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下天の幻器(うつわ)編

第四十二話「焔の闘姫神」後編

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 第四十二話「ほのお闘姫神ミューズ」後編

 「くっ!突破だ!そのまま突破するぞ!!」

 長州門ながすど軍先鋒部隊、国司くにつか 基輔もとすけが指揮する隊が次花山つぐはなやま城一の門を突破し突き進んだ先には四方をグルリと高い壁に囲われた空間があった。

 ――ぎゃぁぁーー!!

 ――うわぁぁっ!!

 一気呵成に攻め込んだ兵士達は渋滞する四角い空間で足止めを食らい、四方を囲う壁と左に見える第二門、櫓門やぐらもんから一斉に弓矢を浴びる!!

 「おおおおっ!!」

 ギィィーーン!!

 馬上から槍を構えて突撃する国司くにつか 基輔もとすけの穂先をいなすのは句拿くな軍、次花山つぐはなやま城第一門守備隊隊長、善弘よしひろ 宗市そういちの朱槍だ!

 「噂に高き長州門ながすど軍の”炎舞兵ロンド”の精強さ!!それに流石は”鈴の槍”の異名を持つ国司くにつか 基輔もとすけ殿だな!この豪槍は我が戦歴でも屈指の槍ぞっ!」

 あかい槍を振り回し受け手に回った男の顔には、強敵との邂逅に対する喜びともいえる”歴戦の勇士”だけが持つだろう不適な笑みが浮かんでいた。

 「それを言うなら貴様こそだ、善弘よしひろ 宗市そういち殿!”皆朱かいしゅの槍”は伊達では無いな!」

 賞賛を受けた国司くにつか 基輔もとすけも口元に場違いな笑みを浮かべていた。

 ”鈴の槍”――

 国司くにつか 基輔もとすけはその槍裁きの凄まじさ故に穂先に吊された鈴の音さえならぬと称えられし凄腕の槍使い。

 対して、”皆朱かいしゅの槍”――

 対峙する敵を狩り尽くし、都度に返り血で槍の柄まで真っ赤に染まってしまうという理由から、あらかじめ朱に染められたという、特に武勇に優れた者だけに与えられる槍を持つ善弘よしひろ 宗市そういち

 そんな武勇の二人が激突したのは、次花山つぐはなやま城一の門、典型的な升型虎口ますがたこぐちでだった。

 ギィィーーン!!

 ギィィーーン!!

 二合、三合と火花を散らす二筋の槍!

 だがその穂先が四度交わる前に、善弘よしひろ 宗市そういちはくるりと背を向けた。

 「惜しいがこの場は退かせてもらう!精々生き延びられよ!!」

 守備側の善弘よしひろ 宗市そういちが目的は敵攻城部隊の先鋒部隊をこの升型虎口ますがたこぐちに誘い込んで潰すこと。

 ならばこそ、部門の誉れを捨てて第二門へと走り去る男の背に躊躇は無い。

 「ちぃっ!このまま押し込めっ!!善弘 宗市ヤツラごと第二門へ流れ込むぞ!!」

 そしてそれは此方こちらも承知の上と、国司くにつか 基輔もとすけは隊を率いて一時撤退する善弘よしひろ 宗市そういちへと追走する!

 ダダダッ!ダダダッ!

 必死に追いすが国司くにつか隊……

 ダダダッ!

 だが、その追撃は絶妙に善弘よしひろ隊へは届かない。

 「くっ……巧妙な」

 降り注ぐ弓矢の雨の中、容赦なく兵を削られながらも右手に槍を、左手で手綱をしご国司くにつか 基輔もとすけが唇を噛んだ時だった――

 ドッゴォォォォーーーーン!!

 「なっ!?」

 逃げ切ったと確信した善弘よしひろ 宗市そういちの後方……

 必死に追いすが国司くにつか 基輔もとすけのさらに後方で……

 ドドドォォーーーーン!!

 大地をも揺るがす複数の破裂音と同時に巨大な砂埃が舞い上がり、そして――

 ドドドドドドドーー!!

 ――ぎゃぁぁーー!!

 ――うぎゃぁぁっ!!

 次花山つぐはなやま城一の門守備隊長、善弘よしひろ 宗市そういちへと続く一条の道を切り開く様に!それはいにしえの神徒が起こした海断の奇跡の如く!

 「さぁ、選択えらびなさい!」

 退却する句拿くな殿しんがり付近数十名を紙屑の如き宙に舞わせた、

 赤毛の駿馬に跨がった”元凶”は、戦場そこに燦然と現れて断罪を語る。

 ザシッ!

 元凶の手により、馬上から雑に台地へと突き刺される鉄柱。

 情熱的なあかい衣装と黒鉄くろがねの肩当に連結された巨大なの元凶……

 深紅の髪を燃えさかる炎の如きに戦風になびかせ、鮮烈な”赤”と荘厳なる”黒”をまといし抜きん出た美貌の紅蓮あかい姫将は、句拿くな軍にとってはまるで天が使わした”裁きの神ウリエル

 「服従か散華か!れのみがわたくしが”句拿軍あなたたち”にゆるす言葉よ」

 ブワッ!

 計らったかの様に突き刺された鉄柱の、旗竿の”一字三矢いちじさんし”が突風に煽られなびく。

 それは”一”の文字の下に三本のやじり図案化デザインされた”一字三矢いちじさんし”、

 本州西の大国”長州門ながすど”が象徴で在り、”覇王あるじ”に恭順の意を示すかの様に堂々と空に在った。

 「お、おお……神の炎ウリエル

 「裁きの炎、し、熾天使が……我らを断罪に降臨したの……か」

 後方を一瞬で壊滅させられ、辿り着くべき第二城門の直前で立ち尽くした句拿くな兵士達の顔は絶望に染まっていた。

 「な……長州門ながすどの覇王姫……紅蓮の焔姫ほのおひめ、ペリカ・ルシアノ=ニトゥとは……これほどのモノなのか……」

 そしてそれは、次花山つぐはなやま城第一門守備隊隊長、善弘よしひろ 宗市そういちも同様だった。

 ――長州門ながすど“の不敗の象徴、”三要塞の魔女トリアングル・マギカ

 天性の直感と呆れるほどの強運を備え、凶悪なまでの軍の強さを誇るという”戦の子”、”武”の菊河きくかわ 基子もとこ

 参謀でありペリカの幼なじみでもある”白き砦”、”智”のアルトォーヌ・サレン=ロアノフ。

 そしてその”武”の菊河きくかわと”智”のアルトォーヌという長州門ながすどの両砦”の上に君臨する、絶対強者――

 「……あ……あぅ」

 ドサッ!

 「お、お赦しを……」

 「……い、命ばかりは」

 ドササッ!

 ”覇王”にして個の武勇を天下に轟かせる”紅蓮の焔姫ほのおひめ”、ペリカ・ルシアノ=ニトゥ。

 その圧倒的威圧感プレッシャーを前に句拿くな軍の戦意は挫け、次々とその場に膝を折って懇願する。

 「ぬ……うぅぅっ!」

 だが、その中に在ってただ独り!!

 「う、うぬが覇王姫か……こ、此処ここで会ったは暁光……我が朱槍にてそのナマ白い首を我が主に献上し武勲としようぞっ!」

 次花山つぐはなやま城第一門守備隊隊長、善弘よしひろ 宗市そういちは圧倒的威圧感プレッシャーに必死に抗いながらギリリと奥歯を磨り潰し、そして握った朱槍を馬上から前面に突き出す。

 「……貴方、その主君である次花つぐはな 臆彪むねとらに捨て駒にされたのでしょう?」

 鬼気迫る形相、渾身の気迫で門前で構える善弘よしひろ 宗市そういちに視線を向けた紅蓮の姫は平時の如き冷静さで問うた。

 「軍略とはそういうモノだ……我が命を用いて臆彪むねとら殿に課せられた使命は潰えず続く」

 そして応える善弘よしひろ 宗市そういちはグッと槍の尻を後方の門扉に宛がい、そして両手で握った槍の穂先をペリカの白い首元に向け、しっかりと照準を合わせて鞍に腰を据えた。

 「……」

 課せられた使命……

 ”句拿くな”の為では無く、

 柘縞つしま 斉旭良なりあきらの為でも無く、

 現在の統治国家では無い、次花つぐはな 臆彪むねとらが課せられた使命とは……

 「いざっ!覇王姫!!」

 その言に炎の美姫は小さく頷いた。

 「蒙昧もうまいにして愛おしい徒花あだばな……我がほむらにて散華なさい」

 ただ静かに、唯々ただただ当然如く所作で、

 黒鉄くろがね籠手こては振り上げられる。

 「我が名は善弘よしひろ 宗市そういちっ!!幾百いくひゃくの武にて皆槍かいしゅを賜わりし不惜身命ふしゃくしんみょうの壮士なりぃぃっ!!」

 「アルヴァーク」

 ヒィィーーン!

 透き通る肌に映える鮮烈な石榴の唇が愛馬の名を発し、赤毛の駿馬はその瞬間に炎風となって的へと疾駆する!

 「おおおおおおっっ!!」

 「……」

 直線上!見る間に距離は消失し、

 ガッ!ガガッ!!

 全身全霊の力で突き出された不惜身命の穂先は、将姫の首では無く拳に押さえ込まれる!!

 「ぐっ!!おおおおおおっっ!!」

 ならばとその拳ごと貫かんとする壮士の意地を――

 ギャギャ……ガッ!!

 無理矢理に膂力で押し込む覇王の拳!!

 グググ!!

 グ!――――――メキ!メキャキャッ!!

 「なっ!?」

 そしてそれは恐ろしい事に!!

 朱槍は貫くで無く!

 或いは折れるで無く!

 メキャキャキャッ!!

 ――バカンッ!!

 固定した鉄棒が万力で圧迫されて破裂する様に男の手元でぜて解体された!!

 「なっ!?なななっ!!」

 死を覚悟した壮士にして、驚愕する怪異!!

 常軌を逸する破壊力、いや圧壊力!!

 背後で鉄門に宛がっていた槍尻は数十センチもめり込み、善弘よしひろ 宗市そういちの手には砕け散った後に残ったかつ皆朱かいしゅであった誉れの残骸。

 「く……」

 死を覚悟した男の目には、迫り来る黒鉄くろがねの拳と、

 「可惜身命あたらしんみょう、ムイ・フェルテ……ソルダート」

 ただ一度ひとたび目見まみえただけで確実に脳裏に刻み込まれる程の見事な紅蓮の双瞳ひとみをしたほのお闘姫神ミューズが、透き通る肌に映える鮮烈な石榴の唇が、何故か優しげにそう告げた気がしたのだった。

 ブワァァッ!!ガコォォォーーーーン!!

 激しい衝撃と共に砕かれたのは男とその背後にある鉄扉!

 何人もの屈強な男が破城槌はじょうついを用いて攻略するような鉄門を善弘よしひろ 宗市そういち撃破のついでに破壊する規格外の一撃は、燃える炎を伴って破裂する!!

 ――おっおおおおおおっっ!!

 ――おおおおおおっっ!!

  長州門ながすど兵達からは天を突くような大歓声が上がり、句拿くな軍からは嘆きとも諦めともとれる慟哭が響いた。

 「覇王閣下……手こずりまして申し訳ない」

 最早、残った句拿くな兵士達の誰もが戦意を喪失し、その場にひれ伏す状況で国司くにつか 基輔もとすけがペリカに歩み寄ってそう告げた時だった。

 「…………思ったより”早かった”わね」

 紅蓮の焔姫ほのおひめはそう呟いて振り返る。

 「は?閣下……」

 噛み合わない会話を不思議に思った国司くにつか 基輔もとすけが、主君の紅い瞳の先を追った。

 ――

 ――!?

 ――果たしてそこには!!

 「それとも私情を挟むなら、”遅過ぎる”と言うべきかしら?」

 血と炎の赤が溢れる戦場只中に佇む、白く輝く騎士姫が独り。

 「……」

 輝く白金プラチナの光髪と白磁の柔肌が白日の中に蕩け入ってしまいそうな、眩しく輝く美少女は、

 整った輪郭と、それに応じる以上の美しい目鼻パーツ

 白い肌を少し紅葉させた頬と控えめな桜色の唇。

 「え、ま……まさか」

 噂に聞く美貌と風貌に国司くにつか 基輔もとすけが目を皿のように丸くする。

 「わたくしとは初対面ではないでしょう、貴女あなた?応えたらどうなの、それとも言葉さえ忘れたのかしら?」

 ――そして特筆するべきはその双瞳ひとみ……

 プラチナブロンドの美少女が所持する瞳は、輝く銀河を再現したような白金プラチナの瞳。

 星空をも霞ませる魅惑の双瞳ひとみ、それはまさに幾万の星の大河の双瞳ひとみであった。

 「序列三位……紅玉ルビーの……」

 プラチナの騎士姫はペリカの問いかけには……いや、外界の一切に反応せずに呟く。

 ――

 そして機械的に動いた白魚の如き右手は、納刀のうとうしたままの刀の柄に添えられる。

 切先から峰側の棟区むねまちまで2尺3寸5分、めいは”川蝉かわせみ”。

 南阿なんあの”剣の工房こうぼう”時代の師、林崎はやしざき 左膳さぜんの手により雪白ゆきしろ専用にあつらえられた剣にして、剣禅一味の無応剣、神速応変の至極を良しとする居合刀だ。

 「久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ?……貴女あなた

 美しく整った造形に表情が著しく欠損した人形の様な存在。

 ペリカは以前の印象とは変わり果てた騎士姫の方へ完全に対峙するように向き合い、そして覇王の拳をゆっくりと構える。

 「そう、貴女あなた……”アレ”を得てしまったのね」

 高く高く……こうてんに掲げる焔姫ほのおひめの右拳は通常の籠手こてを遙かに凌駕する黒鉄くろがねの物々しさ。

 巨大で、激しく、雄雄しい造形の覇者の拳を構え、名高き紅蓮の焔姫ほのおひめ、ペリカ・ルシアノ=ニトゥの抜きん出た美貌の中で自信を常備した石榴の唇の端がゆっくりと上がる。

 ――つめる者ことごとくを焼き尽くしそうなほど、あかあか紅蓮あかく燃える紅玉石ルビー双瞳ひとみ

 ――輝く銀河を再現したような白金プラチナの瞳、それは幾万の星の大河の双瞳ひとみ

 二つの魔眼が交じり合い、そして――

 ブワッ!!

 ヒュバ!!

 燃える赤は圧倒的な風となり!!

 輝く白は無機質にれを断つ!!

 「今回だけは歓迎するわ、序列四位プラチナ!!鈴原 最嘉かれに対するとても良い結納品になるわねっ!」

 「……」

 日向ひゅうがの地、次花山つぐはなやま城にて、”魔眼の姫”同士による初の闘いが幕を上げたのだった。

 第四十二話「ほのお闘姫神ミューズ」後編 END
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