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下天の幻器(うつわ)編
第五話「坂居湊攻略戦」前編(改訂版)
しおりを挟む第五話「坂居湊攻略戦」前編
”宮郷の紅夜叉”こと”紅の射手”の宮郷 弥代。
そんな”二つ名”を持つ女が、どういうわけか鈴原 真琴の元に突然訪れた。
「予測はしてたけれどぉ……あまり歓迎はされていないみたいねぇ?」
不満があからさまに表情に出ていたのだろう、対峙した私を見て彼女は言った。
――歓迎?どの口がそれを言うの!
この宮郷 弥代という女は、先の戦での出来事を口実に我が国を頼った。
それ自体はまぁ良い。
それ自体は支配者たる最嘉さまがお決めになること。
隣国で縁も浅くない彼女と彼女の国を助けるのは私も反対はしない。
けれど……
何時も通り気怠げな雰囲気を纏って、何時も通りその深層心理を読ませない女は……
――あろう事か最嘉さまのご厚意を良い事に、自らを”側室”にと押しかけたのだ!
――自領”宮郷”をダシに厚かましくも最嘉さまの……
――最嘉さまの……くっ!!
永年の想いを抑えつけて最嘉さまにお仕えしてきた私にとってこの女はっ!!
「……」
無作法にも来客を睨みつけて黙る私だったが――
コンコン!
「失礼致します」
暫くしてノック音が響き、その後に使用人が客人用のティーセットを手に現れる。
「……」
「……」
未だ来訪者を睨む私とそれを何食わぬ顔で受け流す気怠げ女の横を通り、給仕は用意してきたティーカップを手際よくテーブル上に置いてゆく。
「なるほどぉ、”藤桐の分は排除しているが”……ねぇ?相変わらず彼の暗黒姫様に対する彼の処置は甘々ねぇ」
給仕の作業を後ろから眺めつつ、宮郷 弥代は垂れ気味の瞳に呆れた色を浮かべて何か意味深な言葉を呟いていた。
――なに?…………っと、そんなことよりっ!
「御用向きは何でしょうか、弥代さん?私は現在は誰とも話をしたい気分じゃ……」
――そうだ!特に”宮郷 弥代”とは話したくないっ!!
「あら、ごめんねぇ」
そんな敵意丸出しな私の言葉を受けた宮郷 弥代は、それとは別に仕事を終えて退室しようとしていた給仕とぶつかりそうになっていた。
お互いが避けようとして”つい同じ方向へ”動いて微妙な感じになるアレだ。
「弥代さんっ!」
緊張感のない女に私は苛立ちを隠せず再度答えを求める。
「真琴ちゃん、”アレ”って、この小津での雇われ使用人なの?」
――こ、この女は……
「いいえ、少し前に採用された使用人の中の一人で……って、私の話聞いてますか!弥代さんっ!」
あくまで自分勝手に、
退室したばかりの給仕の素性を問う意味不明な女に私は我慢できずに声を荒げた。
「私は経験から”そういうの”敏感でね……と、それはそうと今日はねぇ、真琴ちゃんにとっても良い話を持ってきたのよ」
――”そういうの”?
あの最嘉さまが手を焼くはずの、
癖の強い女相手に私はその言葉の意味がイマイチ解らなかったが――
「サイカくんが明日、この小津を出て旺帝領の……」
自分勝手女は構わず自分の要件を進める。
「知ってます。それが?」
ある意味、もうこの女との真っ当な会話は諦めた私は、女の話を最後まで聞くまでも無いと早々に会話を切り上げようとする。
「そう?サイカくんの事となると流石ね、ふふ」
――っ!
対して、その余裕な態度に再び私はカチンと来てしまった!
「言っておきますがっ!!弥代さんが一応?なんとなく?取りあえず!”室”の座であるのは緊急的処置でっ!!決して恒久的でも確定的でもなくて!そもそも最嘉さまを利用するためだけのこんな方法には……」
私は完全に頭に血が上っていたのだ。
だから言葉使いも滅茶苦茶で……
「出会ったのは何年も前だけどね、気づいたのは最近なのよ」
――はっ!?
けれどそんな私の支離滅裂な口撃に、気怠げさが特徴である宮郷の姫は柄にも無く殊勝な表情で呟くように応える。
「な、なにを?」
戸惑う私。
「だからぁ、病院でね、寝ている間も……なんて言うのかしら……こう、落ち着かなくてぇ……そうね、悶々と……っていうのかしら?そんな感じでゴロゴロしてたのよぉ」
「…………」
――なに?なにを言っているの?この女……
柄に無く頬を染めたりして。
「真琴ちゃん。私はねぇ、今回初めて”自分だけ”の為に戦おうと決めたのよ」
「……」
その言葉に……
その彼女らしからぬ力強い瞳に……
――ああ
――駄目だ
女としての私は全てを察していた。
宮郷 弥代は――
「そんなの……」
私には理解る。
宮郷 弥代の言わんとする事が。
「ええ、そうね。真琴ちゃん」
――だから!!
「そんなの卑怯ですっ!!私はもっと前から!ずっとずっと前からっ!なのに誰も彼もっ!後になってっ!!」
――私はこの女の感情を許すことが出来ないっ!!
「そうよね、真琴ちゃん。私も”鈴原 真琴”に対して引け目はあるのよ……だからねぇ?」
宮郷 弥代は柄にも無い真剣な瞳で私を見ていた。
「だから……真琴ちゃんを誘いに来たのよ。女同士の戦いは最低限公平じゃないとね」
――公平!?
いけしゃあしゃあとこの図々しい女はっ!?
最も早く参戦したにも拘わらず、自らの不甲斐なさで出遅れた私の窮地を――
「……」
宮郷 弥代の言葉に私は表現しきれない感情で黙り込む。
――鈴原 真琴は最嘉さまに仕える女
――身も心も全て賭してお仕えする女
それで良いと……
そうでないと駄目だと……
”嘉深様の一件”以来ずっとそう心に誓って生きてきた。
――なのに今更……
――なのに後から後から何も知らない馬鹿女達が……
今更ながらこの秘めた想いを”そのまま”にしていては駄目だと!
久井瀬 雪白。
宮郷 弥代。
そしてなによりもあの……あの”暗黒姫っ”!!
「くっ……」
――我が君に対する部外者女達の勝手な恋慕に急かされ!
「今更……卑怯……」
――私の想いは……俄に加速し始めるっ!
「変わらないとねぇ、一生後悔することが人生にはあるのよ」
それをまるで見透かしたかのような気怠げ女の言葉。
――利いた風な事を!
私は自然と震える身体で……
視線も合わさずに……
「……」
けれど確かに一度だけ、顎を小さく下に――
僅かに、だけど確かに頷いてから私は目前の敵を正面に見据えていた。
「良い瞳だわ……そうねぇ?先ずは数週前にあった坂居湊攻略戦の話を聞かせて……それを聞いた上で対策を立てるから」
そして、まんまと手の内のなんとも情けない鈴原 真琴は、宮郷 弥代のあまり見せたことのない優しい口調に再度小さく頷いていたのだった。
――
―
”暁”七大国家の一つ”七峰”……
本州中央北部に勢力を誇る宗教国家は、南に天都原、西に長州門という大敵と対峙する。
”光輪神”を主神として取り巻く六柱の神々を称して”七神”と成し、その信仰の総本山たる”慈瑠院”を本拠地とし、光輪神の器とされる”神代の巫女”を擁する典型的な宗教国家である。
そんな宗教国家”七峰”は、総合的な国家戦力では前述の二国に劣るが、多くの信徒を抱えることから人々の往来も物流も盛んであり、それ故に発展した裕福な都市を幾つも抱える上に宗教国特有の信仰心厚き精強な兵を揃える事によって、彼の二大国に充分に対抗しうる国家を成していた。
そしてその”七峰”が領土のひとつ、海路の要衝である”坂居湊”という領地は、地理的利用価値に比例するように今までも頻繁に戦場となってきたのだ。
――
「港町であるこの領土での戦は主に海戦です。ですが屈指の商業都市でもあるこの地では経済活動自体を止めることは、中央を牛耳る”壬橋 尚明”から許されていません」
――”坂居湊”海上数十キロに停泊した我が臨海軍艦隊
その旗艦内の司令室にて――
くせっ毛のショートカットにそばかす顔の快活そうな顔立ちの少女がそう説明する。
――彼女は
”新政・天都原”の統治者である京極 陽子が”王族特別親衛隊”の八枚目で、八十神 八。
事情があって我が臨海軍客将である現在は、本名の佐和山 咲季を名乗っている。
――
「ですので、”坂居湊”海域内と港では常に商戦が往来し、一度戦端が開かれれば、商業船などの民間船は湾内にある専用船場に誘導されますが……他の国に見られるような専用軍港としては機能していないという事らしいです」
一通り咲季が説明をしたのを確認し、鈴原 真琴は一歩前に出る。
「……では手筈通り、我が軍の神反 陽之亮が手引きし、事前に港内に潜入させているという長州門の先遣部隊を使って混乱を演出、その隙に我が艦隊が……」
「いいえ、この状況でそれは不可能かと。予め、商人、旅人に成りすまして密かに侵入できたのは百にも満たない数で、それが限界でした。その数で街一つを混乱状態にはとても出来ません」
最新の状況分析からそう答える佐和山 咲季に、それを口にした私も成る程と頷く。
確かにそんな程度の兵力では一時も経たず易々と全員捕縛されるだろう。
「では?」
私は会議進行のために客将参謀にその先を問う。
――七峰としては軍事の重要拠点の一つである”坂居湊領”
だが壬橋 尚明の命令で如何なる時も経済活動に対して大幅な影響を及ぼすことは許されていない。
”屈指の商業都市”故に、“七峰有数の収入源”故に……
とはいえ、やはり坂居湊領は重要軍事拠点でもあるのだ。
――欲深い男だわ……壬橋 尚明
私は敵国ながら坂居湊領の将兵達に少し同情する。
けれど……
その壬橋 尚明によりこの地を任された”小谷 善継”という将は、それが両立できるほどには有能であるという。
調べでは、彼の者は主命で途切れさせることの出来ない商船の往来を逆手に利用したというのだ。
一日に数百という商戦の寄港を逆に多様な斥候としても用い、坂居湊近海に”敵影”在るならば、往来するあらゆる商船から”いち早く”小谷 善継の元に連絡が入る手筈になっている。
そしてその報が入れば、素早く交通整理して商船を湾内奥の船場へ誘導し、代わりに出撃した駐留艦隊で迎え撃つ!
最悪、湾内にまで攻め入られても――
商船取引用に築港され、入り組んだ湾内を上手く利用し、それを撃破する!
広い湾内を幾重にも分断した港内はちょっとした迷路だ。
細長い運行可能域に迂回、行き止まり……
戦い馴れた坂居湊艦隊以外には、とんでもなく苦戦を強いられるだろう。
そして普段は使用されることのない湾外側をグルッと囲んで伸びた左右の細い軍艦出入口。
そこから準備万端出撃した主力艦隊にて、入り組む湾内に敵を囲い込み袋の鼠にする!
こういった周到の防備から坂居湊は海側からの侵入には鉄壁だった。
――全て商人達との堅い信頼関係があってこその防備であるといえるけど
それにしても……
本国からの要らぬ枷で手足を縛られた状態にも拘わらず、これほどの防備を固められる良将……小谷 善継。
――俗物の壬橋 尚明の下で朽ちるには惜しい存在だと思う
私はスムーズに会議が進むように合いの手を入れながらも、基本的には佐和山 咲季に任せた作戦会議進行を見守っていた。
「そこで……先生が考案されたのが”調略による敵軍の切り崩し”です」
その言に場は少しばかり騒がしくなる。
「切り崩し?」
「あの宗教国相手にですか?」
――そう、これが今回この作戦の肝だ
「効果的な切り崩しとなると敵軍の……小谷 善継に寝返り工作をでしょうか?」
佐和山 咲季の言葉を受けて良くない反応する諸将を確認、そして彼らに代わって最嘉さまに質問をする役目を私は熟す。
――何時も通りの暗黙の了解
最嘉さまは私の瞳を見返して、ゆっくりと首を横に振られる。
「最初は俺も小谷 善継か若しくは相応の人材を寝返らせられないかと考えたが……皆も周知の通り、宗教国家とはとどのつまり信仰者の集まりで寝返り工作は通常以上に一筋縄で行かない。ことに小谷 善継は熱心な七神信仰者だと聞く」
狂信者……とまでは言えないが、
信仰というものは時に忠誠心などよりも厄介だ。
道理や欲望、情でさえも動かない事が往々にして在る。
「確かに……彼の国との戦には天都原や長州門という大国も手を焼いていますな」
「そう言う意味では旺帝や天都原以上の相手とも言えますね」
最嘉さまのお言葉に、司令室に集った幹部将官達は皆一様に頷いていた。
そう、ここは皆が一致する見解だろう。
だけど、だからといって――
この坂居湊を圧倒するほどの大兵力も無く、またジックリと時間をかけて攻略するワケにもいかないのだから納得ばかりもしていられない。
――けれど心配は必要ない!
それは私の最嘉さまの創り出す魔法のような”神算鬼謀”があるからだ。
「そ・れ・で・だ……」
案の定、難しい顔を並べる部下達に最嘉さまはニヤリと口の端を上げてから作戦図の中央を指さされた。
「調略の照準は小谷 善継……否、軍人相手ではなくてだなぁ、此奴らにした」
――っ!?
最嘉さまの指された作戦図中央……
そこには軍艦とは別種の駒がある。
つまり商船を象った木製の駒が多数置かれていたのだ。
「坂居湊を拠とする商人達ですか?確か最嘉さまは数年前から神反さん……神反 陽之亮が率いる”闇刀”に商業組合の幹部達との内通を指示されていましたね」
私は待ってましたとばかりに、疑問を浮かべる諸将を答えへと導く役に徹する。
――そう、最嘉さまは寝返り工作の先を変えられたのだ……”商人達”に!
「坂居湊の経済面を取り仕切る商業組合は良く小谷 善継に協力をして良好な関係だが、商人とは元来”利”で動く者。より良い”利”を示せば充分にあり得ると……まぁ、言い換えれば金、つまり利益を信仰しているともいえる」
未だ疑問符を浮かべたままの諸将達に向け、最嘉さまはそこまで仰ると再び佐和山 咲季に視線を移しそして続きを促される。
「はい、坂居湊商業組合の代表格たる数人の豪商、具体的には筆頭の”木国屋 文伍”に協力は取り付け済みです、その上で……」
――
この後、作戦の開示と詳細な指示は……滞りなく進んだ。
「……」
――最嘉さまは……
天都原で勃発した”尾宇美城大包囲網戦”で京極 陽子達を逃すために急遽、長州門の覇王姫と呼ばれるペリカ・ルシアノ=ニトゥと手を組まれた。
その代償がこの長州門軍との坂居湊攻略を目的とした共同作戦だったのだけど……
我が臨海は抑も何年も前から、いつか対峙するであろう”七峰”対策として神反 陽之亮の”闇刀”を仕込んで用意してきた。
その年月、資金……
掛かった手間を考えると、如何に交渉の結果と言え長州門に与えるのは惜しすぎる!
そう考える者も多いだろうけど、
「……」
既にこの時には、最嘉さまの中には別の”将来設計”が存在されているはずだ。
戦国の国家を取り巻く状況などは多様に変化して当然で……
そう言う意味では――
”実を避けて虚を撃つ、兵に常勢なく水に常形なし”
これは戦術レベルの話だけでは無く、戦略にも適用されて然るべきなのだと、最嘉さまは常々仰っていた。
多種多様な状況を受け入れ、其れをして組み入れて自在に自軍有利な状況を作り出すのだと。
つまり……
――香賀美領を紫梗宮、京極 陽子に献上する
――坂居湊領を覇王姫、ペリカ・ルシアノ=ニトゥに献上する
――那古葉領を黄金竜姫、燐堂 雅彌に献上する
一見、切迫した状況で結ばざるを得なかった不利なこれらの三点の問題は、
既に最嘉さまの頭の中では我が臨海にとっても絶大な利益たり得るものに組み替えられた戦略の一部なのだと……
それはこれから始める強大国、”旺帝”戦における切り札にも成り得ると、私の最嘉さまはきっと戦略を再構築されたのだっ!!
「先生……」
私がそんな感動に心を震わせていた間に、いつの間にか佐和山 咲季による本作戦概要の説明は終了していた。
「先生、では号令をお願い致します」
「ああ」
咲季の言葉に最嘉さまは頷き、そして指揮官たる将の面々を見回される。
――
全員、すっかり気合いの入った良い顔になっている。
そう……私も……
「……」
特に今回、鈴原 真琴が見せる気合いはいつも以上で……
「真琴?」
「はい、最嘉さま!」
何故か不安そうな瞳でそんな私を見る最嘉さま?
「いや、なんでもない」
「?」
最嘉さまはそう言い直されると咳払いを一つし、改めて面々に宣言された。
「我が手持ちの海兵力と百ばかりの長州門潜入部隊。其れを以て戦端を開き、速やかに開港させて領土外に極秘展開する長州門軍本体を招き入れる!この一戦、我が臨海軍諸将が誇る”武”に大いに期待するっ!」
――おおおおっ!!
そうして……
長州門軍との坂居湊攻略を目的とした共同作戦が幕を開けたのだった。
第五話「坂居湊攻略戦」前編 END
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