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下天の幻器(うつわ)編
第二十一話「広小路砦の攻防」後編(改訂版)
しおりを挟む第二十一話「広小路砦の攻防」後編
「扨措き、鈴原 最嘉よ!貴殿も漸く俺と”死合う”気になって来たようだな。さぁさぁ!いざ尋常に志那野の将、この木場 武春と……」
――はぁ?
――誰が好き好んで、お前みたいな戦嗜好者と!
ダッ!!
名乗り半ばの”最強無敗”に俺は距離を詰め、
――と、そう言いたいところが、
――”戦闘”が避けられないと言うのならなぁ!
ヒュバッ!
斬りかかっていた!
――だが、古風な一騎打ちの様式などに従う義理は俺には無いっ!!
「お、おおうっ!?」
――ちっ!
木場 武春という男は、こんな図体で小細工満載の不意打ちさえも難なく躱す!
「矢張り”死合う”かぁ!益々滾るなぁ!鈴原 最嘉っ!!」
ブゥォォーーーーン!!
「くっ!」
そして鈴原 最嘉の十八番を奪うが如き、見事な返し業を放つ木場 武春!
ギャリィィーーン!
大振りの槍裁きからは想像が出来ない繊細な正確さで一気に振り下ろされる一撃!
「ちぃっ!」
”那知の大瀑布”を彷彿させる衝撃の!
破格の一撃だっ!
ギャリッ!ギャリ……
それを受けた、刀を握った右手が瞬時に痺れ、
ギャッ!ギャ!ギャ!ギャ――――シャラン!
我が小烏丸の中頃から切っ先へと金属を削り取る火花を咲かせながら地表へ向けて滑り落ちる武神の穂先!
俺は咄嗟に切っ先を傾け、威力を刀身半ばから下方へと向け受け流したのだ。
「おおぅ!矢張り見事だっ!ならば次は俺が貴殿の渾身を受けようっ!!」
自らの一撃を去なされてさえ、これ以上無いくらいに満足げな木場 武春。
振り下ろした槍を右手一本に持ち替え、更に空いた左腕を天に掲げた無防備な恰好で俺を挑発してくる。
「さぁ!鈴原 最嘉、さあさあ!鈴原 最嘉っ!」
ギギ……
到底右手一本とは思えない相手の槍を俺は両手の小烏丸で受けながら耐え凌ぎつつ……
ギギ……ギ……ギャリィーーンッ!!
再び渾身の力で跳ね上げた!
――”鈴原最嘉”、”鈴原最嘉”と……
「気安く他人様の名を連呼してんじゃねぇ!この戦嗜好者がっ!」
自ら掲げた左手に続き、槍を持った右手も天に投げ出した形の戦嗜好者は、文字通り万歳状態に――
「ははっ!ははは」
……なっても、その表情は――
どう見ても”待ってました!”なのだった。
「…………ちっ」
剣の射程で万歳、完全無防備な前面を晒す相手。
だが、そんな絶好の好機に俺は――
ダダッ!
”最強無敗”の期待に輝く爛爛とした瞳をスッパリ裏切って、そのまま背を向け離脱していた。
「す、鈴原 最嘉ぁっ!?またも、またもや敵前逃亡かぁっ!?お、おおぉぉいぃ!?」
完全に肩すかし!
俺には此所で正面突破の近接戦闘を繰り広げるつもりなど毛頭無かったのだ。
「ならばぁ!!おおおおっ!!」
ブオォォーーーーン!
絶好の好機を捨てて背を向ける俺に、最強無敗の追撃が打ち下ろされる!
背後から一刀両断!
俺が真っ二つになるのも必至であった。
ヒュヒュ!ヒュォン!
「ぬっ!?おおぅっ!?」
だがその瞬間だった!
突如飛来する矢閃が、槍を振り下ろしにかかった男を襲う!
「ぬぅっ!」
先ず――
正確な軌道で頭部を射貫かんとする”一矢目”を僅かに頭を逸らすという信じられない反応速度で躱す木場 武春!
「ふっおっ!!」
――それとほぼ同時に!
一矢目の影から露わになる、首を狙った”二矢目”を……
これまた異常な反応速度にて、そのまま体を開いてやり過ごす!
――そして更なる”三矢目”
ギィィーーン!
最後にして仕上げの矢を!
心臓を貫くはずだった凶弾を!
手にした槍の柄で薙ぎ払い、完璧に対処する脅威の怪物!!
「……マジかよ」
”一矢三連”と恐れられる”彼女”の絶技を、こうも易く裁ききるとは流石”最強無敗”!
不意打ちも、飛び道具による強襲でも、まるで揺るがない巨雄に……
俺は素直に敬意を表する。
――けどなっ!!
シュバッ!
――誰が?誰と?
――”一騎打ち”してるって言ったよっ!
そして真逆の四撃目!!
在ろうはずの無い”四矢目”となったのは――
「な、なにっ!?」
直ぐさま踵を返した、俺の刀による至近からの”跳ね斬り”だった!
――っ!???
ただでさえ神業の部類である”三連射撃”の奇襲を露払いに、その隙に再び死地に舞い戻った俺は、自らが四撃目の矢と成って未曾有の”四連撃”を繰り出して最強武神の攻略を試みるっ!
「う、うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
吠える木場 武春!!
だが、一、二矢で木場の体勢は完全に崩れ、三矢で槍さえも封じた!!
――どうよ!この連携技はっ!!
これは流石の木場 武春でも躱しきれないだろ……
ガッ!ガシィィン!!
「ななっ!?」
だが、その木場 武春は……
「う、腕だとっ!?」
俺の渾身の一撃を!こともあろうか素手である左拳で撃ち落としたのだ!
「フッフッ……ハァァーー」
荒い息を吐き出しながら、馬上にて崩れた体勢をゆっくりと戻す最強無敗。
「…………おいおい」
――ここまできたらもう……
言うまでも無く”刀”は鉄の塊だ。
そして加速の頂点に達した”刀身”を撃ち落とす”拳”なんて芸当は、超絶な反射神経が云云よりもよっぽど……
「おまえ正真正銘の化物だよ……木場 武春」
ダダッ!
――だからってな!
驚いてばかりもいられない。仕切り直しだ!
またも距離を取った俺は、やや離れた位置で愛馬”瞬星”を停止させた。
「…………」
そして、再び小烏丸を胸の高さで水平に構えて敵の出方を測る。
「成る程……宮郷の紅の射手か?」
対して――
ここに来て、この戦場で終始見せていた笑みを完全に捨て去った木場 武春。
戦場で見せる爛爛とした双眼は正面の俺に向けたままで、槍を肩より高い位置にてやや寝かせた構えは……
先ほどの矢の着弾角度から、見えぬ狙撃手の位置を完全に把握したうえでの備えであろう。
「…………」
――木場の予測通り、矢を放ったのは勿論、宮郷 弥代である
混戦に縺れた白兵戦最中、俺は着々と並行作業でこの機会を用意していた。
ここに至り、木場は”その意図”を完全に理解したのだ。
「…………狙撃櫓か、いつの間に」
木場の言うとおり、我が臨海軍が陣を保つ後方にはいつの間にか聳え立つ”櫓”の存在があった。
両軍入り乱れる戦場の熱闘と馬群による砂煙……
諸諸の隙を突いて組み立てられた我が臨海の簡易櫓。
「今さら卑怯とか言うなよ木場 武春、これも戦場の……」
”宮郷の紅の射手”という異名を誇る宮郷 弥代は、この戦場を一望できる好所にて今現在もこの位置を射程に収めているのだ。
「くく……くくく、はははは!ははははっ!」
「…………」
しかし矢張りと言っては矢張りな反応。
剛勇無双の最強無敗様は、並の将にとっての完全な窮地でさえ、そのまま肩を揺らせて笑い出す。
「なんとも幸運な戦場だ!!”王覇の英雄”に”紅の射手”!この広小路砦は俺にとって最高の舞台ではないかっ!!」
鈴原 最嘉と宮郷 弥代という、実質”二対一”の闘いとなってもこの自信だ。
だが、それでも、木場 武春という男にとってそれは決して虚勢では無いだろう。
「鈴原 最嘉っ!宮郷 弥代っ!ならば諸共に打ち破るまで!!ゆくぞ!!」
木場 武春は槍を握った右手を天に掲げて宣言し、
オオオオッッ!!
オオオオッッ!!
ご自慢の騎馬部隊と共に突撃を敢行した!
――
津波と化して俺と俺が率いる部隊へ!
そしてその後ろに確保した宮郷 弥代の居るだろう”櫓”に向け、猛然と突撃してくる旺帝騎馬最精鋭部隊!!
突撃に特化した”鋒矢陣”を見る間に形成し、その危険極まりない先頭を大将自らが率いるという無類の戦嗜好者ぶりだ。
「おおおおおおおおっ!!」
俺が奴との一騎打ちをこのまま”二対一”で対処してくるならば、自分は数と練度に勝る騎馬部隊で徹底的に突破して、その勢いのまま”狙撃櫓”を破壊蹂躙するっ!
一見強引で好き勝手に戦っている様に見えるその男は、状況次第であれだけ固執した俺との”一騎打ち”をアッサリ捨てて集団戦法に切り替える臨機応変さを併せ持つ英傑だった。
――さすが旺帝軍、最強の武人である木場 武春
――そんじょ其処いらの猪武者とはワケが違うな……
オオオオッッ!!
オオオオッッ!!
――と、感心ばかりもしていられない
突撃に特化した鋒矢陣を以て、我が臨海軍を引き裂きにかかる旺帝騎馬隊の猛攻を前に――
「開けっ!!」
俺はその戦いには乗らず、偃月に布陣していた自軍を中央の自分を境に左右真っ二つに分かれて避けさせる!
「っっ!?すずはらぁぁっ!!」
――だから……
――気安く呼ぶなって
あくまで正面から衝突らず、敵将の堂々たる武勇も受けて立たない。
そんな将たる気概の無い俺は、木場が憤りを露わにしても全くこれっぽっちも気にしない。
ドドドドドドドッ!!
ドドドドドドドッ!!
綺麗に左右二手に分かれた我が臨海軍は敵に見劣りしない中々の練度だと満足するが、当然それは旺帝軍に易々と中央を開けて突破を許すことを意味する。
オオオオッッ!!
オオオオッッ!!
「潰せっ!あの忌忌しい“櫓”を!!」
「臨海軍の小賢しい“櫓”を蹂躙せよっ!!」
オオオオッッ!!
勇んだ雄叫びが飛び交う旺帝騎馬隊の兵士達は、この瞬間まさに興奮度最高潮だろう。
「鈴原 最嘉は宮郷 弥代を見捨てたのか?宮郷 弥代を囮に俺の隊を包囲でもするつもりなのか?」
そんないきり立った騎馬隊の最中で、将たる木場 武春はポツリと疑問を口にする。
「否や有り得ない!臨海の兵数では包囲は完成しない……それなら」
自ら口にした言を直ぐさま取り消し、そして馬上から離れた鈴原 最嘉の姿を捉え、眼をギラリと光らせる。
「…………」
――この距離でこの眼力……
「中々に易くは無いなぁ、木場 武春……」
侮れない洞察力の”最強無敗”に睨まれたことで、思わず”ゾクリ”と背筋に走る冷たい感覚を”武者震い”と片づけるなら……
――”それ”は虚勢が過ぎるだろう
最強騎馬軍団の突撃に恐れをなしてアッサリ道を譲り、後方の”櫓”に詰める味方を、敵を前にして味方部隊を見殺しにした情けない総指揮官、鈴原 最嘉。
そう侮って防備を怠り用兵に隙を見せてくれるなら、後ろから散々に”突っついて”やろうと思ったのだが。
「……」
――動くこと雷霆の如し、動かざること山の如し、
あれほどの応変に苛烈な突撃を用いてなお、浮つかず警戒を怠る事無く場を見据える男は、将としても甘い相手ではない。
――そして恐らく木場 武春も推測しているだろうが……
旺帝騎馬軍団に引き裂かれて左右二手に別れた我が隊の動きが所謂”反転包囲”、”反転攻勢”に転じる用意が出来ているわけもない。
そりゃそうだ。
これほどの強兵に、数でも劣る我が臨海軍が、更に兵力分散した状況でなにも成せるはずが無いのだ。
「…………」
そんな危機的状況で、愛馬”瞬星”の馬上からダラリと地面に向け切っ先を垂らしたままの俺は、周りからは完全に戦意を失った敗者に見えるはずだったが……
「なにを企む?鈴原 最嘉。今度は俺にどんな戦術を見せてくれるんだぁっ!!」
我が”簡易櫓”へと真っ直ぐに突撃を敢行する騎馬隊を率いる最強の将は馬を止め!
どこか期待を秘めた眼で俺を見て叫ぶっ!
「……」
――まったく、木場 武春……か
”個”の武勇は類を見ない”破格”を誇り、
”群”を率いては”圧倒的”に場を制す。
”謀”に対する充分な”智”を備え、
そして”欺”に対しては”動物的本能”でそれを察する。
――改めて再認識する
此奴は真に戦をするためだけに生まれてきた”破格の化物”!!
「だよなぁ?正解だよ……木場 武春」
そんな男と目が合った俺は――
何故か自然と口端が上がる感覚に……
「ふっ」
今度こそは自身の”武者震い”を確信していた。
第二十一話「広小路砦の攻防」後編 END
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