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5章 学校に降り立つ神
ヒーローは遅れてやってくる
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「伏せて!」
いきなりそう叫んだのは真咲先輩だった。え? と思う間もなく先輩が後ろからのしかかってきて僕は床に倒れこんだ。一瞬、目の前で白い光が弾ける。閃光というやつだろうか。僕は床に伏せたまま、周りが異様なほど静かなのを不思議に思った。しいんと自分の息をする音さえ聞こえそうな静けさの中で、恐る恐る顔を上げて教室の中を見ると……林田さんが膝をついて床にへたり込んでいた。彼女を見守っていた女子二人は、肩を寄せ合って口をぽかんと開けている。三人とも魂を抜かれたように茫然としていた。
蛇神様は……。思いっきり首を伸ばして天井を探しても、どこにも蛇神様の姿は見当たらなかった。まるで最初からそんなものはいませんでしたというように。窓の外から、バットにボールが当たってかっ飛ぶ小気味良い音がした。教室の中は夕陽の淡く暖かいオレンジの光で満たされている。いかにも平和な放課後そのものですとばかりだ。
一体、何が起きたんだ?
「二度とこんな真似すんな」
そんな吐き捨てるようなセリフを言って教室から出てきたのは――神木先輩だった。
え? どうしてここに?
「素人が手を出していいもんじゃねぇ」
教室の方を振り返りながらそうつぶやいた後、神木先輩は床に倒れこんだ僕たちを見てあきれたように言った。
「いつまでそうしてんだ」
「ああ、ごめんごめん」
真咲先輩が立ち上がる。背中に感じていた重量が消えて(身長の割に意外とあると思う)、僕は晴れて自由の身になった。いてて……とこぼしながら僕も膝をついて立ち上がる。
「えっと、あの……何が起こったんですか?」
僕が訊ねると真咲先輩は愉快そうに笑って答える。
「もう心配はいらないってことさ」
「え?」
ほら、と真咲先輩は教室の方を指さす。つられて視線を移すと、床に紙と硬貨が落ちていた。紙は二枚ある――いや、一枚だった紙が真っ二つに割れてしまったのだ。
「もう蛇神様が呼ばれることはない。現世との繋がり――通路が断たれてしまったからね」
真咲先輩は神木先輩の方を振り返った。ニコニコ笑いながら、つんと横を向いてしまった神木先輩の顔を見上げている。
「神木くん、新入りに説明してあげてくれ」
うむを言わさない真咲先輩の満面の笑みに根負けしたらしい。神木先輩はわざと僕にも聞こえるように、盛大なため息をついてから言う。
「よくある低級霊だ。神や精霊のフリをして人間をだます。ちょっとした呪いで人間の願いを叶えたように見せかけて、より大きな力を手に入れるためのお供えや人間の魂を欲しがる」
「人間の魂……ですか?」
「霊に何かを願うってことは、そいつと『契約する』ってことだ。契約者の魂は霊のものになる。低級霊が神を騙って人の願いを叶えるのは信仰を集めて力を強くするため、もう一つは“美味いメシを手に入れる”ため」
「人間の魂は霊にとって高級食材らしいからね。信者――契約者を十分に集めたら一気に魂をごちそうになるつもりだったんじゃないかな」
真咲先輩が合いの手を入れる。「いや、いつ聞いても神木くんの説明は秀逸だ」と真咲先輩は手放しにほめたけど、神木先輩は面倒くさそうに口元をへの字にした。
「帰る」
神木先輩はぶっきらぼうにそう言って、僕たちを振り返りもしないで教室を出て行った。僕は神木先輩の左手首にはまった数珠に目を止める。横から真咲先輩が、僕の耳に向かってささやいた。
「あの数珠は亡くなったおばあ様から譲り受けた形見だそうだ。彼の“力”は、おばあ様譲りなのかもしれないね」
神木先輩の力――。僕はついさっき見た光景を思い出す。白い光が爆ぜる瞬間、僕はその光の中央に立つ後ろ姿を見た。あれは……数珠を掲げた神木先輩だった。神木先輩が数珠を蛇神様に向けた瞬間、蛇神様の体が真っ二つに裂けたのを僕はかすかな視界の中で確かに見た。
真咲先輩は神木先輩が去っていくのを見守ると、ふいと教室の方へ向き直った。にこやかな微笑みから一変、真剣な面持ちへ林田さんに近づいていく。まだ林田さんは尻もちをついた格好のままだった。真咲先輩は膝を立てて床に座る。林田さんに手を差し伸べるが、彼女はあまりの恐怖のせいか体が金縛りにあったように動かなかった。真咲先輩は困ったように肩をすくめる。
「……まぁ、これで彼女も霊媒師ごっこに懲りただろう」
(僕はすっかり慣れてしまったけど)怪異に襲われた人間として林田さんの反応は自然だった。自分の味方だと思っていた蛇神様に裏切られたショックもあるかもしれない。
「“また”神木くんの世話になってしまったね。この借りもいつか返さないと」
独り言だろうか。真咲先輩はそんなことを言ってくすりと笑った。“この借り”――。彼も神木先輩も三年生だ。クラブの古参であろう二人は、新人の僕には想像もつかない色んな怪異に出くわしてきたのだろう。
いつか、二人の昔話を聞いてみたいかも。神木先輩の方から話してくれることはなさそうだから、真咲先輩に催促してみてもいいかもしれない。蛇神様が去った後のひっそり静まり返った教室で、そんな日が来るのを少し楽しみにしている僕がいた。
いきなりそう叫んだのは真咲先輩だった。え? と思う間もなく先輩が後ろからのしかかってきて僕は床に倒れこんだ。一瞬、目の前で白い光が弾ける。閃光というやつだろうか。僕は床に伏せたまま、周りが異様なほど静かなのを不思議に思った。しいんと自分の息をする音さえ聞こえそうな静けさの中で、恐る恐る顔を上げて教室の中を見ると……林田さんが膝をついて床にへたり込んでいた。彼女を見守っていた女子二人は、肩を寄せ合って口をぽかんと開けている。三人とも魂を抜かれたように茫然としていた。
蛇神様は……。思いっきり首を伸ばして天井を探しても、どこにも蛇神様の姿は見当たらなかった。まるで最初からそんなものはいませんでしたというように。窓の外から、バットにボールが当たってかっ飛ぶ小気味良い音がした。教室の中は夕陽の淡く暖かいオレンジの光で満たされている。いかにも平和な放課後そのものですとばかりだ。
一体、何が起きたんだ?
「二度とこんな真似すんな」
そんな吐き捨てるようなセリフを言って教室から出てきたのは――神木先輩だった。
え? どうしてここに?
「素人が手を出していいもんじゃねぇ」
教室の方を振り返りながらそうつぶやいた後、神木先輩は床に倒れこんだ僕たちを見てあきれたように言った。
「いつまでそうしてんだ」
「ああ、ごめんごめん」
真咲先輩が立ち上がる。背中に感じていた重量が消えて(身長の割に意外とあると思う)、僕は晴れて自由の身になった。いてて……とこぼしながら僕も膝をついて立ち上がる。
「えっと、あの……何が起こったんですか?」
僕が訊ねると真咲先輩は愉快そうに笑って答える。
「もう心配はいらないってことさ」
「え?」
ほら、と真咲先輩は教室の方を指さす。つられて視線を移すと、床に紙と硬貨が落ちていた。紙は二枚ある――いや、一枚だった紙が真っ二つに割れてしまったのだ。
「もう蛇神様が呼ばれることはない。現世との繋がり――通路が断たれてしまったからね」
真咲先輩は神木先輩の方を振り返った。ニコニコ笑いながら、つんと横を向いてしまった神木先輩の顔を見上げている。
「神木くん、新入りに説明してあげてくれ」
うむを言わさない真咲先輩の満面の笑みに根負けしたらしい。神木先輩はわざと僕にも聞こえるように、盛大なため息をついてから言う。
「よくある低級霊だ。神や精霊のフリをして人間をだます。ちょっとした呪いで人間の願いを叶えたように見せかけて、より大きな力を手に入れるためのお供えや人間の魂を欲しがる」
「人間の魂……ですか?」
「霊に何かを願うってことは、そいつと『契約する』ってことだ。契約者の魂は霊のものになる。低級霊が神を騙って人の願いを叶えるのは信仰を集めて力を強くするため、もう一つは“美味いメシを手に入れる”ため」
「人間の魂は霊にとって高級食材らしいからね。信者――契約者を十分に集めたら一気に魂をごちそうになるつもりだったんじゃないかな」
真咲先輩が合いの手を入れる。「いや、いつ聞いても神木くんの説明は秀逸だ」と真咲先輩は手放しにほめたけど、神木先輩は面倒くさそうに口元をへの字にした。
「帰る」
神木先輩はぶっきらぼうにそう言って、僕たちを振り返りもしないで教室を出て行った。僕は神木先輩の左手首にはまった数珠に目を止める。横から真咲先輩が、僕の耳に向かってささやいた。
「あの数珠は亡くなったおばあ様から譲り受けた形見だそうだ。彼の“力”は、おばあ様譲りなのかもしれないね」
神木先輩の力――。僕はついさっき見た光景を思い出す。白い光が爆ぜる瞬間、僕はその光の中央に立つ後ろ姿を見た。あれは……数珠を掲げた神木先輩だった。神木先輩が数珠を蛇神様に向けた瞬間、蛇神様の体が真っ二つに裂けたのを僕はかすかな視界の中で確かに見た。
真咲先輩は神木先輩が去っていくのを見守ると、ふいと教室の方へ向き直った。にこやかな微笑みから一変、真剣な面持ちへ林田さんに近づいていく。まだ林田さんは尻もちをついた格好のままだった。真咲先輩は膝を立てて床に座る。林田さんに手を差し伸べるが、彼女はあまりの恐怖のせいか体が金縛りにあったように動かなかった。真咲先輩は困ったように肩をすくめる。
「……まぁ、これで彼女も霊媒師ごっこに懲りただろう」
(僕はすっかり慣れてしまったけど)怪異に襲われた人間として林田さんの反応は自然だった。自分の味方だと思っていた蛇神様に裏切られたショックもあるかもしれない。
「“また”神木くんの世話になってしまったね。この借りもいつか返さないと」
独り言だろうか。真咲先輩はそんなことを言ってくすりと笑った。“この借り”――。彼も神木先輩も三年生だ。クラブの古参であろう二人は、新人の僕には想像もつかない色んな怪異に出くわしてきたのだろう。
いつか、二人の昔話を聞いてみたいかも。神木先輩の方から話してくれることはなさそうだから、真咲先輩に催促してみてもいいかもしれない。蛇神様が去った後のひっそり静まり返った教室で、そんな日が来るのを少し楽しみにしている僕がいた。
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