放課後・怪異体験クラブ

佐原古一

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4章 夕暮れの下駄箱にて

好奇心は猫をも殺す?

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 帰りのHRが終わった後、和知さんが僕の席へやってきた。顔を上げると彼女は張り詰めたような表情をしていた。
「和知さん?」
「まだあんなクラブに出入りしてるの?」
 もちろん怪異体験クラブのことだろう。僕は何度目かの彼女の忠告にうんざりするより、どうして彼女がそんなにクラブへ執着しているのか不思議だった。
「何かまずいことでもあるの?」
「まずいことがあってからじゃ遅いから忠告してるのよ」
 どういう意味だろう?
「夜の旧校舎に忍び込んだの、あなたたちでしょ?」
 う。和知さんに問い詰められて僕は黙ってしまった。僕は嘘をつくのが苦手だ。どう答えれば上手くごまかせるか分からない。つい目をそらしてしまう。彼女はため息をついた。
「やっぱり。そのうちお化けに遭う前に怪我で病院へ行くことになりそうね」
「お化けに遭う前?」
 まるでお化けの存在を認めるような言い方で意外だった。てっきり和知さんは怪異否定派だと思っていた。さっきとは逆にじっと見つめ返す僕を見て、今度は和知さんがふいと視線を外した。
「とにかく、もうあの部室には近づかないで」
 その言葉を最後に和知さんは教室を出て行った。そんなことを言われてもなぁ……。別に義理立てする必要もないので、僕はまっすぐ部室へ向かった。
 和知さんとは同じ図書委員というだけで、それ以上の接点はない。仲良く話したり一緒に帰ったりするような仲じゃないのだ。どうして彼女が怪異体験クラブを否定するのは分からない。そして首を突っ込んでくるわりには、僕が詳しい理由を聞こうとするとはぐらかそうとする。こうして考えると彼女のふるまいはかなり理不尽だった。
 夕暮れ時の部室に居たのは真咲先輩、浅場先輩、野々宮先輩の三人。浅場先輩は真咲先輩にDVDを渡していた。
「何ですか、それ」
 まさか女の子の前でそんなことはないだろうけど、怪しいDVDだったらまずいので念のため小声で聞いた。
「保科くんも興味がありますか?」
 そう言って浅場先輩はカバンからもう一本DVDを取り出した。タイトルは「やまたのシャークVS恐怖の六枚羽(邦題)」。頭が八つあるサメにビーチへ遊びに来た人間たちが襲われるも、そこへ六つの羽を持った巨大ハエがやってきてというのがあらすじ。うーん、浅場先輩こういう映画が好きなのか。意外だな……。
「サメ映画はネタが出尽くした感があるから逆になんでもアリになってきてるね。次はどんな手を使ってくるか楽しみだよ」
 そう言いながら真咲先輩はうきうきした様子でDVDを裏返したりして眺めている。この人もお仲間か……。とても話についていけそうにないのでふと視線を移すと、野々宮先輩が携帯電話をいじっているのが目に入った。先輩はすぐそばで盛り上がっているB級ホラー談義をスルーしている。
 そう、野々宮先輩はどちらかといえば怪異に興味がなさそうなタイプに見える。休み時間は友達とおしゃべり、昼休みは屋上で誰それと誰々が付き合っているなんて話をして、放課後は彼氏とご近所デート。いかにもそんな感じが似合う女の子だ。一般的な感覚でいえば「健全」なタイプ。背が低くて男受けのする見た目をしているし、実際男子の間で密かに出回っている「カワイイ女子ランキング」でも上位に食い込んでいる。それなのに、なんだってこんな場所に来てヒマそうに携帯電話をいじっているのだろう? もしかすると、このクラブで一番の変わり者は彼女なのかもしれなかった。
「保科ちゃん、今日ヒマ?」
 突然、野々宮先輩が携帯電話から顔を上げて言った。彼女に考えを読まれたような気がして返事をする声が上ずった。
「えっと……時間はあります」
「そ! 良かった。じゃあ行こ!」
 野々宮先輩は勢いよく立ち上がると部室の出口に向かった。ドアの前で振り返って僕に手招きをする。思えば、彼女とまともに会話したのはこの時が初めてかもしれない。別に仲が悪いととかではなく、なんとなくきっかけがなかったのだ。
 同じクラブのメンバーとはいえほぼ他人でしかない僕を、彼女は気軽にポンと誘ってきた。まるで昔馴染みに対してそうするように。驚いたけど、不思議と嫌な感じはしない。彼女の屈託ない笑顔にはそうした提案を許す雰囲気がある。
「真咲ちゃん! ちょっと保科ちゃん借りていくね!」
 という野々宮先輩の声を聞いているのかいないのか、ホラー談義で白熱する男たちを置いて僕たちは部室を後にした。そして――野々宮先輩に連れられて行った先は下駄箱だった。一階の中央昇降口。夕日が差し込んでくる下駄箱には帰宅する生徒の姿がまばらだった。
「どこへ行くんですか?」
「え? もう着いてるよ。確か一年B組の十四番目の……」
 その言葉の半分は独り言だった。先輩はすのこが敷かれた下駄箱の前をうろうろする。誰かの下駄箱を探しているらしい。
「下駄箱なんて探してどうするんですか?」
 まさか古い漫画に出てくるラブレターっていう奴じゃないだろうな。果たし状とか。
「昔ね、クラスメイトにいじめられて死んじゃった子がいるの。中井君っていうんだって」
 いきなり彼女はそんな話を始めた。いじめ。身近な問題だけれど幸い僕はいじめを経験したり見たりせずに育ってきた。いじめをする側の心理は分からないし、いじめられる側の気持ちを僕が理解するのはとても難しいだろう。分かった気になる、くらいはできるかもしれないけど。そんな話を野々宮先輩はいつもの明るい調子で続ける。
「理由は分かんないんだけどさ、中井君が使っていた下駄箱を開けて『探すのを手伝ってあげる』って言うと中井君に会えるっていう話だよ」
 ううむ。普通ならただの怖いもの見たさで済むけど僕たちは怪異体験クラブ。実際に怪異に遭遇してしまう体質というか、そういう星の元にいる。なのにわざわざ自分から怪異に近づこうだなんてどういう神経をしてるんだ。この人は。
「本当に中井君が出てきたらどうするんですか?」
 僕が訊ねると野々宮先輩はきょとんとして振り向く。
「え? 中井君が出てきたら……そうだね、どうしようか」
 口より先に手が出るというけれど、彼女の場合は口と手が出て頭は働かないという感じだった。僕は脱力して肩を落とす。
「そんな……勘弁してくださいよ」
「ごめんねー。真咲ちゃんはブチョーだし、浅場ちゃんは取り込み中で神木ちゃんは安定の帰宅。律っちゃんは今日も部活に来れそうにないし……だから、頼めるのは保科ちゃんしかいないかな~って。ごめん!」
 そう言って野々宮先輩はお辞儀をした。先輩にそこまで潔く頭を下げられたら、僕も喉から出かかった文句を引っ込めるしかない。しょうがないなぁ……。
「で、中井君の下駄箱は見つかりそうですか?」
「えーっとね、この列の……」
 先輩と肩を並べて下駄箱の番号を一つ一つ確かめる。そして問題の一年B組十四番目の下駄箱を見つけた。番号から視線をずらして下駄箱の扉を見た時、思わず固まった。扉の上に「使用禁止」という張り紙がしてあったのだ。
「いかにもいわくつきって感じ。こんなのわざわざ学校が張るってことはさ、やっぱり何かあるんだよ」
 そう言って先輩は迷うことなく下駄箱の扉を開けた。下駄箱の中は空だった。すかさず野々宮先輩はこう言った。
「中井君、中井君。探すのを手伝ってあげる」
 一、二、三……十秒待っても何も起きない。野々宮先輩の呼びかけに返事は無かった。噂はデマだったのか、まだ何か手順が必要なのか。何も起きないまま時間が過ぎていく。しびれを切らした僕が部室に戻りましょう、と言いかけた時だった。
 昇降口の向こう――外が騒がしくなった。振り返ると校門からこちらへ向かってくる生徒が大勢いた。え、こんな時間に……? 不思議に思っていると「今日は体育の授業があってだるい」とか「宿題を忘れたから写させてほしい」とか、他愛ないけれど学生らしい会話が聞こえてくる。下駄箱の前で突っ立っている僕と先輩をよそに、生徒たちは靴を下駄箱にしまって廊下の奥へ消えていった。
 ……何かおかしい。けれど上手く違和感の理由を説明できない。隣にいる先輩もきょとんとして生徒の群れを見ていたが、突然チャイムが鳴り響いた。
「早く教室に入れ!」
 始業のチャイムと立て続けに響く先生の怒鳴り声。なんだ? 何が起きたんだ? 僕は昇降口から飛び出す。そのまま太陽の下へ出てはっとした。さっきまで茜色だった空の上にさんさんと太陽が昇っている。肌に感じる弱々しいけれど暖かな陽の光。まぎれもなく朝の陽ざしだった。僕ははっとした。そんな、そんなバカなことがあろうだろうか……。
 “さっきまで夕方だった学校が朝になっている”。
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