3 / 30
1章 怪異は放課後に訪れる
そしてまた放課後がやってくる
しおりを挟む
放課後の教室は“彼ら”が獲物を物色するのに最適な箱庭だ、とは真咲先輩の忠告だ。ようやく彼から解放された僕は、部室を出て一度も振り返らずに教室へ戻った。慌ただしくカバンに教科書を突っ込んで昇降口を出る。カバンに呪いの本を入れることも忘れずに。何故かというと
「怪異を無下に扱ってはいけない」
これも真咲先輩がくれた忠告の一つだ。そして、いくら僕が「本を捨てたり燃やしたりしても必ず本は君の所へ戻ってくるだろう」という。いやいや、燃やすだなんてそれこそ祟られるんじゃないかだろうか。
祟り。僕はオカルトに興味はないし信じもしないけど「もしも」ということもある。それに確信めいた真咲先輩の言葉。学校を出た後も、僕は彼の言葉を繰り返し思い出していた。
「僕たちは毎日のように不可解な事件に遭遇しているんだ。まぁ、連中もあの手この手で趣向を変えてくるから飽きないけどね」
こんなことが年中行事だなんて冗談じゃない。でも、それは裏を返すと”クラブのメンバーは降りかかってくる怪異を退けて生き延びている”ということにならないか? 真咲先輩の言葉を信じるなら、彼らは日替わりメニュー感覚で怪異に出遭っているのに無事なのだから。思い出してみれば、真咲先輩が「三日後に死ぬ」なんて言葉を「明日は雨になる」くらいの感覚で言っていた辺り、死の呪いを振りまく怪異も珍しくないのだろう。
そして、それでも彼が笑っていられるのは、何か対策があるからじゃないか? ひょっとしたら怪異をやっつけることだってできるのかもしれない。
だとしたら、確かに僕はまたあの場所へ行く。薄暗がりで人の寄り付かない寂しいあの場所、怪異体験クラブの部室へ――。
あくる日の放課後、僕は四階の北校舎へ向かった。今日も部活をやっているかどうか分からなかったけど部室のドアは開いていた。
「お疲れ様」
部室にいたのは真咲先輩、浅場先輩、金髪の男子生徒――彼は三年生の神木先輩というらしい――の三人だったが、僕に声を掛けたのは真咲先輩だけだった。
浅場先輩は資料を広げて調べものをしているようで、神木先輩は椅子にどっかと座って居眠りしていた。真咲先輩は机の上で手を組むと、その上に細い顎を乗せて僕に聞いた。
「さて、君の感想を聞いてもいいかな?」
「なんてことない……よくある冒険ものでしたよ」
昨日、部室を出ようした僕に真咲先輩が出した宿題は「呪いの本を読んでくること」だった。呪いの本なんて読んで平気なんだろうか……? 実際、なんの問題も無かった。そして意外なことに本の内容はごくごく普通だった。「亡くなった両親の部屋から宝の地図を見つけた少年が、親友たちと旅に出る」という王道――ありふれたお話だった。
だから不思議だ。本の中身だけ見れば、とても“呪われた本”には思えない。そのいわくさえ知らなければただの名もなき冒険譚。僕はてっきり番町皿屋敷みたいな、誰かが裏切られて化けて出るだの復讐するだの、そういうおどろおどろしい話を想像していた。あるいは誰かへの恨みつらみを書き連ねた日記帳とか。先輩は僕の感想にうなずきながら尋ねる。
「作者について何か分かったことはあるかい?」
「全然。検索しましたけど関係ありそうなものは出てきませんでした」
無名の作家だったのか、作者の名前や本のタイトルでネットを検索しても何もヒットしなかった。絶版になっているんだろうか。
「それはそうだろうね」
真咲先輩は楽しそうに言った。まるで検索しても意味がないことを知っていたように。
「本を裏返してごらん」
そう言われて素直に本の裏を見た。昨日は突然のことで、「三日後に死ぬ」という呪いのことで頭がいっぱいだった。だから気づかなかった。なんだ、この本……?
「値段やコードが書いてない……」
「ネットや本屋で売られる本には必ずISBNというコードがあるはずだよ」
書店で本を買うことがほとんどないから忘れていたということもあるけど……この本の裏にはバーコードやISBNがないのだ。
「じゃあ、この本は非売品なんですか?」
だとすると厄介なことになったんじゃないか? これが自費出版とか同人誌とかいうやつなら、作者のことを知るのなんて無理だろう。本の奥付には昭和五十八年九月と書いてある。そんな大昔に書かれた趣味の本から、見知らぬ人を訪ねるなんて不可能に近い。
「浅場くん」
真咲先輩に呼ばれて浅場先輩は短く返事をした。そして、今僕に気づいたというように顔を上げると小さく会釈をしてくれた。
「この本の作者……西沢かなえというそうだ。この学校の卒業生に、そういう名前の生徒はいるかな?」
「いえ、昨日のうちに確認しましたが該当者はいません」
浅場先輩は一体どうやって調べたんだ。そういうのは個人情報だし、先生から聞いたりするのも無理だと思うけど……。
よほど僕が怪訝そうな顔をしていたのか(結構顔に出るタイプなのかもしれない)、真咲先輩が解説を入れてくれた。
「浅場くんは新聞部の部長と仲がいいんだ。新聞部には一期生の分から毎年の卒業アルバムが保管されている。学校から保管を許されている資料を使って調べるのだから、問題ないだろう?」
ふうん。怪異体験クラブだなんて(失礼だけど)いかがわしい名前の同好会なのに、意外なツテがあるんだな。浅場先輩の向かいで寝こけている金髪の神木先輩にも、そういう人脈とかあったりするんだろうか?
ふと、昨日部室に集まっていたメンバーの顔を思い出す。一見何の集まりか分からない、てんで見た目も性格もバラバラな人たちだったけど……だからこそかも知れない。
そうやって“色んな人たちが集まっているから”怪異を退けることが出来るんじゃないか。……いや、考えすぎだろうか? 真咲先輩は僕の顔を見て満足そうに微笑んでいる。考えていることを見透かされたような気がして、思わず目をそらした。
「そうだね、西沢かなえという生徒はいないようだ。けれど“そう呼ばれていた生徒はいるかもしれない”よ?」
え? それはどういうことだろう? 僕が真咲先輩の言葉の真意を図りかねて黙っていると、彼は席を立って部室を出て行こうとした。
「君もついてきたまえ」
振り返り際、僕にそう言う真咲先輩はやっぱり楽しそうだった。
「怪異を無下に扱ってはいけない」
これも真咲先輩がくれた忠告の一つだ。そして、いくら僕が「本を捨てたり燃やしたりしても必ず本は君の所へ戻ってくるだろう」という。いやいや、燃やすだなんてそれこそ祟られるんじゃないかだろうか。
祟り。僕はオカルトに興味はないし信じもしないけど「もしも」ということもある。それに確信めいた真咲先輩の言葉。学校を出た後も、僕は彼の言葉を繰り返し思い出していた。
「僕たちは毎日のように不可解な事件に遭遇しているんだ。まぁ、連中もあの手この手で趣向を変えてくるから飽きないけどね」
こんなことが年中行事だなんて冗談じゃない。でも、それは裏を返すと”クラブのメンバーは降りかかってくる怪異を退けて生き延びている”ということにならないか? 真咲先輩の言葉を信じるなら、彼らは日替わりメニュー感覚で怪異に出遭っているのに無事なのだから。思い出してみれば、真咲先輩が「三日後に死ぬ」なんて言葉を「明日は雨になる」くらいの感覚で言っていた辺り、死の呪いを振りまく怪異も珍しくないのだろう。
そして、それでも彼が笑っていられるのは、何か対策があるからじゃないか? ひょっとしたら怪異をやっつけることだってできるのかもしれない。
だとしたら、確かに僕はまたあの場所へ行く。薄暗がりで人の寄り付かない寂しいあの場所、怪異体験クラブの部室へ――。
あくる日の放課後、僕は四階の北校舎へ向かった。今日も部活をやっているかどうか分からなかったけど部室のドアは開いていた。
「お疲れ様」
部室にいたのは真咲先輩、浅場先輩、金髪の男子生徒――彼は三年生の神木先輩というらしい――の三人だったが、僕に声を掛けたのは真咲先輩だけだった。
浅場先輩は資料を広げて調べものをしているようで、神木先輩は椅子にどっかと座って居眠りしていた。真咲先輩は机の上で手を組むと、その上に細い顎を乗せて僕に聞いた。
「さて、君の感想を聞いてもいいかな?」
「なんてことない……よくある冒険ものでしたよ」
昨日、部室を出ようした僕に真咲先輩が出した宿題は「呪いの本を読んでくること」だった。呪いの本なんて読んで平気なんだろうか……? 実際、なんの問題も無かった。そして意外なことに本の内容はごくごく普通だった。「亡くなった両親の部屋から宝の地図を見つけた少年が、親友たちと旅に出る」という王道――ありふれたお話だった。
だから不思議だ。本の中身だけ見れば、とても“呪われた本”には思えない。そのいわくさえ知らなければただの名もなき冒険譚。僕はてっきり番町皿屋敷みたいな、誰かが裏切られて化けて出るだの復讐するだの、そういうおどろおどろしい話を想像していた。あるいは誰かへの恨みつらみを書き連ねた日記帳とか。先輩は僕の感想にうなずきながら尋ねる。
「作者について何か分かったことはあるかい?」
「全然。検索しましたけど関係ありそうなものは出てきませんでした」
無名の作家だったのか、作者の名前や本のタイトルでネットを検索しても何もヒットしなかった。絶版になっているんだろうか。
「それはそうだろうね」
真咲先輩は楽しそうに言った。まるで検索しても意味がないことを知っていたように。
「本を裏返してごらん」
そう言われて素直に本の裏を見た。昨日は突然のことで、「三日後に死ぬ」という呪いのことで頭がいっぱいだった。だから気づかなかった。なんだ、この本……?
「値段やコードが書いてない……」
「ネットや本屋で売られる本には必ずISBNというコードがあるはずだよ」
書店で本を買うことがほとんどないから忘れていたということもあるけど……この本の裏にはバーコードやISBNがないのだ。
「じゃあ、この本は非売品なんですか?」
だとすると厄介なことになったんじゃないか? これが自費出版とか同人誌とかいうやつなら、作者のことを知るのなんて無理だろう。本の奥付には昭和五十八年九月と書いてある。そんな大昔に書かれた趣味の本から、見知らぬ人を訪ねるなんて不可能に近い。
「浅場くん」
真咲先輩に呼ばれて浅場先輩は短く返事をした。そして、今僕に気づいたというように顔を上げると小さく会釈をしてくれた。
「この本の作者……西沢かなえというそうだ。この学校の卒業生に、そういう名前の生徒はいるかな?」
「いえ、昨日のうちに確認しましたが該当者はいません」
浅場先輩は一体どうやって調べたんだ。そういうのは個人情報だし、先生から聞いたりするのも無理だと思うけど……。
よほど僕が怪訝そうな顔をしていたのか(結構顔に出るタイプなのかもしれない)、真咲先輩が解説を入れてくれた。
「浅場くんは新聞部の部長と仲がいいんだ。新聞部には一期生の分から毎年の卒業アルバムが保管されている。学校から保管を許されている資料を使って調べるのだから、問題ないだろう?」
ふうん。怪異体験クラブだなんて(失礼だけど)いかがわしい名前の同好会なのに、意外なツテがあるんだな。浅場先輩の向かいで寝こけている金髪の神木先輩にも、そういう人脈とかあったりするんだろうか?
ふと、昨日部室に集まっていたメンバーの顔を思い出す。一見何の集まりか分からない、てんで見た目も性格もバラバラな人たちだったけど……だからこそかも知れない。
そうやって“色んな人たちが集まっているから”怪異を退けることが出来るんじゃないか。……いや、考えすぎだろうか? 真咲先輩は僕の顔を見て満足そうに微笑んでいる。考えていることを見透かされたような気がして、思わず目をそらした。
「そうだね、西沢かなえという生徒はいないようだ。けれど“そう呼ばれていた生徒はいるかもしれない”よ?」
え? それはどういうことだろう? 僕が真咲先輩の言葉の真意を図りかねて黙っていると、彼は席を立って部室を出て行こうとした。
「君もついてきたまえ」
振り返り際、僕にそう言う真咲先輩はやっぱり楽しそうだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる