181 / 305
下天の幻器(うつわ)編
第五話「坂居湊攻略戦」後編(改訂版)
しおりを挟む第五話「坂居湊攻略戦」後編
――坂居湊攻略に最嘉さまの用いられた策は覿面だった
商業組合を密かに味方に引き入れた事により、坂居湊駐留軍が展開する哨戒網の盲点を予め入手でき、更には出入りする商戦を利用した索敵船団に対し逆に潜り込む形で何事も無く坂居湊港に侵入を成功させた。
「くっ!何故に気づかなかった!!くそっ!何処所属の軍船だっ!」
「落ち着いて下さい、敵船団はそう多く有りません!斯くなる上は港内に誘い込みいつも通り順次撃破を行いましょう」
――
――しかし
其れも最嘉さまには手の内だった。
ガガァァン!
ドドォォン!
坂居湊駐留軍艦隊の船同士が彼方此方で道を塞ぎ合い、衝突する!
「うっ!な、何をしておる!下がらせよ、船間をもっと開けて陣形を維持せぬか!」
まんまと坂居湊港内に侵入した臨海軍艦隊を、広い湾内を幾重にも分断した港内迷路に誘い込もうとする坂居湊駐留軍だが……
今回ばかりは勝手が違う!!
何時もなら速やかな誘導で商船を湾内奥の船場に寄港させる手筈が、その商戦が積み荷の荷崩れや操船ミス、果ては伝達ミスなどによるトラブル続出で遅々として進まず……
逆に至る所に停泊、逆走した商船が邪魔で、駐留軍の軍船同士が進路を潰し合ったり接触したりで禄に動くことすらままならない!
「ぐぬぅぅっ!何故に今日に限って……」
ドゴォォ!
「わっ!何をしている!!」
「ぬぬ……敵艦隊はどうしてああも匠に操船できるのだっ!?」
――これらは勿論、最嘉さまの策だ
湾内の商船にパニックを装わせる事により、一見して出鱈目な動きを見せる商船達。
しかしてその実は、坂居湊駐留軍艦隊のみの進路を潰すように指示し動かされている。
――その最たるものが……
「なっ!なんだと!?どこの商人の船だ!!我が軍港を塞ぐのはっ!!」
――普段は使用されることのない軍専用口の強制閉鎖!
湾外周をグルッと囲んで伸びた左右の細い軍専用出入口を左右とも、これらの商船にて塞ぐという暴挙だ。
準備万端出撃した主力艦隊にて入り組む湾内に敵を囲い込み、侵入者を袋の鼠にするという坂居湊駐留軍司令官、小谷 善継が得意の迎撃策を未然に台無しにする最嘉さまの策。
「くっ!この大型商船団は……木国屋 文伍!商業組合筆頭の木国屋 文伍の船です!」
その時には既に重量商船が数隻、両脇の軍艦専用出撃口を見事に塞いでいたのだ。
――これでもう……
坂居湊駐留艦隊は有名無実となった。
港内の軍艦は思うように操船出来ず、我が臨海艦隊に各個撃破されゆく。
援軍の主力艦隊は出口を塞がれ、細い軍艦用通路から渋滞してどうにも動けない。
「先に泥の詰まった銃は鉄棒にも劣るってな……おっと、この”戦国世界”には重火器は無かったよな」
最嘉さまは旗艦の司令室にてそう言われると、地上各所で煙の上がる市街地を眺められた。
「真琴、敵の駐留軍艦隊は殺した。後は港および市街地にある幾つかの重要拠点の占拠だが……潜入済みの長州門軍先遣部隊も上手く呼応したようだな」
「はい、最嘉さま!お見事です」
私も同じ方向を見て答える。
「しかし、策を仕込み済みとはいえあの軍の動きが周到さ、流石だ。地上の長州門軍先遣部隊を率いているのは確か……」
「はい、確か覇王姫の懐刀と言われる、アルトォーヌ・サレン=ロアノフだったかと」
私の答えに最嘉さまは深く頷かれた。
「成る程なぁ。”白き砦”……白い肌、白い髪、色白と言うよりは色素を全て忘れて生まれてきたような不自然な希薄さの、あの華奢で存在感の希薄な美女、長州門の”知の砦”は噂に違わない人物だな」
最嘉さまは数ヶ月前に”近代国家世界”で、九郎江にある鈴原本邸にて行われたアルトォーヌ・サレン=ロアノフとの作戦会議を思い出されてだろう……
満足そうに頷かれ、改めてその傑物を賛辞される。
「良し、此方もある程度片が着いた事だし、そろそろ我らも市街戦に参戦する!地上部隊の総指揮は真琴、お前が執れ!」
我が君の命に私はビシッと背筋を伸ばし敬礼をした。
「はい!後事は全てこの鈴原 真琴にお任せ下さい!!」
――
――こうして坂居湊攻略作戦は速やかに、完璧に終了したのだけれど……
「私は……」
「なるほどねぇ。長州門との連携も不十分で、拠点制圧も殆どその”白き砦”とやらに美味しいところを持って行かれてぇ、精彩を欠いたってこと?でも作戦自体は問題無く熟したのでしょう?」
長く艶やかな黒髪を後ろで束ねたポニーテールとやや垂れ気味の瞳、
それに朱く薄い唇を所持する終始気怠そうな雰囲気を纏った美女……
宮郷 弥代に洗いざらい経緯を話した私は、彼女の言葉を受けて無言で首を横に振った。
「指示を熟しただけ……最嘉さまの期待以上にはなれなかった。私は……焦っていた」
「……」
宮郷の弓姫は悔しさを口にする鈴原 真琴をジッと見ていた。
――
――この時、私はどうかしていたのだ
この女に……
さして親しくも無く、それどころか最嘉さま絡みでは苛立ちさえ向けているこの女相手に、こんな事を話すなんて……
「そうねぇ、焦燥の理由を聞いても?」
「……」
宮郷 弥代の問いかけに無言を返す私。
――言いたくない、口が裂けても嫌!
「そう……まぁいいわ。それよりもぉ、そう言う事なら難しくは無いわねぇ」
――?
宮郷 弥代は意外にもそれ以上は全く追求をせずにそう言うと、俯く私に朱く薄い唇を弛めて微笑んだ。
「…………」
女の私でも一瞬ドキリとする妖艶さ。
私から見て完成された大人の女性である宮郷 弥代は本当に……憎らしい。
「良い?真琴ちゃん。話を聞く限り貴女は別にミスを犯したワケじゃ無いしぃ、サイカくんもそう思っていない。唯単に休暇を言い渡されただけ……違う?」
――そうだ、最嘉さまに気持ちのまま堂々と言い寄れる……この女が恨めしい
「真琴ちゃん?」
――!?
「は、はいっ!?」
私は自身がジッと睨んでいた女の呼びかけで我に返る。
「ふふ……”謹慎処分”ってワケじゃないならぁ、強引について行っちゃえば良いでしょう?」
「え?は?……あの?」
ちょっと考え事をしている間にどうなったらこう言う結論に?
――何を言っているの?この女は……
私は意表を突かれたのと、強引すぎる話の流れに戸惑っていた。
「今回はねぇ、奥泉の”藤堂 日出衡”に会いに行くみたいよ。それも相手の趣向に合わせてサイカくん本人も美女を侍らせて……そこまで知ってた?」
「……」
――そこまでは知らない
奥泉の”藤堂 日出衡”に交渉を持ちかけるとだけしか……
「臨海王としてサイカくんが侍らす女。外つ国に公然と公表するのだからぁ、これはある意味、公式行事?だからしっかりと内外にアピールする必要があるわぁ」
「や、弥代さん!?なにを……」
――アピール?
――それはつまり……最嘉さまの”お手付き”であるとっ!?
「作戦の本質から連れて行くのは特に見栄えのする女だけらしいからぁ、真琴ちゃんなら問題無いでしょう?超可愛いものねぇ」
「だ、だから!何を……」
「何をってぇ……だからサイカくんの愛人役の一人として……」
「っ!?」
――鈴原 真琴が最嘉さまの!?
そ、そんな恐れ多い!!
――いえ!そもそもそういう話じゃ……
「弥代さん、これは極秘行動です。他国に……特に旺帝には気取られないように密かに”奥泉”となんらかの協力関係を築くという。ですから公式に公表はされないし、他国にもアピールには……」
必死に反論する私を楽しそうに眺めるやや垂れ気味の瞳がキラリと光る。
「関係無いわ、これは女としての自己顕示欲なのよ。じゃあ、鈴原 真琴は不戦敗で良いのね?」
「…………」
――この……女……
普段から気怠げでやる気が無いとか、飄々としているとか……
散々男を欺いているけど本質は多分コレだ!!
”融通が利かない”とはつまり”一途で”
”根底では頑な”とはつまり”芯が通っていて”
”挑戦的な”とはつまり”正々堂々とした”
――つまり最嘉さまも認める”良い女”……
――
「な、内外にアピールと言ったり、関係無いって言ったり……無茶苦茶ですよ、弥代さん!?」
私はなんだか解らない敗北感を前に、そう細やかな抵抗を返すのがやっとだ。
「ねぇ、真琴ちゃん。言ったでしょう?変わらないとねぇ……一生後悔することが人生にはあるのよ」
「…………」
――鈴原 真琴は鈴原 最嘉さまに一番近い女
ずっとそう思って生きてきた。
――けれどそれはもう無理で……
今まで通りあの方のお側に居たいなら、
今まで通りのやり方じゃ”それさえ”維持できない。
――だって……
「……」
私はここに来て初めて、無意識だったけれど”しっかり”と瞳を上げていた。
――誰にも取られたくないっ!!
だって……
鈴原 最嘉というお方は、世界一素敵な男性だからっ!!
――
「ふふ、真琴ちゃん、良い顔になった」
――利いた風な事を……
「…………らないの?」
「?」
そうして私は目前の”ぽっと出女”に言ってやるのだ。
「だから解らないのですか?最嘉さまの御傍には”鈴原 真琴”以外有り得ないって事を!!」
初めて外に向けた女としての私の本心……
その宣戦布告を受けて――
長く艶やかな黒髪を後ろで束ねたポニーテールの美女は、やや垂れ気味の瞳を細めながら朱く薄い唇の端をゆっくり上げる。
「…………ふふ」
そんな不敵な笑みを常備した女は本当に……
憎らしいほど愉しそうだった。
第五話「坂居湊攻略戦」後編 END
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
58
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる