魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-

独立編

第十一話「最嘉と黄金の時」

　第十一話「最嘉さいかと黄金の時」

　臨海りんかい市から二百キロほど北東に天都原あまつはら州都である斑鳩いかるが市があった。

　「週明け、世界が切り替わり次第に直ぐ出陣だ！宮郷みやざとよ、貴公の”宮郷みやごう軍”も即刻合流してもらうぞ！」

　「……無理ねぇ、こちらにも準備というものがあるわぁ」

　横柄な物言いで命令する男に対し、立派な応接セットに足を組んで座った女が気怠けだるそうに返答した。

　「ほほう？先の日乃ひの防衛戦で散々失態を晒した宮郷みやごうの領主代理とは思えない発言だな」

　「……」

　続けて侮蔑的な言葉を重ねる男にも、変わらぬ無気力な表情の女は静かに瞼まぶたを閉じる。

　「黙だんまりか？ふん、日乃防衛戦あれの時、指揮を執った臨海りんかいの鈴原すずはらは離反した疑いがある。解っていると思うが、疑いと言っても実際は限りなく黒に近い。で、同戦に参戦した日限ひぎりの熊谷くまがやは召集をかけても無視、これでは同じ戦いくさに出陣していた宮郷みやごうも結託していると疑われるのは当然とは思わないか？え？宮郷みやごうの”宮郷みやざと 弥代やしろ”領主代理よ？」

　チクチクと相手の痛いところを突く、高級スーツ姿の男は”藤桐ふじきり 光友みつとも”

　この天都原あまつはら州の代表である藤桐ふじきり家の御曹司で、二十七歳にして大企業”藤桐ふじきりグループ”が主力会社である”Ｆ＆Ｋコーポレイション”代表取締役でもある絶対的な権力者だ。

　「私はぁ、知らないわ、関係無い。現にぃ、こうやって天都原あまつはらの召集に応じているでしょう？」

　無礼極まりない態度をとられてもなお、特に憤慨する様子も焦る様子も無い、相変わらず気怠けだるそうな女は”宮郷みやざと 弥代やしろ”

　天都原あまつはら州の南部方面にある宮郷みやごう市代表の娘だ。

　天都原あまつはら州の市の一つといっても宮郷みやごう市は天都原あまつはら中央政府の直轄では無い。

　それは宮郷みやごう市だけではなく、臨海りんかい市や日限ひぎり市も同様で、独立した行政と経済を持つ、歴れっきとした独立国だ。

　抑そもそも戦国世界むこうでは小国とはいえ名目上は同盟国である。

　小国家、各国の当主は近代国家世界こちらでは管轄地の代表であり、その他の人間もまた似通った感じで相応の身分であることが殆どだ。

　つまり、こちらの世界と向こうの世界は文化や文明レベルに相違があるとはいえ、密接に関係しており、捉え方によってはほぼ同じと言っても良いだろう。

　大きく違う点は、向こうは野心と謀略が憚はばかられること無く渦巻く戦国時代。

　こちらは表面上は各国代表による合議の下で平和な自治が維持されている近代国家。

　とはいえ……

　二つの世界は密接に連動しているのも事実であることから、向こうでの勢力図の塗り替えはこちらにも直ちに影響してくるし、向こうの戦での生死はこちらの生死でもある。

　戦国世界むこうでの死亡はこちらでの死亡を意味するのだ。

　では、その逆、近代国家世界こちらでの死亡は？

　――それは……


　「ほう？飽あくまでも白を切ると……」

　光友みつともは元々鋭い眼を爛爛と光らせて弥代やしろを睨んでいた。

　「もういいわ、この案件は一旦保留としましょう」

　同じ室内、二人のやり取りを暫く傍観していた少女が会話に割り込んだ。

　「……っ！」

　尊大な態度をとっていた傍若無人な男、藤桐ふじきり 光友みつともでさえ咄嗟に思わず姿勢を正す。

　ほんの僅かの間であったが、それでも長年見知った従妹の瞳には彼でさえ心を奪われるのだ。

　「良いかしら？」

　腰まで届く降ろされた緑の黒髪はゆるやかにウェーブがかかって輝き、白く透き通った肌と対照的な艶あでやかな紅あかい唇が呆れたように結ばれている。

　――京極きょうごく 陽子はるこ

　目の前で、呼び出した相手を勢い込んで追求中の天都原あまつはら当主の子息、藤桐ふじきり 光友みつともの従妹いとこで、学生でありながらも大企業、藤桐ふじきりグループ本社で幹部を務める才女だ。

　「ちっ！」

　一時的とはいえ、案山子かかしのように見蕩みとれ固まってしまった自分に対してか、光友みつともは小さく舌打ちをすると視線を逸そらせた。

　――そう、

　京極きょうごく 陽子はるこのまことに希なる美貌の極めつけは漆黒の双瞳ひとみだった。

　対峙する者を尽ことごとく虜にするのでは無いかと思わせる美しい眼差しでありながら、それは一言で言うなら”純粋なる闇”

　恐ろしいまでに他人ひとを惹きつける……

　――”奈落”の双瞳ひとみだ


　「…………助かりますぅ」

　宮郷みやざと 弥代やしろは座ったままチラリと……頭から足先まで、高級でシックな装いではあるが暗黒色一辺倒のコーデである美少女を一瞥した後で軽く溜息を吐つくように表面上は感謝の意を伝える。

　「ここで確たる証拠も無しに宮郷みやごうを糾弾しても仕方の無いことでしょう。結局は当事者の鈴原すずはら 最嘉さいかに問い糾すのが一番早いと言う事よ」

　此こ所こまで一歩退いていた陽子はるこは続けて壁際から従兄いとこに意見する。

　お嬢様らしく華奢な線の少女にしては意外と豊かな膨らみの前で腕を組んだ彼女は、暴走気味の従兄いとこにうんざりしていたのだ。

　「出来るのか？」

　「ええ」

　そんな彼女の表情を察することも無い光友みつともの問いかけに即答する陽子はるこ。

　「なら直ぐに呼び出せ！」

　「時期が来たらそうするわ。それよりも今は南阿なんあが最優先、臨海りんかいごとき小国の対処はどうとでもなるわ、だから光友みつとも殿下には今まで通り北の”七峰しちほう”への備えを……」

　「ふん、まあ良いい！俺は俺のやりたいようにするだけだ」

　「……」

　徹底的に自己中心的な従兄いとことの無意味なやり取りに呆れたのか――

　形の良い紅あかい唇を結んで黙る陽子はるこ。

　理解してはいたが――

　藤桐ふじきり 光友みつともという男には道理も理屈も無意味だった。


　「戦犯が南阿なんあの”純白の連なる刃ホーリーブレイド”だろうと、弱小国の鈴原すずはら 最嘉さいかだろうと、神聖不可侵な我が天都原あまつはら領土を侵した罪は重い！だが先ずは鈴原すずはらの臨海りんかい領、その後は奪われた日乃ひの領の反逆者共と南阿なんあの野蛮人、その兵全ての血と肉、命をもって償わせるだけだ！」

　こうして――

　天都原あまつはら州都、斑鳩いかるが市で行われた藤桐ふじきり 光友みつとも主導の極めて個人的な査問は終了し、宮郷みやざと 弥代やしろは帰路についた。

　そして当の藤桐ふじきり 光友みつともはというと、

　――”忙しくなる”

　と、どこか嬉々とした表情を浮かべながら姿を消したのだった。

　結局のところ、事態は藤桐ふじきり 光友みつともを放置するしかない状況で進んでゆく……

　――
　―


　「宜しいのですか？」

　二人が去った応接室で疲れた表情でソファに腰を下ろした陽子はるこに、彼女お付きの老家臣である岩倉いわくらが声をかけた。

　「王位継承権第一位、次期当主たる”藤桐ふじきり 光友みつとも”殿下を、第六位の私に止める術は無いでしょう？」

　「それは……」

　困り顔の老人を余所よそに、テーブル上で湯気をたてるカップをそっと手に取る少女。

　「まぁ、ある程度は手を打ってあるわ。効果のほどは分からないけれど」

　「え？」

　手は打ってある？

　こんなイレギュラーな事態に？

　老家臣は驚いた表情で主君の顔を見る。

　「考え無しのああいう手合いは、背後を突っついてやるしかないわね」

　その時――

　彼女付きの老家臣、”岩倉いわくら 遠海とうみ”が確認したのは……

　彼自身が入れたロイヤルミルクティーをいつも通りの澄まし顔で口に運ぶ、類い希なる美少女の姿だった。

　「……」

　――少女の静かな”奈落の双瞳ひとみ”は一体この先に何を視みているのだろうか？

　「うん、合格」

　彼女の瑞々しくも紅あかい唇が一瞬だけ年相応の少女の綻びを見せるが、それは直ぐに横に結ばれる。

　「王が獲るのは国であって個人の首ではないわ」

　京極きょうごく 陽子はることしては今回のこの状況は不本意このうえないが……

　それはそれ、この時の彼女の比類無き頭脳は既に次策の修正に向けて動いていたのだった。

　――



　――日乃ひの領南部一帯を治める重要拠点のひとつ”那知なち城”

　領主、亀成かめなり 弾正だんじょうがそこを任せていたのは”草加くさか 勘重郎かんじゅうろう”という元々土着の豪族だった。


　「那知なち城主の草加くさか 勘重郎かんじゅうろうか、力のある者に従う解りやすい戦国人いくさびとのはずだが……」

　俺達の軍を前にして……那知なち城主、草加くさか 勘重郎かんじゅうろうは籠城による徹底抗戦を選んだ。

　「領都にある堂上どのうえ城が陥落し、その周辺が制圧されたとはいえ、自城前に展開した我が軍……いえ、南阿なんあの白閃隊びゃくせんたいの兵数をみてとって抗戦に一戦の価値ありと判断したのでしょうか？」

　俺の隣に控える副官の宗三むねみつ 壱いちが見解を述べる。

　――なるほど、那知なち城主である草加くさか 勘重郎かんじゅうろうは計算高い男だという

　敵がそれほど大軍では無いとみて一応の抗戦を試み、上手くすれば時を稼いで本国、天都原あまつはらの援軍を待つ……

　そして、一戦してみて適わないと見れば改めて降伏する……と、

　一見してご都合主義のどっちつかず、敵味方どちらにも評価されない下策に見えるが、その実は、上手くいけば天都原あまつはら本国からの評価は上がるだろうし、仮に戦いに負けたとしても……

　「俺達は那知なちの物資と人民、兵士、なにより此処ここいら一帯を押さえる強固な城を必要としているからな。城主であり、ここの地方豪族である草加くさか 勘重郎かんじゅうろうの協力が不可欠だ」

　”そういう”事情を見越して、敗残の将になったとしても雑には扱われないだろうという目論見の上でのこの方針だろう。

　虎の子の蟹甲楼かいこうろうを押さえられ、本拠地に戻ることも支篤しとくからの援軍を受けることもままならない南阿なんあ軍、白閃隊びゃくせんたいの現状を善よく善よく見極めた自分優先の判断だ。

　足元を見た”底ローリスク高ハイリターン”の戦略とも言える。

　――なるほどね、噂に違たがわぬ計算高い人物のようだ……


　「戦わずして勝つ……懐柔は不可能のようですね」

　壱いちの言葉に俺は軽く首を横に振る。

　「俺は抑そもそも戦わずして勝とうとは考えていない。これっぽっちの兵力で震え上がる輩に城主なんてものが務まるわけが無いしな」

　「しかし、この城の守り……一筋縄ではいかないようですが」

　成る程と、壱いちは頷いた後で攻略目標を改めて見据えながらそう感想を口にした。

　――だろうな……

　「今回は時間は向こうの味方だ。こっちは天都原あまつはらは勿論、ともすれば南阿なんあという障害が控えている以上、時間は黄金よりも貴重だが策は在る」

　そう言いながらも俺の脳裏には臨海りんかい領の守備に残した真琴まことの姿が浮かんでいた。

　――焦るな……
　――焦るな……
　――焦るな俺！

　焦りは全ての終焉の始まりだ。

　――

　俺は隣に控える壱いちには気づかれないように下唇をキュッと強めに噛んで、改めて気持ちを引き締める。

　「ゆくぞ、壱いち！最短最速で片付ける！！」

　第十一話「最嘉さいかと黄金の時」END