上 下
205 / 305
下天の幻器(うつわ)編

第二十一話「広小路砦の攻防」中編(改訂版)

しおりを挟む



  第二十一話「広小路砦の攻防」中編

 明けて早朝――

 その日の始まり”も”昨日までと同様だった。

 ワァァァァッ!!
 ワァァァァッ!!

 臨海軍おれたち旺帝てき軍の第一砦に攻め寄せては……

 ダダダダッ!
 ダダダダッ!

 直ぐに退しりぞく。

 「ぬぅぅ!相も変わらぬ……追うぞっ!!」

 迎え撃つ敵将、木場きば 武春たけはる如何いかにも面白く無いという仏頂面のまま、馬上にて槍をかかげて率いる騎馬軍団に追撃を指示する。

 ドドドドドドドッ!!

 昨日、幾度も繰り返された戦風景。

 一斉に退臨海軍おれたちの後を追う旺帝おうてい軍という構図だ。

 ドドドドドドドッ!

 だがそれも……

 ドドッ……ドッ……!!

 「……」

 いつの間にか殿しんがり付近にまで自分の馬を下げていた俺が止まるまで!

 「反転っ!!」

 昨日までと同じ行動を”なぞった”のは、そこまでだった。

 「迎撃っ!」

 鈴原 最嘉オレの掛け声で退却中だった馬群は揃って停止し、そして――

 オオオオッッ!!
 オオオオッッ!!

 一斉に馬首を返し一気に反撃に撃って出る!

 「なっ!?」

 「うわっ!」

 昨日までの伏線が多いに有効であった証拠に、この反転攻勢は完全に敵の虚を突いた形となった。

 恒常マンネリ化した追撃戦は何時いつしか幾許かの緊張感の欠如を誘い、旺帝おうてい軍の不注意に突出し孤立した先頭集団の混乱を誘発する!

 そして暫し――

 両軍入り乱れた戦場は我が臨海りんかい軍の優勢に傾いていたが……

 ギィィーーン!

 ワァァァァァァッ!!

 オオオオッッ!!

 そこは騎馬では最強を称する旺帝おうてい騎馬軍団。

 元々数の有利も相まって直ぐに立て直し盛り返してきた。

 ――

 「流石だな、多少の揺さぶりくらいでは揺るがないか……」

 ――それに

 俺は馬上から乱戦の渦中、”その一点”に視線を向ける。

 ガキィィーーン!

 「ぐわっ!」

 ザシュ!

 「ぎゃっ!」

 血気盛んな戦場最中に在っても一線を画する異色の熱気!!

 ブオォォーーーーン!!

 「ひっ!」「がはっ!」「うわぁぁっ!?」

 そこに一際目立つ、巨馬に跨がった武人が唯独りっ!

 手柄目当てに群がる歴戦の強者共をまるで市場に置かれた”一山幾ら”の有象無象として千切っては投げ、蹴散らす豪勇無双!

 「おおっ!やっとかぁっ!これぞ我が戦場いくさばだぁぁっ!!」

 ゴォォォッ!!

 「ひぃぃっ!」「ぎゃひぃ!」「ぎゃぁぁっ!」

 豪槍の一振りでおのが周辺一帯をたちまち屍の荒野と化す戦場の化物。

 「おおおおっ!ははははっ!」

 其所そこ只一人ただいちじん、並外れた戦人いくさびとによるまさに”独壇場”だった。

 「……」

 勿論言うまでも無いが……

 其奴そいつは”最強無敗”、”咲き誇る武神”と恐れられる木場きば 武春たけはる、そのひとである。

 ――おいおい……

 俺にとって旺帝おうてい騎馬隊の抵抗ははなから想定済みだったが……

 「やっぱ”化物アレ”は俺が止めるしかないのかよぉ……」

 俺は溜息交じりに腰の小烏丸こがらすまるに手を添える。

 そして――

 シャラン!

 「おう!おう!おおう!そこの規格外ぃ!!いい加減ちょっとは常識ってものをわきまえたらどうだよっ!」

 鈴原 最嘉オレは抜き身の刃を手に、その嵐の中心部に向けて馬を駆っていた!

 「おっ?おおおっ!!我が天運此所ここに極まれり!本望だぞぉぉっ臨海りんかい王っ!!」

 そして俺の姿を視界に捉えた化物は、実にキラキラとしたまなこにて鍛え抜かれた両腕を掲げると、抱き付かんばかりのジェスチャーで歓迎してくる。

 ――ちっ!戦馬鹿めっ!

 ダダッ!ダダッ!

 長年生き別れた兄弟を迎えるような、そんなキラキラした瞳で物騒な槍を構える男に……

 ダダッ!ダダッ!

 俺は乗馬を加速させる!

 ダダッ!ダダッ!

 大地を削り跳ねるひづめの音と上下に激しく揺れる衝撃リズム

 ダダッ!ダダッ!

 「……」

 あぶみから伝わる振動、そのリズムを馬上の自身に刻み完全に自身と同化させる。

 ――”人馬一体”

 それは俺がこれから成す”わざ”に不可欠だからだ!

 「……」

 ダダダダッ!

 そのまま勢いを殺すこと無く敵射程圏内に侵入した俺は、顔前にて地面と水平に寝かした刀を握る右手に左手を添えた。

 ブルルゥッ!!

 ここまで――

 額の流星が凜々りりしい、栗毛が映える駿馬”しゅんせい”との同調シンクロは完璧だ!

 手綱から完全に両手を放し、両太ももだけで固定ホールドした状況でも、相棒は俺の意図した軌道を引き継いで駆け続ける!

 ダダッ!ダダッ!

 「いざっ!臨海りんかい王ぉぉっ!!」

 そして木場きば 武春たけはるは、そんな人馬を当然のように正面から堂々と迎え撃つ!

 ブゥォォーーーーォン!!

 「っ!!」

 凄まじい刺突しとつ

 凄まじい刃風じんぷう

 ”志那野しなのの咲き誇る武神”と名高い木場きば 武春たけはるの豪槍は、幾多の死地を転戦した鈴原 最嘉オレにしても未体験の領域だ!

 ――だがっ!

 木場きば 武春たけはるが大気さえ捩子伏ねじふせる剛槍の一撃をもってしても……

 ズザザァァッ!

 凄まじい旋風が穂先の、僅か下をくぐけて流動する人馬は――

 「……」

 まさに、嵐に巻かれて舞う木の葉!

 大気ごと薙ぎ払う豪槍の一撃では、木葉このはを模した鈴原 最嘉オレ流動うごきは到底捕捉とらえきれない!!

 「ぬぅっ!?」

 射程に勝る槍の一撃も!

 大気を螺旋ねじ伏せる破格の一撃も!

 巻き込まれるままに懐深く舞込む風の刃とは相性最悪だろう!

 ヒューー

 俺は瞬間的に少量の空気を肺に流し込み、

 「っ!」

 ドシュ!

 吐気はきと共に愛刀を斜め上に突き出すっ!

 「ぐっ!?すずは……」

 我が”小烏丸こがらすまる”の切っ先部分は突きに特化した諸刃の太刀だ。

 バシュゥゥ!!

 「すずは……ら……ぬぅぅ」

 次の瞬間、仰け反った木場きば 武春たけはるの肩部分の、鎧の繋ぎ目から吹き出した鮮血が虚空をあかく染めていた。

 「螺旋纏構太刀マキマトウ・カマエタチ……」

 ――刀刃とうじん気風きふつ事はあたわず

 ――しかるに鎌風かまかぜはがねを両断するに至る

 ――すなわれを”螺旋纏構太刀マキマトイシカマエタチ”と成す

 敵が動体に帯同する風と同化し、その流気を用いた風刃にて敵を穿つ!

 それは鈴原すずはら 最嘉さいかの得意とする返し業カウンターのひとつ……

 ダダッ!ダダッ!

 「…………」

 俺としゅんせいはそのままはしり抜けた後、数メートル先で停止していた。

 ――”螺旋纏構太刀マキマトイシカマエタチ

 それは確かに鈴原すずはら 最嘉さいかの得意とする返し業カウンターのひとつだが……

 ――だが……

 ――しかし……

 「…………」

 俺は、斬られたままの姿勢で未だ馬上に在る男を見る。

 「ふ……ふふっ……はは……はは、ははははは!」

 装備した鎧に伝う血をそのままに、その男は豪快に笑い出した。

 「なんだこれはっ!?この巫山戯ふざけわざはどういった武術だ?はははっ!臨海りんかい王……いや、鈴原 最嘉さいかれは大したモノだ!面白いなぁぁっ!!」

 「…………」

 ――なんだその嬉しそうな顔は……

 ――とても今し方、斬られたばかりの男の反応じゃないよな

 正直面食らう俺に、その常識外れの男は嬉々として続ける。

 「俺が最近いま、死合いたいと願う三番手であった”終の天使ヴァイス・ヴァルキル”が早々に戦場から消え、この戦場いくさばへの興味も尽きたかと思っていたが……それは俺のとんだ思い上がりだったようだ。臨海りんかい王がこれほどの猛者とはな、はははっ、ははは!」

 「…………」

 全くもって――

 面白い玩具おもちゃを見つけたわらべと同種の邪気無き表情の男を改めて観察していた俺は……

 ――こういう手合いの戦嗜好者バトル・フリークスとは絶対に関わりたくない

 心底そう思う。

 そう、特に戦場では命が幾つ在っても足りない。

 大体、ああして今も馬上に在るのは……

 一撃必殺であるはずの”螺旋纏構太刀マキマトイシカマエタチ”をギリギリで見切ったという事に他ならない。

 ――信じ難い反応速度……いや、”天武さいのう”だ!

 「ええと、木場きば……ところで三番手ってなんだ?」

 だが、取りあえずそういう非常識な事実は置いて於いて……

 俺はもうひとつの、奴の台詞で気に掛かったことを確認してみる。

 「おお?そうだな、俺が戦場で槍を交えたいと願う相手に順番をつけるとだ……覇王姫と名高い長州門ながすどの”焔姫ほのおひめ”ペリカ・ルシアノ=ニトゥ、次に天都原あまつはらの鬼阿薙あなぎ、そして貴殿の臨海りんかいでは終の天使ヴァイス・ヴァルキルと、後は……」

 実に物騒な面子を嬉々として口にする戦嗜好者バトル・フリークス

 「……」

 ――やっぱ、関わり合いになりたくない輩だ……

 「後は……そうだな、無垢なる深淵ダークビューティーの陣営から突如として現れたという新顔ニューフェイス、確か”鈴木 燦太郎りんたろう”だったか?」

 「……」

 ――鈴木 燦太郎りんたろう……

 その時、俺は多分かなり変な顔でその人物の名を聞いていただろう。

 「おお、そうだ!たった今、貴殿もそこに名を連ねたぞ、あかつきは広いなぁ、ははは!」

 「……」

 肩から血を流しつつも、至極ご機嫌な”最強無敗”に俺はさらに確認した。

 「鈴木 燦太郎りんたろう……もか?」

 「んん?それはそうだろう?鈴木 燦太郎りんたろうと言えば、我が”旺帝おうてい八竜”で”魔人”と恐れられし、あの伊武いぶ 兵衛ひょうえ殿を一騎打ちで討ち取ったおとこだからなぁ!はははっ、何故に現在いま現在いままで全くの無名だったのか不思議だが、どちらにしても是非相見あいまみえたい相手だ!ははははっ!」

 ――いや全くしくない、嬉しそうに笑うところかそれ??

 同僚がられた相手に……

 とても常人の反応ではないと、俺は心中で突っ込みつつも思う。

 その戦嗜好者かわりものである”武神RANKING”の上位五人ベストファイブの中に……

 ――何気に”俺が二回も”入ってんじゃねぇかよっ!!

 …………と、

 「…………はは」

 その実に嫌な事実に俺は力なく笑うしか無かった。

 第二十一話「広小路砦の攻防」中編 END
しおりを挟む

処理中です...