地味令嬢、婚約者(偽)をレンタルする

志熊みゅう

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 そのままファウストは、私の隣にしゃがみこんだ。驚いて立ち上がろうとすると、私の制服の袖をそっとつまんだ。

「――行かないで。」

 ファウストの声は、力強くも、どこか震えていた。そのまま、二人の間に重い沈黙が流れる。月の光を受けて、ほわほわと菫色の光にゆらぐ月光草を見つめていた。

「ごめん……。」

 沈黙を破ったのは、ファウストだった。

「本当は、君が婚約者に決まった時、すごくすごくうれしかったんだ。でも、どう伝えていいか分からなくて……。ずっと意地張ってばかりで、ごめん。」

「ど、どうしたの……ファウスト。あなた、熱でもあるんじゃない?」

 思わず半歩、距離を取ってしまう。けれど彼の言葉が追ってきた。

「俺は、極めて正気だよ。」

 少し照れくさそうに、けれど真剣な瞳でこちらを見る。

「君の誕生日――俺がエスコートする。だから、もうバルド殿にエスコートを頼まないで欲しい。」

「……え?」

「新入生歓迎パーティーの時、君があいつと手を取り合って踊っているのを見て、……気が狂いそうだった。」

「でも、あなただって金髪の令嬢を連れていたじゃない?」

「ごめん。あの時は、俺が色々な女の子と仲良くしていたら、さすがの君も焦るんじゃないかと思ったんだ。軽率だった。」

「それにしては、令嬢たちと親しげだったと思うけど?」

「正直に言うと、はじめは楽しかった。ただすぐに空虚だなと気づいたんだ。彼女らは俺の容姿や家柄しか見ていないから。」

「ふーん。それで?地味な私とやり直したいと思ったわけ?」

「君は宵闇に咲く月光草のようにきれいだよ。――俺の一番好きな花なんだ。」

「何よ。急に。」

「ドレスのこともごめん。従姉が毎回ドレスを新調して、婚約者に会っていたから、あれが普通だと思っていた。君には君の考えがあるのに、それをよく理解していなかった。」

「ファウスト、実はね、今まで恥ずかしくて言っていなかったけど、私ファッションセンスが壊滅的に悪いのよ。自分で選ぶとろくなことにならないから、全部侍女任せにしているの。だからまさか同じ服だと気づかなかったの。」

「それなら、今度の誕生日のドレス、俺に贈らせて。君に一番似合うドレスをプレゼントするから。」

 ファウストが真剣な眼差しでこちらを見つめる。それだけで彼は、本気なんだなと伝わった。

「ありがとう。うれしいわ。」

「あと、これも受け取ってほしい。本当はあのお茶会の時に君に渡そうと思ったんだ。」

 月光草がモチーフになったペンダントだった。花びらの部分にアメジストがあしらわれている。

「まぁ、とてもきれいね。」

 思わず、息を呑んだ。

「好きだよ。ルチア。」

 そう言うと抱き寄せられ、ほっぺにやさしくキスをされた。不思議と嫌じゃなかった。

「君にちゃんと婚約者だと紹介してもらえるように頑張る。だから、チャンスが欲しい。」

「分かったわ。でも今度、学園で話しかけるなって言ったら、許さないわよ。」

「ありがとう。俺、頑張るよ。」

 昔みたいに優しい微笑みを浮かべるファウストがうれしくて、胸がいっぱいになる。気づけば涙があふれてこぼれ落ちた。

「――君たち、仲直りできたみたいだね。」

 二人だけの世界に浸っていて、全く気づかなかった。声のする方を向くと、ガゼボに人影があった。バルドだ。一部始終を見ていたのか、にっこりと笑っている。

「ど、どうしてバルド様がここにいるの?」

「おい、どういうつもりだ。見に来ていいなんて言ってないぞ。」

 ファウストは私の前に立って、バルドをけん制している。まるで大事な物を外敵から守ろうとする大型犬みたいだ。

「これだけ巻き込まれたんだから、知る権利くらいあるだろう?それに今日ここにルチアが来ることを、君に教えたのは、誰でもないこの私だ。」

「それでも、盗み聞きは趣味が悪いぞ。」

 ファウストの顔は見えないが、耳の先がほんのり赤くなっているのが分かった。この人はとんでもない照れ屋なのかもしれない。

「ルチアは私のはとこでもあり、生徒だ。頼むから大事にして欲しい。」

「あんたに言われなくても大事にする。」

「ふふ。でも今度邪険にされているところを見かけたら、次は本気で奪いに行くから。」

 そう言って、バルドはウィンクをして、その場から立ち去った。
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