お稲荷さんの神隠し~死に場所を探していたら、狐の神使に攫われました

志熊みゅう

文字の大きさ
2 / 3

2. 執着

しおりを挟む
 俺は、お稲荷様の使いの狐。"穂高"という名前はお稲荷様につけてもらった。300年以上、この土地で、この稲荷神社を守っている。昔は村の人たちが皆親切で、よく油揚げや稲荷寿司をお供えしてくれた。お祭りはとってもにぎやかで、みんながどんちゃん騒ぎをしながら、飲み食いするのを楽しく見守ってきた。

 でも、段々と人が神社の周りから離れ、この辺りは"町はずれ"と呼ばれるようになった。神職もいつの間にかいなくなり、神社は荒れ放題。お稲荷様も来てくれなくなった。俺はずっとずっと一人でこの場所にいた。

 ある日、小さな女の子が神社に来るようになった。毎日お願い事をしている。家族に関する悩みがあるらしい。こんな神様も来ない廃れた神社に来てもしょうがないのに――だから同じくらい年代の少年に化けて、声をかけた。

 その子は"栞"と名乗った。あまり笑わない子だと思ったけれど、俺と話しているとケタケタとよく笑うようになった。それが、とてもかわいらしくて、その陽だまりのような笑顔に心が癒された。栞がたまに来ない日は、日が暮れるまで境内で彼女を待った。いつの間にか――彼女に依存していった。

 だから、自分の力を使って、色々なことをした。神様じゃないから、天気を変えたり、作物を育てたり、そんな大げさなことはできない。でも、眷属けんぞくの自分にも多少のことはできる。彼女のお願いとは裏腹に、彼女が孤独になるように仕向けた。学校で友達ができないように、家で家族に虐げられるように。そうすると、彼女が自分に、自分だけに懐いてくれるようになった。こんなことをしては、ダメだと思ったけれど、止められなかった。

 ――いつしか俺は人間である彼女を本気で番にしたいと思った。番にして、ずっと二人でこの神社を守りたい。

 そんな時だった。スーツを着た仰々しい人たちが、たくさん神社にやってきた。聞けば、この神社を取り壊して、森を切り崩して、新しいショッピングセンターを作るらしい。俺はゾッとした。役目を終えた神の使いは天界に帰らなければならない。そうしたら――二度と栞に会えなくなる。

 だから、意を決して、栞に俺の正体を明かして、番になって欲しい、そう打ち明けようと思った。でも高校を卒業する日、神社に訪れた栞はいつになく、神妙な顔つきをしていた。

「俺、栞に言わなきゃいけないことがある。」

「私、穂高くんに話さないといけないことがあるの。」

 俺たちは、ほぼ同時に言ったと思う。でも栞の表情をみて、栞の話をちゃんと聞かなくちゃと思った。

「穂高くん、私東京で就職が決まっているの。だから、今日でここに来るのは最後。学校は全然友達ができなかったけど、穂高くんに出会えてよかった。今まで仲良くしてくれて、本当にありがとう。」

 そんな、栞をみて何も言えなくなった。東京に行ったら俺の力は届かなくなる。たぶん栞は人間の社会で仕事をし、友達ができ、やがて恋人を作り結婚し、子を成し、家庭を築くだろう。それが一番いい。いいに決まっている。だから『頑張れ』といって見送って、『またな』って言って送り出した。きっと東京みたいに大きくて刺激的な街に出たら、こんな小さくて廃れた神社のことは、すぐに忘れる。その間に神社は取り壊されて自分は天界に戻る。もう二度と会えないだろうと思ったけれど、また会いたいという希望をこめて、無理やり作った笑顔でそういった。

 彼女が去った境内はひんやりとして、妙に静かだった。もともと一人だったはずなのに、心にぽっかり穴が開いて、日に日にその穴が広がっていくようだった。

 お稲荷様からは、もういつでも天界に戻ってきていいと言われた。天界はいいところだ。みんな穏やかに悠久の時を過ごしている。争いも餓えや憂いもない。――でも、もしかしたら栞が戻ってきてくれるんじゃないかと思って、俺は境内を離れられずにいた。

 そうこうしているうちに工事業者が来て、次々と神社を破壊していった。栞と鬼ごっこやかくれんぼをした記憶がよみがえってきて、自然と涙が零れ落ちた。

 ついに本殿が黄色い重機で取り壊された。ぐちゃぐちゃになった本殿をみて、俺はここにはいれないと悟った。本殿の破片を拾い上げて、300年の間のことを思い出した。でも色鮮やかに思い出せるのは、栞と過ごした日々だけだった。栞に会いたい、最後に一目でいいから、栞に会いたい。――そう願った。

 工事が休みの日、俺はぼーっとしながら境内があった場所に座っていた。もうがれきの山になったその場所に。ドサッと、参道の入り口近くで、変な音がした。今日は誰も来ない日のはずなのに……。おかしいなと思って近づくと、ずっとずっと会いたかった人がいた。そのまま「栞」と叫んで、抱きつきたかった。でも様子がおかしい。最後に見た時よりはるかに痩せてしまっているし、目の焦点も定まっていない。

 そのまま彼女の後をつけることにした。自分と同じようにばらばらになった境内をみて、がれきの破片を拾い上げた。そして、優しく元の場所に戻すと、森の中へと消えていった。見失わないように後を追った。

 森の奥で、栞は奇妙な行動をとり始めた。鞄から縄を取り出し、木に括り付けた。何か動物でも罠にかけるつもりなのだろうか?そして、靴を脱ぎ、丁寧にその靴を揃えた。何をやっているのか、ますますよく分からなくなった。不思議に思って彼女を凝視した。すると次の瞬間、思わぬ行動に出た。鞄を踏み台にして、輪になった縄に首をかけようとしたのだ。

「ダメだ!自分で死んだら、現世から魂が離れられなくなる。」

 俺の足が勝手に動いた。気づいた時には、彼女を縄から引きはがしていた。絶対に動けないように後ろから羽交い絞めにした。

「止めないで、離して!私は死にたいの!」

 死にたい?どうして?俺が誰なのか、分からなかったのか、栞は俺の手の中で暴れていた。

「何があったんだ?栞、落ち着け。」

 やっと気づいてくれたのか、栞がこっちを向いた。

「ほだか……くん?」

 俺は、自分がお稲荷様の使いの狐であることを明かした。もっと驚くかと思ったけど、案外素直に栞は受け入れてくれた。それから、栞の東京での生活を聞いた。栞の目から大粒の涙が零れ落ちた。東京の話をする間、栞はずっと泣いていた。栞がこんなつらい思いをするなら、東京に行くなんて、全力で止めればよかった。そして絶対に番にして、天界に連れ帰ると心に決めた。

 俺たち、神の眷属けんぞくは、人間とは違う。番は生涯たった一人だけ。番になると、栞の魂は人間の輪廻から外れる。例え家族であっても人間たちとの縁は切れるし、悠久の時を自分と一緒に過ごすことになる。この辺の説明を、本当はもっとちゃんとしなくちゃいけないのだけど、説明して栞に断られるのが怖かった。彼女が自分ではなく、自死を選んだら、彼女の魂は永遠に現世を彷徨うことになる。そうしたら番にすることもできないし、もう二度と会えなくなる。

「もう人間に戻れなくなるけど、それでもいい?」

「ねえ穂高くん、さっきまで死のうとしていた人にそれ聞く?当てもなく現世を彷徨うなら――いっそ穂高くんと一緒に行きたい。」

 そう言われて、思わず衝動が抑えられず、彼女に接吻をした。彼女は安心したように目を閉じて、静かに身を預けてくれた。でも番になるには、本当の意味での"交わり"が必要だ。さっきまで縄に手をかけ、泣き腫らした顔の彼女に、とてもそんなことは言えなかった。これ以上、傷つけたくない。でも、もう失いたくなかった。一刻も早く、彼女を天界に連れ帰りたかった。だから――少しだけ自分の力を使った。栞は意識を失った。

 やがて彼女の耳が獣耳に変わり、にょきっと尻尾も生えた。それが栞が番になった証拠だった。俺と同じ耳と尻尾が愛おしくて何度もなめた。そして、なめられてくすぐったかったのか、栞が薄く目をひらいた。

「やっと……やっと栞を自分のものに出来た。」

 うれしくて、うれしくて、本当にうれしくて、栞にそう告げた。

「あ、あれ!?私にも耳と尻尾が生えている!」

 お尻に生えた尻尾を見て、困惑した顔の栞もかわいかった。

「これで、栞もお稲荷様の眷属けんぞくの狐。立派な俺の番。」

眷属けんぞく?」

「お稲荷様のお使いってこと。日が明けたら、一緒に向こうの世界に行こう。」

「う、うん」

 胸の中の栞のぬくもりが、心にあいた大きな穴を少しずつ埋めていった。

 朝日が、天界へと続く金色の道になって、鳥居の跡から参道に差し込んだ。もう二度と離さないと心に誓い、栞の手をしっかりと握りしめて、その道を歩んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番など、今さら不要である

池家乃あひる
恋愛
前作「番など、御免こうむる」の後日談です。 任務を終え、無事に国に戻ってきたセリカ。愛しいダーリンと再会し、屋敷でお茶をしている平和な一時。 その和やかな光景を壊したのは、他でもないセリカ自身であった。 「そういえば、私の番に会ったぞ」 ※バカップルならぬバカ夫婦が、ただイチャイチャしているだけの話になります。 ※前回は恋愛要素が低かったのでヒューマンドラマで設定いたしましたが、今回はイチャついているだけなので恋愛ジャンルで登録しております。

義弟の婚約者が私の婚約者の番でした

五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」 金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。 自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。 視界の先には 私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

幸せになれると思っていた

里見知美
恋愛
18歳になったら結婚しよう、と約束をしていたのに。 ある事故から目を覚ますと、誰もが私をいないものとして扱った。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

番が1人なんて…誰が決めたの?

月樹《つき》
恋愛
私達、鳥族では大抵一夫一妻で生涯を通して同じ伴侶と協力し、子育てをしてその生涯を終える。 雌はより優秀な遺伝子を持つ雄を伴侶とし、優秀な子を育てる。社交的で美しい夫と、家庭的で慎ましい妻。 夫はその美しい羽を見せびらかし、うっとりするような美声で社交界を飛び回る。 夫は『心配しないで…僕達は唯一無二の番だよ?』と言うけれど… このお話は小説家になろう様でも掲載しております。

君が僕の番なんだと言いながらサンバカーニバル。

あかね
恋愛
獣人その他がいる日本で、番に選ばれた私。テレビのインタビューに答えたら、運悪く発見され、特定されるって何のホラー? ヒエラルキーの下層の純人なので、断れない、攫われると思ったらなんか違った。なんで! 踊るの! サンバの陽気なリズムが早朝の住宅地に鳴り響く!

番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。 そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。 お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。 愛の花シリーズ第3弾です。

処理中です...