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第一幕 断罪の夢
2. 神眼
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私が十四歳になる頃には、ユングリング侯爵家で私の未来視を疑う者はいなくなっていた。私は"夢"で何度も未来を視た。いい未来も、悪い未来も。
ある夜、大干ばつを"夢"に視た。農産物の生産高は激減し、物価は跳ね上がり、フィーラ帝国各地で一揆や反乱が続発する光景だ。
父・ユングリング侯爵に"夢"のことを報告すると、すぐに動いた。小麦を大量に備蓄し、新たな交易ルートを確保した。そして"夢"の通り、大干ばつが起こった。けれどそこから先は"夢"の通りにはならなかった。私たちの領内だけは混乱を免れ、反乱が起こらなかったのだ。
「……未来は、変えられる!」
私は確信した。マティアス殿下との未来だって、きっとこの手で変えることができる!
けれど、父は私に言った。
「マティアス殿下には、未来を教えてはならない。この力を決して他言してはならないよ。」
彼が私たちを裏切ることはさておき、皇室にこの力が知られれば、私の身がどうなるか分からない、と。そして家族は、私の未来視の正体を探り始めた。
一方、マティアス殿下との関係はすこぶる良好で、私の皇妃教育も順調だった。いつもの定期のお茶会では、先日の大干ばつについて、意見を交わした。
「エディット、ユングリング侯爵領は干ばつの被害が最小限に抑えられ、反乱もなかったと聞く。侯爵殿は、何か特別な施策を行ったのか?」
「マティアス様、今回の干ばつですが、我が領では予め小麦の備蓄と新たな交易ルートの開拓を急いでおりました。この策が今回の干ばつを最小限にできた秘訣ですわ。」
「ふむ。侯爵殿は、普段から有事に備えての用意をしているのだな。」
「そ、そうですわね。一部領地では飢饉とその後の反乱で多くの臣民の命が失われたと聞きます。今回と同じようなことが繰り返されないよう、新たな水路の開拓、穀物の備蓄、交易ルートの確保を提案致しますわ。」
一瞬、マティアス殿下の優しげな青い瞳に影が宿った気がした。いや、考えすぎか。
「――さすが、我が婚約者殿だ。陛下に進言しておく。」
マティアス殿下はそう言って微笑んだ。いつも私の提案を軽んじることなく、丁寧に聞いてくれる。家族からは口止めされているけど、マティアス殿下に"あの未来"を教えたら、一緒に対応や対策を考えてくれるのではないか。だけど冷静で賢い彼が、私の妄言を信じてくれるだろうか。――結局私は彼に"未来"を伝えることができなかった。
そうこうしているうちに、一つ年上のマティアス殿下は兄と一緒にフィーラ帝都貴族学院に入学した。学院での殿下の様子は兄が手紙で報告してくれると言った。
兄が進学し、剣の練習をするものがいなくなった庭はとても静かだ。ガゼボで本を開いていると、母が声をかけてきた。代々、銀髪に菫色の瞳を受け継ぐユングリング家の中で、ただ一人、隣国から嫁いできた母だけが茶色の髪と翡翠色の瞳を持っている。
「エディット、今いいかしら?」
「母上、どうかされましたか?」
「……落ち着いて聞いてね。あなたの"夢"のことだけど。」
「もしかして何か、分かったんですか?」
「ええ、大したことではないんだけどね。」
すると、母は大きくため息をついた。
「教えて下さい。私、小さなことでも知りたいです。」
「――エディットは、私がトヴォー王国出身なのは知っているわよね。」
「はい。トヴォー王国ユカライネン伯爵家の出身だと。」
「トヴォー王国ではね……王族や、その血を引く一部の上位貴族に、まれに"神眼"を持つ者が生まれると言われているの。」
「しんがん?」
「ええ。私もおとぎ話しか知らないんだけど、神にも例えられる力よ。一口に神眼といってもその能力は色々。ひと睨みで命を断つ瞳。心の奥底を覗き見る瞳。遥か千里の先すら見通す瞳……。王家の始祖の勇者・イリスも、一目でその本質を見極める力を使って、戦乱の世でトヴォー王国を建国したの。」
「もしかして、私の眼も……。」
「あなたは気づいていないと思うけど、未来を視ている時、あなたの瞳は金色に輝くわ。それはね、まさに神眼の特徴よ。」
「では、ユカライネン伯爵家もトヴォーの王族の縁戚なのですか?」
「いいえ。私が知っている限り、うちは王家と縁戚ではないわ。それと――"未来視"は賢者・エーヴェルトと同じ特別な力よ。」
「建国の賢者・エーヴェルト……!」
私でも知っている。勇者・イリスと並ぶトヴォー王国、建国の始祖。彼は白龍に跨る最強の軍師。未来視を使って、常に戦いを有利に進めたと、幼い時読んだ童話にもあった。
「――もしかして、力の制御の仕方が分かったらと思って、いろいろ調べたんだけど、もう千年以上昔のことで、どれも神話みたいな話で詳しくは分からないの。ごめんね、エディット。それに旦那様が言うように、必ず黙っておくのよ。この力は為政者であれば皆欲しがるものだから。」
「母上。ありがとうございます。口外はしないようにします。」
――神眼か。トヴォー王族と関係ない私に何故この力が発現したの?
ある夜、大干ばつを"夢"に視た。農産物の生産高は激減し、物価は跳ね上がり、フィーラ帝国各地で一揆や反乱が続発する光景だ。
父・ユングリング侯爵に"夢"のことを報告すると、すぐに動いた。小麦を大量に備蓄し、新たな交易ルートを確保した。そして"夢"の通り、大干ばつが起こった。けれどそこから先は"夢"の通りにはならなかった。私たちの領内だけは混乱を免れ、反乱が起こらなかったのだ。
「……未来は、変えられる!」
私は確信した。マティアス殿下との未来だって、きっとこの手で変えることができる!
けれど、父は私に言った。
「マティアス殿下には、未来を教えてはならない。この力を決して他言してはならないよ。」
彼が私たちを裏切ることはさておき、皇室にこの力が知られれば、私の身がどうなるか分からない、と。そして家族は、私の未来視の正体を探り始めた。
一方、マティアス殿下との関係はすこぶる良好で、私の皇妃教育も順調だった。いつもの定期のお茶会では、先日の大干ばつについて、意見を交わした。
「エディット、ユングリング侯爵領は干ばつの被害が最小限に抑えられ、反乱もなかったと聞く。侯爵殿は、何か特別な施策を行ったのか?」
「マティアス様、今回の干ばつですが、我が領では予め小麦の備蓄と新たな交易ルートの開拓を急いでおりました。この策が今回の干ばつを最小限にできた秘訣ですわ。」
「ふむ。侯爵殿は、普段から有事に備えての用意をしているのだな。」
「そ、そうですわね。一部領地では飢饉とその後の反乱で多くの臣民の命が失われたと聞きます。今回と同じようなことが繰り返されないよう、新たな水路の開拓、穀物の備蓄、交易ルートの確保を提案致しますわ。」
一瞬、マティアス殿下の優しげな青い瞳に影が宿った気がした。いや、考えすぎか。
「――さすが、我が婚約者殿だ。陛下に進言しておく。」
マティアス殿下はそう言って微笑んだ。いつも私の提案を軽んじることなく、丁寧に聞いてくれる。家族からは口止めされているけど、マティアス殿下に"あの未来"を教えたら、一緒に対応や対策を考えてくれるのではないか。だけど冷静で賢い彼が、私の妄言を信じてくれるだろうか。――結局私は彼に"未来"を伝えることができなかった。
そうこうしているうちに、一つ年上のマティアス殿下は兄と一緒にフィーラ帝都貴族学院に入学した。学院での殿下の様子は兄が手紙で報告してくれると言った。
兄が進学し、剣の練習をするものがいなくなった庭はとても静かだ。ガゼボで本を開いていると、母が声をかけてきた。代々、銀髪に菫色の瞳を受け継ぐユングリング家の中で、ただ一人、隣国から嫁いできた母だけが茶色の髪と翡翠色の瞳を持っている。
「エディット、今いいかしら?」
「母上、どうかされましたか?」
「……落ち着いて聞いてね。あなたの"夢"のことだけど。」
「もしかして何か、分かったんですか?」
「ええ、大したことではないんだけどね。」
すると、母は大きくため息をついた。
「教えて下さい。私、小さなことでも知りたいです。」
「――エディットは、私がトヴォー王国出身なのは知っているわよね。」
「はい。トヴォー王国ユカライネン伯爵家の出身だと。」
「トヴォー王国ではね……王族や、その血を引く一部の上位貴族に、まれに"神眼"を持つ者が生まれると言われているの。」
「しんがん?」
「ええ。私もおとぎ話しか知らないんだけど、神にも例えられる力よ。一口に神眼といってもその能力は色々。ひと睨みで命を断つ瞳。心の奥底を覗き見る瞳。遥か千里の先すら見通す瞳……。王家の始祖の勇者・イリスも、一目でその本質を見極める力を使って、戦乱の世でトヴォー王国を建国したの。」
「もしかして、私の眼も……。」
「あなたは気づいていないと思うけど、未来を視ている時、あなたの瞳は金色に輝くわ。それはね、まさに神眼の特徴よ。」
「では、ユカライネン伯爵家もトヴォーの王族の縁戚なのですか?」
「いいえ。私が知っている限り、うちは王家と縁戚ではないわ。それと――"未来視"は賢者・エーヴェルトと同じ特別な力よ。」
「建国の賢者・エーヴェルト……!」
私でも知っている。勇者・イリスと並ぶトヴォー王国、建国の始祖。彼は白龍に跨る最強の軍師。未来視を使って、常に戦いを有利に進めたと、幼い時読んだ童話にもあった。
「――もしかして、力の制御の仕方が分かったらと思って、いろいろ調べたんだけど、もう千年以上昔のことで、どれも神話みたいな話で詳しくは分からないの。ごめんね、エディット。それに旦那様が言うように、必ず黙っておくのよ。この力は為政者であれば皆欲しがるものだから。」
「母上。ありがとうございます。口外はしないようにします。」
――神眼か。トヴォー王族と関係ない私に何故この力が発現したの?
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