劇薬

柘榴

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第4話 奇病Ⅱ

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 布団を川の字に並べ、この村での初めての夜。
 夫は酒も入っていたせいか、既に眠りそうだったが私は真理亜様について根掘り葉掘り聞いてやろうと夫に話しかける。
「ねぇ、あの真理亜様って子……一体何者なの? 随分と偉いというか、慕われているようだったけど」
「ああ、まだ秋乃には話していなかったな」
「いつもそうでしょ、肝心なことを話さないのは」
 眠気に襲われていた夫だったが、真理亜様の話題になった途端、少し表情が強張った気がした。
「真理亜様……表向きは御池家が管理する神社の巫女様だ。けれど、実態はこの村で唯一、子を成せる神聖な女性として崇められている」
 夫の口からは衝撃的かつ信じ難い説明がされた。
しかし、夫の表情を見ても、冗談で言っているようではなさそうだ。
「ゆ、唯一って……どういうこと? 女性なら他にもいるじゃない」
「ああ、確かに女性はいる。だが、女性の生殖機能を持っているのは、真理亜様だけなんだ」
 まだ村人全員に会ったわけではないが、道を歩いていれば少なくとも何人かの女性とすれ違うことがあった。
 全く女性がいないはずはないし、生殖機能が機能しなくなった高齢者ばかりというわけでもなかったはずなのだ。
「それには原因がある。この村は元々、女性人口が圧倒的に少なかったんだが……十年前ある祭りの日、『奇病』が村内で流行したんだ。女性のみが感染する奇病……感染すればまず子宮、卵巣などに腫瘍が生まれ、やがて生殖機能を失う。その奇病のせいで、村の大半の女性が生殖機能を失うか、死に至る事となったんだ。感染しなかった女性たちも、感染を恐れて村から立ち去った。そしてこの十年間、村での出生率は急激に低下し、現状で生殖機能を持つ若い女性は奇病に感染しなかった真理亜様のみになった」
 夫によると、祭りの日、公民館で宴会をしていたところ、女性ばかりが体調不良を訴え、診療所へ搬送された。
 当初は食中毒が疑われたが、出された料理を検査した御池先生は何も発見できず、感染経路は不明のまま、女性たちの数名は亡くなったという。
「ちょっと待って……そんな話、聞いたこともないわ! 特定の村の女性にだけ感染し、その生殖機能を根こそぎ奪っていくだなんて……」
 夫の話はそれこそ小説か何かの空想上の、出来の悪い創作話のようだった。
 子宮という器官から症状が起こるということは、女性にだけ感染する病と言う存在があるのは不思議ではないと私も思う。けれど、それが『輪廻村の女性』に対してのみ『奇病』が発症し、例外として『真理亜様』には症状が起こらなかった理由が分からない。
「……実際に村で起こったんだ、信じる他が無い。僕はその頃、既に村を出ていたけれど、村のみんな、そして御池先生が確かにその奇病の存在を目の当たりにしている。それに、君がこの奇病の実態を知らないのも無理はないさ。この奇病の話は、村内部の人間しか知らない事だからね」
 通常、こんな奇病が発見されれば日本中で大騒ぎになっているはず。だが、そうはならなかった。村の内部で起こり、村の内部で黙秘されている奇病。存在を疑うのは自然の摂理だ。
「一部では祟りだ、呪いだと騒がれ、村は騒然とした。だが、それを救ったのが当時六歳だった真理亜様だった。彼女は奇病を恐れて村を去る母親の後を追うどころか、輪廻村を束ねてきた名家である御池家の人間として自らこの村に残り、守る事を選択した。奇病に侵されようが、この村を守り抜いて見せると、そう言ったんだ」
 代々、輪廻村の神社を管理し、村では多大な権力を持つ御池家。祖父が診療所で村人を守り続けたように、幼い真理亜も奇病を恐れず、戦い、そして守り抜いた。
 それが、あの真理亜と言う少女が神のように崇められる理由だと夫は語った。
「奇病が蔓延する中、たった六歳の少女は来る日も来る日も神社に籠り、七日七晩祈りを続けた。するとどうだい、それ以降、奇病に侵された女性は一人も現れなかった。皆、口をそろえて言ったそうだ、神聖な真理亜様の祈りが奇病の邪気を払ったのだと」
 信じ難い伝承だった。この昭和の時代に、巫女の祈りで病が治るはずがない。そんなもので治るのなら、私たち医者などいらない。
 けれど、この村の人間は神聖な真理亜様だから奇病にも感染せず、彼女の祈りで奇病が消えたと思い込んでいる。
 今、隣にいる私の夫ですら……。
「仮にその話が事実だとして、今もその病原菌が村にないって保証は無いってことだよね……あなた、私のお腹にもう『この子』がいるの、分かっているの?!」
 都合の悪いことや肝心なことを離さないのは夫の悪い癖だ。けれど、今回ばかりはそれだけでは済まされる話ではない。
 私やお腹の子すらも脅かす脅威が発覚したのだ。私は夫に怒り、怒鳴り散らした。
「だ、大丈夫さ。当時、村の劣悪な環境が原因で生まれたモノだったって御池先生も言っていた。事実、真理亜様の祈り以降は本当に何も起こっていないって!」
「そんな話、信用できない……公的な保証ならまだしも」
「その話も御池先生が個人的に調査した話で、確かに公的なモノではない。けれど、この歴史は事実だ。確かに昔、この村では奇病で蔓延した。そして、それを真理亜様が滅し、今の平和が創り上げられた」
 そんな馬鹿げた伝承を信じ込んでいる夫は、私の知る夫ではないようだった。
 東京では知る余地も無かった夫の一面。その一面に、私は狂気すら感じていた。
「……あなた、本気でそう思っているの? 医者なら、こんな非科学的な事を」
「信じるべきではない? では僕の母に真相を聞くと良い。母は十年前、子宮を摘出した。その奇病が原因でね。それか、母の腹を裂いて子宮の有無でも確認するかい」
 私の態度に夫も声を荒立てる。こんなにも苛立った夫を見るのは知り合ってからも初めての事だった。
 夫婦での時間を求めてこの村に移住したのに、なぜこんなことになってしまったのだろう。私の頭の中は混乱と焦りでぐちゃぐちゃになっていた。
「……もういい。疲れたわ、休みましょう」
 私は逃げるように布団に潜り込むが、夫は何も返答することは無かった。

 翌朝、五時には目が覚めてしまった。夫はまだ眠ったままだ。
 今日から二人きりの職場に務めるというのに、険悪な空気のまま朝を迎えてしまった。

 もう一度眠る気にもなれず、私は直ぐに着替え、朝食もとらず直接診療所へ向かうことにした。
「秋乃さん」
 玄関で身支度を整えていると、後ろからお母様が声を掛けてくる。
 そういえばお母様も朝食の準備を始めている時間だった。
「真理亜様へのご挨拶、失礼は無かったかしら」
「はい。真理亜様も私たち夫婦を歓迎してくださいましたし、随分とお美しい方で驚きました」
「そう、良かったわ。真理亜様はこの村の未来を担うお方、これからも失礼の無いよう、頼みますよ」
「はい……」
 私の煮え切らない態度に気付いたのか、お母様は静かに一息つくと、自身の腹を撫でながら口を開く。
「もう、聞いているかしら。奇病の事やら、私の身体の事も」
「はい……その、何といえば良いのか」
「昔の事よ、気を遣う必要はないわ。あの時、私がそうだったように村の殆どの女が生殖機能を失うか、死に至った。その奇病に恐れをなして逃げ出す者もいた。自分たちの故郷だというのに……」
 このような閉鎖的な村では、狂気的な程の郷土愛のようなものが芽生えやすい。病を恐れ、村を捨てた者たちは今でも批判や憎悪の対象になっているのだと、お母様の表情を見れば想像できる。
「けれど、当時幼い真理亜様は、奇病と戦い、そして打ち勝った。その証拠に真理亜様は奇病に感染することも無く、その奇病も今では消え失せた。あのお方は、この村の……英雄」
 奇病に侵されることもなく、その病を払った巫女……御池 真理亜。彼女には神聖な何かが宿り、それを崇めることでこの輪廻村は守られる。
 この村の人間は、完全にその信仰に捕らわれ、侵されている。余所者の私からすれば異常な光景だが、それがこの村においての常識。

 そして、その異常な常識が私自身をも侵し、狂わせていくのだ。

 午前六時には診療所に私はいた。こんな早朝からこの場所に来たのには、確かな理由があった。それは、誰にも知られずに内密に行うべきことがあったからだ。
 過去、この村に蔓延したという奇病。前任の御池先生が残したこの診療所には確実に何かが手掛かりが残されているはずなのだ。
 
 だが……。
「御池先生の文献どころか、その奇病に侵された患者たちのカルテ一枚見つからないなんて……」
 私は小一時間程そう広くない診療所内を探し回ったが、その奇病に関する資料などひとかけらも見つからなかった。
 誰かが廃棄した? 廃棄しないと都合の悪いことがあった? 誰にとって? 
 いや、そもそも……最初から、そんなものはこの診療所には存在しなかった?
 様々な憶測が私の頭を飛び交う。
 しかし、これだけ情報が少なければ判断のしようがない。これでは、奇病の存在を肯定も否定もできない。
「……実際に起きた出来事なら、何か……何か残っているはず」
 このままでは、私はこの村を信用できない。何か、何か一つでも良い、情報を得るため、私は再び診療所を捜索し始めた。

 それから夫が診療所に到着するまで私は診療所を隈なく捜したが、奇病に関する資料や情報の類は発見できなかった。
 診療所も開かなくてはならない時間となり、私たち夫婦は険悪な空気のまま初めての診察を開始した。

「おお、あんたが噂の女医さんか! 噂通りの美人やの!」
 訪ねてくる村人の殆どがこのような反応だった。余所者の、しかも女医と言うのが物珍しいのか、患者ですらない村人まで診療所に押しかけ、診療所と言うよりこれでは見世物小屋だ。
「もう、受診以外の立ち入りは控えてくださいね。見世物じゃないんですから」
「みんな先生の事心待ちにしとったんや、今日くらいは大目に見てくだせぇ」
 そう言われると私も悪い気はせず、つい村人たちとの会話も弾む。
「文也! お前、東京出て行った時は心配したが、ええ嫁さんもらって帰って来たなぁ!」
「え、ええ……お蔭様で」
 夫は昨日の事を引きずっているのか、村人たちの会話にも積極的には参加しようとはしなかった。
 今の夫には、私の姿など映っておらず、どこか違う場所へ視線が向いている気がして、私の不安はぬぐい切れなかった。
「せや、今夜は公民館で歓迎会や! 新しい村の仲間やからな!」
「え、今夜ですか? でも今夜は……『儀式』の日でしょう」
「その前に済ませるから、問題ないやろ?」
 その時、夫と村人との会話に私は違和感を覚えた。
「今夜、何かあるの?」
「いや、大した用じゃないさ」
 私が聞いても、夫は目をそらしてそう言うだけ。この時、私はその夜に行われる『儀式』で、この村の異常性を目の当たりにすることとなる。
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