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下天の幻器(うつわ)編

第六話「或る休日の情景」前編(改訂版)

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 第六話「或る休日の情景」前編

 「それにしても”SUZUHARAグループ”は既に全国規模の大企業です。実質三代でここまでの企業を築かれた、その秘訣はどういった所にあるのでしょう?」

 「それは――」

 「なるほど!地道に確実に、時に斬新に、時に伝統を重んじ……何事も継続と臨機応変さが成功の鍵なのですね!と、それはそうとSUZUHARAグループ系列会社のスノーホワイト企画が昨今発売した人気商品の……」

 「ああ、それなら担当者がおりますので――」

 ――俺、鈴原すずはら 最嘉さいかはテレビ番組のインタビューを受けていた

 「そうでしたね、スノーホワイト企画は新しく若い会社でしたが、その社長もお若い女性だとお聞きしております、ぜひお目にかかりたいと思っておりました」

 ――確か”情熱!島国”とかいう密着型の人気ドキュメンタリーだったか?

 如何いかに戦争が無い”近代国家世界”とは言え、普段なら臨海りんかい地域の代表でSUZUHARAグループ総帥である俺にはそんな暇が有るはずも無い。

 とはいえ、今回はある狙いがあったので取材対応は会社の他の重役に任せたうえ、インタビューだけならと出演したのだ。

 ――おおぉぉっ!

 てなわけで、

 臨海りんかい市に在る本社ビルで取材を受けた俺だが、その瞬間、撮影班の者達が思わず声を出した。

 「スノーホワイト企画、代表取締役の……久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろで……す?」

 ――自己紹介がなぜに疑問形なんだよ、ゆきちゃん

 と、ツッコミ宅鳴る気持ちを抑える俺だが、それにも増してカメラが回っている時に番組スタッフが声を上げるのはどうよ?

 「おお……」

 「か、彼女が噂の”終の天使ヴァイス・ヴァルキル”……戦場に輝く恐怖の天使……」

 ボソボソとだが、取材班の中でそういう言葉が飛び交う。

 ”近代国家世界”でも”戦国世界”の異名は健在な彼女である。

 そう実際、取材班も思わず声が漏れたその原因は希なるこの美少女なのだ。

 「……」

 馴れぬ空気の中での緊張だろうか?熱を帯びて鈍く輝く白金プラチナの視線と蕩けるような桜色の可愛い唇と。

 白磁のようなきめ細かい白い肌と整った輪郭、それに応じる以上の美しい目鼻パーツが配置された容姿。

 そしてやはりその美少女の特筆するべきは双眸。

 輝く銀河を再現したような白金プラチナの瞳……

 それはまるで幾万の星の大河の瞳。

 出来るビジネスレディといったスーツ姿で現れた我が系列会社の代表は、紛れもない美少女なのだ。

 「……ぅ……ぁぅ」

 タイトなシルエットのスカートにヒールのある靴と、今日は綺麗に整えアップにまとめられた輝く白金プラチナの髪。

 普段は見ることの無い知的イメージの雪白ゆきしろに、俺でさえ内心ではちょっとばかりドギマギとしてしまう。

 ――久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ

 戦国世界では臨海りんかい国”布由野ふゆの”の領主で、周辺諸国まで知れ渡った猛将、終の天使ヴァイス・ヴァルキル”。

 そしてこの近代国家世界では、学生にして”SUZUHARAコンツェルン”系列企業の代表に据えてある。

 「……」

 ――大丈夫だ、打ち合わせ通りに受け答えするだけで……

 勝手が違う状況に少し緊張しているだろうプラチナの美少女に俺は頷いて視線を送る。

 「えと……あっ!……へ、平素は格別のお引き立てにあずかり、厚くお礼……」

 「そのネタはもええっちゅうのっ!!」

 「……うぅ」

 最早お馴染みとも言える流れに思わずツッコむ俺と、それに対し恨めしそうな顔で上目遣いに俺を見上げてくる……

 早くもメッキが剥がれつつある”なんちゃってビジネスレディ”雪白ゆきしろ

 ――てか、成長無いのかこの娘はっ!

 俺はそんな理不尽な非難の視線を向けられながらも、このポンコツプラチナ美少女にフォローを入れることにする。

 「我がグループ傘下の代表、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろさんは非常に優れた……」

 ――

 ”ほぅほぅ”と……

 興味津々で俺の説明に聞き入るインタビュアーと番組スタッフ達。

 確かにこれほどの美少女が代表となるとマスコミとして興味も尽きぬ事だろう。

 「……で、彼女が主導する企画展開の素晴らしいところは……」

 織り込み済みの反応を確認しながらも、俺は説明を続けた。

 そう、勿論……

 俺も”唯の宣伝”や”サービス精神”で、こういう雑事をこなしているワケじゃ無い。

 実際これは戦国世界での次の一手に直結するのだ。

 「なるほど、流石は”SUZUHARAコンツェルン”の総帥、若き獅子とは鈴原すずはら 最嘉さいかさんのような御方を現すのにピッタリですね」

 「はぁ……?」

 ――若き獅子?初耳だ……なんだそりゃ

 「で、鈴原すずはら 最嘉さいかさん……いえ、鈴原すずはら様は戦国世界ではこの臨海りんかいの王で在られますが、新進気鋭の国家、臨海りんかい国の今後の展開とかを……」

 スッ!

 インタビュアーがそう言う話題に入ろうと色気を出した瞬間!

 俺と雪白ゆきしろ、それとインタビュアーと番組スタッフ達の間に、黒スーツの男が割って入った。

 「関係の無い質問はされないようにお願いします」

 こわもての黒スーツ男が無機質な声で取材陣に注意する。

 「い、いえ、ですが……視聴者の方々が今一番興味があるのは鈴原すずはら様の臨海りんかい国……」

 「近代国家世界で戦国世界の取材はNGと知らない訳では無いでしょう、これ以上はお引き取り願いますが?」

 俺と雪白ゆきしろを護ってマスコミ対応する黒スーツ男は中々勤勉だ。

 「わ、解りました……失礼しました」

 どうにも無理だと理解したインタビュアーは、諦めて元の仕事に戻る。

 「…………」

 ――

 まぁ、こんな感じで……俺の日常は”戦国世界あっち”も”近代国家世界こっち”もせわしない。

 ――
 ―

 そんなこんなで取りあえず取材は終わり、俺は本社ビルの応接室で鈴原本邸へと帰る車を待っていた。

 「さいか……」

 応接セットのソファーに腰掛ける俺の横に、立ったままの雪白ゆきしろが残っていた。

 「ん?ああ……雪白ゆきしろもお疲れ」

 俺は応えると正面のソファーを促す。

 「…………」

 ボフッ

 「…………えと、雪白ゆきしろ?」

 促されて白金プラチナの少女は腰掛けたことは腰掛けたが、それは俺の正面で無く隣だった。

 俺の左隣に腰掛ける少女の重みで高級ソファーのスプリングは軋み、一瞬だけ俺の重心は僅かに左に傾く……

 「……」

 ――ち、近いっ!近いっ!

 たちまち触れた肩から体温が伝わり、まとめた彼女の白金プラチナ色の髪からは淡くも良い香りが……

 「……」

 「……」

 ――って、無言かよっ!!

 俺の横に腰掛けるという大胆な行動をしておきながら、美少女は至近から無言で俺を見上げるだけ。

 「な、”那古葉なごは”攻略は順調だってな?」

 キャラに無い彼女の不意打ちに、みっともなくも俺は思わず上ずった声で”戦国世界むこう”での仕事話を振っていた。

 「うん……」

 短く応えた少女の白金プラチナの瞳は――

 その間もジッと俺を見据えたままだ。

 「い、いやぁ、真隅田ますみだ瀬陶せとう安成あんじょうと立て続けに敵城を占拠したのは見事だ!ウッチーも役立っているか?」

 「うん」

 「…………」

 ――う、あ……

 ――なんなんだ……この瞳!!

 俺は少女の綺羅綺羅キラキラした星の大河の上目遣いにタジタジだった。

 「…………」

 ――だ、大体だ……

 ――この位置からだと、その……

 ――なんだ、雪白ゆきしろの白いブラウスのだな……

 彼女の白磁の如き柔肌の首元から見える……

 ――あ、あれだ、ちょっとアングル的にだな……

 俺は若干混乱していた。

 左肘に感じる柔らかさと生暖かい体温、それと、どうしても視界に入る白い首筋……

 「作戦は順調だよ、さいかは何時いつ頃来る?」

 ――!?

 思わず見蕩みとれていた俺を彼女の言葉が現実に戻す。

 来るとは……つまり戦国世界で俺の本隊が”那古葉なごは”に何時いつ到着するかだろう。

 「そ、そうだな……”奥泉おくいずみ”に寄って所用を済ませてからだから、取り合えずはもう少しかかるな」

 「……ふぅん」

 「…………」

 ――

 ――な、なんなんだ!?妙に気まずいなぁ

 というか雪白ゆきしろは少々無防備とはいえ、基本は何時いつものまんまだから……

 そう感じるのは俺が変に意識しているからだろう。

 「……」

 「……」

 とはいえ……

 さっきの変な視線が気づかれなくて良かった良かった。

 ――雪白ゆきしろはそう言う方面事には疎いから助かっ……

 「ボタン……外した方が良いの?」

 「…………ぁぅ!?」

 「だから……さいか、”えっち”な目で見てたから」

 ――バッチシ!バレてんじゃんっ!!

 平然とそう言った白金プラチナの姫様に俺は……

 「な!なんのことだぁっ!?えっちな目!?いやいや、全然察しのつかぬ言葉でし……ですなぁ!!」

 俺の声は見事なほどに裏返り、無様なまでにろたえて、トドメとばかりに言い訳の台詞尻さえ噛んでいた。

 「…………」

 ――う……

 向けられる白金プラチナの純粋な双瞳ひとみが心に突き刺さる

 「さ、さいかがね……見たいなら良いよ。ちょっとは、は、恥ずかしいけど」

 「…………」

 ――おぉーーい?

 ――は?なんだ?俺の傍で何が起きている!?

 ――ぬ、脱いでも良いって、どこまで!?(注・脱ぐとは一言も言っていません)

 ――ど、どこまで脱ぐのが許容範囲なんだっ!?(注・だから脱ぐとは一言も言ってません!)

 「……」

 ――いやいやいやいやっ!!

 そもそ久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろって、こんな性格キャラだったか?

 「…………」

 いや、たまにそうだったような気がしないでもないような……

 「…………」

 「って!外すなっ!ボタン外すなって!!」

 俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、白金プラチナの姫様が白魚の指先は胸元のボタンを一つ外していた。

 「これくらいなら良いよ?さいかが、見たいなら…………要らない?」

 そして――

 純白のお嬢様は先ほどより少しだけ解放された胸元のまま、そう言いながら小首を傾げて俺を見上げる。

 ――ちょーー可愛いっ!!なんだこの生き物!?

 いいやっ!俺は今や天下に名を轟かす臨海りんかい王、鈴原すずはら 最嘉さいか様だっ!

 この程度の誘惑?には毅然とした態度で余裕で返せるっ!!

 「ご、誤解があるようだが、雪白ゆきしろ。俺は別にそういう目でお前を見てはいないっ!」

 「…………」

 「いや、いないが……きょ、今日は意外に蒸せるしなぁ……そ、そのくらいはふつう?」

 何故か疑問符口調に前言を超特急で覆す俺。

 「あ、暑いもんなぁ……」

 そして視線をチラチラと彼女の白い胸元に向けているから説得力も何もあったもんじゃ無い。

 「さいか?」

 ――くっ!神めっ!!

 俺は咄嗟に理不尽に神を呪い、理性を取り戻す!

 「いや、やっぱ無し!直ぐにボタンを留めなさい!」

 神に八つ当たりした分は……そのうちばちが当たることだろう。

 「さいか……あのね……”那古葉なごは”攻略、終わったら……」

 コンコン!

 「最嘉さいか様、お車の用意が整いました」

 そんな中、ノック音が響いて――

 先程の黒スーツ男の声がドア越しに聞こえた。

 「お、おう!助かっ……いや、ご苦労!直ぐに行く」

 誤魔化すように俺はサッサと立ち上がり、そして何ごとか呟きかけた雪白ゆきしろに言い残す。

 「とにかく那古葉なごは方面は暫く任せた。くれぐれも無茶だけはするなよ」

 雪白ゆきしろは言いかけた言葉を諦めたのだろうか……

 立ち上がってドアに向かう俺を座ったまま見送っていた。

 「………………うん」

 少しだけ耳を朱に染めたまま、小さく頷いて。

 ――
 ―


 そうして、無事?鈴原すずはら本邸に帰った俺は……

 ――取りあえず今日の仕事は終わりだ

 「…………」

 時計を見るとまだ午前十一時を少し回ったところだった。

 こんなふうに半休を取れるなんてかなり久しぶりの気がする。

 日曜日の午後、特に予定を入れていなかった俺はネクタイを弛めながらテーブルに用意された水入りのグラスを一口飲んだ。

 ――明日からはまた戦国世界で……忙しくなるしな。じっくりと休めるのも……

 俺はそう自分に言い訳しながら、内線で使用人に昼食は必要ないと告げてからスーツを半分着崩したままベッドにゴロンと四肢を放り出す。

 ――もぅ……今日は……このまま……

 「……………………」

 ――

 そうして意識が微睡まどろみかけたその時だった。

 ルルル!ルルル!

 自室の内線が無粋にも俺の安息を取り上げる。

 「…………」

 ルルル!

 「ちっ!」

 俺は立ち上がると受話器を乱暴に取る。

 「俺は寝るから、今日はもう何も……!?……真琴まことが?……ああ、わかった。通せ」

 ――と或る男の、と或る休日の一コマ

 鈴原すずはら 最嘉さいかの安息は……

 どうやらもう少しばかり先になるようだった。

 第六話「或る休日の情景」前編 END
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