祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄

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隠せてない

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 ディルカが動けなくなってから3日目の朝がきた。一昨日から始まった祝典も今日で終わる。

 動けないことと、背中が鈍く痛いと思うこと以外はなんの変哲もない朝だった。

 今日が過ぎれば身体は自由になるはずと、両手、両足に力を入れたが少しも持ち上がる気配はない。

「まだ無理かぁ」

 ディルカが、ガッカリした気持ちでいると──。

「ディルカ、大事ないか」

 突然、耳に馴染みの良い声が聞こえる。ミハエルの声だ。

「あ」

 カーテンの向こう側のため、ミハエルがいつからそこにいたのか気づくことができなかった。戻ってきたのだろうかと少しばかり嬉しくなる。

「驚かせてすまない。起きるところか?」
「あ、はい」

 彼のいつもと違う丁寧な物言いに、ミハエルではないかもしれないとディルカは緊張した。

 端的な話し方や口数が少ないところを考えると彼はクロかもしれないと推測する。

「カーテンを開けてもいいだろうか?」
「え? あ、はい」

 返答すればすぐにカーテンが開いた。

 そこに立っていたのは蒼の部隊の隊服を着た男だ。

 彼は顔が見えないように砂塵布で隠している。ミハエルであればディルカの前でそんな衣服を身につけるはずがない。

 やはりミハエル本人ではないのだろう。少しばかりディルカの気持ちがシュンとする。

 手慣れたようにディルカの身の回りを男は整えていくことに困惑する。

 ──ミハエルは介護のプロでも依頼したのか? 

 緊張しながら近い距離にいる男をじっと見つめる。そうしていると相手も緊張しているのだろう、スムーズだった動きがぎこちなくなった。

「ご迷惑をおかけしてすみません。あのクロさん? ミハエルを知りませんか?」
「……なぜ彼のことを聞くんだ。ただの幼馴染なのだろう?」

 クロ(?)に当然だと思っていたことを疑問に思われてディルカは目をパシパシと瞬く。

「なぜって、昨日部屋に帰ってこなかったんですよ。心配でどこで何をしているのか気になってしまって」
「心配? いい大人なのだし彼は遊び歩いているだけかもしれないだろう? それでも気になるのか?」

 ──いい大人。

 確かにそうかもしれないとディルカは思う。しかし、彼の言う正論とディルカの納得する気持ちが同じではない。

「そうですね。楽しく遊び歩いているならいいんですけど、ちゃんとご飯食べたかなとか、転んでないかなとか考えちゃうんですよね」
「……それは母親の心情……」

「そうなのかな」と、ディルカが首を捻って反芻している間にクロ(?)は両手で顔を覆っていた。

「あの大丈夫ですか?」
「……うん、大丈夫。ちょっとだけダメージが……うん、気にしないで。あ、横になって動けなかったんだから背中が痛いよね? マッサージするよ」

 そう言ってすぐに立ち直ったクロ(?)は、ディルカの両脇を持ち上げ膝の上に乗せた。

「わわっ」
「あ、驚かせてごめん! 慎重にやるから!」

 慎重に背中を優しく撫でながらディルカの痛みを取り除こうとするクロ(?)は先ほどから謝ってばかりで、やはり緊張のためかぎこちない動きでゆっくりとマッサージを始める。

 ディルカの頭をクロ(?)の胸に寄りかかっているため、男の鼓動が尋常ではないくらい速いことに気がついた。

「あのクロさん?」
「わっ?! 痛かった?! ごめん! 力が強かったかも! もう少し優しくするからっ」
「え? 大丈夫……そうじゃなくて」

 慌てて手を離して、再び壊れものを扱うように丁寧に擦りはじめるが、ディルカにとっては少しくすぐったく感じる。

 ディルカははじめ、彼をクロだと思っていた。しかし、接していると徐々に違和感を感じ、彼はクロではなくミハエルなのではないかと思い始めた。

 なぜミハエルのことをクロと呼んでも否定しないのか?とディルカが考えるとなんとなく彼の思考を理解できてしまった。

 『シグマ』のことや『花祝紋』のことを問われたくないのだろう。

『花祝紋』がシロにはあったが、同じようにクロやミハエルにもあるとは限らないし、そもそも同一人物なのか、別々の存在なのかすらわからない。

 しかも、ディルカにとってミハエルは一番近い存在でディルカを慕ってくれている弟のような存在でもある。

『花祝紋』があるのであれば、ディルカのパートナーかもしれないのだ。

 立派な大人なのにいつまでも小さい頃のミハエルとして庇護をしていたのだと気づいた。

 だから彼は『母親の心情』だと呟いたのだろう。

 それならば、ミハエルをひとりの大人として接するしかない。

 大人として扱うなら、無理やり聞き出すわけにもいかないだろうと『ミハエルが話してくれるのを待つ』ことに決めた。

「今日もディルカは可愛いな」
「は?」

 頭上からミハエルのいつもの戯言が聞こえてきて、なぜかディルカはホッとしたような気持ちになる。やはりこの男はミハエル本人なのだ。

 なぜ蒼の部隊に所属しているのかディルカにはわからないがこの件も話してくれることを待つしかない。

 ミハエルは変なところで頑固なのだと知っているからである。

 ディルカとしては、ミハエルがあくまでもクロとしてここにいるというのであれば、クロとして接するしかない。

「ゴホン、ゴホン。このあとシロと交代するがディルカに危害を加えないよう、触れないように言いつけてあるので怖がらなくていい」

 誤魔化すように咳をするミハエルの言葉に疑問が湧いた。

「シロさんを怖がる?」

 シロをそういった意味で怖がった覚えはないが、危うく玩具を入れられそうになって焦った記憶ならある。

 ミハエルの言葉を信じるのであればシロという存在は別にするらしい。

「特殊な性癖が彼にはあるし、玩具を使われたくはないだろう?」
「あ、まぁ、そうですね……アレ、魔導具で造られているんですよね」
「そうだが興味あるのか?」
「えっ? 魔導具ですからね。仕事柄どうやって作動してどういう動きをするのか、中はどうなっているのかなと興味があります。一部の魔導具は高級だから壊れない限り中を覗くことはなかなかないんですよね。それにアレの解析なんて一度もしたことがなくて……あ、だからといって僕が使いたいわけじゃありませんから!」

 複雑な雰囲気を醸し出すミハエルに気づき言葉を切った。

「へ、へぇ、試したいなら借りてくるが……?」
「使いません! 使いませんからね?!」

 恥ずかしくなって顔が赤くなりそうになり、ディルカは顔をミハエルから背けた。

「かわっ……! いや、俺はディルカが使っているところは見たぃ、ではなくて……疲れるよな、横になるか?」
「いえ、ソファで今日は過ごそうと思います。横になっているのも疲れちゃったんですよ。それにもしかしたら、動けるようになるかもしれないですからね。いろいろとありがとうございました」
「そうか。わかった」

 そう言うと、ミハエルの行動は素早かった。

 ソファに連れてきたディルカを倒れないようにとクッションを左右に詰め込む。

 気づけばディルカを囲うようにしてたくさんのクッションが配置されることとなった。

 そして手慣れたようにディルカの額にキスをひとつ落とす。

「何かあればシグマを呼べ」

 呆気にとられるディルカにミハエルは去っていった。

「行動がいつものミハエルと一緒じゃないか。……隠してるつもりなのかな」

 キスを落とされ額が熱を持ち、その熱が顔中にまで広がる気がした。
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