放課後・怪異体験クラブ

佐原古一

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3章 恋する女は美しく

夕闇と窓辺と女神と

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 六時限目が終わってまっすぐ部室へ向かった。今日はどんな怪異に出会えるのだろうか。そんなことさえ考えるようになっている。僕はおかしくなってしまったのだろうか。これまで怪異に遭遇しても痛い目を見なかったせいか、感覚が麻痺しているのかもしれない。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている……という。ミイラ取りがミイラ取りにならないように気を付けよう。
 部室へ行くと部屋の中にいたのは真咲先輩だけだった。残りの六つの席は空いている。今日は浅場先輩もいないのか。珍しいこともあるもんだ。
「ちょうど良かった、保科くん頼まれてくれ」
 と、真咲先輩。頼みがあるじゃなくて頼まれてくれか。先輩はいつも通りだな……。
「鈴原くんに借りた本を返しに行きたいのだけれど手が離せなくてね。これで好きなジュースを買うといい」
 先輩は分厚い本とお駄賃を僕に渡すと作業に戻ってしまった。備品のノートパソコンを使って何かしているようだけど、この位置からだと画面が見えない。
 仕方ない。それに、滅多に部室へ来ない鈴原先輩にも会ってみたいと思った。彼女は三年C組だと聞かされていたので三階にある北側校舎を目指す。放課後の廊下は時々部活へ向かう生徒とすれ違うくらいで、昼間のにぎやかさはなりを潜めていた。三年C組の前へ立つと入口から鈴原先輩の姿が見えた。椅子に座って誰かと話している。けれど、相手の女生徒はすぐに席を立って教室を出て行った。振り返ったその顔はとてもにこやかだった。
「いらっしゃい。保科くん」
 鈴原先輩は僕の姿を認めると、例の涼やかな声で誘ってきた。こちらへいらっしゃい、という意味だ。おずおずと教室へ入ると、鈴原先輩は手で自分の目の前の席を促した。さっきまで女生徒が座っていた席だ。
「(近いな……)」
 学年が違う僕でも噂を耳にするくらい鈴原先輩は美しかった。雪のように白くてきめの細かい肌は西日に照らされて輝かんばかりだ。繊細に生えそろったまつげの下には切れ長の瞳。かすかに微笑む上品な唇。天使の輪っかが出来ている黒髪。そんな美女が目と鼻の先にいるのだから緊張もひとしおだった。直視すると平凡な自分が恥ずかしく思えてうつむき加減になってしまう。
「ありがとう。真咲君に貸していた本を持ってきてくれたのね」
 僕は彼女に本を差し出す。本の表紙には「黒魔術入門」とあった。
 黒魔術。野々宮先輩いわく、鈴原先輩はその美貌と共に「魔女」としても校内で有名らしい。もちろん先生はそんな話を信じないけど、女生徒には「鈴原さんの占いはよく当たる」「鈴原さんに掛けてもらったおまじないのおかげで今の彼氏と付き合うことができた」と評判らしい。さっきここにいた女生徒も鈴原先輩を頼ってきたのだろう。彼女の「魔術」とやらにあやかるために。
「鈴原先輩、大人気ですね」
「ふふ……ありがとう。おかげであまり部室には行けないけれど」
 なるほど。放課後にああやって迷える子羊がやってくるから、先輩はなかなか部活に顔を出せないのか。
「でも私は悩める女の子たちの味方でいたいから。健気な女の子って美しいもの」
 鈴原さんの男性ファンはもちろん、女性ファンもたくさんいると聞いたけれど理由が分かった気がする。一部では先輩をお姉様と崇める親衛隊まであるとか。
「先輩の黒魔術、すごいですね。噂で聞いたんですけど効果てきめんっていう話ですから」
 僕がそう言うと先輩は小さく笑った。
「そうね。でも、いいことばかりではないわ。特に黒魔術っていうのは代償を求めるもの。だから、ご利用は計画的にね」
 確かに、祈ったり呪文を口にしたりするだけで願いが叶うなんてムシのいい話だ。普通は相応の努力が必要だろう。代わりに何か差し出せ、というのはいかにも黒魔術というか悪魔っぽいけれど。
「あなたはまだ一年生だったわね。ちょうどいいから今のうちに話してあげる」
 ちょうどいい? 僕が首をかしげると先輩は優しく言った。
「健気な女の子の話よ。そしてそんな子に想われている男の子の話」
 そう前置きすると、夕日が差し込む茜色の教室で彼女は静かに語りだした。
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