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3章 恋する女は美しく
ある少女の物語
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この学校に橋本さんっていう生徒がいたの。彼女は特別目立つわけではない、普通の子だった。どこにでもいるような、平凡だけれど悪いことが出来ない子だった。そんな彼女が惹かれたのは隣のクラスの相坂君。彼とはクラスが違うし話をしたこともなかったけれど、彼女はそっと相坂君の姿を見守っていた。廊下ですれ違ったり、校庭で体育の授業をしている所を見たりしているだけで胸が高鳴ったの。
相坂君はモデルとしてスカウトされるくらい見目麗しい男子だったから無理もないかしら? けれど彼は橋本さんとは正反対だったの。彼は自分の見てくれの良さをいいことに、たくさんの女の子を泣かせていた。相手がどんなに傷つこうと知らんふりよ。一方的に別れを切り出された女の子が泣きつこうとしても、彼の周りにいる取り巻きがそれを許さなかった。まるでドブネズミでも見るような目で牽制してくる。それどころか口汚く罵ったりさえした。それは、とても私の口から言えないような言葉ばかり。だからみんな引き下げるしかなかったの。相坂くんはすごすごと去っていく女の子の背中を見て、いい気味だとさえ思った。彼は人の心が無いというより、自分のことしか考えられない人だったのかもしれない。見た目とは裏腹に、とても幼稚だったのね。
実をいうと、橋本さんは相坂君のことをほとんど知らなかったの。彼女は友達が多い方じゃないし、クラスの中でも教室の隅で本や漫画を読んでいるような子たちと同じグループにいたから。恋愛に積極的な子たちと関わりが無かったから、学校内での色恋沙汰に詳しくなかったの。誰それと誰々が付き合っている、っていう話はすぐに広まるものだけれど橋本さんはそういう噂に疎かった。だから、隣のクラスの男の子の恋愛遍歴も知らなかったの。そんな彼女だから、男性と付き合ったこともなかった。橋本さんは陰から相坂君を見つめて「彼ともし付き合えたら……」と想像してみることで満足していたわ。そういう夢を見るだけなら、自由でしょう?
でもある日チャンスがやってきた。保健委員で保健室の資料を整理していたら、相坂君がふらふらと保健室に入ってきたの。顔を見ただけでも分かるひどい熱だった。慌てて橋本さんは相坂君をベッドに案内したわ。保健の先生は職員会議でいなかったから、彼女が氷のうを準備して解熱剤も棚から出して……。相坂君がベッドに入ってしばらくすると小さな寝息が聞こえてきたわ。橋本さんは迷ったけれど、顔を見るくらいならいいだろうと思ってベッドの脇にあるカーテンをよけた。想像していた以上にきれいで、意外なほど幼く見える寝顔だった。資料の整理は終わってるし、彼に何かあったら大変だし……なんて自分に言い訳をしながら、彼女は相坂君に付き添った。今だけはこの寝顔を見ていたかったから。
すると突然、相坂君が目を開けたの。橋本さんはびっくりして固まってしまった。相坂君は自分が保健室へ来たことも忘れたのか、不思議そうに天井を見上げていたわ。橋本さんは意を決して相坂君に声を掛けた。
「あ、あの……」
「君、誰?」
相坂君の素っ気ない返事で橋本さんは我に返ったわ。あれだけ陰から見つめていたのに相坂君は橋本さんのことを知らなかった。当然よね、本人に気づかれないようにそっと見ていただけなんだから。それでも橋本さんは激しい衝撃に身をさらわれた気分だった。
そして幸せな時間はすぐに終わってしまった。先生が保健室に帰ってきたら。橋本が先生に事情を話すと「ありがとう、今日はもう帰っていいわよ」って言われてしまったの。食い下がるわけにもいかないなら、橋本さんは大人しく保健室から出て行ったわ。そして考えたの。相坂君の中では、自分は存在していないのと同じだったんだって……。
次の日から橋本さんは行動を開始したわ。いつも相坂君ばかり見ていたけれど、周りにいる女の子たちにも注目するようにした。そして取り巻きはよく変わるけれど、いつも似たような感じの子ばかりだってことに気づいたの。きっと、それが相坂君の好みなんだと彼女は思った。同時に、自分では太刀打ちできっこないってね。
さっきも言った通り彼女は目立つタイプではなかったけど、相坂君は目鼻立ちのくっきりした派手なタイプが好きだったの。橋本さんは暗闇の中に迷い込んだような気分になった。整形なんてするお金も勇気も彼女にはなかったし、低い鼻や一重の瞳がコンプレックスの彼女にとって外見で勝負するなんて思いもよらなかったの。性格の好みは分からないけれど、相坂君が美人を好きだってことははっきりわかっていた。
付き合いたいだなんて高望みはしない。けれど、彼の記憶にすら残らないなんて悲しすぎる。しばらく絶望の縁に沈んでいたけれど、彼女はふとクラスメイトの噂話を思い出した。橋本さんの隣のクラスには縁結びの女神と呼ばれる人がいたの。女神だなんて大げさだけど、恋する女の子たちにとっては心強い味方だったのね。彼女はわらにもすがる思いで女神に相談しにいくことにしたわ。面識はなかったけど、初対面の人でも親身に話を聞いてくれるっていう噂だったから、勇気を振り絞って会いに行くことができた。
噂の女神は夕暮れの教室に一人で窓の外を見つめていたわ。大体、女神の周りには相談しに来た女の子がたくさんいて順番待ちになるって聞いていたから、運命が味方してくれているんじゃないかとさえ思えた。
橋本さんは女神のそばへ行ったけれど、なんて声を掛けていいか分からなかった。でも向こうから話しかけてきたの。
「どうぞお掛けになって」
知らない女の子に訪ねてこられるのが日常茶飯事なんでしょうね。慣れた対応だった。女神に笑顔を見せてもらって橋本さんの緊張もいくらか和らいだわ。
「少しずつでいいから、お話を聞かせてくださいな」
その言葉を聞いて思わず橋本さんは涙ぐんだ。ついさっきまで地獄にいたような気分だったのに、一面お花畑の天国へ来たような心地だった。こんなこと、誰にも相談できなかったから。友達にさえ言えなかったの。だって相手はあの相坂くんよ、「あなたなんか相手にされないわよ」ってけんもほろろにされるのが目に見えてる。それでも彼女は一縷の望みにすがった。たとえそれが蜘蛛の糸のようにか細い希望だったとしても。
「このクラスに好きな男の子がいるんです」
最初の一言が口から滑りだすと、後の言葉もするすると出てきたわ。人間って不思議ね。女神は橋本さんの話を、時々相槌を打ちながら静かに聞いていた。そして橋本さんの話が終わると一冊の本を取り出したの。
「彼と釣り合う見た目になることはできるわ。けれど、あなたにその覚悟があるかしら」
橋本さんは息を呑んだ。本当にそんなことができるの? そして女神が机の上に置いた本をそっと見やった。表紙も裏表紙も真っ黒で、タイトルだけが金色の文字で書かれた古い本。タイトルは「黒魔術」。
噂は本当なんだって橋本さんは驚いた。彼女は恋する女の子たちの女神であり、黒魔術を使う魔女でもあるんだって。
覚悟って、私は何をしなければいけないの? でもここまで来たからには後へ引けない。そして多分、これが最後の希望だから――それに、すがるしかない。
「お願いします」
橋本さんの返事は決まっていたわ。その言葉を聞いて、女神も満足そうに頷いたの。
次の日、橋本さんのクラスメイトたちはとても驚いたそうよ。転校生が来たかと思えば橋本さんの席の椅子に座ったんだもの。そう、彼女は見違えるくらい美しくなった。外を歩けば誰もが目を止めて振り返るくらいに。けれど一番驚いたのは橋本自身さんよ。一晩明けて目覚めたら、鏡に映る顔がまるで別人だったんだから。同時に、女神に掛けられた魔法が本物だって分かったの。気分はまるでシンデレラね。
相坂君も当然橋本さんを放っておかなかった。彼はよく女の子から言い寄られるけど、自分から声を掛けるのも得意だったから。相坂君は保健室で会ったことなんてすっかり忘れていたけれど、橋本さんも見違えるほどきれいになったから仕方ないわね。
「大丈夫? 荷物持つよ」
理科の先生に頼まれて実験器具を運んでいた橋本さんに声を掛けて、そこから会話を弾ませたわ。話せば話すほど相坂君は橋本さんに興味を持った。こんなに美人なのに全然男慣れしていなくて、こちらを見るたびにはにかんでいるのが不思議だったの。今まで付き合ったことのないタイプだったから興味津々だった。
なかなか踏み込んでこない橋本さんにやきもきして、相坂君の方から告白して二人は付き合い始めたわ。でもそう長続きしないだろう。誰もがそう思った。そしてその最後は、意外な形で訪れたの。
橋本さんはいつもプールの授業を休んでいたわ。一週間くらいなら分かるけど、一カ月ほどもあるプールを全て欠席。みんな不思議に思ったけれど、先生は事情を知っているのか橋本さんを問い詰めたりしなかった。けれどよせばいいのに、相坂くんはわざわざ理由を聞こうとしたの。それでも橋本さんは絶対に口を割らなかった。常識的な人ならそこで引き下がるけど、相坂君は自分のことしか考えられない人だったから。
相坂君は「今週の日曜日プールでデートしよう」なんて言い出し始めたの。橋本さんは困ったけれど「プールサイドにいてくれるだけでいいから」なんてしつこく言い募られて、とうとう根負けした。憂鬱そうな橋本さんとは反対に、日曜日が待ち遠しいという感じの相坂君。この時、あんな事件が起こるなんて誰も想像していなかったわ。
日曜日。二人は近所の市営プールへ行った。更衣室で着替えてプールサイドへ向かった彼を待っていたのは、先に水着に着替えた橋本さん。その姿を見て、思わず相坂君は言葉を失った。目を見開いて、無遠慮にじっと橋本さんを見つめたの。
何故って……キャップをかぶっていない彼女の頭が坊主だったから。普段見ていた橋本さんの美しい黒髪が見る影もなかったの。そう、彼女はかつらだった。人魚姫が人間の足を手に入れる代わりに声を失ったように、彼女は美しい顔と引き換えに髪の毛を全て失ったの。学校の中ではかつらを被ってごまかしていたのね。
しばらく我を失ったかのように固まっていた相坂君。橋本さんが声を掛けようとした瞬間、相坂君は空気も張り裂けんばかりの大声で笑い始めた。その後のことは……私も詳しくは知らないの。デートどころじゃなかったと思うわ。次の日、相坂君は橋本さんが坊主だっていうことを学校中に言いふらして回った。そして、人にその話を聞かせるたびに笑うの。そうやって、一度は付き合った女の子を物笑いの種にして楽しんだ。相坂君の取り巻きの女子たちも愉快そうに笑って……。
どちらから言い出したのか、それとも自然になのか、橋本さんと相坂君は別れた。今まで見えていなかった相坂君の本性を見て、さすがの橋本さんも目が覚めたでしょう。けれど失った髪の毛は戻らない。
黒魔術というのはね、人外の存在から力を借りるために何かを差し出さなければいけないの。そして一度捧げたものを返してもらうことはできない。女神は橋本さんに前もってそう忠告していたわ。だから橋本さんは諦めるしかなかった。彼女は一生かつらをかぶって過ごす覚悟を決めた上で、女神に黒魔術をかけてもらったの。
私は橋本さんが愚かだったとは思わない。ただ経験が少なすぎて男を見る目がなかっただけ。でも、彼女が何をしたっていうの? 自業自得で済ませるには理不尽すぎると思わない? もし神様がいるなら彼女を救わないなんてあんまりだと思うわ。あなたも……そう思うでしょう?
相坂君はモデルとしてスカウトされるくらい見目麗しい男子だったから無理もないかしら? けれど彼は橋本さんとは正反対だったの。彼は自分の見てくれの良さをいいことに、たくさんの女の子を泣かせていた。相手がどんなに傷つこうと知らんふりよ。一方的に別れを切り出された女の子が泣きつこうとしても、彼の周りにいる取り巻きがそれを許さなかった。まるでドブネズミでも見るような目で牽制してくる。それどころか口汚く罵ったりさえした。それは、とても私の口から言えないような言葉ばかり。だからみんな引き下げるしかなかったの。相坂くんはすごすごと去っていく女の子の背中を見て、いい気味だとさえ思った。彼は人の心が無いというより、自分のことしか考えられない人だったのかもしれない。見た目とは裏腹に、とても幼稚だったのね。
実をいうと、橋本さんは相坂君のことをほとんど知らなかったの。彼女は友達が多い方じゃないし、クラスの中でも教室の隅で本や漫画を読んでいるような子たちと同じグループにいたから。恋愛に積極的な子たちと関わりが無かったから、学校内での色恋沙汰に詳しくなかったの。誰それと誰々が付き合っている、っていう話はすぐに広まるものだけれど橋本さんはそういう噂に疎かった。だから、隣のクラスの男の子の恋愛遍歴も知らなかったの。そんな彼女だから、男性と付き合ったこともなかった。橋本さんは陰から相坂君を見つめて「彼ともし付き合えたら……」と想像してみることで満足していたわ。そういう夢を見るだけなら、自由でしょう?
でもある日チャンスがやってきた。保健委員で保健室の資料を整理していたら、相坂君がふらふらと保健室に入ってきたの。顔を見ただけでも分かるひどい熱だった。慌てて橋本さんは相坂君をベッドに案内したわ。保健の先生は職員会議でいなかったから、彼女が氷のうを準備して解熱剤も棚から出して……。相坂君がベッドに入ってしばらくすると小さな寝息が聞こえてきたわ。橋本さんは迷ったけれど、顔を見るくらいならいいだろうと思ってベッドの脇にあるカーテンをよけた。想像していた以上にきれいで、意外なほど幼く見える寝顔だった。資料の整理は終わってるし、彼に何かあったら大変だし……なんて自分に言い訳をしながら、彼女は相坂君に付き添った。今だけはこの寝顔を見ていたかったから。
すると突然、相坂君が目を開けたの。橋本さんはびっくりして固まってしまった。相坂君は自分が保健室へ来たことも忘れたのか、不思議そうに天井を見上げていたわ。橋本さんは意を決して相坂君に声を掛けた。
「あ、あの……」
「君、誰?」
相坂君の素っ気ない返事で橋本さんは我に返ったわ。あれだけ陰から見つめていたのに相坂君は橋本さんのことを知らなかった。当然よね、本人に気づかれないようにそっと見ていただけなんだから。それでも橋本さんは激しい衝撃に身をさらわれた気分だった。
そして幸せな時間はすぐに終わってしまった。先生が保健室に帰ってきたら。橋本が先生に事情を話すと「ありがとう、今日はもう帰っていいわよ」って言われてしまったの。食い下がるわけにもいかないなら、橋本さんは大人しく保健室から出て行ったわ。そして考えたの。相坂君の中では、自分は存在していないのと同じだったんだって……。
次の日から橋本さんは行動を開始したわ。いつも相坂君ばかり見ていたけれど、周りにいる女の子たちにも注目するようにした。そして取り巻きはよく変わるけれど、いつも似たような感じの子ばかりだってことに気づいたの。きっと、それが相坂君の好みなんだと彼女は思った。同時に、自分では太刀打ちできっこないってね。
さっきも言った通り彼女は目立つタイプではなかったけど、相坂君は目鼻立ちのくっきりした派手なタイプが好きだったの。橋本さんは暗闇の中に迷い込んだような気分になった。整形なんてするお金も勇気も彼女にはなかったし、低い鼻や一重の瞳がコンプレックスの彼女にとって外見で勝負するなんて思いもよらなかったの。性格の好みは分からないけれど、相坂君が美人を好きだってことははっきりわかっていた。
付き合いたいだなんて高望みはしない。けれど、彼の記憶にすら残らないなんて悲しすぎる。しばらく絶望の縁に沈んでいたけれど、彼女はふとクラスメイトの噂話を思い出した。橋本さんの隣のクラスには縁結びの女神と呼ばれる人がいたの。女神だなんて大げさだけど、恋する女の子たちにとっては心強い味方だったのね。彼女はわらにもすがる思いで女神に相談しにいくことにしたわ。面識はなかったけど、初対面の人でも親身に話を聞いてくれるっていう噂だったから、勇気を振り絞って会いに行くことができた。
噂の女神は夕暮れの教室に一人で窓の外を見つめていたわ。大体、女神の周りには相談しに来た女の子がたくさんいて順番待ちになるって聞いていたから、運命が味方してくれているんじゃないかとさえ思えた。
橋本さんは女神のそばへ行ったけれど、なんて声を掛けていいか分からなかった。でも向こうから話しかけてきたの。
「どうぞお掛けになって」
知らない女の子に訪ねてこられるのが日常茶飯事なんでしょうね。慣れた対応だった。女神に笑顔を見せてもらって橋本さんの緊張もいくらか和らいだわ。
「少しずつでいいから、お話を聞かせてくださいな」
その言葉を聞いて思わず橋本さんは涙ぐんだ。ついさっきまで地獄にいたような気分だったのに、一面お花畑の天国へ来たような心地だった。こんなこと、誰にも相談できなかったから。友達にさえ言えなかったの。だって相手はあの相坂くんよ、「あなたなんか相手にされないわよ」ってけんもほろろにされるのが目に見えてる。それでも彼女は一縷の望みにすがった。たとえそれが蜘蛛の糸のようにか細い希望だったとしても。
「このクラスに好きな男の子がいるんです」
最初の一言が口から滑りだすと、後の言葉もするすると出てきたわ。人間って不思議ね。女神は橋本さんの話を、時々相槌を打ちながら静かに聞いていた。そして橋本さんの話が終わると一冊の本を取り出したの。
「彼と釣り合う見た目になることはできるわ。けれど、あなたにその覚悟があるかしら」
橋本さんは息を呑んだ。本当にそんなことができるの? そして女神が机の上に置いた本をそっと見やった。表紙も裏表紙も真っ黒で、タイトルだけが金色の文字で書かれた古い本。タイトルは「黒魔術」。
噂は本当なんだって橋本さんは驚いた。彼女は恋する女の子たちの女神であり、黒魔術を使う魔女でもあるんだって。
覚悟って、私は何をしなければいけないの? でもここまで来たからには後へ引けない。そして多分、これが最後の希望だから――それに、すがるしかない。
「お願いします」
橋本さんの返事は決まっていたわ。その言葉を聞いて、女神も満足そうに頷いたの。
次の日、橋本さんのクラスメイトたちはとても驚いたそうよ。転校生が来たかと思えば橋本さんの席の椅子に座ったんだもの。そう、彼女は見違えるくらい美しくなった。外を歩けば誰もが目を止めて振り返るくらいに。けれど一番驚いたのは橋本自身さんよ。一晩明けて目覚めたら、鏡に映る顔がまるで別人だったんだから。同時に、女神に掛けられた魔法が本物だって分かったの。気分はまるでシンデレラね。
相坂君も当然橋本さんを放っておかなかった。彼はよく女の子から言い寄られるけど、自分から声を掛けるのも得意だったから。相坂君は保健室で会ったことなんてすっかり忘れていたけれど、橋本さんも見違えるほどきれいになったから仕方ないわね。
「大丈夫? 荷物持つよ」
理科の先生に頼まれて実験器具を運んでいた橋本さんに声を掛けて、そこから会話を弾ませたわ。話せば話すほど相坂君は橋本さんに興味を持った。こんなに美人なのに全然男慣れしていなくて、こちらを見るたびにはにかんでいるのが不思議だったの。今まで付き合ったことのないタイプだったから興味津々だった。
なかなか踏み込んでこない橋本さんにやきもきして、相坂君の方から告白して二人は付き合い始めたわ。でもそう長続きしないだろう。誰もがそう思った。そしてその最後は、意外な形で訪れたの。
橋本さんはいつもプールの授業を休んでいたわ。一週間くらいなら分かるけど、一カ月ほどもあるプールを全て欠席。みんな不思議に思ったけれど、先生は事情を知っているのか橋本さんを問い詰めたりしなかった。けれどよせばいいのに、相坂くんはわざわざ理由を聞こうとしたの。それでも橋本さんは絶対に口を割らなかった。常識的な人ならそこで引き下がるけど、相坂君は自分のことしか考えられない人だったから。
相坂君は「今週の日曜日プールでデートしよう」なんて言い出し始めたの。橋本さんは困ったけれど「プールサイドにいてくれるだけでいいから」なんてしつこく言い募られて、とうとう根負けした。憂鬱そうな橋本さんとは反対に、日曜日が待ち遠しいという感じの相坂君。この時、あんな事件が起こるなんて誰も想像していなかったわ。
日曜日。二人は近所の市営プールへ行った。更衣室で着替えてプールサイドへ向かった彼を待っていたのは、先に水着に着替えた橋本さん。その姿を見て、思わず相坂君は言葉を失った。目を見開いて、無遠慮にじっと橋本さんを見つめたの。
何故って……キャップをかぶっていない彼女の頭が坊主だったから。普段見ていた橋本さんの美しい黒髪が見る影もなかったの。そう、彼女はかつらだった。人魚姫が人間の足を手に入れる代わりに声を失ったように、彼女は美しい顔と引き換えに髪の毛を全て失ったの。学校の中ではかつらを被ってごまかしていたのね。
しばらく我を失ったかのように固まっていた相坂君。橋本さんが声を掛けようとした瞬間、相坂君は空気も張り裂けんばかりの大声で笑い始めた。その後のことは……私も詳しくは知らないの。デートどころじゃなかったと思うわ。次の日、相坂君は橋本さんが坊主だっていうことを学校中に言いふらして回った。そして、人にその話を聞かせるたびに笑うの。そうやって、一度は付き合った女の子を物笑いの種にして楽しんだ。相坂君の取り巻きの女子たちも愉快そうに笑って……。
どちらから言い出したのか、それとも自然になのか、橋本さんと相坂君は別れた。今まで見えていなかった相坂君の本性を見て、さすがの橋本さんも目が覚めたでしょう。けれど失った髪の毛は戻らない。
黒魔術というのはね、人外の存在から力を借りるために何かを差し出さなければいけないの。そして一度捧げたものを返してもらうことはできない。女神は橋本さんに前もってそう忠告していたわ。だから橋本さんは諦めるしかなかった。彼女は一生かつらをかぶって過ごす覚悟を決めた上で、女神に黒魔術をかけてもらったの。
私は橋本さんが愚かだったとは思わない。ただ経験が少なすぎて男を見る目がなかっただけ。でも、彼女が何をしたっていうの? 自業自得で済ませるには理不尽すぎると思わない? もし神様がいるなら彼女を救わないなんてあんまりだと思うわ。あなたも……そう思うでしょう?
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