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使者の首

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まえがき
秀吉の表記を木下藤吉郎から木下秀吉に変更しました。





 武田義信の元へ送った使者──織田信広が首となって織田軍に返ってきた。

 かつては信長に謀反を企てた身ではあるが、それでも信長の血族に違いない。

 そのため、今回は人質を兼ねた使者として送ったのだが、まさか首となって返ってくるとは思わなかった。

 案の定、信長の兄が討たれたとの事実に、織田家臣たちは動揺した。

 問答無用で使者を討つのはもちろん、いかに精強な武田軍とはいえ、2倍の兵を相手に真っ向から喧嘩を売るとは思っていなかった。

 せいぜい交渉に応じるか、応じるフリをして時間稼ぎをされると踏んでいただけに、今回の報告は寝耳に水だった。

「おのれ、武田め……」

「この屈辱、戦場で返してくれようぞ……!」

 家中が殺気立つ中、ただ一人、織田信長が感嘆の声を漏らした。

「やるな、義信……」

「……どういうことにございますか?」

 家臣に尋ねられ、信長が鉄砲や火薬を指差した。

「考えてもみろ。一度戦をするだけで莫大な銭がかかるだろ」

「それは、まあ……」

「かかりますな、銭が……」

「うちは鉄砲を大量に使うし、硝石だって安くない。……戦えば戦うほど、銭が飛んでいくんだ」

 しかし、それは武田も同じと言えた。
 武田は銭で兵を雇っていない分、兵が死ねば田畑を耕す者がいなくなる。
 そうなれば、国力は下がる一方と言えた。

 そのことに気がついたのか、柴田勝家が豪快に笑った。

「ふはは! やはり愚かですな、武田義信は。
 戦をすれば農民が減り国力が減るというのに、あえて戦を挑むとは……。愚の骨頂ぞ!」

「逆だろ」

 柴田勝家の言葉を否定する信長に、家臣たちの注目が集まった。

「このまま戦えばうちが有利なのは間違いない。……だから今戦をしようとしているんだろ、武田義信は」

 信長の言わんとしていることに気がついたのか、木下秀吉が口を挟んだ。

「今後当家が西に勢力を広げれば、武田を凌ぐ石高となりましょう。
 それゆえ、公方様という神輿がある今、当家を潰そうとしているのでしょう。これ以上、当家が大きくなる前に……」

「武田の兵は精兵が多く、山での戦に慣れておる。また、大軍が不利な山で戦えばいくらか武田が有利でしょう。……そう踏んでいるからこそ、義信は我らと戦うことを選んだのでしょうな」

 木下秀吉と徳川家康の説明に、家臣たちが納得した様子で頷いた。

 信長がこれみよがしに兄、織田信広の首を掲げた。

「せっかく招待されたんだ。土産くらい持っていくぞ」

 信長の背後では、大量の鉄砲と火薬を乗せた荷車が列をなして飛騨国境を越えようとしていた。

 こうして、武田軍と織田軍の戦いが幕を開けるのだった。






あとがき
次回合戦です
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