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【幕間】ある男の末路

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 簡単な仕事のはずだった。



 アンシェント王国に向かう経路はいくつかある。目立たないように行動するならと、林を経由するこの経路で向かうことになった。

 とにかく単独行動が多い暗殺業で、このような大所帯で行動をするなど本来はありえない。

 一気に叩きたいと言うことなのだろうが、一網打尽にされるリスクもあるのではないかと不安がよぎる。

 ここに集まっているのは、仕える主がいない暗殺者たちだ。

 使う側としては、後腐れがなく、使い勝手がいいと思われているのだろう。

 むしろ、一人に対して、この人数は異常ではないかと思っていたに違いない。



 それなのにどうだ。



 待ち受けていた男を前に、誰一人として先に進むことができない。

 いや、目の前の男こそ目的の人物なのか。

 それさえも、わからず情報が錯綜していることを知る。



 月明かりに照らされた男の足下からは、夜の闇よりも黒く深い霧が立ち込めていた。

 その黒い霧はゆらゆらと人の形を成しては、解きを繰り返しているように見える。

 深淵から今まさに浮かび上がった死神のようで、その場にいるものすべてに恐怖を植え付けていた。


 あれが噂に聞く『絶影』であろう。



 しかし、提供された情報では金色の髪の男が操るもので、今は精神が退行し戦闘不能という話だったはずだ。



 それでは、この男はなんだと言うのか。



 黒い霧が徐々に形作った姿は、闇夜に溶けるような漆黒の服に身を包んだ背の高い男だ。

 茶色い髪に丸い眼鏡をかけており、手には黒い剣をだらりと下げている。

 眼鏡の奥から見える視線は鋭利で、こちらの気配を隙なく窺っているのがわかった。



 一触即発。



 その鋭い眼差しは、我々をすべて把握しているぞと脅しているようにもとれる。

 名の知れた暗殺者が寄せ集められ、帝国が莫大な資金を提供し、割のいい仕事だと唆されて請けた依頼だ。 



 簡単な仕事のはずだったのだ。



 まただ。

 男が動いたかと思うと誰かが消えていく。

 剣の一振さえ見えない。

 金に目が眩んだのが運の尽きだったのだろうか。

 『絶影』を使えるのは一人ではなかったのだ。

 情報に踊らされ、こんなふざけた仕事に参加するのではなかった。



 これでは割に合わない。



 暗殺業など、己が生きているからこその仕事だ。

 撤退の二文字しか選択の余地がないことに気づく。

 その間にも周りにいた同業者が声もなく消えていく。

 男の『絶影』に生きた証さえ残すのは烏滸がましいと消されていく。

 遠目だからと油断していた訳では無いが、踵を返そうとした瞬間、男の視線が合った。



 ぶわっと全身が総毛立つ。



 男の眼鏡の奥の瞳が茶色ではなく碧い氷のようだと気づき膝がガクガクと震えだす。

 圧倒的な強者のそれに、身体を動かすことはおろか呼吸をすることさえ、もはや不可能だった。

 この男は、古に存在する悪魔のような存在だ。



 何もかもを消していく。



 音もなく手練た暗殺者のような身のこなしで、迫り来る男を止める手段など我々は持ち合わせていない。

 黒い霧に包まれた剣が頭上にゆっくりと掲げられるように見える。

 避けることも、声を出すこともできない。

 黒い霧は威嚇するように範囲を拡げた。



「俺と敵対したことを恨め」



 冷えきった瞳の男がそう呟く。

 暗闇の幕が下りたのを消えゆく指先で知った。
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