(3章完結)今なら素直に気持ちを伝えられるのに

在原正太朗

文字の大きさ
35 / 81
エピソード.2 heath

2-19 もう一度

しおりを挟む
 夕日を遮っていた雲は蝶が過去へ飛んでいく時に、一緒に連れ去っていったのだろうか、夜空には星が輝き三日月からは光の雫がこぼれている。夜の散歩やロードワークには最適な飽きの来ない夜空。ただ、その夜空の下を歩く蕪木の表情に明るさはない。

 掌の痛みを我慢しながら蕪木の隣で自転車を押す自分は、その理由をひたすらに考えていた。そして、安宅の海を出てから約一時間、ようやく自分はその理由へとたどり着く。
 土居原先生の時のように想いが無事伝わったのか、確認する方法がなかったからだ。小説のあとがきにメッセージが残されるわけでも、過去から現在に手紙が届けられるわけでもない。ましてや、直接蕪木から部長に電話をするわけにもいかない。
 何よりもだ、受け止めた部長が、蕪木の唯一の親友が、蕪木の想いに応えてくれるのかは部長次第。

「…………」

 自分は星空を見上げる。
 願わくは、どうか自分の隣を歩く友だち(仮)に心の救済を。

 と星に願いを込めてみるけれど、星は美しく輝くばかりで願いを聞き入れてはくれないようで、ズボンのポケットに入れているスマホを手で触ってみるけれど、通知の音もメッセージを映し出す明かりも表れたりはしない。

 そのまま歩き続けた自分たちだったが、交差点に差し掛かったところで蕪木は突然立ち止まり堅く閉ざしていた口を開いた。

「もうすぐ家に着くから。ここで別れましょう」
「最後まで送らせてはくれないのか?」
「……今の酷い顔、わたしの両親に見られたらあなたが真っ先に疑われるわよ」
「そりゃ困った」
「最悪の場合殴られるかも」

 と心配にも取れる冗談を言う蕪木。
 自分はその冗談が本当になれば良い。と思っていた。
 蕪木の百合の花のような顔をこのようにしてしまったのは間違いなく自分であり、殴られた方が心は晴れる。

「悪いがひねくれものが素直に忠告を受け入れることはないんだわ。だから、最後まで送らせてもらうよ」
「……そう」

 受け入れてくれたのか蕪木は再び歩き出した。
 傷つく時は一緒に傷つく。あの時自分は確かに蕪木に言ったのだ。その言葉を嘘にはしない。
 そう心に堅く誓ったとき、蕪木が再び立ち止まった。
 目前に見えた蕪木家。その前に立つ街灯の下にしゃがみ込んでいる人影が目に入ったからだ。

「大ちゃん……」
「なっ」

 蕪木が口にした名前に自分は驚き、急いで蕪木の視線の先を見た。
 街灯の下とはいえ辺りは夜の暗闇に包まれている。そのため、輪郭りんかくはぼやけて見えていたが、間違いなく部長だった。
 その部長は生まれたての雛を抱えるように、そっと両手の中に蝶を収めている。その蝶はまるで自分たちを待っていたかのように自分たちと部長が邂逅かいこうした瞬間、光の粒となって空へと昇っていき星の海の中に溶けていった。

「部長」
「梅ちゃん……わたちゃん」

 立ち上がった部長は蕪木の名前を呼ぶと、いつもの姿からは考えられない不器用な笑みがこぼれた。

「まったくー、卑怯だぞ、梅ちゃん。椿に蝶のこと黙っていたでしょ。信頼していたのに、まったくだよ、もー」
「部長。あの」
「それに卑怯なのはわたちゃんもだぞ。わたちゃんばっかり椿に言ったきりでさ、椿だって……椿だってわたちゃんに言いたいこと、たくさんあるんだよ」
「大ちゃん……」
「もう、何でそこで泣きそうになるのさ……泣きたいのは椿も同じで」

 と言い切ろうとした部長の頬はもう、濡れていた。

「ごめんね、わたちゃん。ずっと、言えなくて」

 雫がこぼれる。
 星明かりに照らされた雫が頬の器から溢れ、熱を持ったコンクリートの地面に落ちていく。
 何粒も、何粒も落ちていく雫たちに、ずっと溜め込まれていた部長の想いが包まれていた。

「本当はね、想像したらすぐ分かったよ、わたちゃんが何であんなこと言ったのかって。何であんなことを言わせてしまったのかって。椿は賢くないけどわたちゃんのことは誰よりも知っているつもりだから。だからすぐに分かった」
「大ちゃん」
「分かっていたからね、本当は想像することも駄目だって分かっていたんだよ。でも、ずっと想像していたんだ。もし、あんなことがなくてわたちゃんと同じ学校に通うことができていたらって。何度も何度も想像して」
「違うの! 違うの、大ちゃん。わたしが、わたしだけが伝えてしまったの。ずるをしてしまったの」
「……わたちゃん」

 熱を帯びる蕪木の目元。その目元よりもずっと熱い雫が蕪木の瞳から溢れ出した。

「わたしも! わたしも本当は大ちゃんと同じ学校へ行きたかった。一緒に授業を受けて、大ちゃんが分からないところをわたしが教えてあげて。そのかわり大ちゃんがわたしの知らない世界へと連れ出してくれる。そんな高校生活を想像していたの。でも、わたしが……言ってしまったから。あなたを傷つけてしまったから」
「蕪木」
「ごめんなさい、大ちゃん。傷つけて、ごめんなさい」

 蕪木は頭を下げた。部長に、親友だった大領中椿に向けて。何度目かの涙と共に。確かに謝罪の言葉を部長へと伝えた。
 今なら素直に伝えられる気持ちを蕪木は伝えたのだ。

 だけど、全部じゃない。全てじゃない。
 それじゃあ足りないだろ。

「そうじゃないだろ、蕪木!」
「っ!」

 振り返る蕪木。
 その表情には戸惑いが溢れていて、自分の言葉を受け止めるのは難しいのかもしれない。
 それでも自分は言葉を紡ぐ。

「確かにお前は、大切な友だちを傷つけるような発言をしてとても後悔をしている。だから、あの紙を飛ばして本当に言いたかったことを伝えて、謝った。だけどな、それじゃまだ足りないだろ。お前の後悔はそんなもんじゃ消えたりしないだろ」
「……何を言っているの、本多」
「っ。分かんねえのかよ! お前は一番大切な友だちを失ったこと、後悔しているんだろ!? 友だちの側を離れてしまったことを悔やんでいるんだろ!? だったら、言えよ。もう一度後悔しないように。今なら素直に伝えられる気持ちを!」

 言ってくれよ、蕪木。

「……本多」
「なんだ?」
「ありがとう」
「っ」

 自分に礼を言った蕪木は瞳を潤ませたまま、微笑んだ。
 そして、再び部長へ向き直る。

「大ちゃん、虫の良い話だと言うことは分かっているわ。許さなくて良いなんて言った手前、こんなことを言うのはおかしいと言うことも。でもね、わたしはもう後悔したくないの。わたしの背中を押してくれる、もう一人の友だちのためにもね。だから」

 だから、

「もう一度。もう一度だけ、わたしと友だちになってください」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。 高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。 「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」 そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。 彼女の名は、立石麻美。 昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。 この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。 その日の放課後。 明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。 塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。 そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。 すべてに触れたとき、 明希は何を守り、何を選ぶのか。 光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

処理中です...