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下天の幻器(うつわ)編

第二十二話「風・林・火・山・陰・雷」(改訂版)

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  第二十二話「風・林・火・山・陰・雷」

 小賢しい策をろうする詐欺ペテン師、鈴原すずはら 最嘉さいか……

 そう、俺にとっては”武人の矜恃”も、”将としての意地プライド”も、なんの価値も無い!

 ――だがなっ!

 木場きばたち旺帝おうてい軍が一気呵成に一線を突破し、我が秘密兵器である簡易櫓プレハブやぐらに群がった瞬間!!

 ダダッ!

 臨海軍おれたちは一気に広小路ひろこうじ第一砦方面へと馬首を向ける!

 「正気か?鈴原 最嘉さいかっ!!其所そこは我が騎馬隊と第一砦の最中さなかだぞ!」

 「……」

 ――なるほど、そういう”見方も”できるな……

 ここまで散々、攻め立てては距離を取るという”のらりくらり戦法”をっていた臨海りんかい軍がここに来て進む先には退路が無い。

 「まさか、兵力の劣勢を”背水の陣”で補おうとでも言うのか?」

 木場きば 武春たけはるは一瞬だけ戸惑いの表情を浮かべたが、

 「いや……成る程」

 直ぐに独り納得顔になり、次いで”天晴あっぱれ”と言わんばかりの表情で大きく頷く。

 「成る程、”王覇の英雄”は真の勇士だ!ならばそれに敬意を表して全力で叩くっ!!」

 そして再び全軍に号令をかける熱い英傑!

 ――おいおい、良い方にとってくれるなぁ……

 そんな相手に鈴原 最嘉オレは半ば申し訳ないと感じながらも思わず口角が上がっていた。

 「……」

 ――動くこと”雷霆らいてい”の如し、動かざること山の如し、

 兵法の基本の先は奥義に通じる。

 流石は”最強無敗”と名高い志那野しなのの”咲き誇る武神”木場きば 武春たけはるだ!

 流石だ。そう、さすがだが……

 「なら、最強でも無敗でも無い俺は残りの基本をこの戦場に健気けなげにも並べて見ようか?」

 て事で、残りの基本兵法その壱。

 ――はやきこと”風”の如く

 それは鈴原すずはら 最嘉さいかの得意とする返し業カウンターのひとつ”螺旋纏構太刀マキマトイシカマエタチ”(使用済み)

 ――しずかなること”林”の如く

 それは密かに機会を待ち、秘密兵器から放たれし宮郷みやごう紅の射手クリムゾン・シューターが凶矢(使用済み)

 ――知り難きこと”陰”の如く

 そして、これから行う用意周到の策!

 ”やぐら”攻撃に数隊を向かわせた後の木場きば 武春たけはるは、自身が直接率いる隊を揚々と俺の方へ向け反転開始する。

 その様を見届けながら俺は……

 ――すぅ……

 地面に向けて下げたままであった小烏丸こがらすまるの切っ先を――

 ドドドドドドドッ!!
 ドドドドドドドッ!!

 「小賢しい策をろうする詐欺ペテン師、鈴原すずはら 最嘉さいかはな……名将達おまえらと違って”武人の矜恃”も、”将としての意地プライド”も、微塵なんの価値も無い!」

 言うまでも無く、戦場で兵の機動力は最大の武器だ――

 正面突破するにしても、策を弄するにしても、敵を圧倒する迅速さがあってこそ。

 ドドドドドドドッ!!

 目前に迫り来る戦国世界最強、旺帝おうてい騎馬集団を!

 ドドドドドドドッ!!

 最強無敗、志那野しなのの咲き誇る武神、木場きば 武春たけはるの有り様を見れば、それが十二分に理解出来る!

 ――が!

 「……」

 横一線に馬首を並べ突撃して来る騎馬軍団を眼前に、馬上の俺は地面に向け下げたままの切っ先を――

 スーー

 地面に沿って線を引く様に横に動かした。

 「だが、臨海軍おれたち案山子かかしではない!」

 どんなに速度に勝ろうと、こっちもそれに対応するわけだから……それを凌駕する数倍、数十倍の速さなど通常は望みようもない。

 ビッ……

 ビビビビビッ!

 俺が小烏丸こがらすまるを地面に向けたまま、横一線に払った直後、

 目前の地面表層がボコボコと、まるで高速の土竜もぐらが横切った後の様に線を引いて盛り上がり、そして――

 「疾風如はやてのごとしの神髄とは、すなわち”暗中飛躍”!!」

 戦場での”真なる速さ”とは戦中で無く、すなわち対峙する前に決しているのだっ!

 ビビビビッ!ビッ!!

 飛び散る土塊と共に、細長い”なにか”が地表に姿を現す!

 「なっ!?」

 思わず呆気にとられる木場きば 武春たけはる旺帝おうてい兵士達。

 ――これで理解わかっただろう?

 ”知り難きこと”陰”の如く”

 ”最速の兵法”とは水面下にて既に周到に用意されし戦術を指す。

 先んじて戦場を構築せしめれば勝利もまた易い。

 ”開戦前疾走フライング”在りき!!NOT正々堂々!!

 戦場と戦場外……

 この両輪が稼働してこそ、真成る”風の如きはやさ”は成立するのだっ!

 ――

 ビビビビビッ!

 俺が馬上から小烏丸こがらすまるの切っ先で地表をなぞるように横に払うのを合図として、

 あらかじめ配置されていた臨海りんかい騎馬数十騎が真横に走り出し、そして……

 ビビビ……ビシィィーーーーッ!!

 その馬群に引っ張られ地中から姿を現した”綱引きの縄”の様な頑強な太縄ロープが一瞬で張られる!!

 ドカカカッッ!!

 「うわぁぁっ!!」

 ドドッ!!ドシャァァーー!

 「ぎゃひっ!?」

 我が臨海りんかい軍と木場きば 武春たけはる率いる旺帝おうてい騎馬隊の間をわかつが如く頑強な太縄ロープ旺帝おうてい騎馬隊にとって突如進行方向直前に現れた太縄ロープは……

 大人の胸の高さでビシリと張られ、突撃状態の旺帝おうてい騎馬軍団は次々と足を取られてひっくり返ってゆく!

 「これは……なんの茶番だ?鈴原すずはら 最嘉さいか

 だが――

 目前で繰り広げられる味方の醜態を前にしても、木場きば 武春たけはるはそれが”とんだ期待外れ”だと言わんばかりの表情で俺を睨んでいた。

 「…………」

 ――数十騎ほどの先走った旺帝おうてい騎馬兵は足を取られて落馬したが……

 確かにこの程度では木場きば 武春たけはる率いる旺帝おうてい騎馬隊との間を分断する防護壁としては小手先以下の虚仮威こけおどしにもならないだろう。

 突如地中から姿を現した太綱ロープは、冷静に考えれば最強の騎馬軍団が突撃を阻む柵にしては貧弱に過ぎる。

 「この程度の悪足掻きが”王覇の英雄”と賞されるおとこの秘策というならば……」

 失望を隠せない最強無敗が再び槍を掲げようとした時だった。

 ギッ……ギギギギィィ

 「あ、あれは!?」

 「き、木場きば様っ!?」

 辺りに木材が軋む大音響が響き、そしてそれに反応した諸諸もろもろ旺帝おうてい兵士達が頭上を見上げて口々に叫んでいた!

 「さっきから身に過ぎる評価を頂き光栄の至りだが……見ての通り、小賢しい策をろうする詐欺ペテン師、鈴原すずはら 最嘉さいか名将達おまえらと違って”武人の矜恃”も、”将としての意地プライド”にも、微塵も価値を見い出していない」

 そしてたびの俺は小烏丸こがらすまるを下では無く天に掲げる。

 「ぬっ!?」

 俺の切っ先に釣られる様に、騒ぐ部下達と同じく頭上を見上げた木場きば 武春たけはるは――

 ギ、ギギィィーー

 太縄ロープを境に対峙する臨海りんかい軍と旺帝おうてい軍の頭上がにわかに陰り、両軍の……

 いや、主に旺帝おうてい軍の上空に……

 「だがなぁ、木場きば 武春たけはる!!鈴原すずはら 最嘉さいかは決して仲間を”捨て駒にするうしなう”事だけはしないんだよっ!!」

 ズドドォォォーーーーーーーーーーーーーンッッ!!

 そこいら一帯に影を落としていた頭上からの凶事!

 足を止めた旺帝おうてい騎馬隊全ての者達を巻き込む形で地表に激突する巨大建造物!!

 「ぎゃぁぁーー!!」

 「うぎゃっ!!」

 災厄の元凶は強靱な太綱ロープが引き倒した巨大木造建築物だ!

 そう、巨大な木造の……

 「ご丁寧に”やぐら”付近に密集してくれたやぐら攻撃部隊と、俺への最短距離だからとその延長線上を馬鹿正直に走ってきた旺帝おうてい軍の諸君に”お返しプレゼント”だ!」

 それは臨海軍おれたちがこの広小路ひろこうじ砦に持ち込んだ、例の”簡易櫓プレハブやぐら”に他ならない!

 ズシャァァーーーー!!

 激突した塔と地表の衝撃で濛々と巻き上がる砂塵と、それに潰されてひしゃげた敵兵の死屍累々。

 「う……うぅ」

 「ああああ……」

 「……うぐぅ」

 倒壊したやぐらの直撃を受け、旺帝おうてい騎馬隊の何割かは沈黙した。

 だが、木場きば 武春たけはるは……

 「ぬぅぅ!これしき!」

 そう、”これしき”で奴を仕留めるのは程遠いだろう。

 「臨海りんかい王ぉぉっ!!」

 ドドドドドドドッ!!

 ――そして当然の如くにっ!

 直撃を免れた残りの騎馬隊を率いて俺に向かって押し寄せるいかれる最強無敗!!

 「…………放て」

 だが、慌てることもない。

 俺は天に掲げていた小烏丸こがらすまるを”スイッ”と振り下ろした。

 ヒュン!

 ヒュヒュヒュン!!

 「なっ!?」

 「っ!?」

 俺の合図を受け、放たれた弓矢の数々は向かい来る旺帝おうてい騎馬隊にではなく……

 彼らの至近に横たわったままの”やぐら”の残骸に次々と浴びせかけられる。

 ボッ……ボッ!ボッ!ボッ!ボッ!

 ボッ!ボッ!ボッ!ボッ!ボッ!ボッ!ボッ!

 そしてそれは、只の弓矢では無くて火矢だった。

 「……」

 決死の覚悟を決めた”死兵”

 その突撃を撃退するのは困難極まるだろう。

 況してそれが”最強が率いる無敵の騎馬隊”ならそれは不可能に近い。

 だが、相手が騎馬と違い”動かぬ標的”ならば話は変わってくるだろう。

 怒濤の勢いで迫る騎馬兵士と違い、外しようのない巨大な木偶の坊が標的だ。

 ゴッ……ゴォォォォォーーー!!!

 ――死兵を撃ち落とすのに弓矢を使うのでは無く、一気に炎に巻く!

 あらかじめ、たっぷりと油を吸わせた極上の巨大な薪は、さぞかし……よく燃えることだろうな。

 「うっうわぁぁっ!!」

 「ひぃぃっ!」

 瞬く間に火矢の炎は燃え広がり――

 「ぐわぁぁっ!!」

 「ぎゃっ!」

 辺りの酸素を急激に消費して膨張する轟炎地獄!!

 火柱そのものと化した”やぐら”は、そのまま周辺の旺帝おうてい騎馬達を巻き込む業火となって尚も肥大化してゆく!!

 「す……鈴原 最嘉さいかぁぁっ!!」

 後はもう……

 熱風でゆらゆら歪む大気と容易に超えることが適わない天をも焦がす炎の境界線かべ向こうから、最強無敗様の怒号が響くのみだった。


 ――風・林・山・雷・陰……

 そして仕上げは、ある意味まんまではあるが、

 ――侵掠しんりゃくすること”火”の如く!てか?

 「だ・か・らぁ……最初から言ってるだろうが、お前みたいな”戦嗜好者バトル・フリークス”と正面切ってり合うほど俺は無神経な精神は持ち合わせていないって、なぁ?」

 俺はヤレヤレとやっと一息つき、そして後ろに控える臨海りんかい軍を確認する。

 「サイカくん」

 そしてそこには――

 いつの間にか駆けつけた宮郷みやざと 弥代やしろの姿が在った。

 「良い仕事だ、弥代やしろ

 俺のかけた言葉に頷いた後、弥代やしろは炎に巻かれる旺帝おうてい軍を眺める。

 「相変わらずサイカくんはぁ、”ここぞ”で非道いわねぇ……」

 そして平然として、中々”歯に衣着せない”評価をしてくる。

 「敵はあの”咲き誇る武神”木場きば 武春たけはるだからな、ここまでしても時間稼ぎにしかならないだろ?」

 だが、そんなのはある意味言われ馴れた称号だとばかりの俺の応えに、美女の垂れ目気味の瞳が不満げに細められた。

 「そうじゃなくてぇ……あのやぐら、ただでさえ燃えやすい杉にあんなに大量の油を染み込ませた危険な代物に乗せられていた、超優秀な射撃手のことよぉ?」

 「うっ!?」

 なんとも真っ当な抗議を受け、今度は返答に詰まる俺。

 ――実際、いつ敵の火矢による攻撃が始まらないかとヒヤヒヤだったワケだし……

 「まぁ良いけどねぇ」

 俺の困り顔を見て少しだけ気が晴れたのだろう、いや……

 或いはそれを見るのが本当の目的か?

 気怠げ女は意味深に口端を上げてから視線を火柱に戻す。

 「白兵戦を好む”紅夜叉くれないやしゃ”としては、”こういう”戦い方は不満か?」

 俺は気持ちを切り替え、問うてみる。

 「…………」

 双剣を手にすれば血を好み、血に酔いしれる”紅夜叉バーサーカー”の一面を持つ宮郷みやざと 弥代やしろ

 剣を使えるほどには身体からだが回復していないと言う話だったが、やはり戦士としての血は正面切っての戦いを望むのかと俺は思ったが……

 「いいえ……血の赤も捨てがたいけれどぉ、ふふふ、こういうあかもいいわぁ」

 「…………」

 ”宮郷みやごう紅の射手クリムゾン・シューター”は破滅的な赤なら”何でもござれ”だった。

 「と、とにかく、最強無敗、木場きば 武春たけはるがこの程度で抑えられるとは思えないからな、さっさとこの隙に第一砦を完膚なきまでに”破壊”するぞ!」

 そして俺は知ってはいたが……

 改めて感じる”破滅嗜好の気怠げ女”から”そそくさ”と視線を戻し、全軍に敵第一砦の総攻撃を告げたのだった。


 ――
 ―

 激戦の広小路ひろこうじ砦を見渡せる少し離れた高台に二人の女が居た……

 「もう良いのですか?といねえさん」

 その場を去ろうとする相手を呼び止めたのは、戦場近くの荒れた……

 治安も決して良いとは言い難い山道を行く、旅人には似つかわしくない出で立ちの二十代半ばといった女だった。

 降ろせば長そうな髪をアップにまとめた、如何いかにも温和そうな落ち着いた大人の女性。

 古風クラシカルなシルエットのロングスカートワンピースにエプロン姿、頭にはレースのヘッドドレスという、鎧の類いを一切身にまとわない伝統的オーソドックス給仕メイドである。

 「…………そうさね、もう粗方あらかた勝負は決したしねぇ」

 場には全く似つかわしくない給仕メイド姿の女に”といねえさん”と呼ばれたもう一方の、如何いかにも艶っぽい女は首から上だけ振り返り、頬まで垂れた前髪を掻き上げる。

 此方こちらは――

 長い黒髪を一つに束ね、それをうなじ付近でクルクルと無造作にまとめた、肌理きめの細かい白い肌に細く切れ長な瞳と薄く赤い唇という容姿の実に色気漂う三十路みそじほどの女性だ。

 胸元を少し着崩した留袖着物姿から露出した折れそうなほど細い手には、これまた似つかわしくないつば無しの白鞘しろさや……所謂いわゆる”長ドス”を所持している。

 「未だ旺帝おうていの”咲き誇る武神”木場きば 武春たけはるが健在なうえに戦力差は旺帝おうてい軍が多数です。まだまだ戦は混戦必至かと思いますが?」

 伝統的オーソドックス給仕姿メイドすがたである女の立ち姿は美しく整っている。

 「勝負は””さ、アンタにゃまだその辺の機微を理解できるようになるのはねぇ?本性の腹黒さは置いておくとして。まぁ、その優等生の青臭さが抜けてからじゃないと無理だろうさね」

 物騒な長ドスを手にして笑う留袖の女もまた、佇まいが美しい。

 それは出自の善し悪しというより、どこか……武道に通ずる者の極地であろう。

 「いいえ、といねえさん。こと”あの方”に関しては、たとえ相手が”最強無敗”であっても、私も不覚を取る人物だとは思っておりませんよ、ふふふ」

 少しばかり侮られた事に対する反論だろうか?伝統的オーソドックス給仕姿メイドすがたの女……

 ”七山ななやま 七子ななこ”は優しくも恐ろしい笑みで返す。

 「………そうさね、そういえば”王覇の英雄”はアンタのお気に入りのお方だったねぇ」

 そして、その秘められし恐ろしい笑みを軽く笑って返す留袖の女は……

 「”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”筆頭の”十一紋しもん 十一とい”としては、もう暫しこの戦の行方を見ておいては如何いかがですか?」

 笑顔のまま促す七子ななこに、留袖に長ドスの女……

 ”十一紋しもん 十一とい”は、此方こちらも笑ったまま首を横に振った。

 「なんにせよ、御姫おひい様から申しつけられたアタシらの用件は別さね。行くよ、七子ななこ

 第二十二話「風・林・火・山・陰・雷」 END
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