鬼の宴

スメラギ

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葉月之書

1.何を考えてるのか分からない男。

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 「あっ…は、葉月!」
 「ん~?なーに?」
 「んっ…マジでヤんの?」
 「ここまで来て冗談キツいでしょ?」
 「ひゃっ…ま、待って!」
 「いやいや、じゅーぶん待ったから。」
 「やっ…んんっ…」
 「漸く番えるんだから…少し黙ってて…痛いのは嫌でしょ?」
 「っ…」
 「フフ…良い子だね。」
 
 有無を言わせぬ威圧感を放ち、独特な喋り方で上に伸し掛かってくるこの鬼との出会いは10年前だった。





 咲島さきじま  るい。これが俺の名前…女みたいで嫌だった。ただでさえ男のΩオメガであり周囲から敬遠されているのに…

 ちなみに今年で18歳。発情期でも抑制剤よくせいざいを服用していれば、十分に周りのαアルファをフェロモンで誘惑する事なく私生活が出来る。バイトも休んだ事がない。
 その事実で『出来損ないのΩオメガ』というレッテルを貼られている。
 こっちからすれば『好きに言ってろカスどもが!』である。

 実の両親は遠の昔に他界しており、親戚を盥回たらいまわしにされた俺の性格はスレにスレているという自覚はある。
 中層βベータの家系だったらしい俺の両親と親戚どもに経済力がそんなにあるわけもなく「穀潰ごくつぶしは要らない」と家を追い出され続けた。

 高校に上がった時に居候していた家の親戚の奴らは、俺がバイトを始めると家賃だ光熱費だと何だかんだ理由を付けて俺が稼いだバイト代の殆んどを取り上げていた。

 そして、自分たちの娯楽に使っていたのだ。いつか、こんな所なんて出ていってやる!と手元に残った少ないお金をバレないように貯めに貯めて漸くあの家から飛び出したのだ。

 ちなみに高校は奨学金を借りた。卒業後、地元を離れるためにバイトも止めた。
あの家の者どもは止めはしなかった。それで良い。連絡先も全て絶ってあるし、元々戸籍にも入っていない。
 俺の籍だけ浮いていた状態だった。未練もない…寧ろ解放感しかない。

 万一の事があったとしても、あの浪費癖のある一家が俺を見つけるために探偵なんか雇えるなんて考えられない。
 金がない事は俺が一番知っている。
 その癖、プライドだけは一級品。『穀潰しのΩオメガ』だと思っている俺があの家の家計を支えていた事にも気づかないくらいだから…幸せな奴らである。

 今後、破滅していく様を見れないのは残念だが、近くに居ると『育ててやった恩を返せ』と訳の分からない事をほざいて金の無心に来る事が容易く想像できた。

 もう、あんなクソどもにお金を使ってやる義理はないし…家事やバイト代なんかで十分、恩返しとやらもした。と思う。

 今後は自分の為に使ってやる!と意気込んでいる。
 奨学金も返さないとダメだし…進学なんて出来なかった。
 まぁ、それは良い…

 飛び出したのは良いけど…家がなく、貯金を切り崩しながらネカフェで寝泊まりし、住むところを探しながらバイトも探していた。

 でも、何故か・・・相手にしてもらえず、困り果てて新天地を彷徨うろついているそんな時にアイツと出会った…

 「あれ?珍しいね。人間・・Ωオメガがこんなところに居るなんて…」

 軽い口調と雰囲気とは裏腹に何かただならぬものを感じた俺は警戒する。
 その事が分かったのか相手は食えない笑みを深くして面白そうに俺を観察している。

 「フフ…良いね。警戒してるのまるわかりで可愛いね。懐かない猫みたいだよ」なんて失礼な事まで言いやがる。
 睨み付けるとおかしそうに笑っているが…目の奥は笑っていない…

 「ま、何でも良いけど―…こんなところで何してるの?上層の鬼・・・・の居住区だよ?」と首を傾げている。この腹立つくらいに顔の整った男は聞き慣れない単語を吐き出した。

 「鬼?」
 「そ、鬼。え…知らずにここまで来たの?」
 「居住区だとは知らなかったけど…鬼が居るのは噂程度に知ってはいた。…………あんた、鬼なの?」
 「フフ…どう見える?」
 「………………」

 それは恐らく工程の意味だ。俺がジッと見ていると男の纏う雰囲気が変わった。そして、同じ質問を繰り返した。
 まるで、何度も言わせんな。という風にも聞こえた。
 それと同時にこれが最後だとでも言う風にも聞こえる。

 恐らく、意味を履き違え選択肢をミスったら俺は消される…そう理解した。
 それほどまでにこの場所居住区は重要な場所らしい…

 「ねぇ、こんなところで、何してるの?」
 「………はぁ…実は―…」

 仕方ないので、せめてもの抵抗で溜め息を盛大に着くと事の経緯を説明した。これは俺の精一杯の強がり。

 男は何を考えているのか分からなかったが、真意を推し測ろうとしている事だけは分かった。
 嘘、偽りは話していないので、俺も男を見つめる。

 「ふーん…そっか…この辺りでバイトを探している人間の少年・・・・・っていうのも君だね。」なんて最初から分かっていたかのような物言いに俺の口からは戸惑ったような声が出た。
 「え…」
 「あ~、俺この辺りに知り合い多いから情報が逸早く入るんだよね。でも、大変だったでしょ?鬼の関係者じゃないから…お仕事見つからなくて」
 「あー…そういう事か」と腑に落ちた時だった。男の笑みが深くなったのは…
 「君って変な子だね…ま、鬼に関してもほぼ無知っぽいから教えてあげるよ。ついてきて…」

 そう言って案内されたのは至って普通なアパート…その場所に似つかわしくないこの男と凄く似合っている俺…
 言われるがまま案内されて中に入ると、あからさまに溜め息を着かれた…
 言いたい事は分かる。『警戒心が強いのか弱いのか分からない』だろう。

 「素直に着いて来すぎでしょ…悪い鬼ならペット奴隷にされてるよ?」と『呆れてます。』というのを全面的に出しているが―…
 「あんたも似たようなものなんじゃないの?」というと侵害だと言わんばかりに大袈裟に肩をすくめてみせた。

 「ま、行くとこないなら俺が面倒見てあげるよ。その家に戻りたくないんでしょ?」
 「戻りたくない…けど、あんたには何のメリットもないと思うけど?」
 「フフ…まぁそうだね。俺の暇潰しに付き合ってくれれば良いから」
 「暇潰し?」
 「そ、暇潰し。仕事も紹介してあげるよ。部屋はここを貸してあげるから。備え付けの物は好きに使ってくれて良いよ。あぁ、でも、光熱費や食費は自己負担でヨロシクね~」
 「え…マジで言ってんの!?それは願ったりだけどさ!」
 「うん。マジだよ。家賃とかは要らないから…仕事以外のプライベートで俺の暇潰しに付き合うって言うのが条件だけどね~」
 「それって…いかがわしい事?」
 「俺をそんな目で見てたの?」
 「いやいや、悪い鬼ならのくだりでそうなのかなって…」
 「流石にないわ。初対面の身体とか興味ないし。よく知らないΩオメガとか抱く気にならないから…」

 自意識過剰でしょ…なんて笑っているが―…
 やかましいんだよ!お前が「悪い鬼が―…」とか言ったんだろうが!と青筋立ててたら凄くおかしそうに笑っている男と目があった。

 「顔に出すぎだよ~少しからかっただけでしょーが…」
 「あんたは初対面にからかわれて、イラつかないの?」
 「初対面にからかわれる?フフ…そんな奴がいたら潰してるよ。」

 なんて食えない笑みを浮かべている。なんて自分勝手な奴だ!「なら、俺もからかうなよ」と言えば、暇潰しみたいなものだからと笑う。
 既にコイツの暇潰しは始まっているようだ。

 「あぁ、そうそう…家事はどれくらいするの?」
 「普通。」
 「普通って?」
 「自炊もするし、洗濯もしたりとか、後、掃除もするけど?日常的な家事なら普通にする。」
 「ふーん。そっか…なら、問題ないかな…今月だけは俺がお金、出してあげるよ。貸しってことで、ね?」
 「『ね?』じゃないし…大丈夫だし…仕事とか住居を提供してもらっただけありがたいし…」
 「結構、殊勝だねぇ。アレとは大違いだ。」

 なんて言いながら俺にこの家のスペアキーを手渡してきた。しかも、カード…
 思わず固まっていると目の前の男はクスクスと笑った。

 「カードキー…知ってるでしょ?」
 「ホテルとかでなら見たことある。」

 普通に突っ込んで回す鍵しか知らなかった…
 俺が知る一般的なアパートよりグレードが高いのだろう。大丈夫かな俺……

 「…………まぁ、これから慣れれば良いから…オートロックだから気を付けてね。」

 念のためにコレも渡しておくよ。と渡されたのは端末…俗に言うスマホと言うやつで…
 驚いて手に持っていろんな角度から見ていると…ソッと肩に手を置かれた。

 「おい、何だよ。凄く憐れむようなその目は…」
 「いやいや、だっておもちゃを貰った子どもみたいだったんだから仕方ないでしょ。ちょーっと可愛かったけど…」

 「かっ!?可愛いとか言うな!」と思わず、この男の足を踏んづけてしまった。
 「酷いじゃない。照れ隠しが過激すぎるよ」なんて肩を竦めている。どうやら気分を害する事はなかったようで、取り敢えず安心した。

 「で?コレどう使うの?」
 「……………1から教えてあげるよ。」

 心配しないで。俺がちゃーんと、一人前にしてあげるからね。なんて言ってきたので、顔を盛大にしかめてやった。
 そんな俺を気にする事なく。丁寧に教えてくれた。感謝しかない。

 「ちなみにアレが僕の住居ね。」と指差したのは超高層マンション…タワマンともいう…
 「えっ…マジで…」と言葉を失っていると…

 「訳あって、家には上げれないから。このスマホで呼び出してよ。気分が乗ったら来てあげるからね~」
 「普通に来いよ…」
 「ジョークだよ。ジョーク!……必ず来てあげるよ、多分ね。」

 もう、本当に何なのコイツ…

 「俺の知り合いとか近辺には話を通しておくから、悪いようにはされないでしょ…」まぁ、そんな事したら潰すけど。なんて不穏な言葉を聞いた気がする…

 名前を聞けば…葉月はづきと名乗った。苗字は口にしたくないらしい…
 本当に嫌そうだったのでしつこく追及するのは止めた。気分を害して消されたら堪らない…

 気を取り直して俺も名乗ろうとしたら………

 「知ってるよ。咲島さきじま  るいでしょ?中層出身のβベータの家系に生まれたけど、両親は他界して、親戚を盥回しにされた男のΩオメガ…」

 と言われて背中に嫌な汗が流れた。
 さっきの俺の説明は「家事を押し付けてきて怠惰に過ごし、バイト代を搾取さくしゅするだけの親戚どもに嫌気が差して、貯金も貯まったから家を飛び出してきた。」だった。
 親戚を盥回しにされた経緯なんて話してないし、他界している両親の事すらも喋ってない。名前すら名乗らなかった。
 俺が言葉を失っていると、葉月という男は特に気にした様子もなく、さも当然のように言葉を続けた。

 「フフ…驚いた?簡単な事だよ。ここら辺を彷徨いている時点で俺の耳には入ってくるし、怪しかったら調べるのは当然だと思うけど?」
 「…………確かにそうだけど……」
 「ま、俺の情報網は凄いって事で覚えといてよ。君なら格安で情報収集してあげるよ」
 「金、取んのかよ」
 「フフ…」

 この葉月という男は鬼の頂点である『神木かみき』という鬼の庇護鬼をやっているらしい…
 あの超高層マンションの最上階に『神木かみき』は住んでいるらしい。

 その3階下…47階が葉月の住居なんだと……





 あれから月日が経ち、俺はこのアパートに暮らしている。紹介された就職先にもしっかり勤務している。最近、バイトから正社員に昇進した。

 ブラック企業じゃなくて安心した。
 残業なしの有給あり。週休2日制で祝日も休み。病気や怪我で休んだら、有給で休める上に、有給とは別に手当てもつく。
 鬼や伴侶はんりょに配慮した企業らしい。
 発情期の前後5日間、計15日間の有給休暇があるんだ。発情期だからって心配要らないようで安心したけど…

 俺は抑制剤を服用しておけば普通に勤務できる…しかし、それは許されなかった。
 仕方ないので怠惰な15日間を過ごしている。

 驚いた事に、発情期の時は葉月が居座るのだ。大丈夫だと言っても「念には念を入れておかないと。」という事らしい…
 なので、発情期の期間は一切外に出れない。葉月に世話をされる何とも言えない状況にある。

 しかも、勤務先の代表取締役兼社長が葉月だというのに驚いたのも懐かしい記憶として残っている。

 そして、葉月は思っていたよりも凄い奴で、凄い数の鬼たちにかしずかれている。
 切れ長のタレ目に王子様のような甘いフェイス、穏やかそうで優しそうな雰囲気に騙されてはいけない…
 一見、物腰柔らかそうに見えるが、全くそんな事はない。
 敵とか使えないと思った奴にはまるで容赦がなかった。

 その鬼の紹介である俺は最初はかなり距離を置かれていた。
 女のΩオメガや女のβベータには妬みや嫉みで嫌がらせを受けたりもしたが…

 そんなの俺からすれば可愛い物…我関せずを貫き通した。
 気にする事でもなかったし…
 まぁ、でも…仕事の事で嫌がらせを受けた場合は上司に相談した。

 必要書類を捨てられたりだとか、締め切り間近まで仕事が回ってこなかったりとかの場合だけど…あれは本当に困ったね…

 顔を真っ青にしたり、血相を変えたりと忙しなかったが…即対処してもらえたのはありがたかった。
 なので、俺的には大きな問題にもならなかった。
 翌日その女性社員が遠方に左遷させんされた事も多々あった。
 お陰で長引く事もなく直ぐに平穏な日常になった。

 葉月といえば…あの条件通り、休みの日には寝てようが起きてようがお構い無く押し掛けてきて、俺の休みを潰していく…

 ある時は寝ている俺をムリヤリ起こして拉致る。
 もしくは寝ている俺をそのまま拉致って、目覚めたら目的地だったりもした……
 それで起きない俺も凄いと思うが…

 いろいろと思い返していたらガチャっと玄関の扉が開いた。確認するまでもない…葉月以外ありえないからだ。

 迷う事なく真っ直ぐにこちらに足音が向かってくる。遠慮なく開け放たれた扉。

 「珍しいね。起きてたんだ~」と聞かない日はなかった声が耳に飛び込んでくる。
 「まぁね…」

 ギシっとベッドのスプリングが軋み葉月が俺の近くに座った。何か疲れているようにも見えるが…一体何があったんだ?

 「何か疲れてる?」
 「フフ…ま、いろいろとあったからね。」
 「ふーん。それって…前に話してたあんたのつがいの事?」
 「それ聞いちゃうんだ…俺の機嫌が悪かったら例え累でも締め上げてるよ」

 何てゾッとする笑みを浮かべている。どうやら、少し気分を害してしまったらしい。

 「ま、言いたくないなら別に良いけど…」
 「そ、ならもうあの女・・・の話はしないでね。俺はまだお前を壊したくないからね…」
 「…………」
 「そんなに怯えられると―…押し倒したくなっちゃうでしょ?」

 なんて凄いイケボイケメンボイスで囁きかけてくるから俺の顔が真っ赤になった自覚がある。
 コイツ確信犯だろ……

 「なっ…何言ってんの!?頭湧いてんのか!?」
 「ちょっと酷くない?」
 「お前の性癖よりマシだろ!」
 「いやいや、誰でも彼でも『怯えてる』から興奮する訳じゃないからね」
 
 誤解しないように!と言ってクスクス笑っている葉月はいつもの調子に戻ったらしい。


 
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