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下天の幻器(うつわ)編
第四十四話「轟刃乱舞」
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明け方、犀畳山、中腹――
「これは……どうしたことだ?」
赤備に身を包んだ将軍、工藤 祐永はその場の光景に目を丸くする。
犀畳山に布陣したまま動きが無かった新政・天都原本軍はそこに影も形も無かったのだ。
「工藤将軍、やはり敵兵は一人も確認できません!!」
夜陰と濃霧に紛れ背後から奇襲をかけるため、細心の注意を図りつつ隠密行動にて辿り着いた工藤隊五千であったが、そこは既にもぬけの殻。
「この状況は……」
工藤 祐永が馬上にて眉を顰めた時だった。
オオオオオオォォッ!!
――!?
反対側の霧中から鬨の声が湧き上がり、一気に駆け寄ってくるだろう馬蹄の数々が足元を何度も揺らしたのだ!
「我が名は一条 経成!!天都原の侵略者共、覚悟しろっ!!」
呆然としていた工藤隊に向かって突撃してきた大軍の正体は……
「お?おお!?待たれよ!!待つのだ経成様っ!!」
祐永は先頭に立って迫り来る将の姿形を確認し、そして必死に叫ぶ!!
「ぬ!?なに!!き、貴殿は祐永殿!!工藤 祐永殿ではないかっ!?」
ヒィィーーン!!
そしてその声の主を視界に収めた将は慌てて手綱を引き、乗馬は砂煙を巻き上げてその場に蹈鞴を踏んだ。
――赤備の将、工藤 祐永の反対方向から突撃して来た将の名は一条 経成
祐永と同じく”旺帝八竜”の一竜にして、今作戦では別働隊左軍五千を率いる将だった。
「やはり……一条 経成様の隊であったか」
――一条 経成
家督を継ぐ身でなかった事から幼少時に旺帝有力家のひとつであった一条家に養子に出たため実家の”宍戸”姓は名乗っていないが、現旺帝王である燐堂 天成の実弟で、天成が心を許す数少ない相談役である。
旺帝軍内では王と臣下を繋ぎ持つ人格者として軍を纏め上げる影の功労者であって、当然、今回の志那野奪還軍総大将である燐堂 天房の叔父でもある人物だ。
「これは……どうしたことだ?祐永殿」
完全に馬を止め、そして自らが率いてきた左軍も停止させた一条 経成の問いに、工藤 祐永は視線を霧で霞む遙か麓へと向けてから呟いた。
「あの暗黒の美姫、”無垢なる深淵”に一杯食わされたという事です……かくなる上は可及的速やかに下山し天房様の本隊に合流しなければ不味いことになりますぞ」
――そう、
新政・天都原の”無垢なる深淵”、京極 陽子はこの奇襲を予測し、先んじて下山したのだろう。
自分達旺帝軍が夜闇と濃霧に紛れたのを鏡映しにしたかの如く、二万もの兵を周到に。
――否、もしかしたら抑もが……
黒仮面の軍師が彼女の策を看破したのでは無く、わざと濃霧の情報を流して、そしてあの山道 鹿助の思考をこの様に”誘導”した……のか?
「……」
工藤 祐永は不意にそう思い至り、背筋をぶるりと震わせた。
「兎に角……早急に下山致しましょう」
――
―
――犀畳山中腹の状況から遡ること二時間ほど……
「慌てることはないっ!!霧中の遭遇戦は敵も同じだ!所持する兵力は拮抗しているのだ、落ち着いて隊列を保持せ……」
「うわぁぁーー!!」
「ぎゃぁぁーー!!」
旺帝軍軍師、山道 鹿助は混乱する味方をなんとか立て直そうと指示するが、明らかに敵である新政・天都原軍は混乱極まる自軍と比べ統制が行き届いていた。
「ぬぅぅっ!!」
――旺帝軍二万に対し新政・天都原軍二万
川片平平原やや南側にて勃発した遭遇戦の戦力比は当初拮抗していた。
だが、未だ霧が晴れきらぬ悪視界の中で同兵力であるはずの趨勢は、新政・天都原軍が圧倒的有利である。
突然目の前に現れた敵軍に慌てふためく旺帝軍と冷静に対処してくる新政・天都原軍。
「ぬぅぅっ!!」
――そうだ!これは遭遇戦などという偶然の産物では無い!!
計算され尽くした、新政・天都原軍二万もの大軍による奇襲中の奇襲である。
「うわぁぁーー!!」
「ぎゃぁぁーー!!」
――そして、戦闘準備以上に差を付けたのはその戦術……
ダダダッ!ダダダッ!
ギギィィーーン!!
唯々密集して陣構えの形成にも困窮する旺帝軍の脆い”繋ぎ目”を、斯くも目聡く突き崩すのは”一筋の光槍”!
「”王族特別親衛隊”が”六王 六実”見参!一番槍の栄誉は私がもらったぁ!」
旺帝軍が密集する東側から突き抜ける騎馬部隊とそれに僅かに遅れ波紋の如く広がる大混乱の渦!!
「ぎゃぁぁーー!!」
「わぁぁ!!」
密集して動けず逆走にて同士討ちする旺帝将兵達を薙ぎ払い、突撃した突破口から突き抜けるように真逆へと切り裂く騎影!
軽微な鎧を着込んだ女騎士が駆る騎馬隊は須臾さえも其所に留まること無く、今度は内側から外へ向け突き崩して消えてはまた襲いかかる!!
「予定の三筋!それで我が隊は離脱するわ!」
背筋がスッと伸びて凜とした女騎士は、簡易的な金属製の籠手と臑当という戦場ではやや役不足ではと思われる申し訳ばかりの軽装鎧姿にて、三百ほどの僅かな手勢を率い縦横無尽に突き抜けたのだ。
防御を極限まで抑えた速度のみを追求し突破力に特化した戦闘術、僅かな数で大河をも分断する一筋の光と成り得る突撃兵部隊である。
「下がるわ、後は任せたわよ、三奈」
”紫電槍”と呼ばれし一撃離脱の体現者、”六王 六実”の隊は役目を果たしその戦場から、あっという間に霧の中に消えた。
――そして
「はぁぁい、どっかぁぁんっ!!」
ギィィィーーン!
「ぎゃぁぁ!!」
ズバァァッ!!
「ひぃぃっ!」
六王 六実隊が霧中に消えたとほぼ同時、今度は西側から――
ヒュヒュ、ヒュオン……
キィィン!ギャリィィン!!
虚空を暴れ狂う白刃!そして強烈な火花の数々が乱れ咲いては散り去って消える!
ザスゥゥ!
「がはぁっ!」
右に左にと廻りを取り囲んだ兵士達を千切っては斬り捨て、千切っては斬り捨てる三つ編みの女剣士が堂々と馬にて乗り着けた。
「おーけー!おーけー!全部この三堂 三奈たんにお任せぇ!」
戦場只中に在っても緊張感の欠けた、飄々とした雰囲気の三つ編みの女剣士もまた”王族特別親衛隊”がひとりである。
彼女の性格通り大雑把にして奔放な剣技は、一度”制御弁”を外せば敵味方を選ばず斬り刻み続ける狂気の剣……
――狂剣の三堂 三奈
「どっせーーい!」
ザシュウゥゥ!!
「ぎゃぁぁぁ!」
「あはっ!斬れてるねぇ、のってるねぇ!」
三堂 三奈もまた自らが率いる数百の部隊”剣風隊”で乗り込んでは、同僚が斬り開いた傷口をさらに抉って強引に広げてゆく……
「あ……と、もうかにゃ?はぁぁい、じゃぁバイビー!」
そしてその名の如く、気ままな剣風にて散々にその場を血に染め、あっけらかんと撤収する三堂 三奈と剣風隊。
「くっ!立て直すには被害が出すぎたか、ならば負傷兵は捨て置いて……」
旺帝軍軍師、山道 鹿助が乱戦の渦中でなんとか情報を確保し、そして著しく被害を受けた隊の一部を切り捨てようと判断を下そうとしたその一瞬前に……
「戦意の無い者は捨て置いて構いません!そこを一気に越えて中央へ押し寄せるのです!」
キラリと銀縁フレームの眼鏡を光らせた美女、十三院 十三子が自隊の騎馬で一時離脱を図ろうとする旺帝本隊の後背を突く!
「ぎゃっ!」
「く!しま……」
反転しようとした隊は直ぐには立ち直れず、追走する長槍の十三院 十三子が率いる三百の部隊に追いやられてゆく。
「なんの!敵は少数だぁっ!は、反撃の体勢を……」
ダダダッ……
――!?
だがそれに対処しようとした旺帝軍の前から、先の二隊同様に深追いせず消える十三子隊。
ドドォォーーン!!
「ぎゃぁぁぁ!!」
「うわぁぁ!!」
そしてその背を呆然と見送った、肩すかし状態の旺帝部隊の横っ面にぶち込まれた一撃は、新たな部隊の突撃であった!
「何時も通り流石の手並み……宮の掌で踊るだけの貴様ら旺帝軍には同情する」
新たな小部隊を率いるのは、岩倉 遠海。
紫梗宮 京極 陽子の腹心にして、元”天都原十剣”の名将だ。
「覚悟を決めた鼠の必死と対峙せず……」
ドドドドドドッ!!
岩倉 遠海の部隊は、未だ乱れる中央付近の敵兵と、散々に狙われた挙げ句に切り捨てられ必死の覚悟で反撃に出ようとした部隊の、上手く噛み合わなくなった一瞬の間隙に乗じて敵軍を分断する!
ザシュ!
「ぎゃっ!」
ドスッ!
「うぎゃぁ!」
同じく数百の部隊で其れを成す岩倉 遠海の働きは、先行した”王族特別親衛隊”の彼女達よりもさらに上手であり、老練なる手腕を遺憾なく発揮していた。
「……慢心の敵を撃つ、打つ、討つ!!」
このように、突如現れては大胆に斬り込んで波が引くように消える。
混乱の旺帝部隊を翻弄する新政・天都原軍の優位は、複数の小部隊による機動力にあった。
当初の目論見では、地形が小細工の効かぬ草原だからと……
旺帝軍軍師、山道 鹿助は二万もの大軍を戦力集中させた。
対して――
新政・天都原の京極 陽子は総勢二万を幾つもの分隊に別け、そしてその部隊を逐次、旺帝部隊の只中に送り込んで攪乱した。
――濃霧による悪い視界と、遭遇戦による混乱は大軍にとっては致命的である!
一旦浮き足立った大軍は立て直すのも容易ではないのだ。
そこへ奇襲を仕掛けた新政・天都原軍。
織り込み済みの状況であるが故の、”悪条件下”でも指揮の行き渡る少数部隊編制。
そして、その夫夫の役割に特化した才能を所持する優秀な指揮官達の割り振り……
「はい、では私達の出番です。慌てずに、敵はもう組織立った動きは出来ていませんから、一定の距離を保ちつつ正確に射る事のみ考えましょう!」
岩倉 遠海部隊が分断した旺帝軍を、少し遠巻きに精密射撃でさらに削るよう指示を出す騎馬弓隊の将、おかっぱ頭の少女。
彼女は自らも二丁拳銃の如き構えで、馬上から両手にある若干小型の西洋風”十字弓”が引き金を引く!
バシュッ!バシュッ!!
「ぎゃっ!」
「ぐわっ!」
同時に放たれた矢は見事に二人の兵士の眉間を貫いて射落とした。
――”二丁十字弓”の二宮 二重
当然、彼女もまた、王族特別親衛隊”がひとりであった。
「ぐ……ぬぬぬ」
山道 鹿助は黒仮面から露出した口の、奥歯をギリギリとすり潰して拳を握っていた。
「て、撤退だ……どこでも良い、城の一つに……天房様を守りつつ、なんとしても撤退を……」
だが、その判断は少しばかり遅かった。
その時既に状況は――
「夜盲症の巨人が懐に舞い込んでは一撃を放つ小蝙蝠の群れ……そりゃあ堪らないだろうさ」
視力を失った巨人は、反撃どころか足元さえ覚束ないだろう。
つまりは、悪条件下で兵力集中させたばかりにどうにも動けぬ二万の旺帝軍。
――そして、そこへ闇目の効く蝙蝠の群れの襲来……
つまりは、新政・天都原軍が機動部隊による間断なき連続攻撃だ。
統率と機動力に重点を傾倒させた小部隊の攻撃は、その規模から一つ一つは小さな戦果に過ぎない。
しかし、たとえそれが巨人にとって小さな”禍”であっても……
現状で回避する術を見いだせない巨人にとってそれは、幾重にも重なりあって蓄積され、連携され、何れ甚大な”大禍”となる。
「とどのつまりは、絶対不可避に巡る輪の禍……”絶禍輪”は混戦するだろう密集戦を想定した、御姫様考案の独自戦術さね」
占拠している城塞群の方へと、退却の兆しを見せる旺帝軍の退路を断つように現れた数千の部隊、その先頭にて抜き身の鍔無し白鞘を肩に担いだ実に艶っぽい美女は微笑う。
――”王族特別親衛隊”筆頭、十一紋 十一
彼女と彼女が率いる鏖殺部隊は一兵の旺帝兵も後背へと逃さぬ無慈悲な死の壁だ。
「…………”雷斬”よ、今度こそ我らの”武”を姫様に捧げよう」
そして、その対極から旺帝軍を追い込む様に待機していたのは、同じく数千の部隊。
煌めく紫電の刀身、愛刀”雷斬”を手にせし”武者斬姫”……
王族特別親衛隊が一枚目として武名を誇る、”雷刃”、一原 一枝であった。
第四十四話「轟刃乱舞」END
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