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下天の幻器(うつわ)編
第四十話「虚矢現滅(ファントム・ショット)」前編
しおりを挟む第四十話「虚矢現滅」前編
「七峰の侵攻軍を打ち破った覇王姫がその勢いのままに海を渡って”句拿”に攻め込んだ!?」
俺がそんなトンデモ情報を得たのは、新政・天都原領土内を経て攻撃目標である七峰の”舞羽崎”に差し掛かる寸前だった。
「はい。七峰軍側の侵攻はアルトォーヌ・サレン=ロアノフが守る西部砦群を突破できずに停滞、そして撤退を余儀なくされたということです」
長州門の”覇王姫”ペリカ・ルシアノ=ニトゥの幼馴染みであり、その腹心であるアルトォーヌ・サレン=ロアノフ。
流石は”白き砦”と恐れられるほどの智将、長州門不敗の象徴である”三要塞の魔女”の一角であるが……問題は”そこ”じゃ無い!
「なんで東の……海を越えて日向の句拿領土へと侵攻するんだ?敵は七峰だろうが」
副官である鈴原 真琴の報告に俺は当然の疑問をぶつける。
「わかりません、ですがそういう状況であるのは事実です」
「…………」
――考えられるのは……
今回の七峰による長州門侵攻は、予め句拿と示し合わせていたと覇王姫は踏んだ。
つまり、宗教国家七峰の壬橋 尚明と日向を統一した”句拿”君主、柘縞 斉旭良が手を組んでいたということか?
仇敵で犬猿の仲である長州門と句拿では有り得る話ではある。
「臨海軍の行軍そのものの意味が変わってくるなぁ……」
長州門を地理的に東西から挟撃するのが本来の目的であると看破した覇王姫が、七峰を撃退した直後に、逆に句拿本土へと強襲したということか。
――攻撃は最大の防御……いや、意趣返しってか?
――それこそがあの”紅蓮の焔姫”たる覇者の在り様かよ
俺は燃えるような深紅の髪と、一度目見えただけで確実に脳裏に刻み込まれる程の見事な紅蓮の双瞳の……
魅つめる者悉くを焼き尽くしそうなほど赤く紅く紅蓮く燃える紅玉石の双瞳によく似合う艶のある石榴の唇、そこに毅然とした笑みを常備した真に焔の闘姫神たるペリカ・ルシアノ=ニトゥを思い返し、なんとも言えぬ溜息を吐く。
「それで、どう致しましょう?」
そんな俺にショートカット美少女の副官が遠慮がちに尋ねてくる。
「…………そうだな」
我が臨海がこうして七峰領土近くまで出張って来たのは、あくまでも攻められて劣勢にある長州門への援護射撃のつもりだった。
だが七峰軍は既に撃退され、そして当の覇王姫は”句拿”へと攻め込むほどの勢いだ。
――あの陽子でさえ”紅蓮の焔姫”の器量は推し量れないということか?
そういう疑問を胸に、結局は全く援軍の必要などなかったという間抜けな状況の俺はチラリと視線を移す。
「アンタらはどうする?」
俺はその問題をその場に同席していたちょっとワケありな面々に投げたのだ。
「私共の目的は元から壬橋 尚明を倒すことです」
しっかりとした瞳で俺を見据えて即答したのは、確か波紫野 嬰美。
刀を携えた、腰まである艶やかな長い黒髪が美しい色白の如何にもな大和撫子だ。
「そうですね、敵が敗走しているなら、鶴賀に逃げ帰る道中で尚明を討つ!これは寧ろ私たちには僥倖と言えます」
続いて答えたのは、前髪を横に流した肩までのミディアムヘアの清潔で生真面目な印象の、毛先を軽くワンカールしている辺りオシャレにも気を遣っている感じの少女。
利発そうな静かな瞳からこの一派の参謀的な役割だろうと推測される少女は、控えめな薄い唇に少し含みのあるような悪い笑みを浮かべる。
――こっちは確か東外 真理奈だったっけ?
残るこの場に居る異色の一派はあと二人……
「まぁねぇ、子供のお使いじゃないから僕たちも」
波紫野 剣という中性的な美形で一見して静かなインテリっぽい容姿だがどこか人を食った雰囲気のある、前述の波紫野 嬰美の弟でこっちも剣士だ。
――そして
「……」
――こいつだ……
”やる気の無い態度”が表に出た様な、見た目は悪くないが目つきは少々悪い男。
いや、目つきが悪いと言うよりも本当の意味で何者にも動じない瞳を思わせる不感症ぶりが黒い瞳に宿ったある意味得体の知れない男だ。
――確か折山 朔太郎とかいう男だったか
俺と同じ歳だと聞いたような気がするが、とてもそんな浅い経験を生きてきたとは思えない、得体の知れない男。
年相応とはほど遠い不貞不貞しい中身……まぁ、鈴原 最嘉が言うのもなんだが。
つまり俺の本能はこう告げているのだ。
――折山 朔太郎は相当にヤバい相手だと!
「…………陽子め、また厄介な奴らのお守り押しつけやがって」
と、思わずそんな本音を小さく呟いてしまう俺だったが、とはいえ現状は一応味方側である”七峰亡命組”を必要以上に警戒しても仕方が無い。
「そうか、なら……参謀、どうするのが最善か?」
俺はそのまま俺の後ろに控えていた真琴とは別の少女に献策を促す。
「はい!であれば……ここは軍を二手に別け、一方はこのまま進んで当初の攻略目標である七峰領”舞羽崎”を制圧、そしてもう一方は退却してくる七峰軍、壬橋三人衆が長兄である壬橋 尚明を討つべく退却ルートにて迎え撃つのが上策かと」
ピシリと背筋を伸ばして応えるのは、くせっ毛のショートカットにそばかす顔の快活そうな顔立ちの少女。
俺が京極 陽子に押しつけられた暗黒姫様ご自慢の”王族特別親衛隊”が八枚目、八十神 八月で、俺の麾下に在る現在は本名の”佐和山 咲季”を名乗っている。
「なるほど、確かに」
「私も同意です」
「だね」
急に振られた割には中々に堂々とした態度で応じた少女に、その的確な方策に、七峰亡命組の三人だけでなくその場のほぼ全員が頷く。
――が……
「二手に別けるのは良し!だが足りないな、それでは上策とはほど遠い」
――っ!?
俺の言葉に場は引き締まり、そして面々の視線は再び献策した少女に集中する。
「で、では!別働隊による迎撃を確実にするため、”舞羽崎”の制圧は壬橋 尚明の撤退して来る軍の進路を潰した後で……」
少女は即座に修正策を提案するが、
「足りない!敗走といっても軍だ、如何にして味方の被害を減らす?」
俺により、それも”にべもなく”却下される。
「う……では、伏兵部隊を本隊から割いて……」
「足りない!迎撃部隊の援軍になるのは兵のみか?硬直した思考を捨てろ!」
「う……」
――ざわっ
即座に献策を否定する、動もすれば少女自身をも否定する様な俺の冷酷な言い様にその場は凍っていた。
「あの……最嘉さ……」
やがて、流石に場の空気の悪さを見兼ねた真琴が助け船を出そうとするが……
「参謀!人も国も、息の根を止めるのは”心臓”だ」
俺は構わずにそう言った。
――っ!!
そして……
誰もが哀れんだ瞳を少女に向ける中で、くせっ毛のショートカットにそばかす顔の少女は――
「……」
佐和山 咲季だけは、涙ぐんでいた瞳のままでもその口元に僅かな変化があった。
「つ、鶴賀を……七峰宗都、鶴賀を攻めます」
――ザワッ!
途端、周囲は一瞬にしてざわつく。
急遽、敵の首都へと攻撃目標を変更となれば当然だろう。
「なぜ?」
そして俺はそんな周囲を無視して参謀に問う。
「主力が不在の七峰宗都である鶴賀を攻め落とし、その報を以て退却途中の敵主力部隊、壬橋 尚明の軍から戦意を奪います。そして混乱に乗じて別動の伏兵隊にて強襲し、降伏に至らしめるのが目的です」
「……」
息を呑む者達。
そして献策を聞く俺。
七峰軍の主力部隊は長州門攻略に失敗したと言えども大軍だ。
だが敗戦で戦意低下が著しい将兵達に届く凶報……
宗都、つまり首都の陥落と同時に帰る場所を奪われた喪失感。
兵士達の家族は人質同然で、そして補給も断たれる。
そんな喪失感……いや、虚無感に陥った中での伏兵による強襲はさぞ辛かろう。
――そう、此処が自国領土内であることを一時は忘れるほどに混乱はするだろう
「宗都攻略は可能か?」
ここまでは良し。だが肝心なのはそこだ!
「主力軍が不在である現状で可能性は充分にありますが、必ずしも攻略した後で敵に知らせる必要はありません。それがたとえ疑報であっても、攻め込まれたと言う事実と火煙だけで虚矢は実矢として兵士の心を折るでしょう」
続く俺の問いに参謀の少女はしっかりと俺と視線を交じらせて応えた。
――虚の矢にて実の大軍を打ち拉ぐ!
――此を以て”虚々実々”と云ふ
俺はニヤリと笑い返した。
「上策!我が参謀、”佐和山 咲季”の献策を以て七峰を不当な支配を行使する巨悪から解放する!!」
――おおっ!
高らかな俺の言葉に一同は大きく頷き、そして一気に士気も上がったろう。
「行くわよ剣、悪漢、壬橋 尚明の首を刎ねに!」
「はは、嬰美ちゃんはいつも勇ましいねぇ」
「そう言う波紫野さんも、たまにはやる気を見せて下さい」
雌伏の時を耐え忍んできた七峰亡命組の面々は我が意を得たりと言わんばかりだが……
「……」
そこに只独り……
そう、その男だけは……
「…………くだらねぇ」
折山 朔太郎という男だけは、いつも通り冷めた表情でそう呟いたのだった。
第四十話「虚矢現滅」前編 END
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