スノードロップの約束

海亜

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1章:ルーシャの願い

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今日、太陽が真上に上がった正午には、ルーシャの命は絶たれる。

ベッドの上で、だらりと力なく手足を投げ出して、座り込んだルーシャの瞳は、もう、光を失っていた。

ルーシャはもう、あの頃のような美しい姿とはかけ離れていた。

美しく真っ白な肌は傷だらけになり、体はやせ細り、綺麗な青みがかった長い黒髪は、艶を失い無惨な姿になっている。

というのも、侍女に扮した令嬢がルーシャの髪を適当に切り捨てたので、長さがばらばらになってしまっていた。

コツ・・・コツ・・・コツ・・・。

牢獄に1人の靴音が鳴り響く。

「・・・今日で、処刑されるというのに・・・まだ、わたくしは、嫌がらせをした罰を受けなければ・・・いけないのですわね・・・・・・。」

小さな呟きと共に、暗く重いため息がルーシャの口からこぼれた。

「・・・っ!?ルーシャ様!?そのお姿、どうされたんですか!!?」

悲痛そうな驚いた声がルーシャのいる牢獄、いや、牢獄全体に響いた。

ルーシャもまた、その声の主に気づき、目を見開き鉄格子の方に視線を向けた。

そこに居たのは、かつてルーシャが散々嫌がらせをしたサクラだった。

サクラは綺麗なドレスを身にまとい、漆黒の髪は綺麗にまとめられていた。

「な、なぜ・・・あなたが、いるんですの・・・?」

ルーシャは咄嗟に、自分の体を抱きしめてボロボロになった身体を隠す。

ルーシャは、サクラにだけは今の醜い姿を見られたくなかった。

綺麗に、丁寧に、そして美しく着飾ったサクラに、こんな姿を見られるのは、情けなく屈辱的だと思ったからだ。

「・・・ごめんなさい。今日で、もう会えなくなってしまうと思って、最後だからと、やっと会える許可がでたので・・・ルーシャ様は嫌かもしれないのですが、その・・・私のわがままで、ひと目会いに来ました。」

そう言って、辛そうな感情を隠すように微笑むサクラ。

しかし、ルーシャはすぐに目を逸らすと、俯いた。

今のルーシャには、サクラ・フェンリルという人物が、眩しすぎて、美しすぎて・・・苦しかった。

そんなルーシャの態度に、サクラは眉を困らせる。

そして、牢獄の中に視線を彷徨わせると、ある一点を見つめて口を開いた。

「・・・・・・ルーシャ様。ハサミを借りてもよろしいですか?」

サクラは、テーブルの上に置いてあったハサミを見つけ、ルーシャに問うた。

「・・・ええ。かまいませんわ。」

ハサミと聞いて、一瞬ルーシャは怯えるも、覚悟を決めて答えた。

サクラは、ルーシャの答えを聞くと、牢獄の扉を開け、一歩、中へと足を踏み出した。

そして、ハサミを手に取ると、ルーシャに自分の前に座るよう促した。

ルーシャは、力の入らない体にムチを打って立ち上がると、サクラの前へ座った。

ルーシャは、サクラにはたくさんの嫌がらせをした。

これまでの嫌がらせを返されて、心をズタズタにされて、思い知ったのだ。

自分が、どれほど酷いことをしたのかということを・・・。

サクラに嫌がらせをした罰として、サクラ自身から髪をめちゃくちゃにされても、罵声を浴びせられても、殴られても、仕方が無いと、ルーシャは腹を括った。



───しかし、ルーシャの予想は数分後には裏切られることとなる。


サクラに手鏡を貸してもらい、自分の髪を見てルーシャは驚愕した表情を浮かべた。

なぜなら、サクラの手によって、ルーシャの髪が綺麗に整えられていたからである。

長さがバラバラだった髪は、肩上のところで綺麗に整えられていた。

「な、なぜ、あなたはわたくしの髪を整えたんですの・・・?恨みがあるなら、それを晴らせばいいじゃないっ。・・・そのような優しさは、今のわたくしには・・・辛すぎますわ。」

ルーシャは下を向き、涙を零す。

ルーシャ自身、優しくされたことへの嬉しさなのか、悔しさなのか、分からなかった。

サクラは、ハサミをテーブルに置くと、窓の外を見上げ、考え込んだ。

そして、ゆっくりとルーシャに視線を移し、真っ直ぐに見つめた。

「私は、ルーシャ様を恨んでなどいません。・・・それに今は、ルーシャ様をそのような姿にした者達を許せません。・・・確かに、ルーシャ様のしたことは酷いことです。許されないことです。・・・ですが、それを同じように仕返しをするのでは意味が無いと、私は思います。私のためにしてくれたのかもしれませんが・・・私は嬉しくはありません。ルーシャ様。私は、あなたの事を忘れません。公爵令嬢としてのルーシャ様は、とても素敵でしたから。」

そう言って、サクラは一筋の涙を流した。

なんの恨みも妬みもない、純粋で素直な悲しみの涙と言葉。

ルーシャは、そんなサクラを見て確信をした。

(───ああ、わたくしが、どれほど殿下に振り向いて貰おうと努力しても、サクラ・フェンリルに勝てないはずですわ。)

「・・・フェンリルさん。わたくしはあなたに酷いことをしましたわ。それがわかったのはあの方達がわたくしに対して罰を与えたから。・・・苦しくて、辛くて、悲しかったですわ。・・・今まで、本当にごめんなさい。」

そう言ってルーシャは、床に着くほど深く深く頭を下げた。

「ルーシャ様・・・・・・頭をあげてください。私はもう、あなたのことを許してしまっています。・・・どうか謝らないでください。」

穏やかなサクラの声に、ルーシャが顔を上げる。

サクラは微笑んでいた。

とても美しく、そして可憐で可愛らしかった。

ルーシャは、今まで、そんな美しい微笑みを浮かべるサクラを見た事がなかった。

思わず、ルーシャは見惚れてしまった。

「・・・フェンリルさんにそう言ってもらえるなら、少しは心のわだかまりが消えますわ。ありがとう。・・・そして、さようなら。」

そして、ルーシャも微笑んだ。

その微笑みはどこか少しだけ、ほんの少しだけ失った光を取り戻していたように見えた。


❀.*・゚✧̣̥̇ ❀.*・゚✧̣̥̇ ❀.*・゚✧̣̥̇ ❀.*・゚✧̣̥̇

太陽が真上に上がった正午。

騎士団の団員であり、ソルトの親友である美しい青年、ラム・シルエーラが、ルーシャの首を刎ねることを担うこととなった。

ラムは無表情に、ゆっくりと剣を鞘から引き出す。

一度、ルーシャの首に刃を当て、振り上げる。

ルーシャは、下を向き、ただ目を瞑り、その時を待つ。

キラリと剣の先端が光り、静寂を切り裂くように、勢いよく剣を振り落とされた。

その瞬間、ルーシャの頭の中をひとつの願いが過ぎった。

───もし、時間を巻き戻せるのなら・・・同じ罪を繰り返さず、ただ・・・わたくしは、穏やかで幸せな人生を送りたいですわ。

そんな最後の願いを祈りながら、ルーシャ・マリアンローズの命は絶たれた。
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