261 / 305
下天の幻器(うつわ)編
第五十九話「三本足」前編
しおりを挟む第五十九話「三本足」前編
バササッ!!
那伽領侵攻作戦、斑眼寺決戦の臨海軍本陣――
本営の天幕を乱暴に捲り上げ躍り込んで来たのは五人!
「さ、最嘉様っ!!」
本陣、奥に座した俺の隣に控えていた参謀のアルトォーヌ・サレン=ロアノフが健気にも俺の前に割り込み、華奢な身を挺して護ろうとするが……
ギィィーーン!
ガキィィン!
――っ!?
そのさらに前に!
天幕外の横合いから飛び込んで来た二人が、襲いかかって来ていた謎の黒い影……
”強襲者”と衝突して、激しい火花と金属音を散らし打ち返すっ!
「御館様っ!お怪我は!?」
短めの刀を握った女は、一旦は跳び退いて距離を取る強襲者と対峙しながら――
背に俺とアルトォーヌを庇いながら聞いてくる。
――人物の名は緋沙樹 牡丹。彼女は……
「御館様ぁっ!”聖 澄玲”です!この場は”花園警護隊”の真の筆頭!”聖 澄玲”にお任せを!”聖 澄玲”ですよぉっ!」
そしてもう一方で、同じく強襲者を牽制しながら俺達を守るように立つのは、相変わらず主君への自己主張が凄い”聖 澄玲”であった。
「ああ、役目ご苦労」
両者とも背に見えにくい黒糸で”刀身と桔梗の花”の刺繍が小さく入ったヒラヒラした布きれの、顔以外をスッポリ覆い隠した黒装束衣装に身を包んでいる。
我が臨海軍、影の功労者である神反 陽之亮が統轄する”闇刀”が親衛部隊、”花園警護隊”の中核メンバーだ。
――
護衛の任務を全うする二人の女達に向けた鈴原 最嘉の労いの声を背中越しに確認した二人は……
ギィィーーン!
ガキィィン!
そのまま襲撃者の撃退に移行する。
「……」
襲って来たのは黒い衣に全身を包んだ謎の暗殺者部隊。
ここまで花園警護隊の二人との戦い方を観察するに――
身の熟しから奴らは所謂、”忍者”と呼ばれる者達だろう。
人数は五人で……
俺は座したままで状況分析に徹する。
――所属は現在交戦中の那伽の兵士か、領主の根来寺 顕成が雇った傭兵の類いか、それとも……
ザザッ!
「くっ!この!しつこいですわねっ!!」
ギャリィィン!
「澄玲!後背に回り込まれない様に背を……」
――数的不利も然る事乍ら……
この二人が中々に梃摺っている様子からも”そこそこ”の手練れ連中だろう。
「最嘉様……」
俺を庇って前に立ったまま、アルトォーヌの碧い瞳が天幕の後方を視線で示す。
万が一、護衛の二人が突破された時のために”この間にお逃げ下さい”という意味だ。
確かに、もう数分もすれば我が臨海の精鋭達が駆けつけるだろう、しかし……
陣幕に居る者達の中で唯一だろう、
――俺は”それ”に気づいていた!
「アルト……下がれ、死ぬぞ」
「え?」
言葉の意味が解らずに見返す碧い瞳に目もくれず、俺は座したままで彼女の華奢な手を握って――
「きゃっ!」
乱暴に地面に引き倒す!
ヒュゥゥオォン――――――――
間を置かずに!
光を放たぬように黒く塗りつぶされた両刃の小刀……
”苦無”が空を切り、白い美人が一瞬前まで立っていた場所を通り過ぎた!
ヒュバッ!ヒュバッ!
そしてその一投に重なる様に!
隠蔽された”二刀”、”三刀”が座したままの俺の頭と心臓部分を寸分違わず襲う!
――ガッ!
既にそれを予測していた俺は座したまま、右手に松葉杖を握ったままで机を蹴り、椅子を後方へと傾かせて天を仰ぐ様に首を反らせて一刀目を……
そのまま椅子ごと後ろに倒れる俺の身体――
シュッバ――
最早完全に体全体が傾いて落ちる俺は、胸に突き刺さるはずの”二刀”もやり過ごす。
「……」
――実に見事な”暗器”捌きだ
――微細過ぎる風切り音、ほぼ見えない凶器をさらに闇に沈めるが如く軌道を重ねた”二刀”と”三刀”の連続投擲……
そのまま後方へと自然落下するがままに任せて俺は、”姿無き敵”の卓越した暗殺術に感嘆していた。
ゆらっ……
と、その時――
椅子ごと後方へと倒れるに任せた俺の背後に、忽然と現れる黒い殺気の塊!
「っ!」
仰向けに落ちるだけの無防備な俺の視界に入ったのは――
「……」
至近にて、背後から俺を見下ろす”黒装束の男”の鋭い眼光だ!
――
見事だ。
完璧な投擲暗器の連撃と、その絶技さえもが偽装という段取りは……
それは、引力に縛られ無防備に身を晒すだけという、その俺に至るための繋ぎ手!!
そして――
闇に溶け込むが如くに気配無く……
逆に闇が空間に染み出て来たかのように其所に存在する”最強の暗殺者”
「……」
「……」
落下の刹那、背後上から見下ろす冷たい暗殺者の両眼と天を仰いだ俺は視線を交わす。
――そして、持ち主と同種で殺意の光を塗りつぶした黒い短い刃が”ゆっくり”と……
否!!
状況は時間で表現するなら真に一瞬だっ!
そう、刹那のうちに一閃される黒き刃が”ゆっくり”なわけがない……
ヒュ――――
だがそれはあまりに”ゆっくり”……
まるでコマ落としのフィルムを連想させる動きにて、無防備に晒された俺の咽をかっ斬るっ??
――――ォォン!!
本当に見事だ……
惚れ惚れする。
これほどの”影殺の術”は見たことがない。
研ぎ澄まされ、研ぎ澄まされ、研ぎ澄まされ、研ぎ澄まされ、
研ぎ澄まされ、研ぎ澄まされ、研ぎ澄まされ、研ぎ澄まされ……
極限まで研ぎ澄まされ尽くした……暗殺者の一刀!
それは”武術”も”闘術”も”殺術”さえも超越てしまった芸術だ。
「……」
その瞬間、俺は……
極近い未来の己死を突きつけられながらも、そんな賞賛で心が満たされていた。
――――――
――――――――――――――――――シュパパァァーーン!!
「!」
直後!冷徹なる”最強の暗殺者”の殺眼が僅かに見開かれる!
それは――
鈴原 最嘉がその芸術の駄賃として返礼したのは己が血肉でない鉄の一撃!!
反撃できないはずの、落下し束縛された中で放たれる応戦の奇跡!
死の圧力の前で物理法則に抗わず、寧ろ同調し、斉唱を奏でる我が手中の刀……
いや、松葉杖による”返しの一刀”!!
体術の極意”流身体”に呼吸を、殺気に旋律を重ねる防御の”奥伝”が一刀だ!
「!」
思わぬ一撃に黒い刃を弾かれた暗殺者、
ヒュッ!
それでも二之手を用意出来得る恐るべき”忍”は、
黒刃を振るった逆手にて、更なる凶刃を浴びせようと突き出す――
ブオォーーンッ!!
振り切った鉄の”松葉杖”をそのまま下方へ……
ガッ!
地面に突き刺して、土塊を跳ねさせる杖先を起点にグルリと自身を回転!
ガシャン!
地面に激突して壊れる椅子から逸速く分離した俺は!
無防備な落下状態から解放され、ようやっと襲撃者と正面から相対していた。
「悪いなぁ、名無しの暗殺者。目の保養させて貰っといて……」
――!
俺の軽口を待たずに膨らむ殺気――
それを瞬時に気取った俺は、急遽!敵の指先の動きを備に見極める!!
ゆらり――
そして直ぐさま!
片足立ちでバランスの偏った身体を利用し、前のめりに崩れるままに間合いを詰める!
ヒュォン――
傾く反動を利用し、
ブワァッッ!
地面から土塊ごと巻き上げた松葉杖をまたも”刃”としてぶつける俺。
「っ!」
――これには然しもの暗殺者も面食らっただろう
攻撃前の無意識下から構築される殺気から敵の初動を事前察知し、
攻撃動作のため、末端の筋に力が行き渡る寸前で先に攻撃を仕掛ける!!
攻撃する瞬間が一番無防備という……
これも返し業が奥伝のひとつ――
ダッ!――――ズザザァァァァ
「おっ!?」
だが……
その我が完璧なる反撃にさえ素晴らしい反射で対応した敵は……咄嗟に後方へ跳び退いた!
――本気かよ……
脳からの攻撃命令を既に受領して反応する直後の筋肉が動きを強引に途中中断し、回避優先に切り替えて後方へと跳ぶなんて……
「っ!!……だがな!」
確かに敵も然る者!
地獄の修練が”それ”を成さしめたのだろうが……
それでも反応が足りない!
付け焼き刃の回避動作で俺の一撃は!
――その距離では到底この射程は回避できな……
「っ!??」
感覚的には確かに捉えたはずの一撃!
しかし現実は……
半歩ほど後方へ跳ばれただけで俺の攻撃は届いていなかった。
第五十九話「三本足」前編 END
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
58
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる