女の黒髪が少し強めの風に乱れ、白い頬を冷たい感触が触る。

　市立臨海りんかい高等学校の屋上――

　太陽が一番高くなる時間帯であっても、屋上で待ち合わせするには少し厳しい季節になりつつあった。

　「……」

　一度、腕時計の針をチラリと確認した後で……

　風に游いだ髪を整えつつも私は目的の”お方”を待ち続ける。

　――

　「まだ、少し……」

　仕えるべき主君あるじをお待ちしつつ、私はさっきまでと同じように続けて懐かしい”過去の日むかし”に浸ることにしたのだった。

　――そう、懐かしくて……

　――悲しい……

　「…………」

　でも私にとっては一番大切な想い出に……

　――
　―


　「最嘉もりよし兄様、聞きましたよ！長嘉ながよし兄様を退しりぞけられたそうですね」

　数日前から私の……

　”興味を惹くようになった人物”の前には年端もいかない少女がひとり。

　「ふふ、さすがは最嘉もりよし兄様です！」

　長い黒髪と白い肌、そしてか細い腕……

　一見しておよそ武術とは無縁そうな華奢な少女は上機嫌だ。

　「……」

　そう、華奢で儚げな少女……

　でも私は知っている。

　彼女もまた……この華奢な少女もまた鈴原すずはら本家の人間であり、”彼”の妹であると。


　「嘉深よしみ、苦労はしたけど一応はお前からの要望通りに殺さずに済ませられたよ。でもまぁ、”武人”としてはもう終わりだろうけどな」

　私が数日前から”興味を惹くようになった”人物、

　儚げな少女が”最嘉もりよし兄様”と呼ぶ人物、

　”鈴原すずはら 最嘉もりよし”の意識しただろう、本質を軽くする口調に華奢な少女は白い首を控えめに縦に振る。

　「長嘉ながよし兄様の怪我は日常生活だけなら問題無いのですよね？だったら最嘉もりよし兄様が気に病むことはありません。それより、あの長嘉ながよし兄様を相手にしてなお、自らに厳しい制限を課した状況で倒すなんてやはり……兄様はすごいです」

　そう褒め称える少女だが、本人の表情は自身の言葉に反してどこか沈んでいるようにも見える。

　「あぁ、気にするなよ、”殺し”たくなかったんだろ？嘉深よしみは……」

　私と同じように感じ取ったのだろう、彼の言葉にコクリと頷いた少女……

　鈴原すずはら 嘉深よしみの双瞳ひとみからはその動きで涙の滴がぽろぽろと零れていた。

　「ご、ごめんなさい……私の我が儘で……最嘉もりよし兄様にこんな怪我を……でも、でも……」

　――同腹兄である長嘉ながよしが命を落とさないように懇願し

　――異母兄である最嘉もりよしの負った怪我に罪を感じて涙する

　「……」

　心優しい少女なのだろう、けれど”鈴原すずはら”の血を引く者としては……

　「いや、気にするなって。兄弟きょうだい同士で殺し合いなんて嫌なんだろ？相変わらず優しいな、嘉深よしみは。僕は、いや！僕だけじゃ無い、長嘉ながよしも重嘉しげよしもそんなこと考えたことも無かったよ、うん、賛成だ、僕は協力する。重嘉しげよしはもう……無理だけど……な」

　突然、情緒不安定になった妹を慌てながらも優しい表情と言葉で包む最嘉もりよし。

　「……」

　――ほんと、お優しい事だわ

　私の心に少しだけ嫉妬心が湧く。

　――妹君には……ね

　――それで、気にするなと言った当の本人は彼方此方あちこちを包帯で埋め尽くされ、右足は跛びっこで松葉杖のお世話になっているわけね

　嫌な感情だ。

　半分とは言え妹相手に嫉妬なんて……


　「ありがとう、最嘉もりよし兄様。ですが……重嘉しげよし兄様の死は先に行われた長嘉ながよし兄様との試合の結果です。それこそ最嘉もりよし兄様には非がありません……でも、でも」

　「解ってる、もう誰一人として死なせない。長嘉ながよしは戦士としては再起不能だし、重嘉しげよしはもうこの世にいない。僕が嫡男と認められるのは時間の問題だろうし、僕が当主になったらこの呪いの様な風習も無くしてみせる！嘉深よしみはそれが望みなんだろう？」

　「はい……ありがとうございます、最嘉もりよし兄様、兄様なら必ず……」

　彼の言葉に、華奢で心優しい少女は涙に濡れた瞳で微笑み頷いたのだった。

　――

　「随分と余裕なんですね？」

　「？」

　妹君との会話を終えた彼を――

　少し歩いた小道で捉つかままえる私。

　でも彼は、ずっと潜んでいた私の背後からの言葉に全く驚くこと無く立ち止まった。
　
　「別に。それより”盗み聞き”とは趣味があまり良くないんじゃないか？えっと……」

　「真琴まことです。鈴原すずはら 真琴まこと」

　私は”盗み聞き”の部分は平然と聞き流し、その場に片膝を着ついてから頭を下げて”わざとらしく”丁寧に挨拶した。

　「真琴まこと？鈴原すずはら？……あぁ、分家の……」

　多少皮肉を織り交ぜたつもりだった私の行動に、最嘉もりよしは気にもならない様子で応じる。

　「お見知りおき頂き光栄で……」

　「で、何の用だ？僕は別に用はないけど」

　「……」

　――あ

　――なんかイラッときた

　心持ち頭を下げた相手からは見えぬくい私の頬がピクリと引き攣る。

　”分家”の……ね。

　将来、只ただの”捨て駒”になるだけの相手には興味も無いってこと？

　「……」

　「なんだ？話が無いなら僕はもう行くぞ」

　――ふぅぅぅぅんっ！！

　”妹君”相手とは随分と態度が違うことでっ！

　「甘いんじゃ無いですか？最嘉もりよし様。能力があるのにそれを早々に出し切らず、結果的に要らぬ傷を負う。そういうのは戦場では致命的では？妹君の言いなりになるのは勝手ですが、そんな人間が私の主君しゅくんになるかも知れないなんて、とぉぉぉってもっ！！迷惑なんですけどぉぉっ！！」

　今日は様子見だけだったつもりが……

　ついつい、絡んでしまう私。

　――私はなんでこんなに苛いらついているのだろう？


　「関係無いだろ？お前には」

　「っ！？」

　――かんけい……ないぃっ！？

　その瞬間、私の中で何かが弾けた。

　「関係あるわっ！！私の命が掛かっているのだからっ！良いい？最嘉もりよし！よぉぉく聞きなさいっ！！無能な主君あるじに仕えて無駄死にするなんてまっぴら！！いいえ！有能な主君あるじだってご免よっ！！」

　「…………」

　「………………………………あ」

　――し、しまった！！

　――やってしまった……わたし……つい……

　なんて短絡的な……

　長年、私自身と付き合ってきたけど、その”鈴原すずはら 真琴まこと”とは思えないこの浅はかな行動！

　――はぁぁ……

　私の人生の不条理を”最嘉このひと”にぶつけても仕方ないのに……


　「…………」

　――くっ！今はそんなことより……

　次期当主候補である本家の最嘉もりよし様にタメ口で暴言なんて！！

　実家に迷惑をかけないためにもここは速やかに謝罪を……

　「ぅぅ……あの……も、最嘉もりよし……さま、い、今の私の言葉は……あの……」

　「それは……」

　「う……」

　どう謝罪したものかと焦る私を意外にも落ち着いた表情で見下ろした最嘉もりよしは――

　「結局、どっちにしても死にたくないということだよなぁ？」

　テンパった頭で言い訳しようと焦る私を前に、当の最嘉もりよしは”なんだか”力の抜けた声で問いかけてきた。

　――家臣の……”分家の娘”如きにこんな口を叩かれてなに？その反応……

　――もしかして怒りを通り越して呆れてる？？

　「……い、いえ……あの……」

　――それは、そうね……

　初対面の、従僕予定者が意味不明に、さらに分不相応に急に突っかかってきたのだから。

　「け……けっして……そういう…………ごにょごにょ」

　「わかったよ。以後は出来るだけ気をつける」

　「………………………………………………は？」

　小さくなる私に彼はそう言った。

　――な、なんで？……そうなる……の？

　益々混乱する私。

　「えっと……駄目……か？」

　予想できるはずも無い最嘉もりよしの反応に狼狽うろたえて黙ってしまう私を見て、彼はそれが納得いっていない様子に見えたのか、まるで自信なさげに聞いてきた。

　――え、えぇぇと……

　私は完全にテンパって、そして――

　「か、考えとく……わ」

　またもタメ口でそう返したのだった。

　――
  ―


　「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ！！！！恥ずかしいぃぃっ！！」

　私は屋上で叫んでいた。

　今思い出しても恥ずかしい過去。

　――なに？その意味不明の返事は？

　――”考えとくわ”って何を？

　――てか、何様？

　「…………ほんと、恥ずかしい」

　「恥ずかしいって、なにが？」

　「ひっ！？」

　屋上のフェンス際、いつの間にか私の前には――

　私の最もよく知るお方の姿が在った。

　「え、えっと……そ、その！」

　”鈴原すずはら 最嘉さいか”さま

　私が生涯を捧げると決めた唯一のお方……


　「真琴まこと？」

　「い、いえ！忘れて下さいっ！」

　「？？」

　「う……すぅぅ、はぁぁ」

　不思議そうな表情かおの主君あるじを前に、私は短く深呼吸をして気持ちを切り替える。

　そうだ。今日、最嘉さいかさまが私に話されるのは”あの件”だろう……

　優しい最嘉さいかさまからは言いにくいかもしれない話題。

　「……」

　――なら、私から切り出すのが一番だ！

　一瞬だけ俯うつむいてから私は！火照った顔を整えて気持ちを切り替え、再び主君あるじの凜々しい瞳を正面から捉えていた。

　「大まかな経緯は把握しています！ご心配には及びません、我が君。この”鈴原すずはら 真琴まこと”が必ず臨海りんかいを死守致します！」

　最嘉さいかさま達が天都原あまつはらの日乃ひの領を完全掌握する間、私に期待される任務は臨海りんかい領の死守だろう。

　近代国家世界こちらでの情報を得て再び世界が戦国世界あちらに切り替わる月曜日には、天都原あまつはらと南阿なんあは動き出すのは確実だ。

　とりあえず、南阿なんあは”蟹甲楼かいこうろう”を押さえられてそれどころじゃ無いかも知れないし、

　”純白の連なる刃ホーリーブレイド”がなんとか上手く誤魔化している？らしいから、取りあえず置いておいても大丈夫でしょうけど問題は天都原あまつはら……

　表向きは南阿なんあの残党、つまり”純白の連なる刃ホーリーブレイド”が率いる白閃隊びゃくせんたいが日乃ひのを奪った事になってはいるけど、天都原あまつはらではそれに最嘉さいかさまが加担したかもと疑っているはず……

　こちらの世界での天都原あまつはらからの事情説明要求に今のところ一切応えていない臨海われわれは、最早、反乱分子扱いされていてもおかしくない。

　だったら――

　世界が切り替わる月曜日以降、早々に討伐隊が出される可能性もある！

　そういう考察から最嘉さいかさまが本日、この鈴原すずはら 真琴まことに命じるであろう内容を先読みしていたのだけれど……

　最嘉さいかさまは申し訳なさそうな表情をされ――

　「天都原あまつはらは現在は念願の蟹甲楼かいこうろうを奪取して南阿なんあ侵攻へ集中している。俺達如き小勢力の動きよりそっちを優先させるのが常道だし、”無垢なる深淵ダークビューティー”と呼ばれる京極きょうごく 陽子はるこならばそう判断するだろうと俺も踏んでいたが、問題は……」

　今回、ここで話すべき話題に改めてご自分の言葉で触れられた。

　「藤桐ふじきり 光友みつとも……ですね」

　呟いた私の言葉に最嘉さいかさまも頷く。

　「奴が天都原あまつはら王都、斑鳩いかるがの責任者である京極きょうごく 陽子はるこの再三に渡る指示を無視して強引に入城したという知らせは聞いているな？」

　今度は私がコクリと頷いた。

　「”藤桐 光友アレ”は尊大な男だ。慎重で思慮深く、常に何十手も先を読んで行動する京極きょうごく 陽子はることは違って思いつきで行動を起こし、その場その場の空気と気分でとんでもない決断をやってのける！ある意味で最も厄介な男だ」

　横柄で傲慢に見えても結果を出してしまうのは生まれついての”王の器”なのだろうと。

　――最嘉さいかさまは藤桐ふじきり 光友みつともをそう評価してらっしゃるみたいだけど、

　――私にしてみれば、鈴原すずはら 真琴まことにとっては、”王の器”とは”最嘉さいかさま”しか有り得ないっ！！


　「真琴まこと？」

　「いえ……つまり、直ぐにでも攻めて来ると言うことでしょうか？」

　胸の熱い想いを誤魔化して私は確認する。

　「解らないな。南阿なんあに大攻勢をかけようとするこの時期に、北方の備えを怠るのはあまり良いとは言い難い。俺が陽子はるこなら手を尽くして押さえようとするが……抑そもそも奴は他人の指図を一番嫌うプライドの塊のような男だからな」

　藤桐ふじきり 光友みつともの人物を分析しながら、最嘉さいかさまは難しい表情を見せる。

　「ご心配は無用です、我が君。どうなろうと必ず臨海りんかいを死守してみせます！」

　「悪いな、いつも真琴まことには厄介な仕事を任せてしまって……辛くて嫌な思いをさせる。出来るだけこっちを早急に片付け援軍を向けられるようにするから」

　――こういう時、本当に申し訳なさそうな表情をなさるの……最嘉さいかさまは

　勿論、心中もその通りなのだろうけど、でも同時に決して目的それを断念したりはしない！

　――厳しい方なのか、優しい方なのか

　――ふふっ、そんな事は決まってる

　いい加減に見えるけど実は凄く信念のひとで、でも凄く他者への責任感もあって……

　それで……それで……

　――すごく優しい方


　「ふふ、大丈夫ですよ、援軍は必要ありません。最嘉さいかさまは目前の那知なち城攻略に集中なさって下さい」

　本当に申し訳なさそうな主君に、不敬では在るのだけろうけど私はつい、頬を緩めてしまう。

　「いや、しかし……おっ！？」

　それでも私を気遣って下さろうとする最嘉さいかさまの背後にスッと移動した私は……

　初めてお会いした時とは見違えた、広い男性の背中に自分のおでこをあてた。

　「思ってません。辛いとも、嫌なんてことも。今の今まで一度も……私の幸せは最嘉さいかさまのお役に立つこと……」

　――それは”鈴原すずはら 真琴まこと”の心からの言葉


　「真琴まこと……けど、いや、やはり援軍は……」

　「最嘉さいかさま、これ以上は怒りますよ？」

　「なら、せめて壱いちだけでも……」

　それでも最嘉さいかさまは引き下がらない。

　ご自分の方も大変だというのに……


　「だったら……」

　それが嬉しくて……贅沢だと知りつつも思わず私の口をついて出てしまう言葉。

　「だ、だったら？」

　途端に最嘉さいかさまは安堵の表情を浮かべた。

　「いえ、出過ぎたことでした」

　――危ない、危ない

　最嘉さいかさまのお優しさについ甘えてしまうところ……

　「いいから言えよ」

　「…………」

　――だめ……でも……

　「最嘉さいかさまに……お渡ししたいものがあるのです」

　「俺に？」

　――言ってしまった……私

　「そ、その……この戦が終わったら、その時はぜひ受け取って下さい」

　「…………」

　一転して――

　勇気を振りしぼった私の言葉になんだか変な表情を返す最嘉さいかさま。

　「真琴まこと、お前なぁ、解って言ってるのか？」

　「え？」

　最嘉さいかさまが”なに”に呆れたのか？私には解らない。

　「はぁぁぁっ、だからな、”この戦いが終わったら”って、それ、まるで”死亡フラグ”」

　「……あっ！？」

　――本当だ！！

　どんな歴戦の勇者でも験げんを担ぐ戦いくさの前に私って……

　私って……

　「…………ふっ……ふふ」

　結構な状況の話なのに何故だか私は可笑しくなり、口元が綻んでしまう。

　「笑ってる場合かよ、”言ったら駄目なこと”だろ？」

　最嘉さいかさまも、いつの間にかあきれ顔で笑っていた。

　「そうですね、”言っては駄目なこと”でした……ふふっ」

　そうして最嘉さいかさまと私は……

　もう過ごすのには適さない時期になりつつある屋上の寒空の下、

　なんだか可笑しくて、なんだか楽しくて、

　「ふふふ」

　「ははは」

　暫く笑い合っていたのだった。

　第十話「真琴まことと言っては駄目なこと」後編 END