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独立編
第十二話「最嘉と戦場の計算」前編
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――鈴原の後継者指名は当時の最嘉さまの考え通り簡単にはいかなかった
「嘉深が?!」
その報告を受けた最嘉が取るものも取りあえずそこに駆けつける。
「……」
たまたま居合わせた私も最嘉の後に続いてそこに駆けつけた。
――そう、私こと鈴原 真琴は、
あの日以来、なにかにつけて最嘉のもとを訪れることが多くなっていたのだ。
当時の私は”ああだこうだ”と理由は付けてはいたけれど、
結局の所、この最嘉という人物に非常に興味が湧いていたのだ。
というか、当時の自分は絶対に認めないでしょうけど……
「……」
それは好意……
もっとぶっちゃけると”恋愛感情”の始まりという類いのもの……
――
「よ、嘉深っ!!」
其処に駆けつけた直後に絶句する最嘉。
その場所は少し前に最嘉本人が鈴原家長兄の長嘉と雌雄を決した闘技場だった。
「…………」
闘技場には――
「あら?ご機嫌よう、最嘉兄様」
血塗れで佇む独りの少女の姿。
――鈴原 嘉深
少女は最嘉の病弱な妹だ。
「…………」
咄嗟に言葉が出て来ない最嘉。
何故なら、その少女は……
彼の妹は……
「ふふ」
血塗れ、佇む彼の妹の右手には”刃渡り五十センチ”ほどの小太刀が握られていた。
ヌラリと――
ドス黒い朱に染まって鈍く輝く刀身と、綺麗な衣装に大量の血糊をこびり着かせた少女。
「うっ!?」
そして……
そして……その足下には……
”なんだか解らない”形になった肉片??
――
彼女の直ぐ足元には”誰か”の手足と思われる部位が散乱し、
少し離れた場所に胴体部分らしき部位が……
改めて全体を見渡せば大きな塊は四つほど、細切れ肉が多数散乱するという……
――
――惨状だ!!
「うっ……くっ……」
幼少から人殺しの業と術を仕込まれた私でも……これは結構キツイ!
「な、長嘉なの……か?……これは嘉深……が?」
不幸な事に肉片に覚えがあったのだろう、最嘉は途切れ途切れの声で確認する。
「ふふっ……くすっ」
ビシィッ!
兄の問いかけに僅かに微笑んだ唇は直ぐに答えを返すことは無く、
代わりに雑な素振りで虚空に刃を一振りしたかと思うと、少女は刀身に纏わり付いた朱を払い除けた。
「よし……み」
刃から飛び散った血飛沫は地面に歪なアートを印し、
「あら?あまりご機嫌は麗しくないようですわね、最嘉兄様。残念ですわ」
朱い少女はそれからゆっくりと口元を綻ばせた。
「だ、だからこれはどういうことだっ!?嘉深っ!」
まるで噛み合わない兄と妹……
最嘉はついに怒鳴り声を上げ、松葉杖を着いた足で妹の方へ踏み出した。
「どういうこと?見たまんまです、最嘉兄様。後継者争いの試合結果でただいま私が勝利したところですが」
そんな剣幕の兄に全く臆すること無く”しれっ”と答える少女。
――これが……試合?
私には一方的な惨殺現場の跡としか見えない。
――いえ、それよりなにより!この嘉深の変わり様は……なに?
「長嘉は……戦える状態じゃ無かったはず……だ」
最嘉がまた一歩近づく。
「そうですね。芋虫のように無様に這いずり回る長嘉兄様は見るに堪えませんでした。ですから、私が終わりにして差し上げたので本人も本望でしょう」
「……」
「あら?ふふふ、難しいお顔」
「嘉深」
鳴咽せ返る程の血の海の中で睨み合う兄妹。
「……」
――これが……これが、あの嘉深と同一人物なの?
――あの時、最嘉と話していた……兄弟が傷つけ合う事に怯えていた最嘉の妹の……
私は兄妹から少し離れた位置で一部始終を見ていた。
「あぁ、そうだ!お喜び下さい、最嘉兄様!お父様がこの試合の勝者を鈴原次期当主に指名して下さるそうですよ」
嘉深は小太刀を持った手ともう一方の手の平をパチンと鳴らせ、嬉々としてそう言った。
「次期当主……この……この試合?」
「ええ、そうです!これから始まる、最嘉兄様と私の”死合”」
嬉嬉として嗤う少女の瞳は尋常な光を宿していない。
――ゾクリ!!
ここに来て改めて!彼女を凝視していた私の背筋に冷たいものが通り抜けていた。
「長嘉は未だ満足に歩くことも出来なかったはずだ。俺に”殺すな”と言ったのは……これが……これが目的だったのかよ?」
「……」
「嘉深っ!」
今度は一転、黙りを決め込む妹に最嘉は感情を抑えられずにいるようで……
――その手は……
小刻みに震えていた。
「え?……ええ……そうです……ね、とても楽に……そう、楽に、最嘉兄様への挑戦権を獲得できました……わ」
――!?
――なに??
いまの……変な間は……
彼女?なにかが……おかしい??
「さ、さあ……始めましょう、最嘉兄様。これが”鈴原の呪い”の最後ですわ」
そんな些細な引っかかりを覚えた私だったが、
その闘技場では既に事態は次の段階へ進んでいたのだった。
「…………」
納得がいかない感情と戦いながら相手を見据える最嘉。
「ふふっ」
鈍く光る小太刀の刀身を掲げて嗤う朱に塗れた少女、嘉深。
どんな運命の悪戯か……
生死の境界線を挟んで対峙する兄妹の姿がそこにあった。
「まともに戦えない相手を……おまえは……」
「あら?それは今の最嘉兄様も同じですよね、ふふふっ」
小太刀を構える少女の朱い口端が静かに歪んで上がる。
「嘉深……おまえ一体どうなってしまったん……」
――っ!
「駄目っ!!最嘉、もう始まってる!!」
直後、私の視界から……
多分、最嘉の視界からも、音も無く消える華奢な少女の身体!
――はっ、速い!
彼女、あの身体で……
――病弱なのは演技だったというの?
いいえ、あり得ない!
――そんな事を演じてもメリットはなにも……あっ!?
そして私は気づいた。
今更ながらに……
現在の最嘉は、少し前の長嘉との闘いで十分とはほど遠い体調だ。
――嘉深の力量は未だ不明だけれど……
”重傷”の最嘉なら私でも楽勝だろう。
ギィィィン!!
「っ!!」
虚を突いた事もあり、アッサリと懐に斬り込む事に成功した嘉深の初撃を受ける最嘉。
彼の手には、既に抜き身の護身用短剣が握られていた。
「む、無理でしょっ!!」
体調もそうだけど……
手持ちが護身用の短剣だけなんて!!
最嘉の本来の得物は片手剣……”刀”のはずだ。
ギィィィーーン!!
二人の間に激しい火花が散った!
「くっ!」
嘉深の奇襲を辛うじて短剣で受けた最嘉。
そして直後、鍔迫り合いになる二人。
――フッ
だが!直ぐさまそれを放棄した少女は、
ドカァ!
「ぐっ!」
軽く最嘉の腹部を蹴って後方に跳び距離を得て、
トンッ――ズバァァッ!
「っ!」
その後、刹那の呼吸で再び最嘉の懐に舞い戻って小太刀を振るったのだ!!
「まだですよ、兄様!」
ギィィィーーン!
続けて小太刀による鋭い二撃目を放つ!
ギィィィーーン!
ガキィィィン!
完全に主導権を獲得した嘉深は自らの距離で自由自在、無尽蔵に刃を振るってゆく!
「ぐっ!」
シュパァァ!
「つっ!」
カキィィィン!
なんとか受けきろうと普段の刀よりずっと短い護身用短剣を振るう少年は、
ザシュッ!
時折、捌ききれずに手足のそこかしこに浅い刃傷を刻まれてゆく。
――む、無理だ……いくら最嘉でも……
使い慣れた刀も無く、
出端で完全に虚を突かれ、
「く……うっ」
時折フラつくのは、前回の負傷が直りきっていない証拠だ。
そして……
そして……
信じていた妹に裏切られた心の傷は……
ブシュゥゥゥ!!
深く肩口を斬り上げられ、最嘉の鮮血が空を染めた!
「最嘉ぃっ!!」
思わず出た叫び声と同時に私の身体は動いていた!
――
鈴原の次期当主を決める風習?
主家のしきたりには何人も手出し無用?
況して、その儀式に家臣如きが割り込むなど以ての外!?
「……」
――知らないわよっ!!
だって……だって、このままじゃっ!
ザシュゥゥッ!
「……え?」
そんな事を全て振り切った私が踏み出すより前に……
――”そう”なっていた
「…………」
――そうなる?
――どうなった?
死した長嘉と死にゆく予定である最嘉の返り血を散々浴びた華奢な少女。
朱に染まる嘉深が……
”そういう”類いでない血を流してその場にゆっくりと膝を折る。
「も、もり……よし……にいさまって……やっぱり凄いんだ??……ふふっ……この状況……でも……」
朱い唇から途切れ途切れの声を漏らす少女は――
ズザァァ!
そのまま力なく両手も地面に着いた。
「これで終わりだ……嘉深、当主の座は諦めろ」
嘉深を見下ろす最嘉は、攻撃を受けて踞る嘉深よりも苦い顔で忠告する。
「……ふ……ふふ」
対して、地面に両手を着いてへたり込んだ、全身が朱く染まった少女は俯いたまま。
――紛れもなく勝負はついた
最嘉の短剣は嘉深の脇腹付近、致命傷では無いけれど華奢な彼女を動けなくするには十分な傷を与えているのだから。
「…………れ……ないの」
「っ?」
聞き取れないほどの……言葉が私の耳に入る。
「後のことは僕にまかせろ。嘉深、僕が必ずこんな馬鹿げた慣習は……」
――俯いている彼女の手?
未だ小太刀の柄を握ったままの血の通いの悪い白い手に、力が込められ……
「だから嘉深、おまえはこんな事しなくても……」
――だっ!ダメ!!
彼女はまだ……
「駄目、最嘉っ!まだ終わってない!!」
シュバァァァーー!!
「っ!」
地面から最嘉の頬を掠めて擦り上げられる鈍い光!
再び虚空に最嘉の鮮血が舞い!血塗れで傷を負った少女はまるで他者により壊れた操り人形が無理矢理に引き上げられたかのように不自然に立ち上がっていた!!
「だめ……なのよ、だから……”もりよし”にいさん……は……ね?」
兄の反撃を受け一度は膝を折った、見るからに華奢な妹は……
「ほら、こんなに……こぉんなに甘いの、ふ、ふふふ」
ブルブルと震える足で身体を支え、朱に染まった生白い顔で微笑っていた。
第十二話「最嘉と戦場の計算」前編 END
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