放課後・怪異体験クラブ

佐原古一

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1章 怪異は放課後に訪れる

探索と真相

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 先輩いわく「すぐ近くだから」とのことだったが、本当に近場だった。目的地は怪異体験クラブの部室から二つ隣の部室だったのだから。先輩はノックもせずに部室のドアを開けると、サッとその中へ姿を消した。慌てて僕も続く。
「勝手に入って大丈夫なんですか?」
「平気さ。今日は部活の無い日だからね」
 そう言って先輩は先の曲がったヘアピンを僕の前にちらつかせた。この人シーフ技能があったのか。というかやっぱり大丈夫じゃなかった。無断じゃないか……。
「勝手に入っちゃまずいですよ」
「用が済んだらちゃんと鍵を掛けて帰るさ」
 この時に僕は「真咲先輩には何を言っても無駄だ」という悟りを得て、貝のように口をつぐむことを覚えた。
 事前に下見をしていたのか、先輩は迷いなく部室の隅にある収納棚へ向かった。引き出しを開けて一冊の本を手に取る。本は古い紙の匂いがしたが、保存状態が良かったのか本はたわんだりせずきれいなままだった。先輩は本を僕によこしてくれる。タイトルは「書影・昭和五十八年三月号」とあった。それは、文芸部の古い部誌だった。
「一応、当時の部員名簿もあるね」
 そこに西沢かなえの名前は無かったが、確かに昭和五十八年の文芸部には女生徒が在籍していたらしい。隣に立つ先輩の横顔はうきうきしているようだった。後輩が二日後に呪いで死ぬかもしれないっていう時に、どうしてこんなに呑気なんだろう。
「後で浅場くんに確認してもらおう。多分“彼女”はその年に亡くなっているはずだ」
 僕は先輩から受け取った部誌の中身を検める。部員の書いた短編がいくつか載っていて、部誌の目次には西沢かなえの名前があった。ここまでくるとさすがに僕でも察しがついた。
「西沢かなえは本名じゃなくて、文芸部にいた生徒のペンネームってことですね」
 彼女が書いた短編の冒頭を目で追ってみる。王族の生まれであった少女が赤子のうちに捨てられ、村人に拾われるが自分の出生の秘密を知って旅立つというものだった。
 呪いの本の内容といい、西沢かなえは夢見がちな――普通の女の子だったんじゃないかと思う。もしも別天地があったなら……と想像してみることは健全だろうし、彼女は文章にすることで未知の世界への憧れを消化していたのかもしれない。ただ、このあらすじだと短編には向いていない気もする。連載する気だったんだろうか。
「呪いの本は昭和五十八年の文芸部で制作されたようだね。文芸部は文化祭で部誌や個人誌を展示するから、この本もそういう目的で作られたんだろう」
 西沢かなえは実在していた。少し真相に近づいた感じはあるけど、問題はどうすれば「三日後に死ぬ」という呪いを回避できるかということだ。
「あの、僕はどうしたらいいんでしょうか」
「それを知るには、何故この本が君の元へ舞い込んだのかを考えないとね」
「僕は文芸部や西沢かなえとは何の関係もないですよ。親がこの学校の生徒だったとか、そういうこともないですし」
「まぁ正直、彼女は誰でも良かったのかも知れない。少しでも可能性を高くするために、図書委員である君を選んじゃないかと僕は思っている」
「可能性?」
「怪異……特に幽霊と言われる人魂には二種類ある。自分が死んだことに気づいていないか、何らかの未練があってこの世にとどまっているか。前者は自分が生きているかのように振る舞うのが特徴だ。でも西沢かなえは自分が死んでいることを承知の上で、とある目的のために動いているように見える」
 そういう意味では、まだやりやすい相手かもしれない。“彼女”はヤケクソになって誰かれ構わず殺すタイプではなさそうだ。ただ「三日後に呪い殺す」っていう特技がある以上、交渉の余地なんかないかもしれない。
「多分、彼女の目的はとてもシンプルだ。呪いの本は昭和五十八年九月、つまり文化祭の一か月前に発行されている。例年、文化祭は十月に開催されるからね。この本も展示会に出すつもりで書いたものなんだろう」
 僕たちは部誌を元の場所に戻して(念のため)足音を忍びながら怪異体験クラブの部室に戻った。西沢かなえについて分かったことはそんなに多くなかったけど、浅場先輩に伝えると彼はすぐに調べてくれた。
 部室には丸々一個彼のものだという書棚がある。浅場先輩の性格を表すように、棚の中には几帳面にファイリングされた資料たちが行儀よく並んでいた。膨大な数の資料があるけど、まるで自分の頭の中のように、どこにどの資料があるか先輩はちゃんと覚えているらしい。迷いなくとある引き出しを開けて一つの紙ファイルを取り出した。僕が肩越しに覗き込むと、彼は僕の前にファイルを広げてくれた。
 在学中に亡くなった生徒の名簿だった。昭和五十八年のページには、やはりというか西沢かなえの本名があった。昭和五十八年の八月とある。真咲先輩は得心がいったようにつぶやく。
「なるほど。彼女は部誌に載せる原稿を完成させて間もなく亡くなったということか」
 そんな彼女の願いとはなんだったのだろう? 真咲先輩が僕の肩に手をかけてつぶやく。
「物書きの願いなんて、シンプルなものだよ」
 何か作ったのだから誰かに見てほしいという気持ちは当然ある。もしかすると部誌はちゃんと文化祭で展示されて、彼女の書いた物語は誰かに読まれたかもしれないけれど、彼女は自分の作品がどう評価されたのか知らないのだ。それを確かめる前に、この世を去ってしまったから。
「……彼女は、誰かにこの本を読んでほしかったのかもしれませんね」
 私はここにいる。たった一言でいいから感想を聞かせてほしい。誰にも届かない声でそう叫び続ける西沢かなえの姿を想像した。四十年もの間、学校をさまよい続けた本をカバンから取り出しながら。
 真咲先輩がいつになく真剣な面持ちでこう言った。
「どうだい保科くん? 彼女がこの世に残した未練。君が断ち切ってくれるかい?」
「……大役ですね」
 僕は彼女が僕を選んだことを少し恨んだ。僕には君ほどの文才がないから拙いけれどしょうがない。君が望むなら、引き受けるしかないじゃないか。三日後に死ぬ呪いを回避するには作者の願いを聞き届けなければならない。彼女の本の初めての読者として。
「書きます。読書感想文」
 行方不明になった人たちはまともに本を読まなかったか、呪いの話を恐れて本を捨てようとしたり無視したりしたのかもしれない。西沢かなえの思いは満たされないまま四十年近く経ってしまった。四十年も……誰にも気づかれないまま、彼女はたった一人でこの世にとどまっていた。
 部室で話を終えると、僕はそのまま家に帰った。もちろんカバンに呪いの本を忍ばせて。帰り道で作文用紙を買ったけれど読書感想文なんていつぶりだろうか。
 机に向かって僕は背筋を正した。彼女に見られているという感覚は無かったけど、そうするべきだと思った。それが読者第一号として、彼女と向き合う正しい姿勢だと思ったから。
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