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エピソード・3 injury

3-13 知人割

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 翌日、図書室が閉じるギリギリまで居座った自分は、真っ直ぐ帰ることはせず意味もなく書店や雑貨屋に立ち寄り時間を潰す。そして、ピーク時間をさけてファミリーレストランに入ると、注文とドリンクバーでジュースのお代わりを繰り返していた。

 時計の針は午後の十時を刺そうとしている。流石にかあさんはもう家を出て金沢に向かっているだろう。だけど、地面に根が張ったように自分の足は動かなかった。
 そんな自分に対して一人の店員が妙に軽い足取りで近づいてきた。自分はどこに向けていたかも分からない視線をその店員に向ける。

「あれ、部長?」
「部長じゃないよ。今はアルバイト店員の大領中椿です」

 ファミレスの制服を身に着けた部長は人差し指を振って自分の言葉を否定した。

「そっか。それは悪かったな」

 部長からすれば冗談半分だった訂正に、力なくまともに受け入れる自分。
 部長の表情が曇っていくのがすぐに見て取れて、自分は何とか言い訳を考えようと思うのだけれど、こういう時に限って上手く言葉がまとまらない。

「その、ここでバイトしていたのか」
「うん。隠していたわけじゃないけど、梅ちゃんに言ったら冷やかしに来るかなって」

 それを隠していた。というのだと思うが、確かに冷やかしに来てしまいそうなので何とも言えないところ。

「とりあえず、もうすぐお店終わりだからお会計済ませてくれるかな」
「あ、悪い」

 部長に促され慌てて席を立つ。
 伝票を手に取ったところで自分は固まった。長い時間居座らせてもらう分多めに注文してしまったせいで、かなりの金額になっていたのだ。

「ちなみに知人割って」
「ないよ」
「そっか」

 割引を期待したのだけれど、ない物ねだりはできない。
 自分はあきらめて会計を済ませるためレジまで向かおうと歩き出した。その時、部長に呼び止められた。
「梅ちゃん。外で待っていてくれないかな」

「……今、お客様なんだけどな」
「むむむ」
「冗談だよ。自転車置き場で待っていたら良いか?」
「うん。あ、告白じゃないから期待はしないでね」
「まじか。残念だわ」

 自分はわざと頭を抱えるふりをしてみせると、部長は笑って、「ごめんね」。と言ってどこからか取り出していたクーポン券を自分の手に握らせた。
 万次郎といい、どうやったらこう器用になれるのだろうか。

 自分は部長に向けはにかむと、部長は軽く会釈をしてキッチンの奥へと消えていった。
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