逆ハーエンドかと思いきや『魅了』は解けて~5年後、婚約者だった君と再会する

志熊みゅう

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謝罪と雪解け

5. 謝罪と雪解け (side アベル)

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 しばしお互いに沈黙した後、恐る恐るネモフィラに話しかけた。

「まず、リリにあの時のことを謝りたい。それとちゃんとシモンの父親になりたい。協力してくれないか?」

「この後、時間はあるか?あるなら一緒にリリの邸にシモンを送りに行こう。まあ侍女に門前払いされるかもしれんがな。」

 ネモフィラは一旦医務室に戻り、手早く手荷物をまとめて戻ってきた。シモンとラウルは騎士隊の稽古を見学していた。俺と同じ赤髪の少年にみんななんか思うことありそうだったが、特に何も聞かれなかった。赤っぽい茶色はまあまあいても、燃えるような赤毛というのは珍しいのだ。

「じゃあな坊主!」

「ラウルさまも、お大事に~。」

 一応患者さんだからな、ラウルは。

「彼女の邸には、転移魔法で行くのか?」

「いいや。制御されていない魔力があると転移位置がぶれるだろう。この子を連れてくるときは、いつも歩きにしている。」

 そう言うと、ネモフィラはシモンの手を引いて歩き始めた。正直、俺は子どもの扱いには慣れていない。家も末っ子だし、親戚に小さな子もいない。道中のシモンとの会話は探り探りだった。

「騎士さまは、お名前はなんていうの?」

 そういえばちゃんと自己紹介していなかった。

「俺はアベル ボナパルト。普段は第四騎士隊で魔獣っていうバケモノと戦っているんだ。ラウルが怪我をして離れるまでは、彼も同じ騎士隊でいっしょに戦っていたんだ。」

「ラウルさまと!じゃあアベルさまも強いんだ!魔獣ってとっても凶暴だから、とってもとっても強くないと第四騎士隊には入れないってラウルさまが言っていた。」

 シモンは目を輝かせながらそういった。ラウルの奴、話を盛って伝えているな。確かに第四騎士隊は危険な任務が多い。そのせいで一番人気がないのだ。

「そういや、シモンはなんで騎士になりたいんだ?」

「ははうえをお守りしたいんです!」

 そう言ってシモンは胸を張る。ずっと気になっていたのか、ネモフィラが口をはさんで来た。

「君の母上は十分強いと思うが?商会の方を継ぐ気はないのか?」

「…実はははうえは、夜たまに寝室で一人で泣いているんです、たぶん悪い奴にいじめられてて。ぼくはまだ小さいし弱いから、ははうえをお守りすることができない。だから強い騎士さまになりたいんです。」

「そうか。」

 そう言って、ネモフィラが難しい顔をした。俺は心の奥がずきりとした。

「…じゃあ坊主、いっぱい食べていっぱい稽古して強くならないとな。」

「はい!」

「シモンは好きな食べ物はあるか?」

「うーんと、甘いものが好きです。マドレーヌも好きだし、クッキーも好きだし、カステラも好き。」

「俺も甘いものは好きだ。マドレーヌもクッキーもカステラも。」

「でもははうえが虫歯になるからたくさんは食べちゃダメっていうんです。」

「ふふそうだな。肉や野菜もしっかり食べないと大きくなれないぞ。」

「はい!」

 丘の上の邸までは歩いて20分程だった。ネモフィラ曰く、この家はマール伯爵家の別邸らしい。白を基調とした立派な外観だった。庭は節約のためか全面芝生になっており、こういう邸にありがちな草木は植えられていなかった。

 邸では侍女のアンヌが出迎えてくれた。彼女はもともとブロワ侯爵家の侍女だった。うちの領地にもリリと遊びにきてくれて面識がある。リリが帰ってくるまでこちらでお待ちくださいと、ネモフィラと一緒に応接間に通され、紅茶を出された。リリの帰宅は予定では夕食前らしい。大人たちの話し合いということで、一旦シモンは自分の部屋に戻された。

 久しぶりに会ったアンヌは終始複雑そうな顔をしていたが、俺が謝罪したい、リリとの関係を再構築したい、シモンの父親になりたいと切に伝えると、『私はそれが一番いいと思っていました。陰ながらサポートしますね。』とニコリと笑ってくれた。静かに時が過ぎた。

 夕日が沈むくらいの時間になって、リリが帰宅してきた。予めアンヌが事情を説明してくれたらしく、応接間に現れた彼女はこの前と違って落ち着いていた。

「ネモフィー、ちょっとどういうつもり?」

「すまん、これはちょっとした不可抗力で…。」

 リリがネモフィラを一瞥してからこちらを向いた。

「それで、お話ってなんですの?」

「まず君に謝罪をしたい。すまなかった。学生時代、ロベリアの魅了にかかったのは本当に愚かだった。彼女は俺たちが喧嘩した隙をついて、忍び寄った。俺はもともと精神魔法への耐性が低い。言い訳にしか聞こえないと思うが『魅了の呪い』が強く効いてしまったのはそのためだと思う。」

「…」

「呪いが解けてからずっと後悔していた。ずっとリリに謝りたかった、申し訳なかったと。リリにとてもひどいことを言ったし、ひどい態度をとった。本当にすまなかった。」

 そう言って、頭を下げた。彼女はやっぱりなにも言わなかった。

「リリが失踪したのは妊娠したからだと聞いた。あの時、俺はリリの話を聞こうともせず、本当に本当に申し訳なかった。シモンを生んでくれてありがとう、ここまで育ててくれてありがとう。君からあの子を奪うような真似は絶対しないと約束する。…だから、俺もあの子の親になりたい。父親にならせてくれないか?」

「シモンは私の子です。私だけの子。第一、あなたは一時的な任務でこちらに派遣されていると聞きました。その任務が終わったら王都に戻るのでしょう。私にはここで商売がありますし、今後は伯父からこの領地を継ぐことを考えています。」

「こう言ってはなんだが、シモンは魔力が異様に高いし、君とは違う属性だ。学園に入るまでずっと魔力封じの腕輪をつけさせ続ける気か。既に体の方に影響が出てきているだろう。俺が近くにいれば、定期的に魔力を吸収して安定させることができるし、仮に暴走が起きたとしても止めることができる。今回の特命は派遣期間が決まっていない。任務終了後は異動届けを出してここに留まるつもりだ。あの子の父親として君に認めてもらえるように尽力する。」

「副隊長のあなたがそんな簡単に異動なんて..」

 リリは苦々しい表情を浮かべていた。言い終える前に、応接間の扉が開いた。

「やっぱり、やっぱり、アベルさまは、ちちうえなの?」

 シモンだった。気になって部屋の外で聞き耳を立てていたのだろう。うれしそうに俺の膝に飛び乗った。

「ああ、そうだ。君は俺の子だ。シモン。」

 思わず、そういってギュッと抱きしめた。俺と同じ赤毛の子。

「ははうえ!さっきね、ちちうえに魔力吸い取ってもらったの。とても体が楽になったよ!ちちうえは魔獣と闘う強い騎士さまなんだよ。ちちうえなら、ははうえのことも守ってくれるよ!だからね、だからね。」

 シモンは精一杯、離すまいと抱きついている。

「…シモン、アベル、分かったわ。今後の関わり方について協議しましょう。」

 こうして、なんとかリリにシモンの父親として認めてもらうことができた。親として新米だが今まで接してこれなかった分の愛情をこの子に注ごうと心に誓った。
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