運命の番はお尋ね者

志熊みゅう

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 ――チュン、チュン。

 小鳥のさえずる声と共に、甘い匂いに包まれて、私は目を覚ました。

 翌朝は控えめに言って地獄だった。シーツはぐちゃぐちゃ。ここで昨夜何が行われたかは、すぐに想像がついた。隣には番の匂いを漂わせた男が寝ていた。何故か全身傷だらけだった。私はその顔に見覚えがあった。黒い耳に、黒い尻尾、指名手配中の狼獣人――切り裂きウルフ『レーヴィ』だ。

 本能は彼にとても惹かれている。だが理性がそれを止めた。探し求めていた運命の番が、まさか連続殺人鬼で指名手配中とは……。こんなことなら、出会いたくなかった。運命の番の幻想を抱いたまま死にたかった。千年の恋も興ざめだ。後ろ髪を引かれる思いをどうにか断ち切って、身支度を済ませる。部屋を出ていく前、彼が寝ぼけてつぶやいた。

「……愛している、ソニヤ。」

 まずい、私のばか。殺人鬼に自分の名を名乗ってしまったのか。私は慌てて安宿を後にした。

 家に帰ると、まずは避妊薬を自分で調合して飲んだ。手元にある薬草は限られていて、売り物になるような完璧なものは作れなかったが、これでひとまず安心だ。

「あ、あとこれ。」

 番の認識阻害薬も飲んだ。この薬は、獣人が人間社会で溶け込むためになくてはならない薬だ。例えば重要な式典で、昨日みたいに番を見つけ、我を忘れて発情したら大騒ぎだ。獣人ならば誰しも家に一、二本はストックを置いている。これを飲めば丸一日は、番のレーヴィは私の匂いに気づかないはず。その日のうちに、大家に退去届を出して、荷物をほとんど持たずに王都を後にした。

 それからしばらくは各地を転々としながら、冒険者として生計を立てた。薬草を摘んで、ポーションに仕上げて、ギルドに売る。それなりの稼ぎになった。

「ソニヤちゃん、体調悪そうだけど、大丈夫かい?」

「最近薬草を煮ていると気持ち悪くなるの。昔はこんなことなかったのに。」

「ちゃんとご飯は食べているかい?」

「うーん、なんとか?」

「無理しないでちゃんとお医者さんのところに行くんだよ。」

 ギルドで私を心配して声をかけてくれたのは、この街のギルドマスターの奥さん、ハンナさん。いつも私のことを気にかけてくれる。確かに、このままでは薬草を取りに行くのもやっとだし、ポーションを作るのもつらい。食うに困るくらい、体調が悪化していた。

 その日の午後、ハンナさんに言われた通り、町医者の所に行った。

「……ご懐妊ですね。これは、おめでとうと言っていいのかな?」

「へっ?こども?」

 ――心当たりはあの夜しかない。そういえば、運命の番相手だと妊娠する確率が高まるんだっけ。自作の避妊薬ではなくて、ちゃんとした薬を買って飲めばよかった。後悔先に立たずだ。

「この街の産婆を紹介しましょうか?それとも……。」

「――先生、少し考える時間を下さい。」

 気持ち悪さの正体は悪阻だと言われた。じきに良くなるとも。だから体調が悪い間は、仕事をせずに家にいることにした。ハンナさんは、私の体調不良に思うところがあったのか、悪阻があっても食べやすい物を何も言わずに差し入れてくれた。体調が回復すると、私はまた町医者のところに行った。

「だいぶ悪阻は良くなったみたいですね。……それで、どうされますか?」

「私、産みます。故郷の村に帰りたいので、紹介状を書いてもらえませんか?」

「分かりました。良い決断をされたと思いますよ。」

 例え父親が殺人鬼でも、子には罪がないはずだ。自分の腹の中で育つ我が子に、日に日に愛着が湧き、どうしても手放せなくなった。父親とは関係のないところで、自分がちゃんと育てようと思った。

 最後はお世話になったギルドマスター夫妻にきちんと挨拶をして、この街を後にした。乗合馬車を乗り継いで、何とかキッサ村にたどり着くと、私と同じ灰色の髪、緑の瞳のヘンリ兄さんが出迎えてくれた。

「ソニヤか!三年、いや四年ぶりか。心配したぞ。」

「ヘンリ兄さん!会いたかったー!」

 私のいない三年の間に、村の近くで新しいダンジョンが発掘されたらしい。村は以前より短期滞在の冒険者が増えたが、ヘンリ兄さんも、村の人たちも、全く変わっていなかった。

 兄さんは親の跡を継ぎ、この村で薬師として働いている。結婚についてはのんびり考えているようで、まだ独身だ。私は自分の身の上に起こったことを、兄さんに包み隠さず話した。兄さんは目を白黒させながら、私の話を聞いていた。

「――それで、本気で産む気なのか。」

「父親の罪はこの子の罪ではないわ。せっかく私のもとに来てくれたんだもの。責任をもって育てる。」

「そうか……。お前がその覚悟なら俺も協力する。」

 小さな村だ。腹の子の父親について、皆興味を持って聞いてきたが、兄以外に打ち明けることはしなかった。噂話が好きなおばさんたちが、たまにコソコソ何か言っているのは知っていたが、あえて聞かないことにした。

 それから数か月、時がたつのはあっという間だった。村一人の産婆に立ち会ってもらい、無事男の子を出産した。

「おぎゃあ、おぎゃあ。」

「元気な男の子じゃ。うむ。これは、狼?」

 産婆に言われて顔を覗くと、真っ黒な髪に真っ黒な獣耳、真っ黒のふさふさ尻尾が生えた男の子。ああ父親に似てしまったか。辛うじて瞳の色だけは私に似て緑色だった。

 子どもには、ミロと名付けた。私は産後すぐ兄さんの薬局を手伝った。村にはダンジョン目当ての冒険者が集まり、ポーションの需要もある。ダンジョン特需で兄さんと私たち親子、贅沢をしなければ十分に食べていくことができた。
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