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3章 恋する女は美しく
女神はきっと知っている
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次の日、鎮痛剤を飲んで相坂君は学校へ向かったわ。そして放課後まで待ったの。女神は他に誰もいない教室で窓の外を見つめていたわ。そして相坂君の方を振り返った。まるで彼が教室へ残ることを――自分に話があることを知っていたように。何の感情も浮かんでいない冷めた目をしていたわ。彼女は黙って相坂君を見つめていた。まるで「こっちへ来なさい」と言われている気がして、相坂はふらふらと女神の机へ近寄った。女神の前の席に座って相坂君はいきなり切り出した。
「俺の体がおかしいのは、あんたが掛けた呪いのせいか?」
いくらなんでも不躾すぎるわね。言いたいことは分かるけど、聞き方っていうものがあるわ。けれど女神は淡々と答えた。
「呪いかどうかは分からないけど、私は彼女たちの願いを聞き届けただけよ」
「願い?」
「あなたに自分と同じ苦しみを味わってほしいって」
“彼女たち”というのが、今まで自分が振ってきた女の子たちのことだっていうのはすぐに分かった。やっぱり間違いない。こいつが犯人だ。でも呪いをかけたのがこの女なら、呪いを解けるのもこの女だけだろう――。今まで彼が表立って嫌われてこなかったのは、こういうとっさの判断力と機転のおかげかもしれないわね。女神の機嫌を損ねてはいけない。そう判断した相坂君は媚びるような声で言った。
「頼むよ、このままじゃ頭がおかしくなりそうだ。体中が痛いのに医者はどこも悪くないって言う。だから治せないって。こんなんが一生続くのなんて耐えられねぇよ」
「あなたも願いを叶えてほしいの?」
相坂君の猫撫で声が通じたのかは分からないけど、女神は話を聞く気があるようだった。すかさず相坂君は答えた。
「もちろんだよ。もし治せるんだったら何でもする」
「黒魔術はね、代償を求めるの。願いを叶えるために何かと引き換えにしたり、生贄を求めたりね。あなたにその覚悟はあるの?」
相坂君は「生贄」なんて言葉を聞いてギクリとした。でも「代償」という言葉にピンと来たの。お見舞いに来た彼女たちの影がなかったのは、黒魔術の代償だったんじゃないかって。声や髪ならともかく、影を差し出すのなんて安いもの。
影なんてなくても困ることはない――。そう思った彼は二つ返事で言ったわ。
「もちろんだ。なあ、頼むよ」
「いいでしょう」
そう言って、女神は初めて相坂君に笑顔を見せたわ。ぼうっとしたような、まるで恍惚としたような……どこかで見たことがある微笑み。
そう。それは保健室へ見た時の橋本さんや、お見舞いに来た彼女たちとよく似ていたわ。相坂君が見た、最初で最後の女神の笑顔よ。
「…………」
そこで鈴原先輩の話は終わった。
え? それで……どうなったんだ? 相坂君は? 彼に振られた女の子たちは? 僕の頭の中で「?」マークがぐるぐる回り続けるのをよそに鈴原先輩は言った。まるで母親が子を諭すような優しい口ぶりで。
「あなたはまだ一年生よね。いい? 女の子の純粋な気持ちを傷つけたりしたらダメよ。それは必ず自分に返ってくるものだから。遊びで手を出そうなんて思わないことね」
「あの……相坂君はどうなったんですか?」
僕が訊ねると、鈴原さんは何も言わずに斜め前にある席を指さした。僕はそっと振り返る。
その席の上には、花瓶が置いてあった。白い菊が一輪だけいけてある。枕花というやつだ。
亡くなってしまった人の代わりに置かれる花――。ここが相坂君の席だったんだろうか?
僕は、そっと鈴原先輩の方へ向き直った。彼女は何の感情も浮かんでいない目をしている。その席やその席にいたものには、もう興味はないとでも言いたげに。この世にこれほど空虚な瞳があるだろうかと思わされるような関心のなさ。その口から出る言葉にもやっぱり何の感慨も感じられなかった。
「本当に、彼は数えきれないほどの女の子たちを泣かせてきたのね。学校中の女の子から彼に黒魔術を掛けるようお願いされたわ。けれど、それを全て無かったことにするのはとても難しいことよ。相応の代価が必要だったの」
相応の代償――。相坂君の願いを叶えるために差し出すものは、影なんかでは済まなかったということか。でも彼はそれを知らずに願ってしまった。女神、あるいは魔女と呼ばれる鈴原先輩に。
「願いを聞き届けられて彼が満足したかどうか私には分からないわ。でも確かに彼は解放されたのよ。理不尽な体中の痛みからね」
確かにそうだろう。死んだのだから。彼は体中の痛みから解放されるためにこの世からも旅立ってしまった。鈴原先輩はどんな代価が必要になるか、知っていたんだろうか。僕には分からない。彼女は知ってて黙っていたのか、知らないから言えなかったのか。鈴原先輩は口の端を挙げてくすりと笑う。
「健気な女の子を粗末に扱ってはダメよ。絶対にそのことを忘れないで」
そして先輩は黒魔術の本の表紙をいとおしそうに撫でながら、優しく言った。
「私はいつだって、悩める健気な女の子たちの味方よ」
「俺の体がおかしいのは、あんたが掛けた呪いのせいか?」
いくらなんでも不躾すぎるわね。言いたいことは分かるけど、聞き方っていうものがあるわ。けれど女神は淡々と答えた。
「呪いかどうかは分からないけど、私は彼女たちの願いを聞き届けただけよ」
「願い?」
「あなたに自分と同じ苦しみを味わってほしいって」
“彼女たち”というのが、今まで自分が振ってきた女の子たちのことだっていうのはすぐに分かった。やっぱり間違いない。こいつが犯人だ。でも呪いをかけたのがこの女なら、呪いを解けるのもこの女だけだろう――。今まで彼が表立って嫌われてこなかったのは、こういうとっさの判断力と機転のおかげかもしれないわね。女神の機嫌を損ねてはいけない。そう判断した相坂君は媚びるような声で言った。
「頼むよ、このままじゃ頭がおかしくなりそうだ。体中が痛いのに医者はどこも悪くないって言う。だから治せないって。こんなんが一生続くのなんて耐えられねぇよ」
「あなたも願いを叶えてほしいの?」
相坂君の猫撫で声が通じたのかは分からないけど、女神は話を聞く気があるようだった。すかさず相坂君は答えた。
「もちろんだよ。もし治せるんだったら何でもする」
「黒魔術はね、代償を求めるの。願いを叶えるために何かと引き換えにしたり、生贄を求めたりね。あなたにその覚悟はあるの?」
相坂君は「生贄」なんて言葉を聞いてギクリとした。でも「代償」という言葉にピンと来たの。お見舞いに来た彼女たちの影がなかったのは、黒魔術の代償だったんじゃないかって。声や髪ならともかく、影を差し出すのなんて安いもの。
影なんてなくても困ることはない――。そう思った彼は二つ返事で言ったわ。
「もちろんだ。なあ、頼むよ」
「いいでしょう」
そう言って、女神は初めて相坂君に笑顔を見せたわ。ぼうっとしたような、まるで恍惚としたような……どこかで見たことがある微笑み。
そう。それは保健室へ見た時の橋本さんや、お見舞いに来た彼女たちとよく似ていたわ。相坂君が見た、最初で最後の女神の笑顔よ。
「…………」
そこで鈴原先輩の話は終わった。
え? それで……どうなったんだ? 相坂君は? 彼に振られた女の子たちは? 僕の頭の中で「?」マークがぐるぐる回り続けるのをよそに鈴原先輩は言った。まるで母親が子を諭すような優しい口ぶりで。
「あなたはまだ一年生よね。いい? 女の子の純粋な気持ちを傷つけたりしたらダメよ。それは必ず自分に返ってくるものだから。遊びで手を出そうなんて思わないことね」
「あの……相坂君はどうなったんですか?」
僕が訊ねると、鈴原さんは何も言わずに斜め前にある席を指さした。僕はそっと振り返る。
その席の上には、花瓶が置いてあった。白い菊が一輪だけいけてある。枕花というやつだ。
亡くなってしまった人の代わりに置かれる花――。ここが相坂君の席だったんだろうか?
僕は、そっと鈴原先輩の方へ向き直った。彼女は何の感情も浮かんでいない目をしている。その席やその席にいたものには、もう興味はないとでも言いたげに。この世にこれほど空虚な瞳があるだろうかと思わされるような関心のなさ。その口から出る言葉にもやっぱり何の感慨も感じられなかった。
「本当に、彼は数えきれないほどの女の子たちを泣かせてきたのね。学校中の女の子から彼に黒魔術を掛けるようお願いされたわ。けれど、それを全て無かったことにするのはとても難しいことよ。相応の代価が必要だったの」
相応の代償――。相坂君の願いを叶えるために差し出すものは、影なんかでは済まなかったということか。でも彼はそれを知らずに願ってしまった。女神、あるいは魔女と呼ばれる鈴原先輩に。
「願いを聞き届けられて彼が満足したかどうか私には分からないわ。でも確かに彼は解放されたのよ。理不尽な体中の痛みからね」
確かにそうだろう。死んだのだから。彼は体中の痛みから解放されるためにこの世からも旅立ってしまった。鈴原先輩はどんな代価が必要になるか、知っていたんだろうか。僕には分からない。彼女は知ってて黙っていたのか、知らないから言えなかったのか。鈴原先輩は口の端を挙げてくすりと笑う。
「健気な女の子を粗末に扱ってはダメよ。絶対にそのことを忘れないで」
そして先輩は黒魔術の本の表紙をいとおしそうに撫でながら、優しく言った。
「私はいつだって、悩める健気な女の子たちの味方よ」
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