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下天の幻器(うつわ)編

第五十九話「三本足」前編

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 第五十九話「三本足」前編

 バササッ!!

 那伽なが領侵攻作戦、斑眼ふがん寺決戦の臨海りんかい軍本陣――

 本営の天幕を乱暴に捲り上げ躍り込んで来たのは五人!

 「さ、最嘉さいか様っ!!」

 本陣、奥に座した俺の隣に控えていた参謀のアルトォーヌ・サレン=ロアノフが健気にも俺の前に割り込み、華奢な身を挺して護ろうとするが……

 ギィィーーン!

 ガキィィン!

 ――っ!?

 そのさらに前に!

 天幕外の横合いから飛び込んで来た二人が、襲いかかって来ていた謎の黒い影……

 ”強襲者”と衝突して、激しい火花と金属音を散らし打ち返すっ!

 「御館おやかた様っ!お怪我は!?」

 短めの刀を握った女は、一旦は跳び退いて距離を取る強襲者と対峙しながら――

 背に俺とアルトォーヌを庇いながら聞いてくる。

 ――人物の名は緋沙樹ひさき 牡丹ぼたん。彼女は……

 「御館おやかた様ぁっ!”ひじり 澄玲すみれ”です!この場は”花園警護隊ガーデンズ”の真の筆頭!”ひじり 澄玲すみれ”にお任せを!”ひじり 澄玲すみれ”ですよぉっ!」

 そしてもう一方で、同じく強襲者を牽制しながら俺達を守るように立つのは、相変わらず主君オレへの自己主張アピールが凄い”ひじり 澄玲すみれ”であった。

 「ああ、役目ご苦労」

 両者とも背に見えにくい黒糸で”刀身と桔梗の花”の刺繍が小さく入ったヒラヒラした布きれの、顔以外をスッポリ覆い隠した黒装束衣装に身を包んでいる。

 我が臨海りんかい軍、影の功労者である神反かんぞり 陽之亮ようのすけが統轄する”闇刀やみがたな”が親衛部隊、”花園警護隊ガーデンズ”の中核メンバーだ。

 ――

 護衛の任務を全うする二人の女達に向けた鈴原 最嘉オレねぎらいの声を背中越しに確認した二人は……

 ギィィーーン!

 ガキィィン!

 そのまま襲撃者の撃退に移行する。

 「……」

 襲って来たのは黒い衣に全身を包んだ謎の暗殺者部隊。

 ここまで花園警護隊ガーデンズの二人との戦い方を観察するに――

 身のこなしから奴らは所謂いわゆる、”忍者”と呼ばれる者達だろう。

 人数は五人で……

 俺は座したままで状況分析に徹する。

 ――所属でどころは現在交戦中の那伽ながの兵士か、領主の根来寺ねごでら 顕成けんじょうが雇った傭兵の類いか、それとも……

 ザザッ!

 「くっ!この!しつこいですわねっ!!」

 ギャリィィン!

 「澄玲すみれ!後背に回り込まれない様に背を……」

 ――数的不利も事乍ことながら……

 この二人が中々に梃摺てこずっている様子からも”そこそこ”の手練れ連中だろう。

 「最嘉さいか様……」

 俺を庇って前に立ったまま、アルトォーヌの碧い瞳が天幕の後方を視線で示す。

 万が一、護衛の二人が突破された時のために”この間にお逃げ下さい”という意味だ。

 確かに、もう数分もすれば我が臨海りんかいの精鋭達が駆けつけるだろう、しかし……

 陣幕ここに居る者達の中で唯一だろう、

 ――俺は”それ”に気づいていた!

 「アルト……下がれ、死ぬぞ」

 「え?」

 言葉の意味が解らずに見返す碧い瞳に目もくれず、俺は座したままで彼女の華奢な手を握って――

 「きゃっ!」

 乱暴に地面に引き倒す!

 ヒュゥゥオォン――――――――

 間を置かずに!

 光を放たぬように黒く塗りつぶされた両刃の小刀……

 ”苦無クナイ”が空を切り、白い美人が一瞬前まで立っていた場所を通り過ぎた!

 ヒュバッ!ヒュバッ!

 そしてその一投に重なる様に!

 隠蔽された”二刀”、”三刀”が座したままの俺の頭と心臓部分を寸分たがわず襲う!

 ――ガッ!

 既にそれを予測していた俺は座したまま、右手に松葉杖を握ったままで机を蹴り、椅子を後方へと傾かせて天を仰ぐ様に首を反らせて一刀目を……

 そのまま椅子ごと後ろに倒れる俺の身体からだ――

 シュッバ――

 最早完全に体全体が傾いて落ちる俺は、胸に突き刺さるはずの”二刀”もやり過ごす。

 「……」

 ――実に見事な”暗器”さばきだ

 ――微細過ぎる風切り音、ほぼ見えない凶器をさらに闇に沈めるが如く軌道を重ねた”二刀”と”三刀”の連続投擲……

 そのまま後方へと自然落下するがままに任せて俺は、”姿無き敵”の卓越した暗殺術に感嘆していた。

 ゆらっ……

 と、その時――

 椅子ごと後方へと倒れるに任せた俺の背後に、忽然と現れる黒い殺気の塊!

 「っ!」

 仰向けに落ちるだけの無防備な俺の視界に入ったのは――

 「……」

 至近にて、背後から俺を見下ろす”黒装束の男”の鋭い眼光だ!

 ――

 見事だ。

 完璧な投擲暗器の連撃と、その絶技さえもが偽装カモフラージュという段取りは……

 それは、引力に縛られ無防備に身を晒すだけという、その俺に至るための繋ぎ手プレリュード!!

 そして――

 闇に溶け込むが如くに気配無く……

 逆に闇が空間に染み出て来たかのようにに存在する”最強の暗殺者アサシン

 「……」

 「……」

 落下の刹那、背後上から見下ろす冷たい暗殺者の両眼と天を仰いだ俺は視線を交わす。

 ――そして、持ち主と同種で殺意の光を塗りつぶした黒い短い刃が”ゆっくり”と……

 いな!!

 状況は時間で表現するならまさに一瞬だっ!

 そう、刹那のうちに一閃される黒き刃が”ゆっくり”なわけがない……

 ヒュ――――

 だがそれはあまりに”ゆっくり”……

 まるでコマ落としのフィルムを連想させる動きにて、無防備に晒された俺の咽をかっ斬るっ??

 ――――ォォン!!

 本当に見事だ……

 惚れ惚れする。

 これほどの”影殺えいさつの術”は見たことがない。

 研ぎ澄まされ、研ぎ澄まされ、研ぎ澄まされ、研ぎ澄まされ、
 研ぎ澄まされ、研ぎ澄まされ、研ぎ澄まされ、研ぎ澄まされ……

 極限まで研ぎ澄まされ尽くした……暗殺者の一刀!

 それは”武術”も”闘術”も”殺術”さえも超越こえてしまった芸術だ。

 「……」

 その瞬間とき、俺は……

 極近い未来の己死を突きつけられながらも、そんな賞賛で心が満たされていた。

 ――――――

 ――――――――――――――――――シュパパァァーーン!!

 「!」

 直後!冷徹なる”最強の暗殺者アサシン”の殺眼が僅かに見開かれる!

 それは――

 鈴原 最嘉さいかがその芸術の駄賃として返礼したのはおのが血肉でない鉄の一撃!!

 反撃できないはずの、落下し束縛された中で放たれる応戦の奇跡!

 死の圧力プレッシャーの前で物理法則に抗わず、むしろ同調し、斉唱ユニゾンを奏でる我が手中の刀……

 いや、松葉杖による”返しの一刀カウンター”!!

 体術の極意”流身体”に呼吸を、殺気に旋律を重ねる防御の”奥伝”が一刀だ!

 「!」

 思わぬ一撃に黒い刃を弾かれた暗殺者、

 ヒュッ!

 それでも二之手にのてを用意出来得できうる恐るべき”忍”は、

 黒刃を振るった逆手にて、更なる凶刃を浴びせようと突き出す――

 ブオォーーンッ!!

 振り切った鉄の”松葉杖”をそのまま下方へ……

 ガッ!

 地面に突き刺して、土塊つちくれを跳ねさせる杖先を起点にグルリと自身を回転!

 ガシャン!

 地面に激突して壊れる椅子から逸速いちはやく分離した俺は!

 無防備な落下状態から解放され、ようやっと襲撃者と正面から相対あいたいしていた。

 「悪いなぁ、名無しの暗殺者アサシン。目の保養させてもらっといて……」

 ――!

 俺の軽口を待たずに膨らむ殺気――

 それを瞬時に気取けどった俺は、急遽!敵の指先の動きをつぶさに見極める!!

 ゆらり――

 そして直ぐさま!

 片足立ちでバランスの偏った身体からだを利用し、前のめりに崩れるままに間合いを詰める!

 ヒュォン――

 傾く反動を利用し、

 ブワァッッ!

 地面から土塊つちくれごと巻き上げた松葉杖をまたも”刃”としてぶつける俺。

 「っ!」

 ――これにはしもの暗殺者アサシンも面食らっただろう

 攻撃前の無意識下から構築される殺気から敵の初動を事前察知し、

 攻撃動作のため、末端のきんに力が行き渡る寸前で先に攻撃を仕掛ける!!

 攻撃する瞬間が一番無防備という……

 これも返し業カウンターが奥伝のひとつ――

 ダッ!――――ズザザァァァァ

 「おっ!?」

 だが……

 その我が完璧なる反撃にさえ素晴らしい反射で対応した敵は……咄嗟に後方へ跳び退いた!

 ――本気マジかよ……

 脳からの攻撃命令を既に受領して反応する直後の筋肉が動きを強引に途中中断キャンセルし、回避優先に切り替えて後方へと跳ぶなんて……

 「っ!!……だがな!」

 確かに敵もる者!

 地獄の修練が”それ”を成さしめたのだろうが……

 それでも反応が足りない!

 付け焼き刃の回避動作で俺の一撃は!

 ――その距離では到底この射程は回避できな……

 「っ!??」

 感覚的には確かに捉えたはずの一撃!

 しかし現実は……

 半歩ほど後方へ跳ばれただけで俺の攻撃は届いていなかった。

 第五十九話「三本足」前編 END
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