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波打ち際の幽かな戀 ー今なら素直に気持ちを伝えられるのに外伝ー

外伝―10 和歌

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「もしかしてゆりさんって平安時代の人?」
「あらやだ、私そんなに老けて見られるのかしら?」
「いやいや、平安時代ってもう千年以上も前の話だよ。生きていたら驚きどころじゃないよ」
「……そうね」

 初めてゆりさんの声に色が付いたような気がした。真っ青な、どこか冷たい影を落とすような声。
 僕は軽い冗談がゆりさんを傷つけてしまったんじゃないかと思って、慌てて訂正に入った。

「冗談だから本気にしないでよ。その平安時代のことが好きなのかなって話に繋げようかなって」
「そこまで考えていたの? もしかして万次郎は菅原道真公すがわらのみちざねこうの生まれ変わりなのかしら?」
「いやいや、どうしたらそこまで飛躍するのかな?」

 羨望せんぼうの眼差しを向けて言うゆりさんに、僕は苦笑で返した。

 勉強自体は学年で十位台をキープできるくらいにはしているけれど、勉学の神様と比されるものでは到底ない。

 しかし、ここでわざわざ平安時代の偉人の名を出してくるあたり、相当平安時代のことが好きなのだろうか?

「そうね。平安時代が好きと言うよりも、貴族文化が好きと言うのが正しいのかも」
「貴族文化って、お歯黒とか?」
「そうそう。あ、でも、私はしないわよ」

 証拠のつもりなのだろうか、ゆりさんはにーと笑い白い歯を見せる。
 疑っていたわけではないのに見せてくる姿が可愛らしくて、僕は笑みをこぼした。

「特に和歌が好きなの」
「和歌かー」

 僕は頭の中で古典の授業を思い出す。

 同じ日本語のはずなのに時代が違うだけでちんぷんかんぷん。置く意味の分からない言葉を理解するのは困難で、どの教科よりも覚えるのに苦労した記憶がある。
 懇意にしている自称ひねくれものの友人にいたっては、脳内の回路がショートしたのだろう、堂々と机に突っ伏して寝る始末だ。

 それ故、苦手意識はあるのだけれど。

「そうだ。和歌の話をしましょう」
「それがゆりさんの話したい事?」
「ええ」
「それなら、聞こうかな」

 僕は少しの苦笑いと共にそう答えると、ゆりさんは両手を重ねて笑った。

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