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上杉謙信と細川藤孝
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義信の言葉に、家臣たちが動揺した。
「上杉から援軍をもらうですと!?」
「ご隠居様からもらうのではないのですか!?」
「父上にはこの隙に美濃を攻めて頂くようお願いしておいた。本拠地の美濃が危うくなれば、いかに信長とはいえ軍を退かざるを得ないからな……」
義信の言い分は理解できる。できるのだがすぐに飲み込めるものではない。
飯富虎昌がううむと唸った。
「しかし、武田と上杉は犬猿の仲……。いかに上杉様が義将とはいえ、援軍を出して下さるものか……」
「そのために公方様がおわすのではないか」
足利義昭の元にやってくると、義信は事情を説明した。
「儂に御内書をしたためてもらいたいとな?」
「はっ、公方様は武士の頂きに立つお方なれば、古今東西すべての武士に号令を出すことができます。公方様がご命じになれば、必ずや上杉も動くことでしょう」
「武田殿は儂のために力を尽してくれておるのだ。その儂が力を貸さずしてどうする」
「公方様……!」
早速、義信は小姓に命じて紙と筆を用意させるのだった。
上杉への使者は足利義昭の従者である細川藤孝が務めることとなった。
足利義昭から御内書を受け取ると、細川藤孝が顔を曇らせた。
「越後に文を届けるのは構わぬが、あまり期待せぬ方がよろしい。いかに公方様とはいえ、いまの幕府には何の力もありませぬ。果たして、どれくらい通用するのか……」
不安げな表情の細川藤孝に、義信が顔を寄せた。
「案ずるな。私に策がある」
義信に策を伝授された細川藤孝は上杉謙信の本拠地である春日山城に向かった。
挨拶もそこそこに、足利義昭にしたためて貰った御内書を見せた。
「飛騨の松倉城に篭り、織田と一戦を交えてる覚悟だ。願わくば、援軍を出して武田と共に織田方を退けてほしい、か……」
細川藤孝が頷く。
「逆賊織田信長に命を狙われ、公方様の御身が危ううございます。
今は武田様が庇護してくださっておりますが、兵数の不利は明らか……。それゆえ、公方様は上杉様に織田討伐の兵を興して頂き、共に幕府を立て直さんと呼びかけておいでなのです」
細川藤孝の話を聞いて、上杉家臣たちが顔を見合わせた。
「ううむ、言ってることはわかるが、武田と共闘しろというのは……」
「油断すれば、こちらが武田に食われてもおかしくないのだ。それを、共闘などと……」
「いくら公方様の仰せでも、できることとできないことがあるぞ……」
渋い顔をする上杉家臣たちに、細川藤孝が続けた。
「方々のおっしゃるとおり。……なればこそ、上杉様には公方様のお側について頂きたいのです」
細川藤孝の言葉に興味を持ったのか、上杉謙信が口を開いた。
「続けよ」
「一乗谷におわす頃、公方様は常々おっしゃっておりました。武田は平気で他国の領地に攻め入り、力づくで奪い取る。己が利益のためなら、日ノ本が末法の世たらんと欲する者だ、と……」
「……………………」
「やはり、真に信じるに足るは、越後の義将、上杉殿をおいて他にはない。そう仰せになっておりました」
細川藤孝の熱弁に感じ入ったのか、上杉家臣たちがうんうんと頷く。
「公方様が当家をそこまで買ってくださっていたとは……!」
「ううう……感無量じゃ……!」
目頭を押さえ、熱気に包まれる上杉家臣たちを尻目に、上杉謙信の目元がすっと鋭くなった。
「まったく、賢しき策を弄するものよ……」
謙信の言葉が理解できず、上杉家臣たちが、細川藤孝がキョトンとした。
「は……? いま、なんと……」
状況が理解できていない細川藤孝に、上杉謙信は続けた。
「甲斐の若獅子に伝えておけ。我をみくびるな、と。
かような策を弄さずとも、公方様のために軍を出す用意はできておる」
「はっ……ははぁっ!」
ここに至って、策を見破られた細川藤孝は真っ青になった顔を隠すように頭を下げるのだった。
細川藤孝との会談を終えると、謙信はすぐさま家臣たちに命じて兵を集めさせた。
春日山城に集結した上杉兵を眺めていると、家臣たちが謙信に群がった。
「先の細川殿との話、実にお見事でした。……しかし、なにゆえ武田の策を見抜けたのですか?」
「かの者は公方様からの文を携えたが、先の話は御内書には記されておらぬ。
そのくせ、先の言葉は澱みなく諳んじておった。……つまりはよほど丹念に覚えてきたとみえる。
しかし、かように大事なことなら、口頭にて述べず、文に携えればよいだけの話……。そうしなかったのは、疚しいことがあるからに他ならぬ」
「当家に送られた御内書は武田も目を通すでしょう。……それゆえ、公方様は使者に真意を託したのでは……」
「そうかもしれぬな」
「では……」
「だが、かの者の身体は強張っていた。当家の敷居をくぐり安堵するならいざ知らず、な……」
上杉家の宰相、直江景綱が考え込む。
「……つまり、細川殿には後ろ暗いことがあった。それが、我らに対して嘘をついていた、と」
上杉謙信が頷く。
「さすがは殿……」
「まさに毘沙門天の化身よ……!」
謙信に熱い眼差しを送る家臣たちを引き連れ、謙信が兵たちに軍配を振るった。
「いざ征かん。逆賊織田信長に我が刃を味あわせてくれようぞ!」
「上杉から援軍をもらうですと!?」
「ご隠居様からもらうのではないのですか!?」
「父上にはこの隙に美濃を攻めて頂くようお願いしておいた。本拠地の美濃が危うくなれば、いかに信長とはいえ軍を退かざるを得ないからな……」
義信の言い分は理解できる。できるのだがすぐに飲み込めるものではない。
飯富虎昌がううむと唸った。
「しかし、武田と上杉は犬猿の仲……。いかに上杉様が義将とはいえ、援軍を出して下さるものか……」
「そのために公方様がおわすのではないか」
足利義昭の元にやってくると、義信は事情を説明した。
「儂に御内書をしたためてもらいたいとな?」
「はっ、公方様は武士の頂きに立つお方なれば、古今東西すべての武士に号令を出すことができます。公方様がご命じになれば、必ずや上杉も動くことでしょう」
「武田殿は儂のために力を尽してくれておるのだ。その儂が力を貸さずしてどうする」
「公方様……!」
早速、義信は小姓に命じて紙と筆を用意させるのだった。
上杉への使者は足利義昭の従者である細川藤孝が務めることとなった。
足利義昭から御内書を受け取ると、細川藤孝が顔を曇らせた。
「越後に文を届けるのは構わぬが、あまり期待せぬ方がよろしい。いかに公方様とはいえ、いまの幕府には何の力もありませぬ。果たして、どれくらい通用するのか……」
不安げな表情の細川藤孝に、義信が顔を寄せた。
「案ずるな。私に策がある」
義信に策を伝授された細川藤孝は上杉謙信の本拠地である春日山城に向かった。
挨拶もそこそこに、足利義昭にしたためて貰った御内書を見せた。
「飛騨の松倉城に篭り、織田と一戦を交えてる覚悟だ。願わくば、援軍を出して武田と共に織田方を退けてほしい、か……」
細川藤孝が頷く。
「逆賊織田信長に命を狙われ、公方様の御身が危ううございます。
今は武田様が庇護してくださっておりますが、兵数の不利は明らか……。それゆえ、公方様は上杉様に織田討伐の兵を興して頂き、共に幕府を立て直さんと呼びかけておいでなのです」
細川藤孝の話を聞いて、上杉家臣たちが顔を見合わせた。
「ううむ、言ってることはわかるが、武田と共闘しろというのは……」
「油断すれば、こちらが武田に食われてもおかしくないのだ。それを、共闘などと……」
「いくら公方様の仰せでも、できることとできないことがあるぞ……」
渋い顔をする上杉家臣たちに、細川藤孝が続けた。
「方々のおっしゃるとおり。……なればこそ、上杉様には公方様のお側について頂きたいのです」
細川藤孝の言葉に興味を持ったのか、上杉謙信が口を開いた。
「続けよ」
「一乗谷におわす頃、公方様は常々おっしゃっておりました。武田は平気で他国の領地に攻め入り、力づくで奪い取る。己が利益のためなら、日ノ本が末法の世たらんと欲する者だ、と……」
「……………………」
「やはり、真に信じるに足るは、越後の義将、上杉殿をおいて他にはない。そう仰せになっておりました」
細川藤孝の熱弁に感じ入ったのか、上杉家臣たちがうんうんと頷く。
「公方様が当家をそこまで買ってくださっていたとは……!」
「ううう……感無量じゃ……!」
目頭を押さえ、熱気に包まれる上杉家臣たちを尻目に、上杉謙信の目元がすっと鋭くなった。
「まったく、賢しき策を弄するものよ……」
謙信の言葉が理解できず、上杉家臣たちが、細川藤孝がキョトンとした。
「は……? いま、なんと……」
状況が理解できていない細川藤孝に、上杉謙信は続けた。
「甲斐の若獅子に伝えておけ。我をみくびるな、と。
かような策を弄さずとも、公方様のために軍を出す用意はできておる」
「はっ……ははぁっ!」
ここに至って、策を見破られた細川藤孝は真っ青になった顔を隠すように頭を下げるのだった。
細川藤孝との会談を終えると、謙信はすぐさま家臣たちに命じて兵を集めさせた。
春日山城に集結した上杉兵を眺めていると、家臣たちが謙信に群がった。
「先の細川殿との話、実にお見事でした。……しかし、なにゆえ武田の策を見抜けたのですか?」
「かの者は公方様からの文を携えたが、先の話は御内書には記されておらぬ。
そのくせ、先の言葉は澱みなく諳んじておった。……つまりはよほど丹念に覚えてきたとみえる。
しかし、かように大事なことなら、口頭にて述べず、文に携えればよいだけの話……。そうしなかったのは、疚しいことがあるからに他ならぬ」
「当家に送られた御内書は武田も目を通すでしょう。……それゆえ、公方様は使者に真意を託したのでは……」
「そうかもしれぬな」
「では……」
「だが、かの者の身体は強張っていた。当家の敷居をくぐり安堵するならいざ知らず、な……」
上杉家の宰相、直江景綱が考え込む。
「……つまり、細川殿には後ろ暗いことがあった。それが、我らに対して嘘をついていた、と」
上杉謙信が頷く。
「さすがは殿……」
「まさに毘沙門天の化身よ……!」
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