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下天の幻器(うつわ)編
第五十八話「仏敵上等(アウトサイダー)」
しおりを挟む第五十八話「仏敵上等」
ドドドォォーーーーン!!
大地をも揺るがす複数の破裂音と同時に巨大な砂埃が舞い上がり、そして――
ドドドドドドドーー!!
――ぎゃぁぁーー!!
――うぎゃぁぁっ!!
僧兵数十名を拳のひと払いで紙屑の如き宙に舞わせた神の炎は、見事な赤毛の駿馬に跨がった焔の闘姫神として燦然と戦場に現れる。
――バタバタバタ!
旗竿の先で突風に煽られ靡く”一字三矢”は本州西の大国”長州門”が象徴、”覇王姫”の威光を示すかの如きに堂々と空に在る!
「此処いらの坊主共は殆ど覇王閣下が狩り取りましたな、我ら将兵を給料泥棒と成させる見事な独壇場!」
部隊を率いる副将、”鈴の槍”こと国司 基輔が、狩り場を独占された恨みを少々含んだ声で主を賞賛する。
「国司 基輔。未だ敵総大将”根来寺 顕成”が籠もる斑眼寺は先よ、私の”長州門兵士たちが立てる手柄はそれこそ山ほどもあるわ、それより……」
――情熱的な紅い衣装と黒鉄の肩当に連結された巨大な籠手
深紅の髪を燃えさかる炎の如きに戦風に靡かせ、鮮烈な”赤”と荘厳なる”黒”を纏いし抜きん出た美貌の紅蓮い姫将は石榴の唇が端を上げて不適に微笑む。
「はぁぁ……”終の天使”、麗しの白金騎士姫、久井瀬 雪白様ですなぁ、敵本陣の陥落を愛でる姫将達に競わせるとは、臨海の領王閣下様もまた酔狂な事を」
顔では半ば呆れながらも、激戦の予感から武者震いで”チリン”と鈴を鳴らす武将は根っからの武人であった。
「ふふ、正確には最嘉ではなくて私があの”序列四位”を煽った結果だけれど、それもまた我が炎舞が舞台には一興ではなくて?」
「……お、おう!?」
――ただ一度、目見えただけで確実に脳裏に刻み込まれる程の見事な紅蓮の瞳
――魅つめる者悉くを焼き尽くしそうなほど赤く紅く紅蓮く燃える紅玉石の双瞳
名高き”紅蓮の焔姫”
覇王の冠を頂く焔の闘姫神、”ペリカ・ルシアノ=ニトゥ”の抜きん出た美貌に咲く気高き微笑は、長年仕える国士、国司 基輔にして圧倒され一瞬我を失う神域であった。
「……」
しかしその紅玉石の双瞳がスッと後方……愛馬アルヴァークの馬上から、遙か先へと流れる。
「覇王閣下?」
ピリリと重くなる空気に国司 基輔もその視線の先を追っていた。
――それは、ペリカ率いる長州門軍の進軍路を逆走した先……
「……も、もしや、本陣……領王閣下の陣に不穏な動きが!?」
副将、国司 基輔の問いに答える間もなく――
ヒヒィィン!!
「お!お?み、皆の者!!閣下に続け!!」
長州門の覇王姫は目の覚めるような深紅の長い髪を風に靡かせ馬を返し、彼女の率いる軍もまた慌ててそれに続くのだった。
――
――同時刻、同戦場、反対側の侵攻路にて
「うわぁぁっ!退け!退けぇぇーー!」
戦場に犇めく僧兵達が大きく左右に割れ――
ドドドドドドドッ!!
出来上がったばかりの一本道に白馬を駆った白金の閃光が疾り抜けるっ!
ヒュバッ!
「ぎゃぁぁっ!!」
ヒュン!
「なっ!……なむ……!!」
敵軍が真っ二つに割れ、そこに殆ど単騎で躍り込んだ少女は、輝きを放つ光糸を三つ編みに束ねた髪を美しく後方へ向け靡かせ、白く煌めく銀河の双瞳が疾風となった自身の前後左右、三百六十度に獲物を捕捉し、光の剣で次々と有象無象を刈り取って捨てるっ!!
ダダダッ!ダダダッ!
「ちょっとぉぉっ!だーかーらぁぁ!突出しすぎだってぇぇっ!!久井瀬さぁぁーーん」
そしてその”白い閃光”の後を、部隊を率い涙目で追い縋る小太り眼鏡の男。
この苦労人の名はウッチーこと”内谷 高史”
白陣営と黒陣営に別れたチェスのような戦略遊戯、”ロイ・デ・シュヴァリエ”で鈴原 最嘉とためを張るほどの策士という逸材だが、軍人としては慎重に期過ぎ、精気の無さも顕著であるという、ぶっちゃけ小心者で怠け者だ。
それ故に軍卒は割に合わないと既に退役していたのを、”美女と長時間過ごせてハラハラドキドキの高給バイト!”と言う鈴原 最嘉の甘言にまんまと乗せられ、言葉通り久井瀬 雪白という超美少女とハラハラドキドキの戦場へと復帰させられた悲しき”生け贄”だった。
「うわっ!」「ぎゃっ!」「ぐはっ!」
すれ違いざまの一瞬で、見えない刃ともいえる閃光に薙ぎ払われ次々と首が弾け飛んでゆく僧兵達。
「ぎゃっ!」「ひっ!」
美しき白金の乙女は、その容姿からは想像も出来ない恐怖となって只々無人の野を駆けて――
ザシュ!
「がはぁっ!」
最後の首一つ……
そこで初めて雪白は後方に視線を移し、馬を止めた。
「はぁはぁ……はぁ……く、久井瀬さん?」
ようやっと追いついてきた、馬上で息も切れ切れの副官、内谷 高史が彼女の異変に気づいて聞く。
「…………なんか……来る」
だが、その久井瀬 雪白は、自分が散々に振り回した副官には目もくれず、数多の血を吸っても変わらず陽光を反射して輝く刀身を掲げたまま無言で遙か後方を見ていた。
「ええと……?」
内谷 高史が見る彼女の美しい白金の銀河はこんな血生臭い場所でも変わらず美しく輝いていた。
「だめ……さいかのとこへ……行かないと」
部下の声を無視して彼女はそう応え、
ヒヒィィン!!
突然、愛馬”細雪”の踵を返してもと来た道へと引き返して走り出す!
「ど、どゆことっ!?」
――紅蓮い髪の美女、覇王姫との言い争いの末に始まった”敵本陣陥落競争”
それ故に最初から彼女は敵将の首を取ることにのみ重点を置いていたのにこの急な心変わり……
「くぅ……つ、続け!!」
状況が全く飲み込めない内谷 高史だが、それでも本来優秀な彼は直ぐに兵を纏めてその後を追ったのだった。
――
――同時刻、同戦場、臨海軍本陣
「東口を攻めたペリカ・ルシアノ=ニトゥの長州門軍も、西口から攻め込んだ久井瀬 雪白隊も順調に……と言いますか、破竹の勢いで敵、那伽領主、根来寺 顕成が斑眼寺に迫っております」
本陣内で全体指揮を取る俺に斥候兵からもたらされた情報を報告するのは、長い髪を二つに割って三つ編みにし、それを輪っかにしてそれぞれを両耳のところで留めた髪型の女性。
僅かに色を有する碧い瞳以外は色というイメージが殆ど無い、本当に華奢で存在感の薄い美女、アルトォーヌ・サレン=ロアノフだ。
「流石は名高き”紅蓮の焔姫”と我が臨海の”終の天使”だな、僅か数時間でこの進軍速度とは」
「両雄の武勇も勿論ですが、最嘉様が事前に調えられた状況……それが戦う前に勝敗を決したと言えるでしょう」
報告を聞いた俺がそう感想を述べるのに頷いて同意したアルトォーヌは、座した俺の横に侍ったままで補足する。
――そうだ
この仏教徒の総本山である那伽領攻め、領主、根来寺 顕成の斑眼寺攻略はその”元”家臣であった根来寺 数酒坊の手引きが大いに功を奏しただろう。
「まぁな、この戦は終始効率最優先だ。そういう意味でも今のところ理想的と言える」
新政・天都原の京極 陽子と互角にやり合うためにも、我が臨海は領土の南側、小国群二十カ国を速やかに併合し吸収しなければならない。
それは後顧の憂いを断つことと、我が臨海の戦力増強の二つの重要な意味がある。
その内のひとつ、日限の”圧殺王”こと熊谷 住吉が我が臨海に自ら降った事と、その奴の提案による政治的圧力と示威行為による武力圧力で現時点で大方の小国は我が臨海の軍門に降っていた。
この勢いの正体は――
宮郷の領主代理であった”紅の射手”、宮郷 弥代と日限の”圧殺王”こと熊谷 住吉という小国群随一の武闘派が真っ先に降ったのもそうだが、我が国の”赤目”征服、旺帝領”那古葉軍”撃破と立て続けに勝利を重ねる威勢を前に、少し前まで同等であったはずの小国、今まで様子見だった“暁”中央の近隣独立小国群が挙って臣下の礼を取らざるを得なくなったということだろう。
実際、小国群二十カ国のうち、”十ヶ郷”を筆頭に”南郷領””羽谷田領””井絽川領”などなど、十四もの小国が我が軍門に降ったが、残り六国は……
依然、藤桐 光友が実質的に率いる天都原への遠慮から、或いはこの期に及んでの新政・天都原の京極 陽子との戦いの結果待ちという日和見からか態度を公にしていない。
そしてその態度を維持できる理由の一つが、全国に門徒を抱える仏門衆の総本山、那伽領の根来寺 顕成が存在だ。
既に宗教としては形骸化しつつある”国生みの神々”の末裔を名乗る天都原王家や四方の海を統べる”龍神王”の子孫と表明している旺帝の燐堂家はもとより、七峰という特殊な土地に偏向した七神信仰とは違い、全国各地に薄く広く門徒を持つ仏門衆が那伽領の根来寺 顕成に助力を請い、その顕成は宗教的な保護を前面に他の五国を巻き込んで中立を維持しようと企んでいた。
対応する我が臨海はといえば……
狂信的でないにしても全国に広く門徒を抱える仏門衆を敵に回すのは上手くない。
かといって根来寺 顕成は邪眼魔獣の復活を画策して人類を浄化しようと企む輩だとは現時点で政治的に公言するわけにもいかないし、抑も民衆にはぶっ飛びすぎた与太話に聞こえるだけだろう。
故に――
那伽領攻略は迅速に!
世論に邪魔される前に先にやってしまうしかないのだ。
後で文句言われても”やってしまったこと”は仕方が無い!
所謂、開き直り戦法だ!!
とはいえ、仏門衆の総本山を襲い、その教主を屠った者達は世間から悪鬼羅刹と忌み嫌われる汚名は背負わなければならないだろう。
――下手をすると歴史に残る悪名だ
だから俺は最初、鈴原 最嘉だけ、つまり直属の部隊だけで事を済ますつもりだったが……
――”長州門にもその”胸くそ坊主連中”の下っ端が居たみたいなのよ。ソレが今回の長州門敗戦、つまり私の失脚を裏で画策したらしいから、当然参加するわ”
ペリカがそう言った。
――なるほど、以前にペリカ達、長州門勢との交渉の時に見た人相の悪い坊主、安芸国 慧景とか言ったか?
”魔眼の姫”周りには漏れなく工作員を……か、顕成も侮れない悪党だな。
そうならば仕方ないと、渋々頷く俺に今度は雪白が名乗り出て、“さいかの右足の代わりは私だから”と引き下がらない。
またも渋々頷く俺に今度は真琴が……
だったが、こっちは今後の対”新政・天都原”の作戦準備に人材が必要だと説得して、涙目な真琴を留守番させた。
そういう経緯でこの那伽領攻めはこういう面子になったわけだが……
「アルト、お前が居てくれて助かる」
「え?あ?……はい、ありがとうございます」
武勇はこれ以上望むべくもないが、少々胃もたれするほどの面子に理性的な彼女がいることに心底感謝した俺は今更ながらそれを口にし、
突然にしみじみ感謝された彼女は、意表を突かれすぎてその白い頬を染めながら慌ててペコリと綺麗なお辞儀をする。
――おおっ!可愛い
普段冷静で落ち着いた控えめ美人であるアルトォーヌが慌て気味に照れる姿は中々に見物だった。
いや、実際……
――長州門“の不敗の象徴、”三要塞の魔女”
その知恵の担当である”白き砦”アルトォーヌ・サレン=ロアノフ。
権謀術数、奇策を用いるならば”無垢なる深淵”京極 陽子を筆頭に”赤目の妖怪”鵜貝 孫六、音に聞く”咲母里の雷神”次花 秋連、先頃相まみえた旺帝の真仲 幸之丞……などなど逸材は居ようが、こと基本戦術の完成度、実行能力となるとこの”白き砦”は陽子に匹敵する逸材だろう。
兵法・軍略の醍醐味は奇をてらった策で無く、先を読む確かな戦術眼と確実な手順で組み上げられし精密なる策の牙城こそ理想的!
そういう意味でこのアルトォーヌ・サレン=ロアノフの外連味の無い策士としての能力は、立場を”将”とし、見方を変えれば我が臨海の宗三 壱に似ている。
軍への采配は無駄なく要所を見逃さない、誰もが識る基本にして最重要の兵法を当たり前に熟せる指揮官がどれだけ恐ろしいか……
つまり嘗て俺が最強の将の形と呼べると称した宗三 壱の策士版なのだ。
だから俺は彼女を手に入れ、直ぐに我が参謀とした。
「いやぁ、良い”拾いもの”をしたなぁ……俺の周りにいない淑やか美人だし」
「……?」
「いや、なんでもな……」
と、わりかし失礼な心中の欠片を零す俺に、不思議な表情を向ける碧い瞳の参謀。
対して、俺が何でも無いと誤魔化し笑いを返しかけた時だった――
「鈴原様っ!!其方に正体不明の輩がっ!お逃げをぉぉっ!!」
質素な袈裟に質素な草履履きでボサボサ頭で極々有り触れた男、根来 数酒坊の直近の部下である川辺 太郎次郎が必死な顔で陣外から叫ぶ声が響いたのだった。
第五十八話「仏敵上等」END
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