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らぶてぃ1
しおりを挟む「せんせ」
それは我慢しきれずに零れたような声だった。
黙っていろと言ったせいか、掛けられた声はそいつにしては小さかった。何より恐る恐ると言った口調で、乾いた声もどこか緊張していた。
我慢して堪えて、結局出してしまったのだろうその声は、何より甘く切なげだった。
「……」
俺はそいつに背を向けたまま、いつものように無視をする。
「……ぅ」
そいつの呻き声が漏れた気がした。互いの距離は少しあって、少しの溜息なんて聞こえはしない。そんな聞こえもしないそいつの落胆ぶりに、俺は失笑を隠せない。
当然背を向けているから、そいつには見えない。
「せんせー」
約束を既に破ったせいだろう。
二度目の呼び掛けは、一度目よりも大きかった。
「無視は酷いよう」
俺の態度に耐え切れず、そいつから不満声が上がる。絵の具と油の匂いが充満するこの部屋で、騒音らしいものはない。
そいつの声が更に近付いているのを、声と気配で悟る。
「勉強は終わったのか?」
「んー、も少し?」
俺の問い掛けに、そいつは笑ってはぐらかした。
そいつの声は例えるなら、秋祭りの綿飴よりも柔らかくて、水飴のように粘っこい。そして何より甘ったるい。
初めて聞くと馬鹿っぽくて、けれど聞けば聞くほど癖になる。呼ばれれば呼ばれる程、その声が愛おしくなる。
そいつの声は、何より自分の存在と同じような色合いをしているんだ。
「ね、せんせー」
三度目の呟きは、二度目の声より大きく近かった。
とんと背中に何かが当たる。凭れ掛かられているのが重みから伝わる。そして俺の手は、そいつの唐突にいつも同じく止められる。
「静かに勉強してろよ」
短く呟きながら、俺は伏せていた顔を上げて後ろを振り返った。
「……っな」
そして絶句した。頬の上を冷や汗が垂れた。空気が凍りつく。いや俺の感情が凍りつく。
そいつのふざけた容貌と不埒な行動に、俺は言葉を失くした。
「あき……お前、何してる?」
「ちょーはつ」
そいつは顎を持ち上げ胸を張り、さも当然とばかりに事を言った。
艶めかしい程の真っ白な腹を曝け出し、制服を捲し上げたそいつが勝ち誇っていた。確かに負けた気がした。その身を犠牲にしてまで、俺に意識を向けさせようとするあたりがそいつらしく、見事に引っかかった俺は不意打ちをダイレクトに受けてしまった。
そいつがふと、俺から顔を背けて顔を赤らめた。
「あはは、照れた」
「ならするなよ」
そいつがはにかみ、俺の腕に手を添える。その指先は熱かった。
俺という教師の前で、恋する乙女の生徒が一人、熟れた微笑を浮かばせる。
「何をやってるんだ、馬鹿」
「まだしてないよ。今からするの」
技術棟でありながらも学校で、制服を肌蹴させ下着を晒す生徒が、教師であるこの俺を、熱い瞳で見つめていた。
美術室の隣の準備室。
真面目で優等生だったはずの生徒は今ではその面影もなく、子供っぽかった風貌もいつの間にか女らしさを備えていた。
女子は男を知って女になる。
だとしたらこいつは、既に女の色香を秘めている。漂わせる香りはどこか雌めいたものを内包していて、ふとした視線が艶めいている。
見つめる俺の喉が反射的に鳴る程だ。
そいつはテスト勉強と称して部屋に来ていた。俺は俺で忙しかったから、「備品っぽく黙って勉強しているなら居てもいい」と言った。
そうしたら、これだ。
胸と腹、下着を晒して挑発だ。
「したい」
そいつが言った。吐息が熱いのが見た目で分かる。
裏も何もない本心からの言葉に、俺は後ろ首を掻きながら途方にくれる。天井を仰ぎ、返答に困る。いけない事ほど、燃えるもの。
言われなくても気付いていた。
部屋に来たそいつの瞳を見た瞬間、ああ、したいのかと思った。そいつの火照りは残念ながら見た目で分かってしまう。そう育てたのは俺なのだ。
そしてそいつは、下手に突き放すとあとで痛い目をみる。周りを気にせず暴走に走る。それ程の熱と、危うさがそいつにはあった。
下手に逆らうと、こいつの世界は恋一色に染まってしまうのだ。
「したいです」
「宿題なら勝手にすればいいだろ?」
俺はそいつの申し出をはぐらかした。そいつが唇を突き出して拗ねた。
いつものように、叱るように視線を下す。
そいつの唇は震えていて、肩も耳たぶも指先も頬も緊張に震えていた。小動物のように怯えた様子で、瞳を潤ませて俺を見ていた。
「せんせぇ」
幾度目かの呟きに背筋が凍る。
そいつの言動、そいつの気持ちが痛いほど伝わってくる。いつだって真剣な目が、教師である俺から逃げようとしない。彼女は今も、優等生なのだ。
俺に一心に尽くし、愛したいと思う程に真摯で甘い女である。
「せんせ、お願い」
声に潤みが増した。
こうなるともう手がつけられない。
そもそも俺は逃げる一手を既に投げている。部屋に入れた時点で俺の負けなのだ。この部屋に入れた時点で、俺はこうなる事を覚悟していた。
そいつの指に力が篭る。
もう止められない。
少なくとも俺は、そいつの気持ちを止められない。
「せんせ、しよ。あたし今日、安全な日」
「……欲求不満すぎだろ」
「うん。だから、叱ってください」
そいつは自分の欲を否定しなかった。
俺の嘲りにそいつがふて腐れ、けれどすぐに笑みへと変わる。呆れるような単純っぷりに、俺は「しょうがないな」と、囁いて席を立った。
ゆっくりと、呼吸を整えながら部屋を過ぎる。
「せんせいに叱られたいです。体罰、して」
ぞくりと、背筋に電気が走る。聞く者が居たら俺は退職だろうか。今更危険な橋を渡っている自覚はあるつもりだ。俺はもう、覚悟は決めている。
「あのな」
「えへへ」
……まったく、この馬鹿が。
俺は窓の鍵を閉め、カーテンを閉めてて振り返る。
そこには満面の笑みを浮かべて、熟れた身体を晒す女子生徒が佇んでいる。準備室は狭く当然ながら布団なんてものはない。あるのはただ、机のみ。
「困った生徒だな」
「あたし、悪い子だ」
そいつが舌を出しておちゃらける。俺は笑い、嘲る代わりに肩を竦めた。窓の方へ向き直り、小さく溜息を零す。子供のように無邪気に嬉しがっているのが、初々しい。
「声、出すなよ?」
「……うん」
しゅる。
短い返答と共に衣擦れの音が鳴る。制服の中に手を入れ、自らの胸元に手を当てる彼女が、照れた様子で顔を背ける。
「せんせ、電気、消して?」
そいつが静かに要求を告げた。
「眼鏡も外して」
「それはお願いか?」
肩を竦めながら、部屋の端へと向かう。照明のスイッチに指で触れ、部屋を闇に染める。部屋の中央にある蝋燭の芯に火をつけると、そいつの輪郭が浮かぶ。
「お願いします、せんせ。眼鏡、外してください」
ぼうと灯る炎が部屋の中に温かい灯りを生む。
俺は眼鏡を外して、そいつに手渡してやる。そいつが大事そうに眼鏡を受け取り、丁寧に折り畳む。眼鏡が机の上へ置かれた。
「これでいいか?」
「……えへへ」
俺の薄ら笑いにそいつが頷く。
色香沸き立つ馬鹿の甘い匂いに、教師としての理性が麻痺していく。
《続く》
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