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下天の幻器(うつわ)編
第四十一話「天衣無縫Ⅰ」
しおりを挟む第四十一話「天衣無縫Ⅰ」
「弐宇羅 環?」
「ああそうだ、六神道系の”武”に通じる者だと聞いたが」
七峰宗都、”鶴賀”領にある七峰総本山”慈瑠院”の一室にて――
唐突に鈴原 最嘉の質問を受け、前髪を横に流したミディアムヘアの少女は怪訝そうな顔をした。
「確かにその人物は六神道というか、我が東外の身内でしたが……彼女がなにか?」
それでも、前置きも無い俺の問いにも律儀に答える少女。
宗教国家七峰の六神道、その一人である東外 真理奈は、生真面目そうな見た目通りの人物だった。
――因みに七神を奉じる七峰の中心的神官家は……
合気の”壬橋”
剣術の”波紫野”
拳法の”永伏”
弓術の”椎葉”
柔術の”岩家”
隠術の”東外”という六家で構成される。
鶴賀の神官六家が各々で相伝する術理は、”暁”に現存するあらゆる武術の祖と伝えられており、それは俺を含め”武”を嗜む者の中では周知である。
そして七神信仰最高神たる”光輪神”の御業を体現する”神代の巫女”を代々守護する為に研鑽されし”武”だとも伝えられている。
「いや、たいした理由は無いが、どの程度の腕前なのか知れればと思ってな」
あえて詳細を話さずに続ける俺の言葉を最初は怪訝な顔で聞いていた六神道の東外 真理奈だったが、直ぐに彼女は薄い唇に悪い笑みを浮かべた。
「それは臨海王様の……いえ、直接対応する陛下の部下の力量によりますが?まぁ東外を出奔する以前の彼女というなら、私の記憶では分家では随一だったかと」
――貴方の部下程度に由緒ある六神道が”武”に携わった者の相手ができるのかしら?
と、透けて見えそうな含みのある悪い笑み。
前髪を横に流した肩までのミディアムヘアで、如何にも清潔で生真面目な印象を前面に出してはいる少女、毛先を軽くワンカールしている辺りオシャレにも気を遣っている感じである少女の本性は……
多分”悪い笑み”だろう。
「……機会を得たから参考までに聞いただけだ」
向けられた軽い嫌みを受け流しつつ、七峰亡命組では参謀的役割だろう東外 真理奈を見て俺は思う。
――”策士”という輩には熟々こういう手合いが多い……と
兎にも角にも、閑話休題。
「そうだな、雑談はこれくらいにして……で、臨海軍は明日にも出立つもりだが、鶴賀は任せても大丈夫か?神代の巫女姫」
俺は自分から始めた雑談をアッサリと仕舞い、視線を動かして、この部屋の主座に居心地悪そうに腰掛けた主役の少女に問う。
「あ、はいっ!?ええと……た、たぶん?あはは」
なんとも解り易い愛想笑いで誤魔化す少女。
宗教国家”七峰”を本来なら総べし象徴たる存在、六花 蛍。
――当世の”神代の巫女”だ
「蛍様」
そして主座に座した巫女姫の隣には、俺を牽制するかの様な鋭い瞳で立つ波紫野 嬰美の姿がある。
「う……はい、大丈夫です、も、もちろん」
”興味が無いのでちょっと聞いていませんでした”と言うような顔、凡そ組織の頂点とは思えない、なんともあやふやで緊張感のない巫女姫を視線で牽制する傍らの女剣士、
腰まである艶やかな長い黒髪が美しい色白の如何にもな大和撫子の剣士、波紫野 嬰美は、六花 蛍の友人兼お目付役といったところだろうか。
――ああそういえば、忘れていたがこの巫女姫と俺とは確か初対面では無いはずだ……
前回の”六大国家会議”で面識だけはあるはず。
とはいえ、それも覚えているのかさえ怪しい巫女姫の反応に呆れながらも、俺は引き続き今までじっくり対面する機会を得られなかった七峰の巫女姫を注意深く観察していた。
先にも言ったが、ここは壬橋 尚明から奪還したばかりの七峰宗都。
”鶴賀”領にある七峰総本山”慈瑠院”の一室である。
そして、本来の主たる神代の巫女姫が座するこの間は独特の様式であった。
神の代行者であるという彼女の前にはその威光を示すためだろう、来賓からの直接的な視線を遮る御簾があるのだが……
それらは現在は一番上まで巻き上げられている。
それは多分、協力者であり他国の王である俺に謝意を表してという感じでだろう。
――まぁ、つまり……
今現在、俺には巫女姫である”六花 蛍”の全身が問題なく視認できる状態であるのだ。
「ええと?臨海王、鈴原 最嘉様?こ、今回のご助力、誠に感謝致します、ええと……」
隣で控えて立つ女剣士の鋭い視線に促されるように、ちょこんとした可愛らしい鼻の下にある綻んだ桃の花のように淡い香りがしそうな優しい唇がたどたどしく動く。
「それで、し、守備の兵は……お借りできるの……ですよね?」
部屋に差し込んだ光を集めサラサラとゆれ輝く栗色の髪は、毛先をカールさせたショートボブで如何にもその愛らしい容姿によく似合っていた。
「……」
――改めて見るこの少女の容姿……
――あの東奥の奸雄、藤堂 日出衡が感じ入るほどの資質
「………………最後の”魔眼の姫”……か」
独り呟く俺。
大きめの潤んだ瞳は少し垂れぎみであり、そこから上目遣いに俺を伺う様子はなんとも男の保護的欲求がそそられそうな、特異ともいえる魅力がある。
誰の異論も挟む余地の無い美少女であるが、どこか頼りなげな仕草と雰囲気から美女という表現よりも可愛らしい少女の印象が一際強いこの美少女は……
――確かに他の”魔眼の姫”と共通する神秘的なまでの偉質な魅力の片鱗を感じるな
「…………」
「あ、あの?鈴原 最嘉様?」
――おおっと!
俺の悪い癖だ。
また色々と考え込んでしまっていた。
「ええ大丈夫ですよ、巫女姫」
俺は直ぐに頭を切り替えてそう応えると、そっと視線を自身の背後へと送る。
「はい、お任せください!この地の防衛と治安は、鈴原 最嘉様が一の臣たるこの鈴原 真琴が承りまして御座います」
スイッと半歩だけ前に出たショートカットの美少女は、胸を張って敬礼する。
――俺の方へ同行したいと随分とごねた真琴だが……そこは既に割り切ったようだな
「この鈴原 真琴と五千の兵を置いて行く、安心してくれ」
俺は真琴の表情を確認して内心安堵しつつ、主座でオドオドしながらも頷く巫女姫に向けて続けた。
「では、我ら臨海軍は当初の予定通りこのまま長州門へと向かい事の子細を確認してから今後の展開を決める……時間が無いから俺はこれにて」
鶴賀領の守備は真琴が率いる臨海軍五千と六神道の面々でとりあえず当面はなんとかなるだろう。
俺はそう考え、予てより気になっていた長州門と句拿との戦況などを知るため、早速その場を後にしようとするが……
「あっ……ええと、お待ちください!!」
意外にもその俺の足を止めたのは、この場で最も政治に疎そうなお飾りの巫女姫だった
「え、ええと……この度のご恩に多少でも報いたいと、お、思いますので……ええと、波紫野 剣と……朔太郎く……うっ!?……お、折山 朔太郎をお連れください」
七峰の巫女姫……六花 蛍はそういう意外な言葉を放った。
「折山?」
俺は蛍の、大きめで潤んだ垂れぎみの瞳が指す視線の先を見る。
――
そこには二人の男、
ひとりは波紫野 剣という剣士、波紫野 嬰美の弟で六神道だったか。
で、もうひとりの男、”折山 朔太郎”といえば確か……
「どうも、王様」
どこか他人を食った表情でペコリと軽く会釈する中性的な美形、一見して静かなインテリっぽい容姿の波紫野 剣と、
「……」
その横で”やる気の無い態度”があからさまに表情に出た、少々目つきの悪い男が不貞不貞しい態度で立っている。
――折山 朔太郎……いや、コイツは目つきが悪いと言うよりも……
本当の意味で何者にも動じない瞳を思わせる不感症ぶりが黒い瞳に宿った、ある意味得体の知れない男だ。
「なるほど、それでは有り難く」
チラリと二人を見た後、とりあえず俺はそう返事をする。
――それにしても”ご恩”ねぇ?……なるほど
ひねくれ者の俺は”それ”が純粋な厚意だとは勿論、受け取らない。
実際、二人の男は我が臨海軍がこの先どう動くか?それが自分達に不利益とならないか?等々を見極めるための”監視役”といったところだろう。
ここら辺は、蛍の傍に控えた波紫野 嬰美か、それとも参謀らしい東外 真理奈あたりの入れ知恵だろうが……
扨置き、今のところ然したる問題でも無さそうであるし、俺には断る理由にはならない。
――だが……
「……」
少々目つきの悪い不貞不貞しい態度の男は、必要以上に俺の本能を刺激する。
――そう、これは……
――雰囲気的にはまるで正反対だが……
鈴原 最嘉の心中には……
この”折山 朔太郎”なる男が何故だろう?
正統・旺帝が黄金竜姫である燐堂 雅彌の、唯一人の想い女のためだけに、神の理”という箱庭の範疇でまんまと”全知全能”を出し抜いて、既にひとつの文明ともいえる”独自開発技術体系”の創造という偉業を成し遂げた賞賛すべき馬鹿……
機械化兵団を率いる”穂邑 鋼”の顔と重なっていたのだ。
第四十一話「天衣無縫Ⅰ」 END
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