運命の番はお尋ね者

志熊みゅう

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「何度言ったら分かるんだ!お前は薬師の仕事を舐めているのか!」

「上長すみません、すみません。」

 私、猫獣人のソニヤは王宮薬師だ。髪の毛の色と同じグレーの獣耳を、これでもかというほど後ろに引き、ペタンと頭に付け平謝りする。苦節三年、やっと手にしたこの仕事。まさか半年でこんな窮地に陥るとは。

「はぁ~。さすがに今回の件は庇いきれん。第三王子に献上する風邪薬に誤って『笑い茸』を入れるなんて、前代未聞だ!追って沙汰がある。今日は自室で謹慎していろ。」

 ああ、終わった。『笑い茸』と咳止めに使われる『安らぎ茸』は、笠の形が似ている。まさか調合室に笑い茸があるとは思わず、よく確認せずに使ってしまった。

 おかげで王子は今朝から笑いが止まらず、王宮侍医総動員で治療に当たっているという。陛下もお冠だそうだ。

「終わった……。多分クビだ。」

 思えば三年前、片田舎から何も持たず王都に出てきた。自分の武器は死んだ母さんに教わった薬草の知識のみ。市井の薬局で働きながら、ようやく王宮薬師の試験に合格した。それなのに、こんなに呆気なく王宮を去ることになるとは。

 翌日、解雇の通達をもらった。依願退職にすらならなかった。

「これからどうしようかなぁ。」

 以前働いていた薬局に戻るか。でもあんな盛大に送別会をしてもらって、半年でクビになりましたとは、さすがに言いづらい。もう王都を出るしかないか。

「とりあえず、兄さんには手紙を書こう。」

 兄さんは唯一の肉親。今も私たちが生まれ育った村に住んでいる。

「兄さん、元気かな~?」

 私がこの王都に出てきたのには訳がある。――どうしても運命の番と出会いたかったのだ。

 亡くなった両親はともに猫獣人だが、とても仲が良かった。彼らは番だったのだ。獣人には神様に決められた特別な相手、『運命の番』がいる。獣人ならば誰でも運命の番に憧れる。私もそうだ。獣人はこの世界の三分の一程で、生涯で番に出会える獣人は一割に満たない。もちろん、故郷の村には私の運命の番はいなかった。だから思い立って、色々な人が集まる王都まで出てきた。

 運命の番に出会うと、理性を失う甘い匂いがして、お互いを強く求め合う。そしてとても離れがたいという。つまり、出会ったら、すぐお互い分かるはずだ。

 三年間、王都に住んだが、運命の番に出会ったことはない。もう潮時かもしれない。

「もう、難しいことを考えるの疲れた。今日は飲むぞ~。」

 私は、行きつけの安い酒屋に、一人繰り出した。

 通い慣れた道。途中の掲示板に人だかりができているのに気づいた。

 ~~重要指名手配~~

 『切り裂きウルフ連続殺人事件』
 重要参考人 レーヴィ

 指名手配のチラシだ。絵姿を食い入るように確認する。黒髪に、真っ黒な獣耳。金色の瞳が眼光鋭くこちらを睨む。『切り裂きウルフ』の名通り、狼獣人のようだ。満月の夜に若い娼婦ばかりを狙って、刃物で殺害しているそうだ。被害者は分かっているだけで十人以上。王都も物騒だなと思った。

 酒屋に入り、カウンターの奥から二番目の席に腰掛けた。薬局に勤めている時からの私の指定席だ。明らかに元気がなかったせいか、バーのオーナーが心配そうに声をかけてくれた。

「おーい、顔色悪いけど大丈夫か。」

「マスター、聞いてよ~!仕事、クビになっちゃった。」

「はぁ?お前何をしでかしたんだ!?」

 王宮薬師を解雇になった経緯を、そのままマスターに報告する。

「ははは!王子の風邪薬に『笑い茸』を混入って、お前らしいな!」

「それが全然笑い事じゃないのよ。」

「で、王宮追い出されてこれからどうすんだ?」

「――まだ、決めていない。」

「今日はしっかり飲んでこれからに備えろ。この酒は俺からのおごりだ!」

「いいの!?マスター最高!ありがとう!」

 マスターの出してくれたグラスに、潤んだ緑色の双眸が映った。今日は何もかも忘れて飲もう。飲みつくそう。それから飲めや、歌えや。私は飲んだ。たらふく飲んだ。

「マスタ~!もう一杯!ひくっ。」

「おい、大丈夫か。俺が勧めちまったのもあるが、さすがに飲みすぎだぞ。」

「全然まだイケるわ。ひくっ。」

「今日はもうよしとけ。はい伝票。」

「マスターのいじわる!」

 私はなんとか会計を済ませると、千鳥足で自宅に向かう。ある通りを通り過ぎようとした時だった。

「何だろう、とってもいい匂いがする……。ひくっ。」

 花の香のような芳醇な香りを追って、自宅があるのとは、別の通りに入る。理性飛ばすような甘い匂いが段々と強くなる。そこからは記憶があいまいだ。

『俺の運命の番、やっと会えた。』

『俺が初めてだな。よかった。そんな締め付けないでくれ。』

『愛している、愛している。』

 そんな声が遠くで聞こえた気がした。
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