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下天の幻器(うつわ)編

第二十一話「広小路砦の攻防」前編(改訂版)

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 第二十一話「広小路ひろこうじ砦の攻防」前編

 ヒュォッ!――ヒュオォォン!

 遙か遠方から――

 「うがっ!?」

 ドサッ!

 十分に警戒し茂みから頭を出していた兵士の額を飛矢が射貫く!

 「ひっ!」

 バタリ……

 そしてそれに驚いて背を向けた未だ藪中に潜む兵士の後頭部を、最初の兵士を射倒した軌道をなぞるように、ほぼ同時に放たれていた第二射が葬る!

 一人目を倒し、さらに後方に居るだろう二人目までの軌道を確保すると同時にその一人目の位置から二人目の潜む場所を推測して即座に射殺す。

 「……」

 十メートルほどの高さを確保したやぐらの上からとは言え、通常なら届くのかさえ怪しい距離にて――

 障害物に潜む豆粒ほどの兵士の急所を寸分違わず射貫くという、それは恐ろしい精密な弓裁きと常人離れした集中力が可能にする絶技、ほとんど”二矢が一矢”にしか見えない超長距離二連射撃という奇蹟の腕前だった。

 「……これで最後ね」

 長く艶やかな黒髪を後ろで束ねたポニーテールを吹き抜ける風に弄ばされるがままに――

 とても猛禽の如き視力を所有もつとは想像できない、だるげでやや垂れ目気味の美女はその成果を確認してから自身の身長ほどもある深紅の弓をスッと下げた。

 「流石……音に聞こえし”宮郷みやごう紅の射手クリムゾン・シューター宮郷みやざと 弥代やしろ様!これほどの離れわざは見たことがありませんわ」

 そして同じやぐら上でその弥代やしろかしづいて賞賛する女は、全身をスッポリ覆い隠すヒラヒラした黒い布きれの様な衣装をまとっていた。

 「ここまでで、御園みその砦から辿り着いた旺帝おうてい兵士は百と二十四……向こうのマコトちゃん達、それに”闇刀あなた”達も予想以上に上手くやっているのねぇ」

 「……」

 黒装束の女が口にした賛辞を完全に聞き流し、そう言う弥代やしろに黒装束女の口元は少し綻ぶ。

 本来は装着するであろう同色の覆面を外した女の背には、黒い糸で小さく”刀身と桔梗の花”が刺繍されていた。

 「はい、私共が御館おやかた様から賜った命は御園みその砦方面での全体的な作戦サポートと、伊馬狩いまそかり 猪親いのちか様の極秘裏の護衛ですが……それも我が手の向日ひむかい あおいとフリージア=クロンメリンが完璧にこなしました」

 弥代やしろの言葉を褒め言葉と受け取った女はも当然と誇らしく胸を張る。

 「それで?貴女はこの後、サイカくんのいる広小路ひろこうじ砦へ同じ報告を?」

 「ひじり 澄玲すみれです!宮郷みやざと 弥代やしろ様。はい、もちろん御館おやかた様にご報告に参ります!現在いまはお側に緋沙樹ひさき 牡丹ぼたん如きがはべって居るみたいですが、それもこれも”奥泉おくいずみ”の任務でそのまま済し崩しに過ぎません!やはり最高権力者たる御館おやかた様……」

 「……」

 「鈴原 最嘉さいか様のお側にはべる価値が有るのは”花園警護隊ガーデンズ”では真の”筆頭”たるこのひじり 澄玲すみれしか……って!?ちょっ!ちょっと!弥代やしろさまぁぁっ!?」

 ひじり 澄玲すみれと名乗った黒装束女は、話途中であるにも拘わらず無言にて去ろうとする宮郷みやざと 弥代やしろを慌てて追いかけながら涙目で叫ぶ。

 「私ねぇ、こう見えて忙しいのよ……そろそろこのやぐらも用済みだから撤収して移動しないといけないしぃ」

 ポニーテールのだるげ美女は振り返りもせずにそう言いながらやぐらの階段を降りてゆく。

 「うぅ……」

 そして、ついさっきまで自慢げに話していたひじり 澄玲すみれは、弥代やしろのにべもない態度に涙目だった。

 「あ……そうだわぁ」

 だが――

 そのポニーテール美女が階下へ、ひじり 澄玲すみれの視界から消えようとする寸前に止まり、そしてゆっくり振り向いた。

 「え!?は、はい!」

 思わず期待に瞳を輝かせる澄玲すみれ

 「”コレ”、簡易とはいえ畳むの結構大変みたいなのよぉ、人手は幾らあっても助かるからぁ……手伝ってから去ってもらおうかしら」

 宮郷みやざと 弥代やしろの言う”コレ”とは、彼女達が今居るこのやぐらのことだ。

 臨海りんかい軍内で開発された”簡易組み立て式のやぐら”は、持ち運びに便利で組み上げるのも簡単!

 とはいえ……画期的なプレハブ工法といえども、十メートル級の建物であるからそれなりに人手はいる。

 「は?は?……ええと?……特務部隊の私がなんで……」

 期待とは的外れな、ただの面倒事の押しつけに澄玲すみれは唖然とする。

 「これって確かぁ、貴女の直属の上司、カンゾリ ヨウノスケが考案したのではなくて?」

 「いえ、それはそうらしいですが……そ、それにしても」

 神反かんぞり 陽之亮ようのすけとは、ひじり 澄玲すみれが所属する特殊工作部隊、通称”闇刀やみがたな”の統率者だが……

 それにしても何の関係があるのかと納得できない。

 「ああ、それと、貴女の言う”最高権力者”様が陣を構える広小路ひろこうじ砦へと合流する予定なのだけれどぉ……どう報告しようかしらぁ?」

 「直ぐに取りかかりますわっ!」

 天然を装うしたたかな女傑、宮郷みやざと 弥代やしろの口車にまんまと乗せられ……

 自称、花園警護隊ガーデンズ筆頭のひじり 澄玲すみれは、途端に良い返事で立ち上がると颯爽と撤収作業に加わるのだった。

 ――
 ―


 ギィィィーーン!!

 土煙の中、激しい金属同士の火花が散り……

 「ぬぅぅっ!!」

 そしてその火花の原因である片方の武将は、肩すかしを食らったような腑に落ちぬ表情かおで馬上に在った。

 「どうしてだ!鈴原 最嘉さいかっ!武人われらが華!この戦場に在って何故なにゆえに本気を出さないっ!」

 ブォォォーーン!!

 砂塵をまとめて薙ぎ払う豪快な槍裁きで巨馬を躍動させし豪傑は――

 「鈴原 最嘉さいかぁぁっ!!」

 志那野しなのの”咲き誇る武神”木場きば 武春たけはるだ。

 最強国旺帝おうていに在って”地上最強”と名高い大英雄だ。

 「……」

 相対する――

 もう片方の火花の元凶たる武将は――

 その偉丈夫を前に無言で乗馬をジリジリと退く。

 「臨海りんかい王っ!!いざいざ!誇りを賭けて、命の限りしのぎを削ろうぞっ!」

 重ねて怒号が飛ぶ戦場で、それを涼しい顔で受け流しながらその武将……

 ダダ……

 鈴原 最嘉おれは”地上最強”からアッサリと距離を取った。

 「悪いなぁ……お前みたいなのと正面切ってり合うほど俺は無神経な心は持ち合わせていないんだよ」

 「うぬぅっ!」

 がっちりとした肩幅に鍛えられた太い腕、そして厚い胸板、まこともって均整の取れた完成した肉体!

 鼻筋の下にある大きめでしっかりとした口が玩具おもちゃを取り上げられた童子の様にギリギリと歯ぎしりし、意気がみなぎる双眸を光らせて恨めしそうに俺を睨む。

 「たく、童子ガキかよ……木場きば 武春たけはる

 と呆れながら退がる俺だが……

 ――それも無理ないか

 木場きば 武春たけはるの部隊が押し寄せて来れば、たったの二、三合ほど打ち合っては下がり、相手が兵を退けば改めて”ちょっかい”を出す。

 そんな感じで、攻め手であるはずの臨海軍おれたちがまるでやる気の無い攻撃を繰り返すのは、もう既に数十回以上。

 早朝に始めたこの戦だが、既に時刻はもう夕刻に差し掛かっていたのだ。

 「退くぞ!」

 そうしてまたもや、俺は歯ぎしりする相手に構うこと無く自軍を退くが……

 木場きばの軍は今回も一定以上は追って来ない。

 「……」


 ――場所は広小路ひろこうじ

 台地の斜面を利用する形で三箇所に設置された広小路ひろこうじ砦は三位一体の要害であり、その一番下にあたる第一砦と頂上付近の第三砦との高低差は二十メートルほどもある。

 各砦間の距離は適度に離れ、お互い連携して下からの敵に備える戦術的砦だ。

 前回は臨海軍ウチ内谷うちや 高史たかふみが第一砦をブン取った直後、第二砦からまさかの”鵯越ひよどりごえ逆落さかおとし”という豪快な強襲で一気に形成を逆転されたらしいが……

 今回の鈴原 最嘉オレはその第一砦にもまるで手を着けず、ただ適当なちょっかいを出しては後方へと退くのを繰り返していた。

 そして前回、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろが率いる軍は二万を超えていたのに対し、今回俺が率いる兵力は三千程だ。

 今回の作戦では御園みその砦方面へ兵力を集中させたため、この広小路ひろこうじ砦はどうしてもこの数が限度ではあったのがその理由だが……

 ――それにしても”たったの三千”

 ここで旺帝てき軍の心中を察すれば……

 一万の兵を抱える広小路ひろこうじ砦側は幾度となく退却するだけの臨海軍おれたちにいい加減”追い打ち”を掛けて壊滅させたいだろうが、下手に砦を手薄にすればどうなるか?

 ”あからさま”な鈴原 最嘉オレの意味なし突撃、退却の繰り返しに敵さんは疑心暗鬼らしい。

 特に数多の戦を経験してきた木場きば 武春たけはるの叔父である歴戦の将”山県やまがた 源景もとかげあたりは、臨海軍おれたちのこの”あからさま”な戦法には警戒せざるを得ない心理状態だろう。

 ――数多の戦を経験した”歴戦の将”

 イコールその”立派な戦歴”が逆にあだになる!

 実のところ、これは俺の……

 鈴原 最嘉さいかの、”詐欺ペテン師”とかいう悪名を利用した苦肉の時間稼ぎの策であるが……

 敵さんはまんまと、策士として名をはせる鈴原 最嘉さいかの虚名に踊ってくれている。

 「…………」

 ここまでは作戦通りだと、

 俺は自隊を後退させながらも馬上で刀を握った方の右手を見る。

 ――この痺れ……やっぱ規格外の化物だな

 俺は数合打ち合っただけの敵将を鑑み、ゾクゾクとする感覚と共に気を引き締める。

 「にしても……そろそろ潮時か。でないとこっちが後が無いなぁ」

 とはいえ、こんな時間稼ぎが何時まで持つか?

 広小路ひろこうじ砦軍にしても、その将である木場きば 武春たけはるにしても……

 一度ひとたび、警戒心を振り切って攻め寄せられれば――

 多分、俺の軍はどう用兵を用いても数時間も持ち堪えられないだろう。

 「……」

 そんな感じで作戦を遂行する俺の中でも焦る気持は刻々と増していた。

 ダダダッ!

 ダダッ!

 「……」

 ダ……

 「お疲れねぇ?”最高権力者”さん」

 そんな、隊を率いて敵砦と一定以上の距離を取っていた俺の元に……

 極自然に馬を横付けして来た女が、緊張感の感じられないだるげな声をかけてきた。

 「”最高権力者”?なんだそりゃ」

 それをも当然のように受け入れた俺は、そのままその女と馬を併走させたまま応える。

 「さぁねぇ……ふふ」

 そして、薄くあかい唇を意味深に綻ばせた美女は、馬上にて俺と視線の絡んだ垂れ気味の瞳を使いスッと誘導する。

 「……」

 「……」

 ――そうか……間に合ったか

 俺は”それ”を確認して頷いていた。

 ――


 夕暮れの中、ひっそりとそびえ立つ塔の影……

 その正体は……

 敵の第一砦と我が臨海りんかい軍が構える戦場に運び込まれた十数メートルもの簡易プレハブやぐらだ。


 「随分と薄い反応ねぇ?私はてっきり、追い込まれていたサイカくんが感激の涙ですがりついて来るとぉ……」

 ――おいおい失礼な……

 と、言いたいが、実は図星なだけに余計しゃくに障る!

 御園みその砦と広小路ひろこうじ砦の中間地点に派遣していた宮郷みやざと 弥代やしろとその部隊の帰還。

 そして、この”秘密兵器”

 見た目よりもずっと危ない橋を渡ってきた本作戦の下準備の完了を確信した俺は、再び隣のだるげ美女と視線を絡ませ、

 「まぁいい、それより始めるか」

 今度は感謝の念を込め素直に笑う俺。

 「その表情それはそれで……なんだか面白くないわぁ」

 ――おいおい……だからどうしろと!?

 そして宮郷みやざと 弥代やしろは、なんとも言えぬあかい唇で妖艶に微笑む。

 「そうねぇ……明日はこの夕暮れよりもっとあかに染まると良いわねぇ」

 「……」

 ――この美女の言うあかとはあか

 それはきっと……

 「なに?」

 逆にジッと彼女の顔を見る俺に、

 宮郷みやごうの”紅の射手クリムゾン・シューター”……

 いや、”紅夜叉くれないやしゃ”である狂戦士バーサーカーは神秘的に……

 ――

 辺り一面が赤に浸食される日没手前の地平線で、

 この後はきっと赤が支配するだろう世界に溶け込んだ美女おんなは――

 なんとも神秘的な血の唇で微笑わらっていたのだった。

 第二十一話「広小路ひろこうじ砦の攻防」前編 END

 
 ★おまけデータ2


 
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