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下天の幻器(うつわ)編

第五話「坂居湊攻略戦」後編(改訂版)

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 第五話「坂居湊さかいみなと攻略戦」後編

 ――坂居湊さかいみなと攻略に最嘉さいかさまの用いられた策は覿面てきめんだった

 商業組合を密かに味方に引き入れた事により、坂居湊さかいみなと駐留軍が展開する哨戒網の盲点をあらかじめ入手でき、更には出入りする商戦を利用した索敵船団に対し逆に潜り込む形で何事も無く坂居湊さかいみなと港に侵入を成功させた。

 「くっ!何故に気づかなかった!!くそっ!何処どこ所属の軍船だっ!」

 「落ち着いて下さい、敵船団はそう多く有りません!斯くなる上は港内に誘い込みいつも通り順次撃破を行いましょう」

 ――

 ――しかし

 れも最嘉さいかさまには手の内だった。


 ガガァァン!

 ドドォォン!

 坂居湊さかいみなと駐留軍艦隊の船同士が彼方此方あちこちで道を塞ぎ合い、衝突する!

 「うっ!な、何をしておる!下がらせよ、船間をもっと開けて陣形を維持せぬか!」

 まんまと坂居湊さかいみなと港内に侵入した臨海りんかい軍艦隊を、広い湾内を幾重にも分断した港内迷路に誘い込もうとする坂居湊さかいみなと駐留軍だが……

 今回ばかりは勝手が違う!!

 何時いつもなら速やかな誘導で商船を湾内奥の船場ドックに寄港させる手筈が、その商戦が積み荷の荷崩れや操船ミス、果ては伝達ミスなどによるトラブル続出で遅々として進まず……

 逆に至る所に停泊、逆走した商船が邪魔で、駐留軍の軍船同士が進路を潰し合ったり接触したりでろくに動くことすらままならない!

 「ぐぬぅぅっ!何故に今日に限って……」

 ドゴォォ!

 「わっ!何をしている!!」

 「ぬぬ……敵艦隊はどうしてああも匠に操船できるのだっ!?」

 ――これらは勿論、最嘉さいかさまの策だ

 湾内の商船にパニックを装わせる事により、一見して出鱈目でたらめな動きを見せる商船達。

 しかしてその実は、坂居湊さかいみなと駐留軍艦隊のみの進路を潰すように指示し動かされている。

 ――その最たるものが……

 「なっ!なんだと!?どこの商人の船だ!!我が軍港を塞ぐのはっ!!」

 ――普段は使用されることのない軍専用口の強制閉鎖!

 湾外周をグルッと囲んで伸びた左右の細い軍専用出入口を左右とも、これらの商船にて塞ぐという暴挙だ。

 準備万端出撃した主力艦隊にて入り組む湾内に敵を囲い込み、侵入者を袋の鼠にするという坂居湊さかいみなと駐留軍司令官、小谷おだに 善継よしつぐが得意の迎撃策を未然に台無しにする最嘉さいかさまの策。

 「くっ!この大型商船団は……木国屋きぐにや 文伍ぶんご!商業組合筆頭の木国屋きぐにや 文伍ぶんごの船です!」

 その時には既に重量商船が数隻、両脇の軍艦専用出撃口を見事に塞いでいたのだ。

 ――これでもう……

 坂居湊さかいみなと駐留艦隊は有名無実となった。

 港内の軍艦は思うように操船出来ず、我が臨海りんかい艦隊に各個撃破されゆく。

 援軍の主力艦隊は出口を塞がれ、細い軍艦用通路から渋滞してどうにも動けない。

 「先に泥の詰まった銃は鉄棒にも劣るってな……おっと、この”戦国世界”には重火器は無かったよな」

 最嘉さいかさまは旗艦の司令室にてそう言われると、地上各所で煙の上がる市街地を眺められた。

 「真琴まこと、敵の駐留軍艦隊は殺した。後は港および市街地にある幾つかの重要拠点の占拠だが……潜入済みの長州門ながすど軍先遣部隊も上手く呼応したようだな」

 「はい、最嘉さいかさま!お見事です」

 私も同じ方向を見て答える。

 「しかし、策を仕込み済みとはいえあの軍の動きが周到さ、流石だ。地上の長州門ながすど軍先遣部隊を率いているのは確か……」

 「はい、確か覇王姫の懐刀と言われる、アルトォーヌ・サレン=ロアノフだったかと」

 私の答えに最嘉さいかさまは深く頷かれた。

 「成る程なぁ。”白き砦”……白い肌、白い髪、色白と言うよりは色素を全て忘れて生まれてきたような不自然な希薄さの、あの華奢で存在感の希薄な美女、長州門ながすどの”知の砦”は噂に違わない人物だな」

 最嘉さいかさまは数ヶ月前に”近代国家世界”で、九郎江くろうえにある鈴原すずはら本邸にて行われたアルトォーヌ・サレン=ロアノフかのじょとの作戦会議を思い出されてだろう……

 満足そうに頷かれ、改めてその傑物を賛辞される。

 「良し、此方こちらもある程度片が着いた事だし、そろそろ我らも市街戦に参戦する!地上部隊の総指揮は真琴まこと、お前が執れ!」

 我が君の命に私はビシッと背筋を伸ばし敬礼をした。

 「はい!後事は全てこの鈴原すずはら 真琴まことにお任せ下さい!!」

 ――

 ――こうして坂居湊さかいみなと攻略作戦は速やかに、完璧に終了したのだけれど……


 「私は……」

 「なるほどねぇ。長州門ながすどとの連携も不十分で、拠点制圧も殆どその”白き砦”とやらに美味しいところを持って行かれてぇ、精彩を欠いたってこと?でも作戦自体は問題無くこなしたのでしょう?」

 長く艶やかな黒髪を後ろで束ねたポニーテールとやや垂れ気味の瞳、

 それにあかく薄い唇を所持する終始気怠けだるそうな雰囲気をまとった美女……

 宮郷みやざと 弥代やしろに洗いざらい経緯を話した私は、彼女の言葉を受けて無言で首を横に振った。

 「指示をこなしただけ……最嘉さいかさまの期待以上にはなれなかった。私は……焦っていた」

 「……」

 宮郷みやごうの弓姫は悔しさを口にする鈴原 真琴わたしをジッと見ていた。

 ――

 ――この時、私はどうかしていたのだ

 この女に……

 さして親しくも無く、それどころか最嘉さいかさま絡みでは苛立ちさえ向けているこの女相手に、こんな事を話すなんて……

 「そうねぇ、焦燥の理由ワケを聞いても?」

 「……」

 宮郷みやざと 弥代やしろの問いかけに無言を返す私。

 ――言いたくない、口が裂けても嫌!

 「そう……まぁいいわ。それよりもぉ、そう言う事なら難しくは無いわねぇ」

 ――?

 宮郷みやざと 弥代やしろは意外にもそれ以上は全く追求をせずにそう言うと、うつむく私にあかく薄い唇を弛めて微笑んだ。

 「…………」

 女の私でも一瞬ドキリとする妖艶さ。

 私から見て完成された大人の女性である宮郷みやざと 弥代やしろは本当に……憎らしい。

 「良い?真琴まことちゃん。話を聞く限り貴女は別にミスを犯したワケじゃ無いしぃ、サイカくんもそう思っていない。唯単に休暇を言い渡されただけ……違う?」

 ――そうだ、最嘉さいかさまに気持ちのまま堂々と言い寄れる……この女が恨めしい

 「真琴まことちゃん?」

 ――!?

 「は、はいっ!?」

 私は自身がジッと睨んでいた女の呼びかけで我に返る。

 「ふふ……”謹慎処分”ってワケじゃないならぁ、強引について行っちゃえば良いでしょう?」

 「え?は?……あの?」

 ちょっと考え事をしている間にどうなったらこう言う結論に?

 ――何を言っているの?この女は……

 私は意表を突かれたのと、強引すぎる話の流れに戸惑っていた。

 「今回はねぇ、奥泉おくいずみの”藤堂ふじどう 日出衡ひでひら”に会いに行くみたいよ。それも相手の趣向に合わせてサイカくん本人も美女をはべらせて……そこまで知ってた?」

 「……」

 ――そこまでは知らない

 奥泉おくいずみの”藤堂ふじどう 日出衡ひでひら”に交渉を持ちかけるとだけしか……

 「臨海りんかい王としてサイカくんがはべらす女。くにに公然と公表するのだからぁ、これはある意味、公式行事?だからしっかりと内外にアピールする必要があるわぁ」

 「や、弥代やしろさん!?なにを……」

 ――アピール?

 ――それはつまり……最嘉さいかさまの”お手付き”であるとっ!?

 「作戦の本質から連れて行くのは特に見栄えのする女だけらしいからぁ、真琴まことちゃんなら問題無いでしょう?超可愛いものねぇ」

 「だ、だから!何を……」

 「何をってぇ……だからサイカくんの愛人役の一人として……」

 「っ!?」

 ――鈴原 真琴わたし最嘉さいかさまの!?

 そ、そんな恐れ多い!!

 ――いえ!そもそもそういう話じゃ……

 「弥代やしろさん、これは極秘行動です。他国に……特に旺帝おうていには気取られないように密かに”奥泉おくいずみ”となんらかの協力関係を築くという。ですから公式に公表はされないし、他国にもアピールには……」

 必死に反論する私を楽しそうに眺めるやや垂れ気味の瞳がキラリと光る。

 「関係無いわ、これは女としての自己顕示欲なのよ。じゃあ、鈴原すずはら 真琴まことは不戦敗で良いのね?」

 「…………」

 ――この……女……

 普段から気怠げでやる気が無いとか、飄々としているとか……

 散々男を欺いているけど本質は多分コレだ!!

 ”融通が利かない”とはつまり”一途で”

 ”根底では頑な”とはつまり”芯が通っていて”

 ”挑戦的な”とはつまり”正々堂々とした”

 ――つまり最嘉さいかさまも認める”い女”……

 ――

 「な、内外にアピールと言ったり、関係無いって言ったり……無茶苦茶ですよ、弥代やしろさん!?」

 私はなんだか解らない敗北感を前に、そう細やかな抵抗を返すのがやっとだ。

 「ねぇ、真琴まことちゃん。言ったでしょう?変わらないとねぇ……一生後悔することが人生にはあるのよ」

 「…………」


 ――鈴原すずはら 真琴まこと鈴原すずはら 最嘉さいかさまに一番近い女

 ずっとそう思って生きてきた。

 ――けれどそれはもう無理で……

 今まで通りあの方のお側に居たいなら、

 今まで通りのやり方じゃ”それさえ”維持できない。

 ――だって……

 「……」

 私はここに来て初めて、無意識だったけれど”しっかり”と瞳を上げていた。

 ――誰にも取られたくないっ!!

 だって……

 鈴原すずはら 最嘉さいかというお方は、世界一素敵な男性ひとだからっ!!

 ――

 「ふふ、真琴まことちゃん、良い顔になった」

 ――利いた風な事を……

 「…………らないの?」

 「?」

 そうして私は目前の”ぽっと出女”に言ってやるのだ。

 「だから解らないのですか?最嘉さいかさまの御傍おそばには”鈴原 真琴わたし”以外有り得ないって事を!!」

 初めて外に向けた女としての私の本心……

 その宣戦布告を受けて――

 長く艶やかな黒髪を後ろで束ねたポニーテールの美女は、やや垂れ気味の瞳を細めながらあかく薄い唇の端をゆっくり上げる。

 「…………ふふ」

 そんな不敵な笑みを常備した女は本当に……

 憎らしいほど愉しそうだった。

 第五話「坂居湊さかいみなと攻略戦」後編 END
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