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エピソード・3 injury
3-30 どこまでも不器用な友だち
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部長の好意で予定より早くオカルト研究部の集会を終えた自分は、その足で学校の図書室へ向かった。
引き戸の先ではいつもの通り土居原先生が、羽毛のような柔らかい笑顔で迎えてくれる。そんな土居原先生に自分は会釈をして挨拶を返すと、窓際の席に座る友だちの元へ歩いていく。
夏休みであり少々の着崩し程度であればうるさく言う先生もいないというのに、折り目正しく制服に身を通している蕪木は、姿勢を正し几帳面な文字列をノートに書き連ねている。
いつだって変わらない蕪木の様子に、自分は安心感を覚えると同時におかしくなって思わず口元がにやける。そして、そのまま蕪木に声を掛けた。
「夏休みだっていうのに、わざわざ学校の図書室に来てまで勉強しますかね」
と挨拶代わりに冗談を言ってみるのだけれど、蕪木はこちらを向くことはなく。
「そういうあなたも、なぜ用事もないのに図書室に来るのかしら?」
ときついボディーブローをお見舞いしてきた。
この一撃で情けなくも降参を宣言した自分は、向いていない冗談を言うのを止め正直に話を進める。
「おれの場合、用事があるんだよ」
「へえ。珍しいことがあるものね」
矢でも降ってくるのかしら。と自分の心に矢を突き刺す蕪木。
もはや慣れてきている自分が居るのがおそろしいところだが、今は気にせず蕪木の左隣の席に座る。そしてわざと肘をついて蕪木へと質問をする。
「そういう蕪木はどうして図書室に来ているんだよ。別に勉強がしたいんだったら家や市の図書館で良いだろう」
「ばかね、わたしがそれだけの理由で来ると思うの?」
ようやく自分の方に視線を向ける蕪木。
相変わらず表情は硬い。だけど、ほんの少しだけ上がった口角と幽かな頬の桜色が自分の視界には映った。
「友だちに会えるかもしれないと思ったから、ここに来たの」
「なっ」
完璧な不意打ちだった。
きっと仲の良い友だちにしか見せることのない、魅力的で悪戯っぽさを含んだ柔らかな笑顔。
これまでの蕪木であれば絶対に見られないであろう表情。それを今、自分だけに見せたのだ。
「……ふー」
蕪木さん、それは卑怯じゃないですか。
自分は机に突っ伏し蕪木から顔を隠した。
「てっきりあなたも同じかと思っていたけれど、違ったのかしら?」
「……蕪木には適わねえな」
「当たり前よ。だって、わたしだもの」
相変わらず机に突っ伏したままの自分に蕪木の表情は伺い知れない。だけど、間違いなく今蕪木は笑っていて、その表情を見られなかった自分はもったいないことをしていると分かる。だけど、笑みがこぼれた音を聞けただけで自分には充分だ。
自分はまだ赤い顔を上げると鞄の中から財布を取り出す。そして、財布の中から少し萎れた映画のチケットを取り出し、蕪木のノートの上に乗せる。
「映画のチケット?」
「その……親にな、お前のこと話したんだよ、胸の傷のこと話しにいったとき」
「別に話す必要はなかったのじゃないかしら?」
「いや、それはなんかフェアじゃないだろ。お前に背中を押してもらえたから会いにいけたんだ。だから、お前のことなかったことにはできないよ。それに」
「それに?」
「おれ自身がその……感謝しているんだよ」
「殊勝な心掛けね。少し見直したわ」
「そりゃどうも」
さっきまでの表情はどこへ消えてしまったのか、蕪木の鋭い冗談が返ってきて自分は苦笑するばかり。
だが、これが自分の友だち、蕪木わたなのだ。
「だから一緒に行ってくれないかな。とか思ったりしていたり」
「嫌よ」
「ええ!?」
驚く自分に対して蕪木はあくまでも無表情のままチケットをスライドさせ自分の前に置く。
「見ての通り、わたしは忙しいのよ。あなたのために余計な時間はさけないわ」
「……前、突然買い物に呼び出したりしていたのはお前だろ」
自らのことを棚に上げて話す蕪木に自分は唸ってみるが、もちろん相手にされない。そのため渋々チケットを財布の中へと戻そうとすると、何故か蕪木がそれを制止する。
「仕方ないわね。では、じゃんけんをしましょう。あなたが勝ったら大人しく一緒に映画に行ってあげる」
「……もし、蕪木が勝ったら?」
「そうね―ポップコーンが食べたいわ」
「はい?」
「キングサイズよ。味はひとつだと飽きちゃうからハーフハーフで」
「……ついでに大きな画面で映画を見たり?」
「ええ。それも悪くないわね」
とあっけらかんに言う蕪木に、自分は苦笑したところで思い出す。
蕪木は以前言っていた。オブラートに包んで遠回しに話そうとしたら、気持ちとは反対の言葉を言ってしまうと。
つまり、そういうことなのだろう。
「……ふー」
まったく、蕪木さんときたら厄介な病気をお持ちなことで。
だが、そうじゃなければ蕪木じゃない。
自分は目線を伏せてにやりと笑い、拳を固める。
「決まりだな。じゃあ、おれはグー出すからな」
「どうせ負けるのに心理戦なんて不要じゃないかしら」
「いいや。今回は勝つからな。こんな時のために秘策も考えてきたんだ」
「そんな暇があれば面白いジョークの一つでも考えるべきね」
「ぐっ。なんか、もう心理戦に負ける気がしてきた」
頭を抱える自分に蕪木は悪戯っぽく笑うと、自分の前に手を差し出した。それを見て頭を抱えるのを止め、自分も手を差し出す。
結果はもう、言う必要もないだろう。
引き戸の先ではいつもの通り土居原先生が、羽毛のような柔らかい笑顔で迎えてくれる。そんな土居原先生に自分は会釈をして挨拶を返すと、窓際の席に座る友だちの元へ歩いていく。
夏休みであり少々の着崩し程度であればうるさく言う先生もいないというのに、折り目正しく制服に身を通している蕪木は、姿勢を正し几帳面な文字列をノートに書き連ねている。
いつだって変わらない蕪木の様子に、自分は安心感を覚えると同時におかしくなって思わず口元がにやける。そして、そのまま蕪木に声を掛けた。
「夏休みだっていうのに、わざわざ学校の図書室に来てまで勉強しますかね」
と挨拶代わりに冗談を言ってみるのだけれど、蕪木はこちらを向くことはなく。
「そういうあなたも、なぜ用事もないのに図書室に来るのかしら?」
ときついボディーブローをお見舞いしてきた。
この一撃で情けなくも降参を宣言した自分は、向いていない冗談を言うのを止め正直に話を進める。
「おれの場合、用事があるんだよ」
「へえ。珍しいことがあるものね」
矢でも降ってくるのかしら。と自分の心に矢を突き刺す蕪木。
もはや慣れてきている自分が居るのがおそろしいところだが、今は気にせず蕪木の左隣の席に座る。そしてわざと肘をついて蕪木へと質問をする。
「そういう蕪木はどうして図書室に来ているんだよ。別に勉強がしたいんだったら家や市の図書館で良いだろう」
「ばかね、わたしがそれだけの理由で来ると思うの?」
ようやく自分の方に視線を向ける蕪木。
相変わらず表情は硬い。だけど、ほんの少しだけ上がった口角と幽かな頬の桜色が自分の視界には映った。
「友だちに会えるかもしれないと思ったから、ここに来たの」
「なっ」
完璧な不意打ちだった。
きっと仲の良い友だちにしか見せることのない、魅力的で悪戯っぽさを含んだ柔らかな笑顔。
これまでの蕪木であれば絶対に見られないであろう表情。それを今、自分だけに見せたのだ。
「……ふー」
蕪木さん、それは卑怯じゃないですか。
自分は机に突っ伏し蕪木から顔を隠した。
「てっきりあなたも同じかと思っていたけれど、違ったのかしら?」
「……蕪木には適わねえな」
「当たり前よ。だって、わたしだもの」
相変わらず机に突っ伏したままの自分に蕪木の表情は伺い知れない。だけど、間違いなく今蕪木は笑っていて、その表情を見られなかった自分はもったいないことをしていると分かる。だけど、笑みがこぼれた音を聞けただけで自分には充分だ。
自分はまだ赤い顔を上げると鞄の中から財布を取り出す。そして、財布の中から少し萎れた映画のチケットを取り出し、蕪木のノートの上に乗せる。
「映画のチケット?」
「その……親にな、お前のこと話したんだよ、胸の傷のこと話しにいったとき」
「別に話す必要はなかったのじゃないかしら?」
「いや、それはなんかフェアじゃないだろ。お前に背中を押してもらえたから会いにいけたんだ。だから、お前のことなかったことにはできないよ。それに」
「それに?」
「おれ自身がその……感謝しているんだよ」
「殊勝な心掛けね。少し見直したわ」
「そりゃどうも」
さっきまでの表情はどこへ消えてしまったのか、蕪木の鋭い冗談が返ってきて自分は苦笑するばかり。
だが、これが自分の友だち、蕪木わたなのだ。
「だから一緒に行ってくれないかな。とか思ったりしていたり」
「嫌よ」
「ええ!?」
驚く自分に対して蕪木はあくまでも無表情のままチケットをスライドさせ自分の前に置く。
「見ての通り、わたしは忙しいのよ。あなたのために余計な時間はさけないわ」
「……前、突然買い物に呼び出したりしていたのはお前だろ」
自らのことを棚に上げて話す蕪木に自分は唸ってみるが、もちろん相手にされない。そのため渋々チケットを財布の中へと戻そうとすると、何故か蕪木がそれを制止する。
「仕方ないわね。では、じゃんけんをしましょう。あなたが勝ったら大人しく一緒に映画に行ってあげる」
「……もし、蕪木が勝ったら?」
「そうね―ポップコーンが食べたいわ」
「はい?」
「キングサイズよ。味はひとつだと飽きちゃうからハーフハーフで」
「……ついでに大きな画面で映画を見たり?」
「ええ。それも悪くないわね」
とあっけらかんに言う蕪木に、自分は苦笑したところで思い出す。
蕪木は以前言っていた。オブラートに包んで遠回しに話そうとしたら、気持ちとは反対の言葉を言ってしまうと。
つまり、そういうことなのだろう。
「……ふー」
まったく、蕪木さんときたら厄介な病気をお持ちなことで。
だが、そうじゃなければ蕪木じゃない。
自分は目線を伏せてにやりと笑い、拳を固める。
「決まりだな。じゃあ、おれはグー出すからな」
「どうせ負けるのに心理戦なんて不要じゃないかしら」
「いいや。今回は勝つからな。こんな時のために秘策も考えてきたんだ」
「そんな暇があれば面白いジョークの一つでも考えるべきね」
「ぐっ。なんか、もう心理戦に負ける気がしてきた」
頭を抱える自分に蕪木は悪戯っぽく笑うと、自分の前に手を差し出した。それを見て頭を抱えるのを止め、自分も手を差し出す。
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