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下天の幻器(うつわ)編
第二十三話「竜吟虎嘯」(改訂版)
しおりを挟む第二十三話「竜吟虎嘯」
ガギィィーーン!!
――那古葉の領都”境会”に聳え立つ天下の那古葉城……
ガギィィーーン!!
ガギィィーーン!!
難攻不落”黄金の鯱”と恐れられる鉄壁の城壁に幾つもの穴が穿たれる!!
プシュゥゥーー!!
プシュゥゥーー!!
頭部らしき部位に二つの円形状の双眼に似たレンズを赤く光らせる異形達。
数十体に及ぶ異形の兵士達が一列に並び、そして胸部に施された直径三十センチほどの穴から光の粒子を溢れさせる。
「よし!第二射、放つぞ」
伊達眼鏡の奥にある右目の光りが僅かに鈍い義眼の男は、馬上から軍配団扇代わりに自らの剣を振るう。
シュオォォォォーーーーーーン
シュオォォォォーーーーーーン
その号令に従って異形兵から再び放たれる幾本もの”光槍”達!!
「ま、また……うわぁぁっ!!」
「く、来るぞ!!下がれ!下がれぇぇっ!!」
城壁上の旺帝軍長弓部隊は一斉に慌てて伏せた!
ガガッ!
ガギィィーーン!!
ガギィィーーン!
ガギィィーーン!
戦国随一の強固さを誇る那古葉城が城壁を、まるで乳酪でも削ぎ取るが如き容易さで削り、穴を穿つ特異な攻撃は……
刀剣や弓矢を主とするこの”戦国世界”では決して在ってはならない未来文明の兵器なのだが……
それは”銃や大砲”などという、実弾を伴う代物でさえない!
「那古葉城正面、城壁守備部隊、怯みましたっ!!」
――それは、技術的に”銃火器”を大きく凌駕する”超兵器”だったのだ!
「よし、機体冷却のため”鋼の猫”はこのまま待機させる。替わり攻城部隊は前へ!」
果たして放たれた”光槍”の正体は……
高出力のパルスを生成、指向性のあるエネルギーとして放出する拠点破壊砲……
つまりは”高出力誘導放出式光増幅放射兵器”である。
ザッ!ザッ!ザッ!
ザッ!ザッ!ザッ!
偽眼鏡を装着した義眼の将である穂邑 鋼は直ぐさま軍配代わりの刀を翻し、破壊光線の一斉射撃を行った機械化兵部隊、その隊列隙間から替わって重装歩兵隊を前に出させる。
「破損した城壁箇所へ破城槌をっ!!」
そして今度は、重装歩兵部隊隊長が総大将たる穂邑 鋼の命令を引き継ぐ形で現場指揮を執る。
ゴロゴロ、ゴロゴロ……
十名ほどの兵士に引かれてその場に現れたのは、巨大な車輪の荷台に設置された鐘撞き堂の撞木を連想させる頑強な丸太が釣られた木造兵器だった。
ゴロゴロゴロ……
ゴロゴロゴロ……
二台、三台、四台と……
それらはそれぞれの位置に配置され、その各々が先程のレーザー兵器で穿たれた城壁の亀裂部分に向けて突進の照準を合わせる。
「よし!かかれっ!!」
オオオオッッ!!
オオオオッッ!!
隊長の号令と共に屈強な兵士達が木製兵器を引き回し、その勢いのままに――
ドドーーン!!
ドドーーン!!
穿たれた城壁穴に何度も何度も衝突させるっ!!
「良いぞ!そのまま継続せよっ!!」
ドドォォーーン!!
ズズゥゥーーン!!
強大な城壁に兵器が激突する度にビリビリと大気は震え、崩れた石壁と塵が濛々と大量に舞って辺りを覆う。
ドドーーン!!
ズズゥゥーーン!!
「古来から城壁破壊を目的として使用される兵器といえば、この”破城槌”ですけど、その威力を存分に生かすために先行してぶつけられたのがこの世界では有り得ない”近代世界兵器”……どころか”未来兵器”ともいえるレーザー兵器って、なんともアンバランスな異文明兵器の共演っスねぇ?」
後方から全体を見届ける穂邑 鋼の横で、やや呆れ気味にそう呟いたのは参謀の内谷 高史だった。
「まぁなぁ……とは言え、ここまでされれば旺帝軍も城に籠もってばかりはいられないだろう」
城壁破壊に勤しむ味方兵を見ながら穂邑 鋼は応える。
「いっそのこと全部あの機械化兵部隊で完結させてしまえばもっと楽なのでは?」
続けてそう聞いてくる小太り眼鏡の参謀に、穂邑 鋼は溜息交じりに首を横に振った。
「”BTーRTー06”に使用している動力源は特殊で、正直、燃料効率がかなり悪い。特に光学兵器や荷電粒子砲なんかを利用する兵装は、一、二回使うと暫くは……」
「なるほど……確かにあんな”とんでも兵器”を毎回お手軽に使えてたらこの世界の戦争は楽勝ッスからねぇ」
これは合点がいったとばかりに、内谷 高史はウンウンと頷きながらも更にこの時……
彼の主君である臨海王、鈴原 最嘉から聞いていた目前の男のことを考えていた。
――正統・旺帝軍の将軍、穂邑 鋼
嘗て最強国旺帝に在って最年少で軍の頂点である”二十四将”にまで名を連ねた”独眼竜”
この穂邑 鋼という男は、”戦国世界”では到底叶わぬ新技術をその身一つの錬磨研鑽のみで一から組み上げて独自の新たな技術体系を築いた未曾有の傑士だという。
”暁”中の誰もが知る、”戦国世界”から”近代世界”へと繋がる技術進歩の遡行は決して有り得ないという世界の常識を破壊せしめた唯一の人物……
”神が定めた理”から逸脱する技術を得る為、現存するどの技術とも異なる境地を求めた男の”機械化兵”という失楽園の禁断の果実は……
そういう世界の理屈から、石油やガスといった内燃機関や電気を用いたものでも、また核燃料でもないのは確実だ。
「……」
臨海軍の小太り眼鏡参謀は更に思考する。
――穂邑 鋼が所属する正統・旺帝は、今現在は我が臨海の同盟国ではあるが……
「”機械化兵”は”麟石”っていう希少鉱石を用いた波動干渉系の、まぁそういった動力で……あまり多用は出来ない」
「っ!?」
母国の今後のため、この常識外れの科学者にどうやってその辺を聞き出そうかと密かに思考を巡らせていた内谷 高史は、アッサリ自ら種を明かす独眼竜に正直驚いた。
「え?……ええと」
それはもう驚いて、眼鏡がズレ落ち、まん丸く見開いた目とポカンと空いた口になるというような、絵に描いた間抜け面になるほど……
「そ、そりは……そんな簡単に他人に、はにゃ……はなしても?……えと……り、麟石?」
噛み噛みでそう反応する内谷 高史に、穂邑 鋼は”ははっ”と笑うと続ける。
「別にこの程度、知られても大したことないし、ウッチーのご主人様はそのくらいは当然調査済みだろう?それに……」
「それに……?ってぇ!!ウッチー言わないで下さいよっ!」
真剣な話のはずが、色々緊張感無く返答する相手に内谷 高史は混乱していた。
「ははは、まぁなぁ。実際、BTーRTー06、”鋼の猫”は廉価版の量産型だ。だから機械化兵の中では一番燃費が良い方だが、それでも”それのみ”で戦が出来るほど稼働時間は融通効かないし、いくら量産型といっっても諸諸の事情から百体ほどしか同時運用出来ないし、なぁ?」
本当にこの”独眼竜”は……内に秘めたものを中々見せない男だ。
「………………”それに”の続きはなんスか?」
ここに来て肝心なことは多分”はぐらかされている”だろうと感じ取っている内谷 高史は、色々納得いかないながらも、油断なくその”納得いかない疑問”の一つをなんとかねじ込んで聞こうとする。
「そうだな……」
穂邑 鋼も内谷 高史が見せるあからさまな不機嫌顔に少しだけ譲歩したのか、一瞬の思案顔の後、口を開いた。
「どうしたところで、天地がひっくり返ったとしても……”機械化兵”はこの穂邑 鋼しか創造れないし、扱えない。それで理由は十分だろう?」
「…………」
――なんという自信か
内谷 高史はそれが”根拠か”とやや呆れるが……
確かにこんな”馬鹿げた偉業”は他の誰にも為し得ないだろうと心のどこかで納得もいく。
――”ただ独りの女”のためだけに実現させた偉業
「”黄金竜姫”……燐堂 雅彌……」
穂邑 鋼に聞こえないくらいの声で呟いた内谷 高史は思う。
――”ただ独りの女”
――”ただ一つの想い”
形は違えど……
――やっぱり”二人”は似ている
――竜吟虎嘯。
竜の雷鳴で雲が渦巻き、虎の咆哮で風生じる。
異端とはいえ、英雄は根底で通じ合い相応じ合うということなのか……
「やっぱり……似てるッスよ」
穂邑 鋼と鈴原 最嘉は、どうしようも無くよく似ている。
「…………」
内谷 高史の今日二度目の呟きに、穂邑 鋼は静かに笑うだけだった。
――
―
「城壁の状況はどうかっ!?」
穂邑 鋼率いる正統・旺帝、臨海連合軍の猛攻を受ける正面城壁守備隊長、秋山 新多は部下に確認する。
「亀裂多数!中にはかなり深いものも……このまま敵方”破城槌”による攻撃を受け続ければ一部分は破られる恐れがありますっ!!」
「……ちっ!」
部下の返答に、若き将……秋山 新多は地面を蹴った。
――先ずは三日。それまでは城を以て敵に当たり、攻め来る敵に臨機応変に対処する
那古葉城司令部で重臣の面々にそう嘯いた新多だが……
睨み合い二日、実質的な戦闘が始まってからでは”一日”と持ちそうに無い状況だ。
「城壁上から弓隊による迎撃や工作部隊による投石などの妨害も行っておりますが、敵の勢い強く……」
次々と入る情報は、彼にとってどれも喜ばしくないものばかりだ。
「…………」
――どうするか?
――甘城様からは、あくまで城内からは打って出るなとの命令だが……
考えが纏まらない秋山 新多は、他の兵士へと視線を移して更に確認する。
「他の砦はどうか?」
「は、はい!御園砦はどうやらかなり劣勢であり、広小路砦は膠着状態と報告が入っております」
――場合によっては二砦からの援軍を用いて一気に包囲殲滅する
しかし、その”二砦”は、この那古葉城正面に展開した敵の大部隊に気を取られている間に見事に隙を突いて別働隊をぶつけられた。
この状況……秋山 新多が披露した次手も見事なほど手詰まりなのだ。
「ちっ!ちっ!」
――多田 三八も木場 武春も不甲斐ないっ!!
新多は内心で八つ当たりしながらも、窓際へと歩き、城壁上から下を眺める。
「…………」
――ここに来てこの状況では……
兵力で勝って尚、安全策の”籠城戦”を決定したあの時の判断が歯がゆくて仕方が無い。
「新多様!我らの守る箇所が最も激しく攻撃を受けております!ここは筆頭参謀の真仲様に報告し他部隊からの援軍要請をお願いしては?」
「…………」
――真仲 幸之丞だと?
戦場を見下ろす秋山 新多の眉尻がピクリと反応する。
――あの男は数年前の内乱で当時の”旺帝二十四将”井田垣 信方の家臣として雅彌様に味方した反乱者だろうがっ!!
旺帝家臣団の中に在って名門である秋山家。
その若き当主たる秋山 新多としては、たとえ総大将の甘城 寅保が抜擢したと言ってもその人事には到底納得していなかった。
「このままでは最悪、城壁を破られる恐れがありますっ!あの最年少で旺帝二十四将に名を連ねた”独眼竜”、穂邑 鋼様の”機械化兵団”が相手では……」
――っ!
真仲 幸之丞の名にはただ不機嫌な顔をしていた新多だが……
彼の表情はその名を聞いた途端にピリリと引き攣り、見る間にこめかみに青筋が浮かび上がる!
「穂邑 鋼ぇ?はぁ?どれだけだよっ!!最年少で二十四将って?それは俺がそうなるはずだったんだよっ!!ちっ!ちっ!」
曾て穂邑 鋼と秋山 新多は同年代で初陣も同じだった。
幼少期から利発で何事にも器用だった新多は、その家柄もあって次世代の旺帝を背負って立つ有望株だと”もてはやされて”育った。
だが、彼の人生には大きな壁が出現する。
それが……
「あ、あの……あ、新多様?」
ガッ!
「ひ、ひぃぃっ!」
上官の豹変に何事かと怯える兵士、そしてその部下の胸ぐらを乱暴に掴む新多。
「穂邑なんてなぁ、燐堂家の遠縁といったって隅っこも隅、出涸らしの末席で!既に実権から見放された凋落した家だ!!なのに奴が異例の出世をしたのはなぁ!!あの方……あの……雅彌姫様に……雅彌様に、小賢しくも取り入って……くっ!」
顔を真っ赤に染めて怒りを放出する若い将の様子は……
どうやら秋山 新多が穂邑 鋼に見せる個人的で異常な対抗心は、軍部の地位や名声だけでは無いのだった。
「あ、あの……あ、新多さま?」
「…………ふん」
咄嗟に吹き出した感情、自らの行動に”ばつ”が悪くなったのだろう……
あからさまに視線を外した秋山 新多は、捻り上げていた部下を解放する。
「行くぞ」
そして吐き捨てるように言葉を発する。
「は?」
「ええと……」
そんな上官の言葉に戸惑う部下達の思考は、まるで追いついてない様子だった。
「だから!打って出る!これ以上好き勝手させられるか!!」
――!?
その命令に、そこに居合わせた彼の部下達はサッと顔色を変えた。
「し、しかし甘城様の命令がっ!?」
「この状況下で防御に徹するのは下策だ!城壁攻略にかかりきっている敵を城壁上からの攻撃と打って出た我が騎馬部隊で攪乱し、そのまま敵陣を崩す好機だろうがっ!」
感情のままに、乱暴な動作で秋山 新多は眼下の戦場を指し示す。
「そ、それは……なら、せめて筆頭参謀殿に相談を……」
「筆頭参謀ぉ!?俺があんなコロコロと主君を変える様な節操なしの中年に劣ると思うのかよ!見ろっ!!」
そして新多は窓から見下ろす敵軍の……穂邑 鋼の本陣を指さす。
「あの布陣……城壁攻略に集中するあまり隙ができているだろう?あそこを突いて一気に穂邑を討ち取る!」
「お……おおっ!!」
「た、確かに……さすが新多様!!」
部下達が見下ろす敵陣容は、確かにそういう隙があった。
秋山 新多に指摘されなければ気づかないほどの僅かな隙であるが……
「奴の”機械化兵”部隊はあの光線を放った直後は連続で動かせないらしいからな、今はただの木偶だ」
「おおっ!!」
「な、なるほど!」
そして秋山 新多は普段から大言壮語を口にするだけあって、才気のみで無く、こう見えて事前の情報収集や対策という地味な作業も怠らない少壮気鋭の将帥であった。
「ふん、俺を誰だと思っている。次期”八竜”の秋山 新多だ!真仲 幸之丞ごとき小物と雅彌様の同情を勘違いしたあんなバカに劣るワケがないだろうが!」
「はっ!」
「はいっ!」
こうして那古葉城正面城壁守備隊長、秋山 新多は気炎を吐いて出陣したのだった。
第二十三話「竜吟虎嘯」END
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