ヘタレな師団長様は麗しの花をひっそり愛でる

野犬 猫兄

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ベルサス(8):リズウェンside

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 家に戻ってきてから、途中で購入した夕飯をリルやルストも混じえて賑やかに食事を囲み、食べ終わるとすぐに二人はどこかへ行ってしまった。

 ベルサスが元に戻ったことで、護衛は不必要と感じたのかどうかはわからないが、この家に今はいない。

 だから、ゆっくりと二人の時間があるわけで、リビングルームのソファーで寛いでいるところだった。

「ベルは変装をとかないんですか?」

「あぁ、別人みたいだろ? サラにはバレたけど、普通はバレないと思うんだ。面白いからもう少し変装しておこうと思って」

 そう言って、手鏡を見ながら前髪を弄ったり、眼鏡をかけ直してみたりと本当に楽しそうだ。普段の方が好きだが、本人が気に入っているなら、何も言うことはない。

「それよりこれ!」

 ベルサスが手に持っているのは、見慣れない小瓶だ。中には無色透明の液体が入っている。

「例の媚薬ですか?」

 不機嫌そうな声音が出てしまったが許してもらいたい。

 何度も言うが、いい思い出はないのだ。

 今晩使うと言っていたが、本当に使うようだ。

 小さな瓶に入った媚薬は、少し舐めただけでも効果が強いものが多い。

 いきなり隣に座っていた私をひょいと持ち上げられる。

 そのまま、膝を割開かれ、ベルサスと対面抱っこという恥ずかしい格好をさせられた。

「?!?!」

「二人分だから、半分こ」

 そう言うが早いか、その媚薬を口に含み、そのまま顔を近づけてくる。

 ──量が多いのでは?

 という言葉は唇ごと奪われた。

 口づけられると、ねろりと舌を差し入れられ、とろりとした液体がベルサスの口から流し込まれる。

「んっ」

 喉を焼くような甘ったるい液体が口の中に広がり、それをこくりと飲みくだす。

 息付く暇もなく、口内を存分に舐め回され、かき混ぜられた。

 媚薬は今飲み込んだばかりで効くはずはないのに腰が抜けそうになる。

 この媚薬を飲めば今後どんな媚薬を飲んでも、強制的に発情しないという効果があると説明されている。

 ぺろぺろと私の唇を舐めるベルは、ベルこそが媚薬なのではないかというくらい甘ったるい声音で囁く。

「リズ、好きだ。愛している。全部食べてしまいたい」

「私も……ですよ」

 先ほどから、早鐘のように打ち続けているので、これ以上早くなると心臓が持たないのではないだろうかと心配になる。

 ソファーに腰を掛けた愛しい人の膝の上で、キスをされ抱きしめられ、まだかまだかと媚薬の効果が現れるのを心待ちにしながら、背中を撫でられているのだから当然だろう。

 だんだんとベルサスの手の動きが不埒なものに変わってきている。

「んっ、はぁっ、……ベルは飲まないんですか?」

 ベルサスの触れてくる場所が熱を持ち、すでに足腰が萎えてしまっている。

「今日はリズを可愛がるから俺はいいんだ」

 「少し口に残っているし」と、甘く見つめてくるベルサスはとても嬉しそうで、見ているこちらまで幸せな気持ちになる。

 しかも、可愛がってくれるらしい。

「~~~っ」

「はは、リズ真っ赤だ」

 揶揄うベルサスに、照れてしまって顔を見ることができなくなってしまった。

 胸が痛いくらいにドキドキする。

「このままソファーにいる? それともベッドにいく?」

「ベルのお好きなように」

 そんなこと聞かないで欲しい。ベルサスとひとつになるのかもしれないと思うだけで、そわそわと落ち着きがなくなってしまう。

 どうにかなってしまいそうで、彼の肩に顔を擦り寄せ落ち着かせようとした。

 腹の底がずくりと重くなる。撫でられる背中がくすぐったい。

 媚薬の効果が出てきたのかもしれない。

「リズが可愛すぎてどうしていいかわからないっ!」

 ぎゅぅと、抱きしめる力が強くなった。

「んぁっ」

 快感に身体を震わせる。

 感覚が鋭敏になりはじめたらしく、肌に触れる服がとても煩わしい。

 緩やかに火照りだした身体はナカまで変えていき、受け入れようと疼いているようにも思える。

「リズから甘くていい匂いがする」

 ベルサスがうっとりとした声音で耳元をくすぐる。人を誘う匂いでも出すような媚薬なのだろうか。

 すんっと匂いを嗅がれたかと思うと、耳朶を口に含まれる。くちゅりと音がした。あまりの気持ちよさに身体の芯から震える。

「ん、はぁ……ふぁっ」

 鼻から抜けるような甘い声が喉からでて、羞恥に死ねるのではないかと身悶えする。

 痺れるように張りつめているものを、知らずにベルサスの腹に擦り付けていたらしく、ベルサスが恥ずかしそうに身じろぎした。

 それに気づいてそっと身体を離すと、腰を押し付けられ硬いものが布越しで触れ合う。

 自分だけではないことに、ホッとする。

 しかし、撫でられる背中は擽ったさを超えて快感が襲ってくるようになり、もはや拷問に近い。

 ベルサスの手のひらから気持ちよさを拾うようになり身体が跳ねる。

 こんな気持ちにしてくれるのは、ベルサスにしかできないことだ。

「んっ、ベル、好きです」

「俺もっ、リズが大好きだ!」

 感極まったように瞳を潤ませるベルサスに、心の底から愛おしさが溢れだす。

 ベルサスは離れ難いと言うように口づけを顔中にいくつも落としていく。

 多幸感を感じながら目を閉じていると、ぐるりと身体を反転させられて、一人でソファーに座ることになった。

「???」

 目を開けば、心苦しそうな表情をしたベルサスが思いがけない一言を放った。

「……少し外に出てくる」

 まさかの放置に唖然とする。

「は?」

 こんな状態の私を置いてどこへ行くというのか。

 リルもルストもいない不自然さは最初から感じていた。

 気を利かせてはずしてくれていた訳ではないらしい。なんとなくわかっていただけに寂しさが募る。

「リズ、ごめんっ!」

 ベルサスが額や頬にキスを降らせてきて、行きたくなさそうにしていることが、未だに離れていかない腕でわかる。

 動くと変な声が喉の奥から溢れてきそうで歯を食いしばり堪える。

 抱きしめられていた身体を離されると、とても心細くなった。

 変装を施した姿のまま着替えはじめる。あの時のようにチェーンメイルを着込むベルサスを潤んでいく視界で捉える。

 また、置いていかれるのか。

 今の自分ではベルサスを守ることはおろか、足を引っ張るだけになってしまう。

 師団の印章が入っていない漆黒のサーコートを纏うのを、ソファーの背凭れにしがみつきながら、恨めしそうにベルサスを見ることしかできない。

 身体は疼き燃えるように熱いのに、心の中は冷えていく。

「ごめんね」

 眉尻を下げて謝るベルサスは、いつもの優しいベルサスだ。

 それなのに全身で拒絶をされているように感じる。

 彼は自分自身を狙いに来る暗殺者を相手に戦いに向かおうとしているのだ。


 ──こんなものを飲ませて、一人で戦おうとするなんて卑怯です! 共にありたいのに!


 そんな風に言ってしまいたい気持ちに蓋をする。

 今は幼くなったと思われているベルサスの命を狙う絶好の機会だと思われているはずだ。

 それはアンシェント王国を守護する要として狙うのか、王位を巡り狙うのか。

「ベル……帰ってきたら、わかって……いますよね」

 すぐに帰って続きをと強請れば、ベルサスの頬がポッと桃色に染る。

「すぐっ! すぐに戻ってくるからぁッ!」

 泣きながらベルサスは家を飛び出して行った。



 こちらが泣きたい。



 お互い想いあっているはずなのに、相談もせずに行ってしまうなんて、どうしようもない人を好きになったものだと思う。

 このグズグズに燻る熱をどうにかしたいが、相手はとうにこの家から出ていってしまった。

 媚薬を盛られ何度も乗り越えてきた道だ。

 ひたすら耐えるしかない。

 そうは思っても、やはりというか、泣きたくなった。
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