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7章 私の親友、香ちゃん
隣り合わせ
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私は人と話すのが得意じゃないし、どちらかというと人目を気にする方だと思う。だから友達は少なかったけどそれを不満に思うことはなかった。私には小さい頃から親友の香ちゃんがいて、彼女とはいつも一緒だったから。学校から帰ってきたら私の部屋にやってきておしゃべりして、二人で近所をお出かけして……。毎日飽きずにそれを繰り返した。私はそのことに何も疑問を持たなかった。
いつだったか、公園で遊んでいる時に同級生たちに声を掛けられたことがあった。「何してるの?」と聞かれたので「香ちゃんと縄跳びしてる」って答えたら、みんな顔を見合わせた。「香ちゃんって誰?」と聞かれたから香ちゃんの方を指さしたけど、それ以上みんな何も言わずに私から離れていった。子どもの私でも、何かおかしいと思わずにはいられなかった。けれど私がおかしいと思っていたのは、あくまでみんな――文房具屋のおばちゃんや同級生たちの方だった。
香ちゃんは言葉少なだけれどいつもにこにこしていて、私の話を聞いてくれる。どこへ遊びに行っても私と一緒にいてくれた。私はそんな香ちゃんが大好きだったから彼女にべったりだった。今日も彼女がコンコンと私の部屋のドアを叩いて遊びにくるのを楽しみにしていた。
確か中学校に上がって早々のことだったと思う。その日は日直だったので遅くまで学級日誌を書いていた。するとクラスの子が私に声を掛けてきた。「カラオケに行かない?」と誘われたけど今日は香ちゃんと約束があった。一緒に隣町まで買い物に行くのだ。「ごめん、友達と約束があるんだ」私がそう言うとその子は「また香ちゃん?」と呆れたように言う。彼女は香ちゃんと会ったことがない。
「なんか毎日一緒じゃない? その子とは家が近いの?」
「え?」
「学校は違うの?」
彼女の質問におかしいところはない。私が思わず聞き返してしまったのは……その問いに答えられなかったからだ。いつも香ちゃんの方から私の家に遊びに来る。ずっと昔からそうだったからそれが当たり前になっていた。香ちゃんがどこに住んでいるかなんて考えたことがなかった。ただ話をしていてなんとなく、近くに住んでいるのだろうと思っていた。そうだ。私は今まで一度も香ちゃんの家に行ったことがない。
香ちゃんはどこの学校に通っているのか? もちろん彼女も学校に通っているはずだけど具体的に名前を聞いたことはない気がする。それに……それに、彼女に他に友達がいるという話を聞いたことがなかった。いつも私だけが自分のことを話しているような気がする。彼女は常に私の話をニコニコと笑いながら聞いていてくれるけど、彼女自身について話すことはほとんどない。
突然、足元の床が崩れ落ちたような感覚を覚えた。サッと頭から血の気が引いていくのが分かる。まるでめまいのような。「大丈夫?」という声が聞こえたけど、それにどう答えたのかは覚えていない。
まさか。これまで時々不思議に思っていた点が、次々と符号して一つの線になっていく。戸惑ったような表情のおばあちゃん。何も言わずに引き返していこうとする同級生たち。
気が付いたら私はカバンを下げて家に戻っていた。ちゃんと学級日誌を先生に返したどうかは記憶にない。私は二階にある自分の部屋に戻って床にカバンを放り出す。そして呆然としていた。しばらくすると
「コンコン」
ドアをノックする音が聞こえた。香ちゃんだ。今日も私を迎えに来たのだ。けれど、私はドアを開けることが出来なかった。どうして気づかなかったんだろう。
いつ、彼女は家の中に入ってきたのか。いつもこうやっていつの間にか私の部屋の前まで来るけど、どうやって?
一階には母がいる。大声で母を呼ぶべきか迷った。ドアの外には、まだ気配がある。香ちゃんがまだ、そこにいる。
「ピンポーン」
突然鳴り響いたインターホンの音に驚いて思い切り肩が震えた。固まる私をよそに「はーい」とのんきに返事をする母の声が聞こえる。誰が来たのだろう? 息をするのも忘れたように硬直する私をよそに、階段を昇ってくる音がした。そして遠慮なくドアが開いた。ドアの向こうから顔を覗かせたのは母だった。母は呆れたように言う。
「もう、いるなら返事しないよ」
どうやら母に呼ばれていたらしいけれど声が耳に入っていなかった……いや、それどころじゃなかったのだ。私の視線は目の前のドア――その向こうにいるはずの香ちゃんに釘付けになっていたのだから。母の後ろから姿を現したのは同級生だった。確かカラオケに行くと言っていたはずだけど。
母が飲み物を持ってくると言って立ち去り、部屋には私と同級生の彼女だけになった。
「なんかさ、顔色悪いから大丈夫かなって」
心配してわざわざ訪ねてきてくれたらしい。
「それに、香ちゃんって子のことも気になるしさ」
本当のところは心配半分、好奇心半分というところらしいかった。でも正直に言う辺り悪い子じゃないなと思う。明け透けというか。
「香ちゃんってどんな子なの?」
「どんな子って……」
明るくて、いつも私の話を聞いてくれる聞き上手で、でも。
たぶん、他の人には見えていない。
「ふうん……。香ちゃんってどんな人?」
突然、そんなことを聞いてきた。私は物心ついた時から香ちゃんと一緒だったこと、どちらかといえば彼女は聞き上手だったこと、そして服のセンスは正反対だけど私と顔がよく似ていることをとりとめもなく伝えた。最後の言葉を聞いて同級生の顔が露骨に曇る。そして、言いにくそうに口を開けてこう切り出した。
「あのさ、ドッペルゲンガーって知ってる?」
ドッペルゲンガー? どこの国の言葉だろう。私は首を振る。
「ドッペルゲンガーって自分にそっくりな見た目をしてるの。でね、そいつを見ると近いうちに死んじゃうんだって」
その言葉を聞いて私は雷に打たれたような衝撃を受けた。昔から香ちゃんとよく言い合っていたものだ。お互いに顔を見合わせて笑いながら、「私たち、そっくりだね」って……。青ざめた私を前に彼女は首をかしげる。
「でも変なんだよね。そんな昔からドッペルゲンガーとずっと一緒ってのが」
「え?」
「言ったでしょ。ドッペルゲンガーを見たものは“近いうち”に死ぬの」
そうだ、そうだった。そんな話をたった今聞いたばかりだった。けれど、二人でこうやって考え込んだところで答えは見つかりそうにない。
「よく分かんないけど……小さい頃から一緒にいても平気だったってことは害はなさそうだね。でも怖いからお祓いとかしておいたほうがいいんじゃない?」
その後はしばらく彼女と話をした。何かれとなく私が言わなくても察してくれたのだと思う。
今、一人になるのが怖い。また香ちゃんがやってくるような気がする。私の部屋をノックして私を呼びにくる。きっといつものように。
いつものことなのに、これほど恐ろしいことはなかった。香ちゃんは一体何者なんだろう。
いつだったか、公園で遊んでいる時に同級生たちに声を掛けられたことがあった。「何してるの?」と聞かれたので「香ちゃんと縄跳びしてる」って答えたら、みんな顔を見合わせた。「香ちゃんって誰?」と聞かれたから香ちゃんの方を指さしたけど、それ以上みんな何も言わずに私から離れていった。子どもの私でも、何かおかしいと思わずにはいられなかった。けれど私がおかしいと思っていたのは、あくまでみんな――文房具屋のおばちゃんや同級生たちの方だった。
香ちゃんは言葉少なだけれどいつもにこにこしていて、私の話を聞いてくれる。どこへ遊びに行っても私と一緒にいてくれた。私はそんな香ちゃんが大好きだったから彼女にべったりだった。今日も彼女がコンコンと私の部屋のドアを叩いて遊びにくるのを楽しみにしていた。
確か中学校に上がって早々のことだったと思う。その日は日直だったので遅くまで学級日誌を書いていた。するとクラスの子が私に声を掛けてきた。「カラオケに行かない?」と誘われたけど今日は香ちゃんと約束があった。一緒に隣町まで買い物に行くのだ。「ごめん、友達と約束があるんだ」私がそう言うとその子は「また香ちゃん?」と呆れたように言う。彼女は香ちゃんと会ったことがない。
「なんか毎日一緒じゃない? その子とは家が近いの?」
「え?」
「学校は違うの?」
彼女の質問におかしいところはない。私が思わず聞き返してしまったのは……その問いに答えられなかったからだ。いつも香ちゃんの方から私の家に遊びに来る。ずっと昔からそうだったからそれが当たり前になっていた。香ちゃんがどこに住んでいるかなんて考えたことがなかった。ただ話をしていてなんとなく、近くに住んでいるのだろうと思っていた。そうだ。私は今まで一度も香ちゃんの家に行ったことがない。
香ちゃんはどこの学校に通っているのか? もちろん彼女も学校に通っているはずだけど具体的に名前を聞いたことはない気がする。それに……それに、彼女に他に友達がいるという話を聞いたことがなかった。いつも私だけが自分のことを話しているような気がする。彼女は常に私の話をニコニコと笑いながら聞いていてくれるけど、彼女自身について話すことはほとんどない。
突然、足元の床が崩れ落ちたような感覚を覚えた。サッと頭から血の気が引いていくのが分かる。まるでめまいのような。「大丈夫?」という声が聞こえたけど、それにどう答えたのかは覚えていない。
まさか。これまで時々不思議に思っていた点が、次々と符号して一つの線になっていく。戸惑ったような表情のおばあちゃん。何も言わずに引き返していこうとする同級生たち。
気が付いたら私はカバンを下げて家に戻っていた。ちゃんと学級日誌を先生に返したどうかは記憶にない。私は二階にある自分の部屋に戻って床にカバンを放り出す。そして呆然としていた。しばらくすると
「コンコン」
ドアをノックする音が聞こえた。香ちゃんだ。今日も私を迎えに来たのだ。けれど、私はドアを開けることが出来なかった。どうして気づかなかったんだろう。
いつ、彼女は家の中に入ってきたのか。いつもこうやっていつの間にか私の部屋の前まで来るけど、どうやって?
一階には母がいる。大声で母を呼ぶべきか迷った。ドアの外には、まだ気配がある。香ちゃんがまだ、そこにいる。
「ピンポーン」
突然鳴り響いたインターホンの音に驚いて思い切り肩が震えた。固まる私をよそに「はーい」とのんきに返事をする母の声が聞こえる。誰が来たのだろう? 息をするのも忘れたように硬直する私をよそに、階段を昇ってくる音がした。そして遠慮なくドアが開いた。ドアの向こうから顔を覗かせたのは母だった。母は呆れたように言う。
「もう、いるなら返事しないよ」
どうやら母に呼ばれていたらしいけれど声が耳に入っていなかった……いや、それどころじゃなかったのだ。私の視線は目の前のドア――その向こうにいるはずの香ちゃんに釘付けになっていたのだから。母の後ろから姿を現したのは同級生だった。確かカラオケに行くと言っていたはずだけど。
母が飲み物を持ってくると言って立ち去り、部屋には私と同級生の彼女だけになった。
「なんかさ、顔色悪いから大丈夫かなって」
心配してわざわざ訪ねてきてくれたらしい。
「それに、香ちゃんって子のことも気になるしさ」
本当のところは心配半分、好奇心半分というところらしいかった。でも正直に言う辺り悪い子じゃないなと思う。明け透けというか。
「香ちゃんってどんな子なの?」
「どんな子って……」
明るくて、いつも私の話を聞いてくれる聞き上手で、でも。
たぶん、他の人には見えていない。
「ふうん……。香ちゃんってどんな人?」
突然、そんなことを聞いてきた。私は物心ついた時から香ちゃんと一緒だったこと、どちらかといえば彼女は聞き上手だったこと、そして服のセンスは正反対だけど私と顔がよく似ていることをとりとめもなく伝えた。最後の言葉を聞いて同級生の顔が露骨に曇る。そして、言いにくそうに口を開けてこう切り出した。
「あのさ、ドッペルゲンガーって知ってる?」
ドッペルゲンガー? どこの国の言葉だろう。私は首を振る。
「ドッペルゲンガーって自分にそっくりな見た目をしてるの。でね、そいつを見ると近いうちに死んじゃうんだって」
その言葉を聞いて私は雷に打たれたような衝撃を受けた。昔から香ちゃんとよく言い合っていたものだ。お互いに顔を見合わせて笑いながら、「私たち、そっくりだね」って……。青ざめた私を前に彼女は首をかしげる。
「でも変なんだよね。そんな昔からドッペルゲンガーとずっと一緒ってのが」
「え?」
「言ったでしょ。ドッペルゲンガーを見たものは“近いうち”に死ぬの」
そうだ、そうだった。そんな話をたった今聞いたばかりだった。けれど、二人でこうやって考え込んだところで答えは見つかりそうにない。
「よく分かんないけど……小さい頃から一緒にいても平気だったってことは害はなさそうだね。でも怖いからお祓いとかしておいたほうがいいんじゃない?」
その後はしばらく彼女と話をした。何かれとなく私が言わなくても察してくれたのだと思う。
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