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下天の幻器(うつわ)編
第四十二話「焔の闘姫神」前編
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「流石は”日向の鶚”の異名を誇る次花 臆彪が守る次花山城ですね、堅牢にして付け入る隙が無い」
「……」
”敵ながら天晴れ”だと称える将官の言葉に、燃えるように紅い双瞳を一瞥だけした赤髪の美女は、
――ガシャリ!!
表面積の殆どがボコボコに変形してしまった鋼鉄製の籠手を床に落とす。
「閣下の剣をっ!”日輪黒籠手”の代わりを持て!!」
直ちに取り巻きの兵士達は慌ただしく動き、今し方打ち捨てられた武具と同型の武具を持って走り寄る。
「いやはや、それにしても覇王閣下が剣の扱いも何時にも増して雑なものですな、流石の閣下でも、彼の”鶚狩り”には苦戦をされているようだ」
大の男である兵士が二人がかりで赤毛の美女が右肩に巨大な籠手を装備する間、前出の将官は主を見ながら悪びれも無く軽口を続ける。
「……」
装着する間中は無言である赤毛の美女、
その美女によって地面に廃棄された黒鉄の籠手は――
通常を遙かに凌駕する巨大さと黒鉄の物々しさを激しく主張する、雄雄しいまでの造形を誇る”覇者の拳”だった。
そう、”だった”と過去形なのは……
現在の“覇者の拳”が表面は、ボコボコに凹み、特に拳に近い部分は大きく変形している。
見るからに頑強そうな黒鉄が焼け溶けて原形を留めるのがやっとといった感じの、豪快なる損傷ぶりだ。
――此処は曾て大登家の支配地域であった”暁”の南西に浮かぶ島”日向”の北部一帯
――”咲母里”の地に在る”次花山城”
武力も一軍の将としての器も、また軍略家としても他の追随を許さない名将中の名将として”日向”はおろか本州の国々までその武名を轟かせた人物であった、次花 秋連が居城として名高い堅城である!
そして現在は……
日向を統一した”句拿”の柘縞 斉旭良に仕える、秋連の婿養子、
――次花 臆彪が居城であった
「それで覇王閣下、如何なさいますか?」
赤毛の美女が白い肌に対照的な、右肩から指先までをすっかり覆う黒鉄色の籠手。
真新しく猛々しい”日輪黒籠手”を装着した美女は、絶対的な自信を常備する石榴の唇の口角をゆっくりと上げる。
「国司 基輔。高が”鶚狩り”如きで……この私に策を弄せよと?ふふふ、面白い冗談だわ」
情熱的な紅い衣装、黒鉄の肩当に籠手……
気高くも豪奢な姫将を形容せし唯一の言葉は、
――”戦場に燃え咲く一輪の紅薔薇”
「なるほど、然りですな」
国司 基輔と呼ばれた将官はその返答が当然至極だとばかりに軽く会釈をし、同時に彼が握った穂先付近に鈴の付いた風変わりな槍も”チリン”と同意するように音を響かせる。
――革新の戦王としての彼女は”覇王姫”
此度は西海を渡り、柘縞 斉旭良が押さえる”句拿領”に逆侵攻した彼女……
――戦場で畏怖されし御名は”紅蓮の焔姫”
戦国最強の一角、焔の闘姫神、ペリカ・ルシアノ=ニトゥ。
少し癖のある燃えるような深紅の髪は、戦場を駆る風に煽られ揺らめく様は燃えさかる炎の様に!
透き通る肌に映える鮮烈な石榴の唇は、勝ち気な微笑みを以て絶対的な自信を常備する。
「あまり時をかけるほどの”お遊戯”でもないわ」
長州門に比肩するべき者の皆無な”覇王姫”は、スッと右拳を掲げた。
――高く高く……
昊天に掲げる焔姫の右拳は通常の籠手を遙かに凌駕する黒鉄の物々しさ!
巨大で、激しく、雄雄しい造形の覇者の拳!!
「精強にして信愛なる私の”長州門兵士”たち、此所から先の”咲母里”は我が炎舞が狩り場よ、後れを取るような愚図は私の配下には居ないでしょうね?」
――ただ一度、目見えただけで確実に脳裏に刻み込まれる程の見事な紅蓮の瞳
――魅つめる者悉くを焼き尽くしそうなほど赤く紅く紅蓮く燃える紅玉石の双瞳
――此れこそが名高き”紅蓮の焔姫”
――彼女こそが覇王の冠を頂く焔の闘姫神、”ペリカ・ルシアノ=ニトゥ”
ブワッ!!
目の覚めるような深紅の長い髪を風に靡かせ、神話の右拳を掲げた圧倒的美貌の戦女神はそのまま戦鎚を振り下ろしたのだった。
――
七峰軍を撃退した長州門軍がその勢いのままに渡海し、西の”句拿”を攻めたのは数日前。
密かに結託し、七峰との東西からの挟撃を画策していた句拿の柘縞 斉旭良だったが、兵の準備を整えるべく編成のために一度前線から引いた、覇王姫はその間隙を突いた!
ペリカの英断は正に乾坤一擲の一手だったのだ。
何しろ防戦においては”頑強なる鉄門”と評され、”暁”随一とも目される句拿の王、柘縞 斉旭良だ。
この機に乗じ、長年攻めあぐねていた日向侵攻への足がかりとするには見事なタイミング!絶妙のカウンターになる。
そして即断即決、即実行!
こうなると英雄たる資質を備えた”覇王姫”、ペリカ・ルシアノ=ニトゥの行動は電光石火そのものだ!
日向北部一帯の要衝である”咲母里”の次花山城を橋頭堡とすべく、手中に収めんと旭日昇天の勢いで攻め寄せる長州門の覇王姫。
対して守るは――
曾ては”咲母里”の地を拠点としていた大登家家臣であり、”希代の名将”次花 秋連の娘婿となって家督を継いだ次花 臆彪だ。
彼は義父に劣らぬ武勇を誇る猛将にして現在は日向全土を掌握した句拿国王、柘縞 斉旭良の股肱の臣となっていた。
「どうだ、”紅蓮の焔姫”は?」
鎧支度を済ませた立派な風貌の将が聞く。
「は!破竹の勢いにて、間を置かず城門へ至るかと……」
「ふむ……」
部下の応えを聞き、その将、
考える仕草も中々に堂々とした風格のある……
上背も肩幅もあり、ガッチリとした偉丈夫でありながらどこか繊細さも兼ね備えた好男子。
三十半ばといった男盛りの益荒男は、新参で在りながらも句拿国王、柘縞 斉旭良の覚えめでたき英俊、次花 臆彪である。
知略、軍略は勿論、個武で百武を一蹴し、千軍を率いては万軍を打ち破る!
数多の戦果から”日向の鶚”の異名をとる次花 臆彪であるが、今回ばかりは相手の尋常ならざる武勇に窮地といえた。
「殿の軍が戻るのにはまだ数日かかるか……ならば此処は一度、高地 勝不殿が岩間城へと退くのが上策だな」
僅かな思案後、臆彪から出たその言葉に家臣一同は少し驚いた顔をする。
「そ、それは……城門を死守せよと下知した善弘 宗市殿を切り捨てる……と!?」
家臣のひとりが皆の心中を代表し、言いにくそうに口にする。
「切り捨て?」
だがそれを受けた臆彪の顔は口答えする部下に対する苛立ちも、また見捨てる部下に対する罪悪感も微塵もうかがえない涼しい顔であった。
「異な事を言うな、戦場で大を生かすために小を用いるのは常軌で在る。況してや槍無双を喧伝する善弘 宗市ほどの男ならば寧ろ誉れであろう」
「……」
「……」
臆彪の言葉は至極当然、用兵家としては真っ当ではあるのだが……
譜代の臣までもをここまでアッサリと割り切って捨て、そして淀みなく策を実行できるどこか常人離れしたところ……
それは軍を率いる将としてはある意味では才能で在ろうが、人情としては受け入れ難いのも事実。
戦とは勝たねばならぬ。
そして勝つための犠牲は必要経費で真っ当な代価。
優秀故に勝敗に拘る……臆彪にとって自らを証明するのは勝利、勝つこそこそが全てであった。
そしてある意味、次花 臆彪を名将たらしめているのは才能以上にこう言った部分だろうが、それ故に彼の妻であった”武者斬姫”、次花 千代理が彼を毛嫌いしていた原因の一部であるだろう。
「長州門軍は岩間城にて高地 勝不の軍と合流して迎え撃つ。速やかに撤収の準備に入れ!」
だがこの場面では文句の付けようのない判断。
部下達は複雑ながらも皆が頷き、そして次花山城の次花 臆彪軍は、城門を死守する善弘 宗市部隊数百を残してこの地を去ったのだった。
第四十二話「焔の闘姫神」前編 END
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